第60話 勧誘
短期講習の最終日は認定試験の日だ。午前中は筆記試験、午後は実技試験が予定されている。そして、探宮資格者証は即日交付なので合格すれば、帰る頃にはボクも晴れて正式な『探宮者』となっている筈だ。
「つくも君、試験は大丈夫?」
「全然、楽勝だよ」
「筆記は心配してないけど実技の方が心配かな。つくも君って、大事な時ほどポカをするから」
「だ、大丈夫だよ」
蒼ちゃんの心配はもっともだ。過去の自分を振り返ると、けっこうやらかしている記憶がある。
例えば、運動会でゴール寸前に何もないところでコケて一位を逃したり、夏休みの工作を提出する際に落っことして壊したりと、枚挙にいとまがない。
間近で見てきた幼馴染としては心配になるのも当然だろう。
けれど、今のボクはかつてのボクではないのだ。
「あおいちゃん、安心して。ボクは生まれ変わったのも同然だから、今までの不運な人生とはサヨナラしたんだ……そうに決まってる」
「そうかなぁ、何か前より悪くなってるような気がするんだけど」
「ソンナコトナイヨ。イヤダナ――」
疑心暗鬼な表情の蒼ちゃんにボクは目を逸らす。
「どうかしたのですか? つくも様」
「待たせて悪かったな、二人とも」
声をかけてきたのは翠ちゃんと朱音さんだ。みんなと駅前で待ち合わせて試験に向かうことにしていたのだ。
「ボク達も今来たとこだよ。あれ、玄さんは?」
もう一人の部員の紫黒玄さんの姿が見えない。
「ああ、玄さんは少し遅れてくるらしい。先に行っていてくれと連絡があったんだ」
「そうなんですか」
「じゃあ、迷宮街に移動しようか」
ボク達は連れ立って歩き始める。
「それより蒼さん、昨日は大変だったと聞きましたよ。講習の終わったあと、受講者の間で噂になってました」
翠さんが目をキラキラさせながら蒼ちゃんに尋ねる。
「ああ、そのこと……ホント困っていて、今日で試験が終わってくれるのが、せめてもの救いだよ」
げんなりした顔で蒼ちゃんは溜息をつく。
蒼ちゃんが困惑しているのは、昨日から引きも切らない勧誘の嵐のせいだ。しかも講習を受けている受講者からだけでなく外部のスカウトからも多いと聞く。
「いや、あれはあおいちゃんも悪いと思うよ」
昨日の夜『魔王の憩所』に二人で集まって、互いに講習の報告をし合った時に聞いた話だ。
同じ班になった他の受講者に「もしかして芸能人の方ですか?」と聞かれたので「とんでもない、ただの女子高生です」と普通に答え、事務所無所属であることを暴露してしまった形になったようだ。
すると、新人発掘に来ていた芸能プロダクションのスカウト連中の目に止まり、絶賛勧誘されまくり中という訳だ。
今や、探宮者アイドルの配信は人気のコンテンツであり、常に新たな人材を求めて、こんな地方の認定試験にも足を運んでいるほどだ。蒼ちゃんのような逸材を見逃す訳が無かった。執拗な勧誘に蒼ちゃんもお疲れの様子だ。
「わ、私は悪くないでしょ。言ったことは事実なんだから。それに私、ちゃんと『入るパーティーは決まってるので勧誘されても無理です』と何度も断ったのに……」
「まあ、ああいう手合いは自分の聞きたいことしか耳に入らないから」
納得できない蒼ちゃんを慰める。
「でもスカウトさん達の気持ちもわからないでもないです。蒼さんがフリーだと知ったら、わたくしがスカウトだったら、何が何でも勧誘したくなりますもの」
翠ちゃんが本当にスカウトしそうな勢いで断言する。
「そういう翠ちゃんはどうだったの?」
「わたくしですか? 別に何も無かったですよ。『魔導士』は魔法専従職なので、一緒に講習を受けた人もみんな魔法職でしたから」
そういや、複合職と違って専従職は一日同じメンバーで講習を受けるんだったっけ。
それなら納得できる。言ってみれば、全員ライバル同士だからパーティーに誘うことがないのも当然と言えた。
また、初心者講習の上に遠目からの見学だと上位職の『魔導士』と下位職の『魔法使い』の違いも分かりにくい(学校のジャージっぽい恰好だし)ため、スカウトの目を引くことも少ない。
なので、翠ちゃんが勧誘を受けていないのは、まさに偶然の産物に過ぎないと思う。翠ちゃんだって、かなりの逸材だ。スカウトに実態が知られれば勧誘の嵐がいつ起こってもおかしくないだろう。
ちなみに探宮部の部員で専従職なのは、実は翠ちゃんだけだったりする。
なんちゃって『商人』のボクは支援職と戦闘職、蒼ちゃんは『聖騎士』なので治癒職と戦闘職、朱音さんは『守護者』なので戦闘職と魔法職、玄さんは『暗殺者』なので盗賊職と戦闘職の複合職となっている。
と、なると……ボクはもう一人に目を向ける。
「朱音さんなら勧誘も凄かったんじゃないですか?」
目立つ容姿だし、蘇芳秋良の娘だってバレてるかもしれないし。
「いや、全然そんな話なかったな」
「えっ、嘘?」
「嘘などではない、本当の話だ。何故だかわからないが、みんな遠巻きに見ていて近寄ろうとしてくれないんだ。どうしてだろう?」
あ……察し。
確かに朱音さん、目力有り過ぎるって言うか、普通に目付きが怖いし、そもそも圧が凄いから、普通の人じゃビビると思う。
もしボクが朱音さんと面識が無かったとしたら絶対に近くに寄らないと断言できる。
あ、でも。スカウトには関係ない筈だ。ましてや……。
「けど、朱音さん『VR-14S』を付けてたら、スカウトには蘇芳秋良の娘だってバレバレじゃないんですか?」
蘇芳秋良の娘の認定講習だ、スカウトの皆さんの目の色が変わってもおかしくない。仮に顔バレしていなくても、ヴォイヤーが『蘇芳オリジナル』なら素性は一発でバレるだろう。
「……ないんだ」
「え?」
「…………『VR-14S』を装着していないんだ」
「どういうことですか?」
「それが親父にしばらくの間、使用禁止にされてしまったんだ」
『VR-14S』を使わせてもらえない?
それって、もしかしないでもボクのせいでは?
「ご、ごめん。朱音さん……」
思わず条件反射のように謝ってしまう。
「ん? なんでつくもが謝るんだ?」
「え……いや、何となく」
隣りで蒼ちゃんが息を吞んでいる。ごめん、蒼ちゃん。
「おかしな奴だな。つくもは……」
「ははは……そうなんです、変なヤツなんですよ、ボクは」
笑って誤魔化したが、蒼ちゃんが物凄い形相で睨んでいる。
だから、ごめんて……ボクが悪かったって。
「そ、それはそうと、ボクもけっこう引く手あまただったんですよ~」
不本意であるが、自分の話題へと強引に変えてみる。
「へえ、つくもが……?」
「ええ、意外と戦えたんで役に立つと思われたみたいで……」
良かった、どうにか話題を逸らすことが出来た。
「けれど、つくも様なら当然ですわ。むしろ、その魅力に気付かない方がどうかしています。わたくしがスカウトなら全てを投げ打って勧誘すると思いますわ」
翠ちゃん、根拠のない称賛は止めてね。恥ずかしくなっちゃうから。
「やあ、みんな。お待たせしてすまなかったね、所用が長引いてしまって……ん、つくもっちどうした? 熱でもあるのかい」
遅れてきた玄さんが迷宮街の入口で合流して来たので、ボク達は試験会場へと向かった。
第60話をお読みいただきありがとうございました。
次回は認定試験です。
よろしくお願いいたします。




