第56話 逃走
「え~と、誰?」
ボクと蘇芳秋良たちの間に知らない誰かが、いつの間にか立っていた。
まさに瞬きする間の一瞬の出来事だ。
しかも、その姿はなかなかに煽情的だった。
全身黒づくめで、薄い布地のせいか女性らしいシルエットがはっきりとわかる。ぱっと見、素晴らしいプロポーションに見えた。懐かしのアニメ特番で見た三姉妹の女泥棒の格好に近いような……。かなり際どい格好だけど恥ずかしくないのだろうか? 顔には正体を隠すためのデスマスクのような仮面を被っている。
うん、どこから見ても不審者だ。さらに恰好がエロ過ぎる。夜道で会ったら絶対変態さんか何かだと勘違いしただろう。良かった、TSしていて(全然良くないけども)。もし、男の子のままだったら、どぎまぎして目のやり場に困ったに違いない。
ちなみに驚いたのはボクだけでなく向こうも同じだったようで、ぎょっとした顔で唐突に現れた不審人物を凝視している。ということは、少なくとも迷宮協会の関係者では無いようだ。
「お、お前何者だ? いったいどこから入った?」
クソ雑魚イケメン君が驚きを隠さないで問い質す。
「……魔王軍四天王……ノルテ……」
え? 魔王軍四天王?
「ふん、魔王の仲間か。邪魔するならお前ごと倒してやる」
イケメン君が戦う意思を見せるが、魔王軍四天王さんとやらは、それを無視して、こちらへと振り返る。
「魔王様、ここはノルテにお任せください」
そう言いながら、ボクの後ろの扉に視線を向ける。
「え~と、それって逃げろってことなのかな?」
寡黙過ぎて説明が足りてない。
ボクが戸惑っていると、微かに頷くのわかったので正解らしい。
「おい、どこを見てやがる。余所見してると死ぬぞ!」
無視されて怒り狂ったイケメン君が、いきなりノルテさんに斬りかかってきた。けれど、彼女は僅かな動きでそれを避け、左手を一閃するとイケメン君は「ぐえっ」と潰れた声を上げながら吹き飛んで迷宮の壁に叩きつけられた。
め、めちゃ強いよ、この人。
ノルテさんは戦闘不能に陥ったイケメン君を一顧だにせず、蘇芳秋良に向き直った。
「へぇ……やるね、君」
蘇芳秋良の目の色が変わった。新しい玩具に興味津々の子どものようだ。ちょっと怖い。
「魔王様、相手は強者です……僅かな時間しか稼げませんので、お急ぎを……」
ノルテさんは蘇芳秋良から目線を外さないままボクに注意喚起をする。
「わかった、ありがとう。誰だかよく知らないけど助かったよ」
ボクの言葉に、ほんの僅か気落ちした雰囲気が背中から感じられた。
何か気に障ったのだろうか?
とにかくだ。こんなチャンスは二度とない、ボクは一目散に出口へと向かった。すると、ボクの逃走に気付いた蘇芳秋良が、それに呼応しようとするが、彼の前にノルテさんが立ちはだかった。
「貴方の相手は……自分です」
◇◆◇
結局、一つ前の部屋まで戻ったボクは『プライベート・コール』を宣言した後、『サモンルーム』を唱え『魔王の憩所』へと逃げ込んだ。
「つくも君、大丈夫だった? 心配してたんだから」
部屋に入るや否や蒼ちゃんが抱きついて出迎えてくれた。
「ごめん、あおいちゃん。心配かけて」
「ううん、いいの。つくも君が無事に戻ってこれたなら」
真剣に心配してくれていたようで、ほんのり涙ぐんでいる。
「そうそう、封鎖を教えてくれてありがとう。おかげで、迷宮協会の企みに気付けたよ」
「迷宮協会の企み?」
「うん、それがね……」
ボクはあの後に起こった出来事を蒼ちゃんに説明した。
「そんなことがあったんだ。朱音さんのお父さんと戦って、よく無事でいられたね」
「まあ、手加減してくれたからね」
どう考えてもあれは楽しんでたと思う。捕まえるなら、もっと他の方法もあっただろうから。
「迷宮協会も一枚岩ってわけじゃないんだな……」
「そりゃそうでしょ、組織っていうのはそんなものだって聞いたよ」
ボクが呟くと蒼ちゃんは大人ぶって答える。
「それはそうと『魔王軍四天王』って何なの? つくも君には心当たりがあるの?」
「いや全然。初めて聞いたよ、そんな存在。ただ……」
「ただ?」
「ボクがこうなった理由がわかるかもしれないかなって……」
「確かにそうかも」
「うん、だから可能ならもう一度会ってみたいと思ってるんだ」
ボクは相手のこと、まるっきり覚えていなかったけれど、四天王側はボクのことよく知っている感じだった。
なので彼女と接すれば、今回の『あさおん』(朝起きたら女の子になってたの意)の原因や戻る方法がわかるかもしれないという期待が生まれたのも事実だ。
「とは言っても、当分『魔王あのん』は封印かな」
これだけ迷宮協会が血眼になって拘束しようとしている現状、魔王での探宮はリスクが高過ぎる。今回は事なきを得たけど、次がどうなるかは未知数だ。
それにボクの場合、『迷宮復元』が適用されないので、すぐに命の危険が関わることになる。
四天王さんには会いたいのはやまやまだけど、費用対効果が悪すぎると言えた。
「なので、しばらくは『探宮部』の活動に絞ろうと思うんだ」
そうなると選択肢は『探宮部』一択と言っていいだろう。
「うん、つくも君がそうしたいなら、それで良いと思うよ。私も一緒に探宮できるし」
「そうだね、よろしく頼むね」
「こちらこそ」
蒼ちゃんは部活動中心になることになって嬉しそうだ。確かに当初の約束通り一緒に探宮できるし蒼ちゃんを守ることもできる。
うん、悪くない。しばらくはこれでいこう。
とにかく、ほとぼりが冷めるまで『魔王あのん』は開店休業中ってわけだ。
第56話をお読みいただきありがとうございました。
今回は短めで申し訳ありません。
今度は家族がインフルになったため、書く時間が確保できませんでした。
とても流行しているので読者の皆様もお気を付けください。




