第4話 落ちた先には
「……んっ」
いつの間にかボクは意識を手放していたようだ。
「ここは……?」
辺りは真っ暗で何も見えない。
「ひっ……」
暗闇と閉塞感による恐怖で思わず泣き叫びそうになるが、必死に自分を落ち着かせる。
落ち着け、ボク。まずは深呼吸だ、慌てたって何の解決にもならない。大きく息を吸って吐くんだ。
「すーはー、すーはー」
深い呼吸をゆっくり繰り返すことで、だんだん動悸が治まってくる。
よし、ちょっと落ち着いてきたぞ。
やっと暗闇に目が慣れてきたが光源が無いためか、一向に視界は黒一色のままだ。
「状況を整理しよう」
敢えて声に出すことで、不安を紛らわせようとする。
確か、押入れを確認しようとして穴に落ちたんだ。あれはどう考えても『迷宮の扉』だったに違いない。
「……って言うことは、ここは『異界迷宮』の中ってこと?」
疑問が確信に変わろうとした時、不意に肌寒さを覚える。
「寒っ……え?」
も、もしかして……嫌な予感しかしない。
恐る恐る身体に触れて感触を確かめる。
うん、すべすべで瑞々しい素肌感だ……って、そうじゃない。もしかしなくてもボクは一糸まとわぬ生まれたままの姿……すなわち全裸になっていた。
ここで気を落ち着かせるためにも異界迷宮の三つの特徴の残りの二つについて話しておこう。最初の一つは既に話した通り迷宮に入る際に起こる『迷宮変異』だ。
そして残りの二つのうち一つは、『迷宮絶界』……すなわち異界の生き物が『迷宮の扉』を越えて、こちらの世界に来られない現象を言う。
したがって、漫画や小説に出てくるようなスタンピード(迷宮からモンスターがあふれだす現象)は決して起こらない。なので異界迷宮が現実世界に被害をもたらすことが皆無なため、『迷宮の扉』が街中に存在していても全く安全なのだ。
ただし、異界の生き物(魔結晶を体内に有する存在)以外の物体(無機物?)は越えられるので、迷宮で手に入れた戦利品等を現実世界に持ち込むことが可能だ。
探宮者という職業が人気なのは、それらを現実世界で売り捌くことで得られる高収入も理由のひとつだ。もっとも魔法の存在しない現実世界ではマジックアイテムの類はただのガラクタと化してしまうのだが。
またそれとは逆に現実世界から異界へは、こちらの生き物は越えられるが無機物は越えられない。つまり、現有兵器や装備はおろか衣服でさえ異界迷宮に持ち込めないのだ。
そのため最初期は全裸で向こうに渡り、着替えを手に入れるまでそのままで戦うという笑い話のようなことがあったと聞いている。まさか、自分がその実体験をするとは夢にも思わなかったけど……。
ちなみに、その後の調査で持ち帰ったドロップアイテムなど異界由来の装備は再び異界迷宮へ着て行けることがわかり、現実世界で異界産の装備(異界迷宮から持ち込まれた装備や素材で加工された装備)に着替えてから『迷宮の扉』を越える形が一般的となっている。
そのため、『迷宮の扉』のある場所に更衣できるホテルのような施設が併設されることが多い。
そして、最後の一つの特徴が異界迷宮におけるもっとも重大な特徴であり、現実世界で迷宮探索が若年層を含め幅広い層から人気となり、娯楽や職業として定着している最大の要因となっている。すなわち、異界迷宮が絶対的な安全性を有している点だ。
どういうことかと言うと、異界迷宮で負った状態異常が現実世界に一切影響を及ぼさない点にある。つまり、異界内で怪我を負ったり死んだりしても、『迷宮の扉』を越えて現実世界に戻ると、たちまち回復するのだ。
例えば不幸にも探宮者が死んだ場合においても、ゲームのように肉体が一瞬の内に消え、その人物の魔結晶が残る。そして、その魔結晶が(誰かの力を借りて)扉を越えることができれば瞬く間に元の姿に戻ることが出来るのだ。
異界迷宮があたかも仮想現実であるかのように、現実の本人に被害が及ぶことは全く無いと言って良かった。
もっとも現実世界に影響を及ばさない点で言うと、異界迷宮でどんなにレベルアップしても現実世界の本人が強くなることも無いのは前に話した通りだ。異界迷宮での能力はあくまで異界迷宮限定での強さと言えた。
これらの現象を総称して『迷宮復元』と呼ばれ、先の二つと合わせて『異界迷宮三大特異現象』として知られている。
このようなファンタジーゲーム的な特徴から、先ほど話したように比較的安易に探宮者になる者が後を絶たず、最初期には多くの行方不明者が続出した。
当たり前の話だが、単独で探宮したりパーティーが全滅すれば当事者の魔結晶が扉を越えることができないため、遭難してしまう。そのため、現在は16歳になって探宮者の資格を取らないと自由に異界迷宮に入れないし、入る際にも同意書や探宮計画書等が必要となっている。
また、これも後述するけれど、探索の様子を常時配信することが義務付けられているため、遭難したとしても救出は容易となっている。また、遭難した人間を救出することを専門にしている探宮者や行政機関も存在していて、今ではそれらの取り決めを無視した無謀な探宮でもしない限り遭難したままになることは稀と言ってよかった。
まあ、現在のボクの状況は、その稀の状態そのものだったりするのだけれど。
え〜と、長々と説明しちゃってごめん。けど、おかげでずいぶん落ちつくことができたかな。
とにかくだ。誰かに助けてもらうことができれば、命の危険はない筈だ。けど、うら若き乙女となった今、この全裸姿を他人に見られたら恥ずかしさで死ねる。まずは衣類を確保したい。
そのためにも何とか明かりを手に入れなければ……何をするにしても真っ暗闇では何もできない。
とは言っても真っ裸のボクは光源となるものは何一つ持っていなかった。せめてスマホでもあれば辺りを照らせたのに……。
そう思いながら途方に暮れていたボクは視界の端に例の『〈〈』ボタンが映っているのに気付く。
無意識に指でタップすると例のステータス画面が開いた。暗闇でちゃんと表示され、背景が黒一色のため逆にハッキリ見える。
この際だからと、まじまじと眺めてみた。何かこの状況を打破できるヒントがあればと思ったのだ。
固有スキルとしては『魔王の躯』『魔王の邪眼』『魔王の矜持』『魔王の風采』『魔王の天稟』の五つ、一般スキルは『幸運』『料理』『裁縫』の三つか……。字面から一般スキルの内容は予想が付くけど、固有の五つは全く意味不明だ。かろうじて邪眼は視覚スキルとわかるが『魔王の』が付くと途端に難易度が上がる。
ボクが魔王という職業というなら、さしづめ魔王の固有スキルなのだろう。ただ、ネットで目にした情報でも魔王なんてクラスに実際になった人など聞いたこと無いし、通常そういうクラス特化の固有スキルも、たいていは一つだけという場合が多い。あっても二つぐらいと聞いているので、この数の多さもやはり魔王たる所以なのかもしれない。
とにかくスキルの詮索は後回しだ。今の状況を打開できるならどんなスキルでもありがたい。
ボクは試しに『幸運』というスキルをタップしてみる。この状況に相応しいスキルに思えたからだ。
「あれ? タップしても何も起きない?」
ステータス画面のスキル部分をタップしても何の変化も起こらず、テキストのみが表示された。
【『幸運』レベル1:良いことが少し起こりやすい】
なんてシンプルな説明だ。ちなみに明度は落ちていないので発動はしているのはわかる。
「もしかしてパッシブスキルなのか?」
パッシブスキルとは常時発動しているスキルで、大抵のゲームではスキルポイントを使用しないで使えるお得なスキルだ。その分、効果は限定的なことが多いけれど。
考えてみれば、けっこう長く転げ落ちたような気がしたし、その上真っ裸だったのに傷一つ負っていないのだから、確かに幸運というスキルが発動していたのかもしれない。
他の二つの一般スキルをタップしても同様にシンプルなテキストが表示されるだけだった。おそらく見てわかるようなスキルには細かい説明をする気が無さそうだ。ゲームだったとしたら不親切極まりなくて、クレームがつきそうだ。
第4話更新しました。
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