第61話 実技試験①
午前中の筆記試験は難なく終わった。試験問題自体もそれほど難しくなかったし、そもそもボク達はつい最近まで高校受験という難易度の高い試験に挑んでいたわけで、試験勉強には慣れ親しんでいるのだ。
「どうだった、つくも君」
「まあ、大丈夫かな。あおいちゃんは?」
「たぶん、筆記は合格してると思う」
同じ会場で試験を受けた蒼ちゃんと連れ立って退出しながら、お互いの結果を確認し合う。蒼ちゃんは自信無さそうに言っているけど、ボクなんかよりずっと頭が良いから楽勝だと思う。
「けど、問題なのは午後の実技試験だよね」
「今のつくも君なら大丈夫でしょ。信じられないようなポカでもしない限り」
あ、蒼ちゃん、変なフラグは立てないで……前科もあるしホントにやらかしそうだから。
その後、他の会場で受けた探宮部のみんなと合流し、受験者に用意された迷宮会館の食堂でお昼を共にした。話を聞いてみると朱音さんたちの感触も悪くないようだ。出来れば全員合格だと嬉しいのだけど。
そして合否の結果は、午後一番にはロビーの電光掲示板に発表されていた。筆記試験とは言っても試験会場で貸与されたタブレットに入力する方式だったので瞬時に点数が計算され、すぐに合否がわかる仕組みのようだ。
「よし、筆記は全員合格のようだな。午後の実技試験もこの調子で頑張ろう。なあに、大丈夫だ。君達はあたしが見込んだ探宮部員だからな」
朱音さんは表示された結果を満足そうに眺め、午後の試験を迎える部員達のやる気を鼓舞した。こういうところは、さすが部長というか蘇芳秋良の娘だなと感じる。持って生まれたカリスマの片鱗が窺い知れた。
ちなみに午後の実技試験はランダムに組み合わされた即席パーティーで初心者用のD級迷宮を探宮する試験内容となっている。このメンバーだったら気心が知れているので連携も楽だろうけど、全く見も知らずの人といきなりパーティーを組むのは陰キャのボクとしてはハードルが高い。
なので、今から緊張でドキドキしている。
「つくも君、念のため言っておくけど、くれぐれも気を付けてね」
蒼ちゃんの言葉の真の意味は『絶対に魔王とバレないように』だろう。
「任せて、(演技には)自信あるから!」
ボクの自信たっぷりな態度に蒼ちゃんは小さな溜息をつくと心底心配そうにボクを見つめた。
「不安しかないんだけど。せめて一緒の組になれたらフォローできるのに」
し、失敬な。蒼ちゃん、君はボクの母親か? 付き添いなんて過保護にも程がある。
声を大にして反論したかったけれど、ここで蒼ちゃんのご機嫌を損ねると、ボクの平穏な女子高生生活が頓挫しかねないので、ぐぬぬと我慢した。
◇◆◇◆◇◆◇
「シロフェスネヴュラです。今日はよろしくお願いします。あ、シロと呼んで下さって大丈夫です」
ボクが探宮者名を口にして頭を下げると、同じパーティーの受験者達は微妙な表情で返答してきた。
「俺はダンケルト。クラスは戦士だ。よろしく頼む」
「私はリーン。魔法使いよ、仲良くしましょうね」
「僕はソルビートルと言います。クラスは治癒士です」
「あたしはエストラ。盗賊だよ」
戦闘職に魔法職、治癒職に盗賊職とファンタジーRPGのド定番の編成だ。ただ、ここに商人のボクが加わると、とたんにゲームっぽくなくなる。一般人が主要キャラになることなど滅多にないからだ。まあ、盗賊職って言うのも現実に考えると大概な職業だけれども。
とにかく、この5人編成のパーティーが認定試験を共に受ける仲間だ。もちろん、試験自体は個々の受験者をそれぞれ採点するのだけれど、パーティー連携の良し悪し等も判断材料になるので、パーティーの探宮結果も合否に影響を及ぼすことになる。なので、パーティー内のクラスバランスは合否に関わる重要なファクターと言って過言ではない。
そういう理由もあって『商人』であるボクの加入にみんな戸惑いを見せているという状況なのだ。
ちなみに、認定試験だけでなく一般的な探宮者パーティーも5人編成が推奨されていたりする。ボクとしては4人でも6人でもバランスが取れていれば良いように思うけど、少なくとも迷宮協会の初心者マニュアルには5人が適正と書かれているせいもあり、多くのパーティーは5人編成を採用している。うちの探宮部もその予定だ。
理由については、様々な通説が流れていて正解は不明だが、有力な説によるとモンスターを倒したときに得られる経験値が5の倍数で入るため5人だと無駄がない(端数は切り捨てらしい)とか、重大な意思決定の際に多数決を決めやすいとか言われている。
「え~と、シロフェ……シロで良かったよな。その……シロさんは一応戦闘職扱いでいいんだな」
戦士君……名前が覚えられなかったのでクラス名で呼ぼう。戦士君は微妙な話題だけに恐る恐るボクに聞いてきた。
「はい、戦闘職扱いでお願いします。微力ですが、足を引っ張らないよう頑張ります」
「そ、そうか……」
うん、明らかに困惑している。通常の編成ならボクのポジションには専従の戦闘職か支援系の戦闘職が配置されるだろうから、一般職の商人では不安なのだろう。他の面々も多かれ少なかれそうしたニュアンスを表情に浮かべていた。
「いや、彼女ならたぶん戦闘職として十分通用すると思うね」
その微妙な雰囲気をぶち壊したのは認定試験を行う試験官の後ろに立っていた謎の人物の発言だった。
「どういうことですか? その前に試験官、こちらはどなたですか」
試験官はその人物に小声で「受験者に話しかけるのは禁止なんですからね」と注意してから、ボク達に向き直った。
「すみません。試験には関係ないので連絡しませんでしたが、こちらは迷宮協会の探宮者の方です。実は先日、この迷宮内であり得ないトラップが発見され、探宮者の生死に関わる問題が発生しました。ですので、試験時に不測の事態が起きないよう配慮し、上位クラスの探宮者が帯同することとなったのです」
あり得ないトラップって、まさか。
「もしかして、『魔王あのん』の別迷宮への転移トラップのことですか?」
「申し訳ありませんが、詳しくはお答えできません。帯同についてはご理解いただきたい」
答えないのは肯定したのも同義だ。戦士君は納得した顔になったあと、最初に話しかけてきた探宮者に問いかけた。
「すみません、先ほどの質問に戻りますが、シロさんが戦闘職として十分通用するというのはどういう意味ですか? 教えてください」
「ああ、すまない。余計な口出しをして……ただ、疑心暗鬼だと試験に悪影響を及ぼすと思ってね、つい……」
「構いません、良かれと思ってのことだったら」
「そうだな……君も知っていると思うが、異界迷宮での能力は現実世界の延長であることは周知の事実だよね」
「ええ、そうですね」
上位探究者のおじさんの言っていることは間違いではない。現実世界で有名だった元アスリートが異界迷宮でも卓越した能力を誇ることは多いし、元自衛官の探宮者も活躍していると聞く。現に蘇芳秋良も学生時代に空手の全国大会で優勝したことがあると聞いている。
「彼女は現実世界で武術の達人なんだ。だから、例えクラスが商人であっても能力が底上げされた異界迷宮なら、かなり戦えると思うよ」
そう言うと彼は意味ありげにチラリとボクを見た。
な、何言ってんだ、この人……と思っていたけど、よくよく見たら見覚えがあった。
翠ちゃんを助けるために迷宮街で不良探宮者相手にひと暴れしたとき、駆けつけてくれた迷宮協会の探宮者さんだ。確か、国際資格である『迷宮保安官』の肩書も持っている、それなりにエライ人だったと思う。あとで、ボクも取り調べを受けたし。
その際に、ボクが異界迷宮と変わらない身体能力を持っていることを誤魔化すために古武術を習っていることにしたのだっけ。
まさか、このように因果が巡って来るとは……。
「ああ、あのときの……その節はお世話になりました」
既知の人物と知って慌ててボクは頭を下げる。
「いやいや、こちらこそ。ああいう探宮者の風上にもおけない不逞の輩を逮捕出来て、こちらも大助かりだったよ」
「それなら良いですけど」
「あのっ、申し訳ありません。そろそろ試験の時間なので……」
ボク達の会話に切羽詰まった表情で試験官が割り込んでくる。
「ああ、申し訳ない。すぐに打ち切るよ……だから戦士クラスの君、彼女は十分戦えるから安心して試験に臨みたまえ」
そう言うと彼は口を閉ざし、試験官のさらに後ろへと下がった。
戦士君は彼に対して頭を下げるとボク達に向き直る。
「じゃあ、みんな。探宮前に簡単な打合せをしようか……」
その顔からは、先輩探宮者からの助言により安心したのか、不安の表情が無くなり、試験に対する意気込みが感じられた。
第61話をお読みいただきありがとうございました。
いよいよ実技試験です。
つくも君は、はたして大丈夫か?
ボロを出さなければ良いのですが……。




