第58話 講習3日目
お昼休みの迷宮部緊急会議はつつがなく終了した。
ほとんど、朱音さんの説明と翠さんの質問で終わったけど、要約すると朱音さん的には父親の職場見学してきただけというのが感想らしい。
刑事ものに出てくるような強面のオジサンとか鋭い目付きの眼鏡お兄さん(あくまで、つくも君の妄想です)に厳しい取り調べとかされちゃったりしてるのかと思ってたけど、どうやら違うらしい。
確かに、『この時間はどこで何していたか?』や『今より前に異界迷宮へ入ったことがあるか?』のような質問をたくさん聞かれたそうだけど、いたって紳士的な対応だったし、尋問する人間もごく普通の人に見えたそうだ。ちなみに、長時間に渡る尋問も朱音さんとしては、いろんな人と会話出来て楽しかったとのこと。
まあ、本人が満足してるみたいなので、結果的には良い体験になったのかもしれないが、ボクとしては自分の軽率な行動で朱音さんに迷惑をかけてしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど、朱音さんの楽し気な報告を聞いて少しだけ心が軽くなるのを感じた。もう二度としないよう気を付けたい。
何にせよ、迷宮協会の皆さんも、さぞかし朱音さんの扱いには苦慮したことと思う。ボクが言うのもなんだけど、朱音さんはとても一般的な女子高生とは言えないからだ。そもそも、この年齢の女子にしては落ち着き過ぎというか妙な貫禄が有り過ぎる。はたして、あの朱音さんも人並に動じることがあるのだろうか? ちょっと興味があるし、見てみたい気もする。おっと、今反省したばかりなのに良からぬ妄想は厳禁にしないと……。
「じゃあ、今日の部活はここまでとしよう。みんな、後半の認定講習も頑張ろうじゃないか!」
ボクの思いとは裏腹に、いつもの調子で話す朱音さんの一言で探宮部緊急会議とやらは、お開きとなった。
「良かったね、朱音さん元気そうで」
部室から出ると蒼ちゃんが急にボクの腕に抱きつくと耳元で囁いた。
「朱音さんはいつも元気だと思うけど……」
素っ気ない返事をすると、蒼ちゃんはボクの目を覗き込んで、くすりと笑った。
「嘘ばっかり……つくも君ってば、朱音さんの口から大丈夫だったって聞くまでホントは心配でたまらなかったんでしょ?」
やはり、蒼ちゃんには見透かされている。
「……まあね、いつもどおりで安心したかな」
「うん、そうだね。私もほっとした」
蒼ちゃんはそれ以上口にしなかったけど、次はこんな風に上手くいかないと思うから今後は気を付けてね、と言われているように感じた。もちろん、ボク自身も今回のことは教訓として肝に銘じるつもりだ。
とにかく今後は行動と言動に注意して『ボク、何かやっちゃいましたか?』的なラノベ展開にならないように自重しなくちゃと強く決意した。
◇◆◇◆◇◆
翌日の学校も無難に過ごし、連休の後半戦に突入した。
認定講習も三日目となり、引き続き迷宮実習を行う予定だ。特に今回は役割ごとに分かれての実習となると聞いている。
すなわち、戦闘職組と魔法職組、それと支援職組の三つに分かれるらしい。それを午前中と午後の2回に分けて行うことになっていた。理由は神官戦士や魔法騎士など複数の役割を持つクラスがあるからだ。なので、午前中は戦闘職、午後は魔法職というように受講の選択が可能となる。ちなみに戦闘職オンリーや魔法職オンリーのようなクラスについては別メニューの講習が用意されているようだ。
「あら『シロ』じゃないの?」
という訳で支援職組の実習に参加すると見知った顔に出くわした。
「あ、『キャナリー』さん」
『キャナリー』さんは最初の迷宮実習で出会った女の子で芸能事務所に所属しているらしい。クラスは『歌姫』で彼女にぴったりのクラスだ。
自分のことを名前呼びする癖があり、本名が『檸檬』であることがボクにバレている。
そうか、彼女のクラスは『歌姫』だから当然支援職組になるのか。
「と、ところで『シロ』……今日は『フレア』さんもご一緒なの?」
頬を赤らめながら檸檬ちゃんが聞いてくる。
ちなみに『フレア』さんというのは朱音さんの探宮者名だ。前回、檸檬ちゃんは凛々しい朱音さんに一目ぼれしたらしく、態度が乙女そのものだ。
「もちろん一緒に来てるけど、午前中は戦闘職組に参加してるよ。午後は魔法職組に参加するって言ってたけど」
朱音さんのクラス『守護者』は剣士の上級職で魔法も使えるので、午後は魔法職組の実習に参加する予定なのだ。
「え、ホントに? じゃあ、午後にはお会いできるのね」
檸檬ちゃんの顔が喜色満面となる。朱音さんに会えるのが、よほど嬉しいらしい。
ああ、『歌姫』は『吟遊詩人』の上級職だから支援魔法だけじゃなく攻撃魔法も使えるんだったっけ。つまり、午後は魔法職組に参加するというわけだ。
「それでは実習に参加する皆さんは集まってください!」
講習を行う講師である探宮者が声を上げた。
いよいよ、迷宮実習の午前の部が始まるようだ。
「あ、『シロ』始まっちゃうよ」
「はい、行きましょう『キャナリー』さん」
ボク達はおしゃべりを止めて、声を上げた講師の元へと集まった。講師陣は全部で四人で、中央にいる集合をかけた講師以外はホールの隅に離れて立っていた。
「それでは今から言う班に分かれて実習を行うので、さきほど配られた用紙のアルファベットを確認してください」
手元の用紙を見ると『D』と記載されていた。
「『A』と書かれた用紙を持つ人は彼のところに、『B』の用紙の人は彼女のところ、『C』の用紙の人は彼のところ、そして『D』の用紙の人は私のところへお集まりください」
それぞれが、ホールの隅にいる担当の講師の元へと移動を開始する。
ああ、なるほど。講師を見て、班分けされた理由に納得する。
『A』の担当講師は見るからに『盗賊系』の斥候、『B』の講師は『芸能系』の吟遊詩人、『C』の講師は『知識人系』の錬金術師のように見えた。
一口に支援職と言ってもその役割は様々なので、クラスに合わせた班分けをして実習を行うのだろう。ちなみに『D』は『その他系』と言ったところか。
って言うか、『D』はボク一人なの? ちょっとショック。他の班の人のボクを見る目も何気に辛い。同情とか蔑みの視線を感じる。
「さあ、シロフェスネヴュラさん。私たちは探宮の際の立ち回りについてお勉強しましょうか」
久しぶりにフルネームで呼ばれた気がする。講師のお姉さんは優し気な女性で、おそらく『知識人系』のクラスに思えた。『その他系』の探宮者がいないので、便宜上講師を努めている可能性が高い。
「よろしくお願いします」
「はい、無理しないで頑張りましょうね」
まあ、結論から言えば、たいしたことは学べなかった。これは講師の彼女が悪い訳ではなく、そもそも一般人が探宮するケースがレアなので覚えることが少ないのだ。なので一通りのことを教わったら、けっこう実習時間が残っているにもかかわらず早々と終了してしまった。残りの時間は自由に過ごして良いらしい。
「あら、貴女も終わったの?」
することが無いのでホールの壁に寄りかかりながら座り、ぼんやりと皆の実習を眺めていると、隣に同じように腰かける者がいた。
「あれ? 『キャナリー』さんも終わったんですか」
「『キャナ(リー)』は天才だから、もういいのよ」
『キャナ』って……やっぱり一人称、名前呼びなんだ。まあ、『檸檬(本名)』呼びに比べたらマシか。
「何よ、文句でもあるって言うの?」
返答し忘れたら、不満に感じていると勘違いしたらしい。
「いえ、文句は無いですけど、大丈夫かなって」
他のB班のメンバーが実習を続けているので、早々と切り上げた檸檬ちゃんに疑問を感じたのは事実だ。
「ああ、それね……」
彼女の説明によると事務所の古株の先輩から実習内容の知識については、すでに履修済みなのだそうだ。そのため、今回の実習は実際に体験することと、習得した知識に齟齬がないかの確認が目的らしい。あと、探宮者資格を取得するためには規定された講習時間が必要なので、仕方なく長時間の講習を受けているそうだ。
「それよりもシロ……もしかして貴女、裏技を試すつもりなの?」
檸檬ちゃんは周りを憚るように小声でボクに聞いた。
第58話をお読みいただきありがとうございました。
認定講習も後半戦に入りました。
檸檬ちゃんの言う裏技とは?
次回をお楽しみに♪




