第59話 裏技の秘密
「裏技ねぇ……」
「あれ、シロは知らないの?」
うん、知ってる。けど今のボクには不可能な話なのだ。
「もちろん、でも今のとこ考えてないかな」
ボクが興味なさげに言うと檸檬ちゃんは「やっぱり、そうだよね」と一人納得する。
「まあ、檸檬……キャナはクラスガチャの勝ち組だから、関係ないけど」
「確かに『歌姫』はSRクラスだもんね」
最初にSRを引く確率は3%程度らしいと聞いている。そう考えると、探宮部のみんなのガチャは神引きばかりと言えた。
「あ……なんかゴメン。自慢したみたいで……」
「いいよ、全然気にしてないし」
しゅんと、うなだれる檸檬ちゃんの頭をヨシヨシしてあげる。
メスガキっぽいキャラかと思ったら素直で良い子なんだよね、檸檬ちゃんって。ギャップもあってすごく可愛い。
「それにさ、裏技使うと病む人も多いって聞くしね」
「ああ、その噂よく聞くよね」
頭をなでなでされている檸檬ちゃんは嫌がるどころか、むしろ満足げな表情だ。子猫みたい。
まあ、実際の話だけど、クラスガチャに裏技が存在するのは本当のことだ。
えっ? 蘇芳秋良の写真を三回撫でてから異界迷宮に入ると良いクラスになれるってヤツだろうって?
違う違う、そういうオカルト的な方法ではない。迷宮協会も非公式に認めている特異現象の一つだ。
その特異減少……裏技というのは、一度もレベルアップしていない状態で異界迷宮内で死亡した場合(当然、魔結晶となるが)、現実世界に戻って魔結晶から復活した人間は再びクラスガチャが行えるというものだ。
当然、一度でもレベルアップしてしまうと、その恩恵は失われクラスの変動も起こらなくなってしまうという。
したがって、この方法を使えば自分の気に入ったクラスになれるまで何度でもクラスガチャが行えるということになる、あくまで理論上の話ではあるが……。何故、理論上というかと言えば、それを実践する人間がさほど多くないからだ。
それでは、どうしてその方法を実践しないのか?
考えてみて欲しい。君は必ず生き返るからと言って簡単に死ぬことができるだろうか? 絶対大丈夫と言われても普通に生きてきた人間にとって、それに挑むのはハードルが高い試練と言えた。
憶測ではあるが、人間の精神構造はそれを受け入れるように出来ていないのではないかと思う。結果、多くの探宮者は自分の死を乗り越えていない……つまり死んだことのある人間は一握りと言っても過言ではない。
そもそも、安全マージンを充分に取った上に、治癒士や治癒ポーションのある迷宮内では瀕死の重傷を負うことあっても死に至ることはそう多いことではない。なので、ベテランの探宮者でさえ一度も自分の死を経験したことの無い者も一定数いる。
もちろん、最深部を目指すトップ探宮者は例外で、常に死と隣り合わせのため、経験者は多いと聞く。
そういうわけで、探宮者の引退理由の上位に『死の恐怖に耐えられなかった』がランクインしている事実がこの問題の深刻さを如実に表している。
つまり、異界迷宮で死に直面したあと、その感覚に耐えられず引退する者がけっこう多いということだ。これは初心者だけでなくベテラン勢でもよくある話で、探宮者全般に共通する問題と言えた。
すなわち、異界迷宮で死んだとき、それを乗り越え異界迷宮での探宮を続けるか、耐えきれずに引退するかの二択を迫られることとなるのだ。
そうした背景もあり、件の裏技と称されるリセマラ(リセットマラソン)の挑む者は少数に限られている。
実際、戦士系のUCであればレベルアップして戦士系の上級職《Rクラス》のになることも不可能ではない(条件を満たすのは難しいが)ため、無理して裏技を使う必要はないというのが一般的な考えだ。さらに上のクラスを望む者もいないわけでは無いが、ごく少数だ。
むしろ、ボクのような一般職のクラスになってしまった者が一発逆転を狙って挑戦することが稀にあるという。
なので、檸檬ちゃんがボクに尋ねてきたのも、そうした事情があったからだ。ただ、檸檬ちゃんが納得したように、この方法に手を出さない大きな理由があった。何度もリセマラを繰り返すと死への恐怖が麻痺し、精神が壊れていく可能性が高いのだ。それは現実社会にも深く影響を及ぼすため、迷宮協会として公式には禁止事項としている。
まあ、ボク自身が迷宮復元が適応しない身であるし、そもそもLRなので、リセマラなど不要ではあるのだけど。
◇◆◇◆◇◆
午後は予定通り戦闘職の実習を受けることにした。
『商人』はクラス専用の戦闘スキルが無いので、戦闘に不向きと思われているが全く戦えないわけではない。事実、上位職の『行商人』は戦闘にも秀でていて、まさに『戦う商人』と言えた。
なので、『商人』も最低限な戦闘なら出来るし、一般的な戦闘スキルを習得できれば、ギリ足手まといにならないぐらいは戦えるのだ。
とは言うものの……。
「え、あの子『商人』なの?」
「他のクラスだったら、パーティーに誘うのに」
「そうだな。でも、あれだけ可愛かったら良くないか?」
「いや、商人だって有用だろ? アイテムボックスとか鑑定とか……」
「そんなの魔道具で代替えすりゃいいだろ」
などの声がちらほらと聞こえる。
相変わらずの不遇職だ。
ラノベだったら不遇スキルが大化けして無双するところだが、現実は甘くない。
周りを見渡すと、神官戦士や斥候など午前中は別の実習を受け、午後は戦闘職の実習を受けようとする者がほとんどだ。
その中でも一般職のボクは目立っているようだった。
「戦闘職にはアタッカーやタンクなど、自分のクラスに合った役割があります。皆さんは副次的な戦闘職ですが、同様に自分に見合った役割を果たすことに変わりありません」
実習が始まると、講師の先生が戦闘職について講義を始める。
「また、専従の戦闘職や他の戦闘職と連携して戦うことが多いので、後半はチームを組んで実習を行いたいと考えています。ですが、まずは皆さんには講師相手に戦ってもらい、戦闘に慣れていただきたいと思います」
そう言うと四組に分かれて順番に講師相手に戦闘を行うことになった。それぞれが初心者なので最初はぎこちなかったけど、クラス特性のせいか、すぐに慣れた動きに変わっていく者がほとんどだった。
そして、しばらくするとようやくボクの番になった。心配そうに見つめる者や小馬鹿にしたように見下す者がボクを注目している。
「え~と、君は『商人』だったか。出来る範囲で構わないからね」
イケメンの男性講師の先生も慎重な態度でボクを迎える。おそらく怪我させないように、あるいは自信を失わせないように気を付けているのだろう。
ちょっと申し訳なく感じた。
「武器はどうする?」
「素手で大丈夫です、剣技を持っていませんから」
「そうか……じゃ、始めよう」
小ホールの中央で講師の先生と相対する。先生もボクに合わせて素手で戦うようだ。どうやら、こちらから先に攻撃させてくれるようで待ちの姿勢を保っている。
ならば、こちらから行かせてもらおう。
不用意に近づくと真正面から、いきなり蹴りを放つ。講師は難なく受け止めるが、驚愕の表情を見せた。
たぶん、商人の繰り出す蹴りには思えなかったのだろう。そこからは態度を改めた先生と、それなりに激しい攻防を続けた。
「そこまで……凄いね。『商人』クラスでそこまで動ければ大したものだよ。前衛の補助なら立派にやっていけるだろう」
戦闘が終わると講師の先生が惜しみない賞賛をくれた。表情から見て、忖度では無いようだ。ボクの実習を見ていた他の講習者達も呆気に取られている。
しまった。かなり手を抜いたつもりだったけど、それでもやり過ぎたみたいだ。
なにしろ魔王スキル【魔王の矜持】のせいで、この場で一番高いレベルの講師(奇しくも組み手をしてもらった先生だ)より一つ高いレベルになっているのだ。能力的には圧倒するに決まっている。
さらに魔王スキル【魔王の天稟】の『目にしたことのある任意のスキル(魔法は除く)をSPを消費して一定期間、使用可能となる』で、先日戦った蘇芳秋良のスキル『戦闘センス』を使用してみたところ、格闘戦も卒なくこなすことが出来た。
いや、やっぱり魔王スキル、反則でしょ。
とにかく、ボクが戦えることがわかって、その後のパーティー戦でもそこそこに活躍し、無難に実習を終えることができた。
これで、明日の認定試験に合格できれば、晴れて探宮者になれるという訳だ。
「ねえ、君。うちのパーティーに入らないか?」
「いやいや、俺のパーティーに入れてやるって」
実習が終わったら、さっき一緒に受けた講習者から、やたらと勧誘を受ける。まあ、商人はそれなりに有用だし、戦闘もそこそこできる。その上、この容姿なら勧誘もありと考えたのだろう。
「申し訳ありません。もう入るパーティーが決まっていますので……」
そう言ってボクは脱兎のごとく逃げ出した。
う~ん。やはり、実力の片鱗を見せたのは失敗だったか。明日の認定試験も十分気を付けなくちゃ。ちょっと心配になってきたかも……。
第59話をお読みいただきありがとうございました。
裏技の内容がわかりましたね。
たぶん、自分は怖くてやれないと思います。
皆さまはどうですか?
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