第48話 きっちりバレてます
「な、なななな……何言ってるのかな、あおいちゃん?」
「……つくも君、動揺し過ぎだよ」
ボクの反応を見て、蒼ちゃんはクスリと笑った。
「それじゃ肯定してるのも同じだって」
どうやら完全に確信しているようなので、言い逃れするのは早々に諦める。
「…………どうしてわかったの?」
その問いに彼女は不満そうに答える。
「前にも言ったと思うけど、何年幼馴染やってると思ってるの? 話題になってる配信動画を見ただけで、すぐにつくも君ってわかったよ」
そうだ……そうでした。蒼ちゃんは、母さんでもわからなかったTSしたボクを一瞬で見抜いたんだ。確か、つくも君らしい動きや雰囲気とかでわかったと言ってたっけ。その蒼ちゃんの目をもってすれば魔王の正体なんて丸わかりだったに違いない。
「それで何であんなことやり始めたの? っていうか、魔王ってどういうこと?」
「……え~と」
「ねえ、つくも君。疚しいことが無いなら、ちゃんと私の目を見て話そうよ」
目を合わせず冷や汗をだらだら流すボクに、蒼ちゃんは諭すような優しい声で言った。
「……っ」
逃げ道は、もはや無かった。
「つくも君?」
「………………ご、ごめんなさいでした――!」
ボクは全面的に降伏した。
そして、TSしたきっかけから今までの全てを洗いざらい白状したのだ。
◇◆◇◆
「つまり、つくも君は本物の魔王に……異界迷宮にとどまらず現実世界においてもなったってこと?」
「はい、仰せの通りです」
思わず直立不動で答える、しかも敬語で。それくらい、今の蒼ちゃんには圧があった。
「そうなんだ、なら例の迷宮街でのつくも君の大活躍にも納得がいくかな」
例の迷宮街での活躍というのは、同級生で同じ探宮部員の常磐翠ちゃんを迷宮街で暴漢から救った事件のことだ。彼女を助けたことを後悔する気持ちなど微塵もないが、不良探宮者のグループをたった一人で薙ぎ倒すという人外の働きをしてしまったことで、関係した人や蒼ちゃんにかなり苦しい言い訳する羽目になったのを思い出す。
特に蒼ちゃんは急にボクが強くなったことに対して、しばらくの間ずっと疑念を持ち続けていたので、その話題に触れないよう、けっこう気を遣ったものだ。
「……その、ずっと隠していてごめん。騙すつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと言う機会を逸したというか……」
「つくも君の気持ちもわかるよ。いきなり、そんな状態になったら迂闊に秘密を洩らせないものね……ただ、私としては言って欲しかったかな」
「ご、ごめん……」
「ううん、私も悪いんだと思う。小学校から中学にかけて距離を置いちゃったからね。子どものころのように何でも話せる関係じゃなかったってことだもの」
蒼ちゃんは、怒りより打ち明けてもらえなかったことを情けなく思っているようだ。
「それは違うよ、あおいちゃん。今でも一番何でも話せる間柄だと思ってるから……ただ、お互い少し大人になって、全てを曝け出すことに躊躇するようになったのかなとは思う。それに、今更の言い訳だけど、蒼ちゃんに黙っていたのは心配かけたくなかったのが本音なんだ」
「わかるよ。つくも君、優しいから……でも、心配かけたくないなら何でも言ってくれた方が嬉しい」
「……これからは必ずそうするよ」
「うん、なら嘘ついてたことは許してあげる」
「あ……ありがとう、あおいちゃん」
頷いた蒼ちゃんは、ふと何かに気付いたように青褪める。
「つ、つくも君。さっきの話で、異界迷宮の三大特異現象(『迷宮変異』『迷宮絶界』『迷宮復元』のこと)が自分には当てはまらないって言ったよね」
「ん? そうだけど……」
「だったら、昨日のドラゴンとの死闘って文字通り、死と隣り合わせじゃなかったの……」
「!」
そ、そうだった……昨日は配信のノリでやってしまったけど、ボクには『迷宮復元』が適用されないんだった。
じゃあ、昨日のアレは真面目に絶体絶命で、もし負けていたら…………。
不意に死の恐怖がぞくりとこみ上げてきて、思わずぺたんと力なく座り込んだ。
「つ、つくも君、大丈夫?」
蒼ちゃんが驚いてボクを支えるように抱きすくめる。
「…………い、生きて帰れてよかった――」
涙目のボクに蒼ちゃんは呆れたように言った。
「もしかして気付いて無かったの?」
「……うん」
恐怖で冷え切った身体に、蒼ちゃんの体温が心地いい。
「つくも君、次から『魔王』になる時は必ず私に言うこと。わかった?」
「うん、わかった……え? 『魔王』になるのを許してくれるの?」
てっきり、命にかかわることだから絶対に反対されると思ってた。
「もちろん、つくも君の安全を考えたら賛成できないし止めて欲しいけど……」
蒼ちゃんはボクを抱きしめたまま耳元で囁く。
「つくも君の夢でしょ、異界迷宮の最奥に行くの……だから協力する」
「あおいちゃん……」
「でも、今回の件みたいな無茶、絶対しないで」
「は、反省してます」
ならいいよ、と微笑む蒼ちゃんにボクの心は鷲掴みにされた。
◇◆◇◆◇◆◇
「わぁ――すごい! 本当にワンルームマンションみたい」
「そうでしょ、そうでしょ」
蒼ちゃんの感嘆の声にボクは得意げに答える。
全てを告白したボクは蒼ちゃんの要望で『魔王の憩所』に来ていた。ぜひ、魔王専用の伝説級《UR》アイテムを見てみたいとのご所望だったのだ。
「これが探宮の間に使えるなら、かなり便利だね」
「逆にこれに慣れたら、普通には戻れないと思うよ」
「確かにそうだね」
蒼ちゃんはソファーベッドに腰かけると、その感触を確かめている。
「とても異界迷宮産のアイテムに見えないね。現実の物みたい」
「限りなく本物だよ。そうだ、見てみて。トイレ・シャワー完備だし、キッチンもあるんだよ」
「私の部屋より快適かも……っていうかここに住みたい」
「え?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど……ボクも使ってるし」
「なら、同棲しちゃう?」
「は?」
「冗談だって」
真っ赤になったボクに蒼ちゃんはクスクス笑う。
「あ、あおいちゃん……」
「ごめんごめん。でも、今は女の子同士だから問題無いんじゃない?」
「それはそうかもだけど」
ボクが本気と受け取っていいか悩んでいると、葵ちゃんは小首を傾げながら言った。
「でも、確かに二人以上で住むには手狭かな」
「二人以上?」
ボクが疑問の声を上げると蒼ちゃんは目を丸くして答える。
「探宮部のみんなが泊まるなら狭いでしょ?」
「ああ……確かに」
探宮の時の話ね、部員も多いし。
けど、蒼ちゃんの言い分ももっともだ。
「ユニ君、ちょっといい?」
【はい、主様。何か御用でございますか?】
突然、ボクが虚空に向けてしゃべりだしたので、蒼ちゃんがぎょっとした顔でボクを見つめる、どうやら、ユニ君の声はボクにしか聞こえないみたいだ。
「ごめん、あおいちゃん。今、『魔王の憩所』本体と話をしてるんだ」
「へえ、アイテムと話せるんだ」
「うん、だから驚かないで少し待ってて」
蒼ちゃんが興味津々な表情をしながら黙って頷くのを見て、ボクはユニ君との会話を再開する。
「ユニ君、この部屋ってボクの記憶から作ったって最初に聞いたけど、拡張って出来るの?」
【主様のレベルも上がりましたので、もちろん可能でございます】
「そうなんだ。じゃあ、4LDKとかに出来る?」
【可能です…………今、主様の記憶をスキャンしました。次回、起動時に再生成しておきますが、それでよろしいでしょうか?】
「うん、頼むよ」
ワクワクしている蒼ちゃんに視線を戻して報告する。
「今度入るときは4LDKになってるって」
「へえ、最高だね。ホントに住みたくなってきちゃった」
確かにボクも住みたい……あれ、もしかしてボク、住む場所に一生困らないのでは?
蒼ちゃんが新婚の奥さんみたいに、あの家具や電化製品があったらいいと妄想しているのを横目で見ながら、ふと思い出して蒼ちゃんに尋ねる。
「ねえ、蒼ちゃん。さっそく相談したいことがあるんだけど」
「――うん? 何かな」
ボクに視線を戻して蒼ちゃんは嬉しそうに答える。
「巷で流れているデマのことなんだけど……」
ボクは問題の【VR-14S】を【異次元収納】から取り出した。
第48話をお読みいただきありがとうございました。
きっちりバレてましたね。
あと、つくも君はいろいろうっかりさんです。
でも今度は蒼さんの監視付きになりましたw




