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第57話 事後報告

 結局、その後の蘇芳秋良と四天王さんがどうなったのかは、わからずじまいだった。蒼ちゃんは『魔王の憩所(いこいじょ)』に来ていたので配信を見ていなかったし、案の定アーカイブも残っていなかった。

 ただ、切抜き動画を確認したところ、どうやら蘇芳秋良が登場する前に突然ボクの配信は途絶していたらしい。なので、蘇芳秋良と魔王あのんが戦ったという事実は闇に葬られたことになる。


 また、ネット界隈では配信途絶後に何があったのかを推測する論議が巻き起こっていたが、どれも真実にはほど遠い内容だった。大抵の意見は、あれは偶然に起きた通信障害で、魔王はあのんは気付かずにそのまま探宮を続けたというものがほとんどだ。ごく稀に探宮治安班と遭遇したのではないかという、ある意味正解に近い意見もあったが、「そんな偶然はあり得ない」という反論ですぐ沈黙した。


 ただ、途絶については、以前から迷宮協会が意図的に行っているという『陰謀論』が、まことしやかに囁かれており、今回もそうした事案でないかという書き込みも散見された。まさか、それが真実だとは誰も思っていないだろうけど。


 まあ、とにかく魔王あのんについては、しばらくは活動休止となるので、これ以上騒ぎになることはないだろうから、すぐに沈静化すると思っている。


「やあ、つくも、おはよう。昨日は心配かけたようだね」


 深夜に活動したせいで寝ぼけまなこで登校すると、朱音さんがいつもと変わらぬ様子で挨拶してくる。


「朱音さん、おはようございます。その……大丈夫だったんですか?」


 昨日の今日なので心配して聞くと彼女は笑って答える。


「いやあ、貴重な体験が出来て楽しかったよ。はじめて、迷宮協会日本支部の建物にも入れたしね」


 おそらく大変な目に遭っていたと思うのだけど、本人としてはそうでも無いらしい。


「聞いてください、つくも様。朱音さんたら酷いんです。昨晩には自宅に帰っていたのに連絡の一つも寄こしてくれないのですから」


 ぷんぷんという擬音が聞こえるほど、怒っている翠さんがボクに不満をぶつける。


「そうなの?」


「そうなんです。千尋さん(朱音の母親)が連絡してくれていなかったら、わたくし昨日も一晩中心配で眠れないところだったのですから」


「ごめんごめん、悪かった。まさか、そんな大事になっているとは知らなかったんだ。いいかげん機嫌を直してくれ、翠」


 他人には、ほとんど頓着しない朱音さんも翠ちゃんには気を遣っている。さすがの朱音さんも幼馴染には弱いようだ。


「貸し137ですからね」


 そ、そんなに貸しが……っていうか、よく覚えていられるな。


「わかった、わかった。次は気を付けるから」


「とにかく昨日のことはお昼休みに報告してもらいますから」


 どうやら、今日もお昼休みに緊急部活会議が開かれるようだ。



◇◆◇◆◇◆◇



「さて、どうしてそのような結果になったか、申し開きがあるならしてもらおうか」


 椅子に座った天野支部長が憮然とした態度で口を開く。


 支部長の近くで記録を取る私、春田咲良はその視線の先の二人をさりげなく観察する。


 一人は泰然とした面持ちで姿勢正しく立っており、片やもう一人の方は不貞腐れたような態度で嫌々立っているという感じだ。


「申し開きですか? 任意の同行を説得した結果、拒否されたので拘束を試みたが失敗に終わった――そんなところですが、申し開きが必要なのですか?」


「と、当然ではないかね。任務に失敗したのだから」


 天野支部長は一瞬怒鳴りそうになるのを堪えると吐き捨てるように言った。


「お言葉ですが支部長。私は貴方から直接的な命令は受けていません。ただ『副支部長として、また探宮の第一人者として危険な魔王を何とかしろ』と言われただけです」


「ぐっ……だが、ここに連れて来るようには言っただろう」


「それについても、本来その役目は迷宮治安班の職責ですとお答えした筈です。

返答が無かったので了承していただいたものと考えていました。真翔副班長《彼》が派遣されたのは、天野支部長もそう考えての行動だと思っていました」


 蘇芳秋良の返答に天野支部長は苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「へ、減らず口はたくさんだ。君には相応の責任を取ってもらうことになる」


 切り札を切ったと思ったのか支部長は余裕の笑みを浮かべる。


「降格ですか? 願ってもない人事です。謹んでお受けしますよ」


 もともと現場に居たかった蘇芳秋良にとって、その切り札は罰でも何でもない。まあ、支部長のような省庁出身の人間において降格は致命的な瑕疵なのでしょうけど……。

 

 私は、こっそり溜息を吐いてから支部長に進言する。


「天野支部長。蘇芳副支部長を降格処分するのは構いませんが、同じように失敗した天野真翔副班長も同様の処分が科せられることになりますが……」


「な……」


「それは困る!」


 天野支部長が何か言う前に真翔君が叫んだ。


「せっかく実績を認められて副班長に出世したんだ。今さら平班員なんかに戻れるもんか!」


 あれあれ、実力ではなく支部長のゴリ押しで副班長になったというのに、根拠のない自信だけはあるんだ。


「健介おじさん、何とかしてよ」


「何とかと言われてもな……」


 泣き言を言う真翔君に天野支部長も渋面だ。


「天野支部長、よろしいですか?」


「何かね、春田君」


「幸いなことに今回の件につきましては、通信途絶中に起こった出来事ですので、まだ外部には漏れていない事案となります。無かったことには、さすがに出来ませんが、穏便に済ませることは可能と進言いたします」


「…………穏便にかね?」


「はい、穏便にです」


 天野支部長は目頭を抑えながら渋々と言った。


「今回の失敗について不問とする。それで決定だ」


「寛大な措置に感謝申し上げます」


「た、助かった――ありがとう、健介おじさん」


 蘇芳秋良は残念そうに、真翔君は生き返ったかのように元気を取り戻した。


「……それで最終的にどうなったんだね、春田君?」


 天野支部長は気持ちを切り替えるように報告の続きを促した。  


「本部でもずっと配信を監視していましたが、通信途絶のため状況を把握出来ていません。現地にいらしたお二人の証言を聞くしかありません。結局、どのような状況だったのですか、蘇芳副支部長」


「え~っ咲良さん、なんで俺に聞かないんだ?」


 蘇芳さんに尋ねようとすると、面倒くさい奴(真翔君)が割り込んでくる。


「貴方は少し黙っていてもらえますか。どうせ、四天王の一撃で気絶していたんですから」


「な……あ、あれは不意打ちを食らったからで、普通ならあんなことにはならないんだ……」


「……わかりましたから、今は大人しくしていてください」


 何でこんな奴の相手ばかりしなきゃならないんだろうと、ほんの少し転職が頭に浮かんだが、気を取り直して蘇芳さんに目を向ける。


「蘇芳副支部長、報告をお願いできますか?」


「そうだな……たいした報告はできないかもしれない。不意に目の前に現れた四天王とやらの実力は正直よくわからなかったと言っていい。それなりに強かったが、魔王ほどの底の知れない強さは感じなかったな」


「そうなんですか」


「ああ……ただ、防御に徹するとさすがに固い。そもそも、奴の目的が魔王を逃がすためのようだったから、まともにやり合ってくれなかったしね」


 蘇芳さんは戦いが不完全燃焼だったことが不満のようだ。


「そして、不意に現れたのと同様……不意に消えた」


「消えた?」


「そうだ、どんな魔法やスキルを使ったかは不明だが、突然消え失せた。そして魔王は取り逃がした。報告は以上だ」


「それは、なかなかに面白い話じゃの」


「え?」


「うわっ」


 唐突に割り込んだ見知らぬ声に皆、驚きの声を上げる。

 見ると小柄な老婦人が興味深そうに蘇芳さんを見つめていた。白髪で丸っこい感じが子猫に……いや招き猫を彷彿とさせた。


「ど、どこから入り込んだのかしら? お婆さん、ここには関係者以外は入れないのよ」


「おい、(ばば)ぁ。ボケてんじゃねえぞ。さっさと出ていきやがれ」


 私と真翔君が困惑していると、蘇芳さんは呆れたように口を開いた。


「オリエさん、いつ日本に帰って来たんですか? 連絡をいただければ迎えに行きましたのに」


「サプライズじゃよ。それなのにお前は少しも驚いてくれんのぉ、残念じゃ」


「何だぁ、蘇芳のおっさんの知り合いか? 舐めた真似してると痛い目をみるぞ……ん? 健介おじさん、どうかした……」


「ば、馬鹿者が! 申し訳ございません、オリエ名誉会長。部下が大変失礼な態度をしてしまい……」


「なあに、構わんよ。無礼なのは若者の特権じゃからな。ここにいる秋良も若い頃は相当失礼なヤツだったからのぉ」


 くはは……と笑う顔に記憶があった。


 オリエ・アルブ・スティグリ迷宮協会名誉会長……全世界の迷宮協会の元トップで、『国際迷宮機関《I・L・O》』の理事の一人だ。

 確か、迷宮協会の設立に尽力した功労者でもある。


 そんな有力者が何故ここに? そしてまさかの蘇芳さんと知り合い?


「で、オリエさん。何故、ここに?」


「本来は里帰りのつもりだったが、なかなか面白そうなことが起こってるようではないか。なので、一枚かませてもらおうと思ってな」


 ニシシと笑うオリエ名誉会長に蘇芳さんは深い溜息を吐いた。


「それについては、そこにいる天野支部長に言ってください」


「そうかの」


 そう言うとオリエ名誉会長は天野支部長に視線を向ける。


「天野君と言ったかの。構わんじゃろ? おぶざーばーって奴じゃ」


「も、もちろん仰せのとおりにいたします」


「おお、そうか。礼を言うぞ……あと、そうじゃな。もし蘇芳秋良を首にすることあったら、いつでももらい受けるから言っておくれ」


「め、滅相もございません」


 冷や汗をかきまくる天野支部長にちょっと同情する……あれ? その話を知ってることはオリエ名誉会長いつからここにいたんだろ?


 とにかく魔王だけじゃなく、四天王……さらには迷宮協会名誉会長まで現れるなんて、いったい何が起き始めているんだろう。前途に不安しか感じなかった。

第57話をお読みいただきありがとうございました。

今回は前回が短かったので少し長めです。

しばらくは部活動中心になると思いますw

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― 新着の感想 ―
色んな作品にたまにいる妖怪みたいな婆さんだ!
前回の自称四天王がどうなったのか気になってたけど、問題なく脱出できてましたか。四天王なら後3人分変人登場回があるんですね。 今回登場したオリエという人。名前は外国人ぽいけど。里帰りと言ってる辺り、日本…
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