第50話 探宮部緊急会議
常磐さんから詳しい話を聞きたかったのだけど、すぐに朝のHRが始まってしまったので、昼休みに探宮部の部室で話し合うことになった。まあ、そもそも人前で話せる内容で無かったので、結果的には正解だったのだけれど。
蒼ちゃんとも離れ自分の席に着くと、担任の話を適当に聞き流しながら蘇芳さんのことを考える。
恐らくボクの『魔王』配信絡みで蘇芳さんが呼ばれたのは間違いないだろう。それも【VR-14S】のせいで呼び出された公算が高い。何しろ本物を所有しているのが蘇芳さんだから、疑われるのは当然と言えた。本当にボクの個人的欲望で蘇芳さんを窮地に立たせたことについては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。蒼ちゃんと話し合って一応納得したけど、本心としては今でも土下座して平謝りしたい気持ちに変わりはない。ホント蘇芳さん、ごめん。
それと、前にも言ったと思うけど、一般的にヴォイヤーは異界迷宮の宝箱やモンスターを倒した際のドロップ品として入手することのできる魔法具だ。ネットでは迷宮協会が密かに製作しているという噂が、まことしやかに流れているが、それを立証する証拠は今のところ無い。あくまでネットの都市伝説と言ってよかった。
ちなみに、かつてボクが確認した蘇芳秋良の映像記録によると、【VR-14S】は京都にあるA級迷宮の迷宮主を倒した際に手に入れた魔法具で、日本で現存するのは蘇芳秋良が所有する一台のみだ。それの下位互換にあたる【VR-14SM】は元々C級迷宮でそれなりにドロップされていた魔法具で別の名称があったのだが、一躍有名になった蘇芳オリジナルと形状が酷似していることから、蘇芳モデルと呼ばれるようになった経緯がある。
つまり、現状【VR-14S】は唯一無二の魔法具であるため、『魔王』の正体を決定づける証拠となってしまっているわけだ。
ユニ君に生成をお願いする時、見る人が見れば偽物とわかるパチモン要素を仕込んでおけば良かったか……いや、それではボクの推しに対する想いへの冒涜となってしまう。【VR-14S】は、あの完成された機能美でなければ【VR-14S】足りえない。そこに不純物が混じることはボクの矜持が決して許さないだろう。
とにかくだ。一刻も早く蘇芳さんの冤罪を晴らすためにも、今晩二回目の魔王配信を行うことは決定事項だ。蘇芳さんの身柄が押さえられている今の状況での配信こそ、彼女が魔王でないことをハッキリさせる証拠となるだろう。
あとで蒼ちゃんとしっかり打合せをして、今晩の決行に備えなきゃ。
そんなことをぐだぐだと考えながら、ボクは午前中の授業が終わることを待ちわびていた。
◇◆◇
「では、探宮部の緊急会議を始めます。現在、部長の朱音さんがいないので不肖わたくし常磐翠が進行役を努めます」
予定通り、ボク達はお昼休みに探宮部の部室に集まっていた。参加しているのは蘇芳さんを除いた、ボク、蒼ちゃん、常磐さん、紫黒さんの4人だ。
「なあ、翠。緊急ってことで急遽部室に集まったのだが、何かあったのかね?」
急な集合に紫黒さんが少し不満げに常磐さんに尋ねる。
「何かあったどころでは無いのです。部長である朱音さんが迷宮協会に拘束されてしまったのです! 今頃、きっと酷い目に遭っているのに違いありません」
常磐さんは握りこぶしをぶんぶん振り回しながら、興奮した口調で訴える。
「え~と翠さん。朱音さんは呼び出されただけなんでしょ。今のところ、そこまで酷いことになってるかどうかは……」
「いいえ、つくも様。現迷宮協会日本支部長は蘇芳秋良さんとは不仲であると聞いています。そんな相手が政敵の娘に優しい処遇をするわけがありません」
頭に血が上った常磐さんを宥めようとしたけど、彼女は確信したように断言する。親しい蘇芳さんが理不尽な目に遭っていると思い、必要以上に憤慨しているようだ。
ボクの『つくも様』の件もそうだけど、常磐さんってボクが考えていたより、思い込みが激しい人なのかもしれない。
「翠、そう熱くなることはない。まだ、そうと決まったわけではないのだろ?それに二人の不仲説だってネットの噂に過ぎない。信憑性に欠ける話を根拠に結論を求めるのが愚かなことだと、賢い君なら当然わかるだろう?」
紫黒さんが苦笑いしながら、やんわりとした口調で常磐さんを宥める。
うん、大人な対応だ。紫黒さん、どう見ても年齢詐称してないか?
「……そ、それはそうですが」
「翠が朱音のことを心配してくれているのは、よくわかった。居ても立っても居られない気持ちも理解できる……だが、ここで我々が焦ったところで何もならないと思うがね。なあ、蒼。君もそう思うだろう?」
紫黒さんは同意を求めるように蒼ちゃんに話を振った。
「そうね、私も玄さんの言う通りだと思う。翠さんには悪いけど、学生の私たちにどうこうできる問題でも無いし……」
二人が同調したので常磐さんは残ったボクに、何か言いたげな視線を向けて来る。
ボクは優しく頷いてから答える。
「翠さん、きっと朱音さんは大丈夫だよ。蘇芳秋良もついているし、朱音さんのあの性格なら誰であろうと論破しそうだもの。彼女を信じようよ」
その場にいる全員に言われて常磐さんは漸く、いつもの落ち着きを取り戻す。
「……確かに、皆さんの言う通りですわね。わたくしも少し焦り過ぎていたように思います。気持ちが上がり過ぎて周りが見えてなかったようですね。あ、こういう時は何て言うんでしたっけ……テン何とか?」
「テンパってるか?」
「そう、それです!」
うん、確かにお嬢様の常磐さんが使わなそうなフレーズかも。言いたかった言葉がわかったのが嬉しいのか、常磐さんの表情が綻んだ。
「お、ようやく強張った顔が柔らかくなったようだね。その方がずっと翠らしい。それにおそらくだが、朱音ならすぐに帰って来られると思うね」
「そうですの?」
「ああ、朱音が呼び出されたのは、例の『魔王』の一件だろう? 自分も切抜き動画を見たがアレは確かにヤバい。迷宮協会が動くのも道理だ。けど、あれは絶対に朱音じゃない」
「どうして言い切れるのですか? 【VR-14S】も装備していましたのに」
「いや、簡単なことだよ。どう見たって朱音と『魔王』とじゃ背格好が違いすぎる」
「え?」
「よく思い出してみたまえ。あの動画の『魔王』は見るからに小柄で華奢だ。それに対して朱音は高一女子としては高身長というか、かなりの大柄の部類に入る。迷宮変異したとしても背丈まではそう変わらないと聞くからね。同じ人物と言い張るには、かなり無理があると思うのだよ」
「確かに一理ありますわ」
常磐さんも動画の『魔王』を想像したのか納得の顔をする。
むむっ、もしかしてここにいる全員がボクのあの恥ずかしい配信動画を見てるってこと? は、恥ずかしくて死ねるんだが……。
「だろう、どう見たって朱音ではありえない……そうだな、さしずめそこにいる『つくも』ぐらいの体型かな」
不意に紫黒さんは意味ありげな表情でボクに会話を向ける。
ぎ、ぎくり。
「な、なななんてこと言うのかな? は、玄さん……」
心臓をバクバクさせながら、ボクは平静を装って答えた。
「いや、ちょうど君ぐらいの背格好だと思ってね。そう言えば、声も何となく似ていないか?」
ヤ、ヤバっ……もしかしてバレてるのか?
「そうかなぁ。私は動画の魔王の方が、もうちょっと背が高いように思えたけど」
窮地に陥ったボクをフォローするように蒼ちゃんが会話に割り込む。
「蒼にはそう見えるのかい?」
「ええ、個人的な意見だけど」
「わたくしも違うように感じました。つくも様は動画の魔王より、もっとちっちゃくて可愛らしいですから」
よくわからない理由で翠さんも同調してくれた。
「ふむ。皆がそういうのなら、やはり違うのだろう。悪かったね、気を悪くしたのなら謝るが……」
少しも悪びれた様子も見せず、紫黒さんは頭だけ下げる。
「き、気にしてないから大丈夫です、玄さん。けど、ボクもあんな風に強かったら良かったのにって思いますよ、ははは……」
秘儀、『笑って誤魔化す』を無意識に発動していた。
「まあ、冗談はさておき……」
冗談だったのかい!
「翠、それより、もっと緊急に話し合わなければならない問題があると思うのだ」
「えつ、朱音さん拉致監禁事件より重要なことなんてあります?」
翠さん、どんどん妄想が酷くなってない?
「いや、あるだろう……連休後半の講習、どうするのだ? 受講証ほか書類一式持ってる朱音が不在なのだが……」
「あ……」
探宮部の活動も蘇芳さんと同様、窮地に陥っていた。
第50話をお読みいただきありがとうございました。
つくも君、挙動不審ですねw
すぐにバレそうです。
果たして講習はどうなるのか……(>_<)




