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第55話 苦戦

 時間は少し遡り、場所は迷宮協会日本支部。


「春田副支部長、例のターゲットが現れました」


 配信チェックをしていた情報管理局長の難波君が私、迷宮協会副支部長 春田咲良に声をかけてきた。


「そう……本当に現れるとはね」


「ええ、蘇芳さんの予想は当たりましたね。迷宮を封鎖しておいて正解でした」


「そうね」


「でも何故わかったんでしょう?」


「さあ、野生の勘とかじゃない」


 適当に答えると難波君は吹き出した。


「副支部長も冗談言うんですね」


 私をいったい何だと思ってるのかしら。


「とにかく、すぐに現地の蘇芳さんへ連絡をしてくれる?」


「了解しました」


 難波君に指示すると私はディスプレイに映ったターゲットの配信に目を向ける。


『という訳で、魔王『あのん』をこれからもよろしくお願いします』


 画面の中の魔王が、はにかみながら宣言する。先日、募集した自分の名前を決定したという、たわいもない配信だ。


「見た目は中学生っぽいけど、一応高校生ぐらいかな」


 どう見たって可愛らしい華奢な女の子だ。とても単独でドラゴンと戦えるようには見えない。


『ところで皆さん、なんだか私についていろんなデマや憶測が流れているようなので、ここで訂正したいと思います』


 配信画面の彼女は巷で話題になっている噂の数々を否定し始める。彼女の言い分は尤もに聞こえるけど、俄かには信じられない内容だった。


「ふ~ん、あのヴォイヤーが【VR-14S(蘇芳オリジナル)】では無く【VR-15D(魔王オリジナル)】って言いたい訳ね……」


 本当なのだろうか? 確かに視点は9個あるのは間違いないようなので、彼女が言っていることは正しいのだろう。

 けれど、いきなり初心者が所有していて良いものではない。高額なのもあるが、そもそも未発見の伝説級に類する魔道具なのだ。

 まったく、レベルの件も含めて彼女には謎が多すぎる。ここはぜひとも蘇芳さんのお持ち帰りに期待するしかない。


「それにしても……」


 どこから見ても可愛らしい少女に過ぎない。顔は隠しているのでわからないが、体型はとても探宮免許が取れるような年齢に見えないほどだ。

 私はふと昼間に会った魔王に疑われた少女のことを思い浮かべる。


 蘇芳朱音――という少女は、ある意味強烈な個性を放っていた。いや、少女と言うには少々違和感を覚える相手と言えた。まず、身長が一般的な女性より高く、アスリートのように鍛えられた身体は高校に入学したばかりの少女には到底思えなかった。眼光も鋭く相手の本質を見抜くような視線は面談を担当した協会職員をたじろかせるほどの圧があった。


 私もその様子を別室から観察していたが、歳相応でないと言うか、とても高校一年生と思えないほどの風格を感じたものだ。

 これが蘇芳秋良の娘かと妙に納得してしまったし、将来は名のある探宮者になるだろうという確信も感じた。


 何よりも『娘に会えば魔王でないことは一目瞭然』と言った蘇芳秋良の言葉に、実物を見て笑うしかなかった。

 それほどまでに配信に映る魔王と蘇芳朱音とは別人だったのだ。


「今頃は自宅に戻っているころかしらね」


 昼間の蘇芳朱音のことを頭から振り払うと私は再びディスプレイを見つめた。


 それでは貴女はいったい何者なの?

 

 私は配信画面の中で相変わらず可愛らしい所作を見せ続ける魔王を興味深く観察する。個人的にも本当に興味が尽きない。


「春田副支部長、蘇芳さんが当該D級迷宮に入りました」


「そう、ではあの迷宮の通信途絶の準備を……」


「はい、すぐに指示を……えっ? それ本当ですか?」


「ん、どうしたの難波君?」 


 連絡していた難波君が慌てている。


「……それが、探宮治安班の天野副班長が独断で動いてるようで」


「真翔君が?」


「はい……」


 私は唇を噛んだ。


 探宮治安班の天野真翔(あまのまさと)副班長は天野支部長の甥だ。恐らく何らかの指示を受けているに違いない。問題を起こさなければ良いのだけれど。


「蘇芳さん……頼りにしてますからね。じゃあ難波君、お願い」


 私は不安を感じながら、通信途絶の命令を下した。



◇◆◇◆◇◆◇



「つっ……強!」


 何度目かの蘇芳秋良の拳を空間魔法の壁で、かろうじて受け止める。


 すでにかなりの時間、戦っているが決着は付いていない。

 否、本来ならとうに負けていてもおかしくないのに、戦えているのは互いに素手での戦闘だからだ。


 提案してきたのは蘇芳秋良(あっち)の方だ。

 曰く、武器が無くても十分倒せるからだという理由だが、ボクを傷つけたくないのは丸わかりだ。

 まあ、年端のいかない女の子……しかも自分の娘ぐらいの子に剣を振るうのに抵抗があることはわかる。けど、それを後悔させてやんよ……ぐらいの闘志で始めたボクだけど、実力の差に歯噛みしている。


 魔王スキル【魔王の矜持】のおかげでレベルはこちらの方が勝っているが、能力値はそういかない。おそらく、スピードはこちらが上だがパワーは向こうの方に分がある。

 なので、ボクの攻撃は、ほとんど通用していないが向こうの攻撃も当たらない状態が続いている。稀にヒットしても空間魔法のおかげで凌げている。

 けど、スタミナも蘇芳秋良の方が余裕があるので、このままいけばジリ貧だろう。


 何とかタイミングを見て、『魔王の憩所(いこいじょ)』へ逃げ込もうと考えているけど、そういうチャンスは一向に見いだせない。

 当然だ、向こうは一瞬でも隙があれば拘束しようと狙っているので、こちらが逃げ出す暇など与えてくれるわけが無かった。


 どうしよう……このままいったら、いつかバテて動けなくなる。どうにか、蘇芳秋良の隙を突く機会を作らないと……。


 そんな風にボクが焦っていた時だ。


 蘇芳秋良が不意に剣を抜くと、飛んできた炎弾を斬り落とした。


「え?」


 それはボクに向かって投射されたもので、結果的に蘇芳秋良がボクを守った形だ。


「先輩、なに生温いことやってんですか?」


 現れたのは上質な装備で身を固めた一人の探宮者だった。イケメンだが、貼り付いた笑顔が胡散臭い。ボクの苦手な陽キャ(タイプ)に見えた。


真翔(まさと)君か……何故、君がここに?」


 どうやら、蘇芳秋良の関係者のようだ。


「何言ってんですか、蘇芳さん。殺して魔結晶にしてでもいいから拘束しろって上層部から言われてんのに、何ちんたらやってんですか?」


 蘇芳秋良に真翔と呼ばれた探宮者は馬鹿にしたように鼻で笑った。


「いや、そうしなくても十分拘束可能と判断したまでのことだ」


「その割に手間取ってるじゃないですか」


「君には関係ないことだ」


「関係? 大ありですよ。あんたの代わりにそいつを捕獲するように支部長から直々に命令を受けてるんですから」


「天野支部長から?」


「ええ、あんたのこと信用してないんでしょ」


「しかし……」


「しかしも案山子もねえんだよ。違法探宮者を取り締まるのは本来俺たちの仕事だ。横から首を突っ込むんじゃねえ。現にここに命令書があるんだぜ。年寄り(ロートル)は引っ込んでな」


 そう言い放つと彼はボクの前に立ちはだかった。


「へえ、あんたが噂の魔王さんか。俺は天野真翔、探宮治安班の副班長をしてる。悪いが捕獲させてもらうぜ」


 確か探宮治安班って言うのは、迷宮協会内の違法探宮者を取り締まる部署の筈だ。公的な迷宮保安官と違い逮捕権が無いので、拘束して保安官に引き渡すまでが職務となっているはずだ。けど、ネットの悪い噂によると必要に応じて探宮者を魔結晶にすることも辞さない非情な連中だと聞いたことがある。


 それ自体はどうでもいい話だけど、問題は相手を魔結晶にするまで戦うという点だ。何しろ、ボクは『迷宮復元ラビリンス・リセット』が適用されない身体なのだ。向こうは魔結晶にするだけのつもりだろうが、ボクにとっては命に関わる問題となる。


 どうする……蘇芳秋良一人でも手に負えないのに二人がかりでは勝ち目は無い。隙を見て逃げ出すことも不可能だろう。

 自分で蒔いた種とは言え、絶体絶命だ。いや、比喩で無くマジな話……。

 

「そうそう、蘇芳さんは大人しくそこで見ててくださいよ。すぐに俺が終わらせますから」


 真翔副班長は長剣をするりと抜くと自信満々でボクに近づいてくる。


「こんな小娘、俺一人でお釣りが来ますから」


 ラッキー、単独で来てくれるなら、まだ何とかなる。今のボクは【魔王の矜持】のおかげで、ここでの最高レベルの蘇芳秋良の上をいくレベルになっているので、彼よりは強い筈だ。


「じゃあ、行くぜ。降参するなら、早くしないと痛い目に合うぞ」


 そう言いながら、勢い込んで襲ってきた彼の剣をボクは難なく避けることができた。鑑定によれば、彼のレベルは50台なので、レベル差でぎりぎり何とかなりそうだ。けど、装備している剣はかなりの魔道具で、能力を底上げする機能があるらしく、空間魔法が無ければ危なかったかもしれない。自信満々の根拠はその辺りに有りそうだ。


 蘇芳秋良に対しては防御壁ぐらいしか機能しなかった空間魔法が足を引っかけたり、攻撃を阻害したり、かなりの効果を発揮してくれた(蘇芳秋良に対しては『見えてるの?』ってレベルで避けられていた)。そのおかげでボクの攻撃も何回かヒットし、彼はその度に怒り狂った。


「ちっ……ちょこまかと動きやがる上に変な魔法使いやがって、正々堂々と勝負しろ」


 いやなこった。パワーと打撃力はそっちの方が上なのだ。足を止めたらこっちが危ない。


 そうやって翻弄していると業を煮やした彼は叫んだ。


「蘇芳さん、見てないで少しは手伝ったらどうなんですか? これって、元々あんたの仕事でしょうに」


 いやいや、さっき自分の仕事だから手を出すなって言ってたよね。何て我儘な奴なんだ……なんて言ってる場合じゃない。蘇芳秋良が渋々と言った感じで動き始めてる。こいつは本格的にヤバイ。


 そう思ってボクが冷や汗をかいたその時だ。


「え?」


 信じられないことが目の前に起きた。


第55話をお読みいただきありがとうございました。

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

昨年末はインフルで休載してしまい申し訳ありませんでした。

ずっと体調不良で年末年始ずっと寝てました(>_<)

年末休んだので、年明けの仕事が怖い……。

み、皆さんはお正月いかがでしたか?

今年も頑張りますので、よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
> しかも自分の娘ぐらいの子に剣を振るうのに抵抗があることはわかる。 たぶん自分の娘よりいくつも年下と思われてるぞ( ˘ω˘ )
あけましておめでとうございます。体調にはお気をつけください。 案の定殺して捕まえようとする者が現れましたか。これ何かあったらどう責任とるんだろ?
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