第34話 いよいよ異界迷宮へ
「狭っ!」
入った小部屋は簡易な椅子があるだけの狭い部屋だった。個室トイレを一回り大きくしたぐらいの広さだろうか? 入ってきたドアの反対側にもドアがあり、進んで良いものかどうか悩んでいるとスピーカーから係官の声がした。
「21番さん、よろしいですか。しばらく、この部屋で待機していただき、そのあと受講生ひとり一人に分かれて異界迷宮へ入っていただきます。ですので、指示があるまで椅子に腰かけお待ちください」
係官の言葉に従い、椅子に腰かける。
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、順番通りに呼ばれない場合もありますので、しばらくの間、そのまま待機願います」
ボクが座ると同時に声をかけられたので、どこかに監視カメラでもあるのだろうか? 係官にボクの姿は丸見えらしい。気を抜いて変な行動しなくてよかった。
「なお、ご存じと思いますが、探宮者の皆さまは異界迷宮に入ると同時に異界迷宮の特徴である『迷宮変異』をいたします。新たなご自分の姿に動揺なさらず、落ち着いた行動をお願いいたします。また、変異後は異界迷宮内にいる係官が御案内しますので、他の皆さまと合流次第、現地講習を始める予定です。何卒、ご協力をよろしくお願いいたします」
なるほど、個室ブースに入れたり、順番を変更したりするのは、他の受講者に変異前と変異後の姿と一致させないようにするための配慮か。
現実の姿と変異後の姿の違いは人によってギャップがあり、ほとんど変化の無い人もいれば全くの別人と化す人もいるらしい。なので、探宮者の素顔は重要な個人情報と言って良かった。特に有名な探宮者などは人気芸能人と同義だから、身バレは極力気を付ける必要があるのだそうだ。もちろん、芸能事務所に所属していて素顔を公開して活動するアイドル探宮者もいるので絶対ダメという訳では無いが……。
「『迷宮変異』するってことは『ステータス』も表示されるか……」
前にも言ったが、異界迷宮に入り『迷宮変異』すると人間離れした身体能力やスキルが使用できるようになる代わりに、それらの情報を明らかにする『ステータス』画面も表示されるようになる。探宮者に義務付けられた配信の際、そうした情報……クラスやレベル等はどうしても公開せざる得ない。
しかし、ボクの場合はそれが問題となる。なにしろ『魔王』というクラスはLRという今まで誰も取得した人のいないクラスなのだ。もし、他人にバレでもしたら、目立つどころか、いきなりその日のネットニュースのトップ記事になりかねない案件なのだ。
「やはり、『魔王の風采』スキルでクラス擬態しないとなぁ」
けど、何のクラスにすべきか?
空間魔法の異次元ポケットがあるから『アイテムボックス』スキル持ちの『商人(UC)』か、その上位クラスである『行商人(R)』にするのが妥当な選択のように思えた。あと、他の部員のクラスと被らないようには気を付けたいのだけど、何になるかは『クラス・ガチャ』次第だから、こればっかりは予測のしようがない。
まあ、『商人(UC)』にしておけば間違いないかな。その他系のクラスはあまり出ないし、出ても探宮者になる人は少ない。ガチャで一般人(商人・農民・職人)を引いたら、よっぽど非戦闘系の生産者をしたいという強い意思が無い限り、探宮者を諦めることが多い。
まさか、他の探宮部のメンバーが一般人を引いてしまうことは無いと思うけど、その場合はそうなった時に考えることにしよう。実際の話、クラスガチャに裏技が無いことも無いが、かなりリスキーなので、あまりお勧めできない。
とりあえず、戦闘系の『戦士(UC)』や魔法系の『魔法使い(UC)』なら十分戦えるので、最低限それらのクラスを引くことを期待しよう。
そんな風にぼんやり考えていると、不意にスピーカーが話し出す。
「21番さん、扉を開けて前へ進み、『迷宮の扉』から異界迷宮へお入りください」
「いよいよだ……」
ボクはゆっくりと立ち上がると目の前の扉を開けた。
◇◆◇
ボクの目の前に『迷宮の扉』が浮かんでいる。
それはボクの部屋の押入れにある黒い穴とは違い、黒い球体だった。
そう言えば聞いたことがある。多くの『迷宮の扉』は黒い円で真横から見ると奥行きが無いため、扉自体の存在に気付けないそうだが、ごく稀に球体の形をしていて360度『迷宮の扉』としての機能を有するものもあるらしい、と。
ここの『迷宮の扉』はまさしく、その稀有な存在のようだ。周りを見てみると、ボクの出てきたような扉がたくさん並んでいて、『迷宮の扉』を取り囲むような間取りになっていた。つまり、この部屋は『迷宮の扉』を中心に作られており、どの小部屋からも真っ直ぐ異界迷宮に入れる作りになっているのだ。
おっと、ぼんやりしてる場合じゃない。異界迷宮に入らなきゃ。
ボクは『迷宮の扉』に近づくと躊躇いなく異界迷宮へと進んだ。いつものように……エアーカーテンを突き抜けるような、ほんの僅かの違和感を覚えるが、何度も出入りしているので、もう慣れた。
そして、現実と異界の境界を越える刹那、ボクは『魔王の風采』スキルを発動し………髪の色を黒から白へ、目の色を黒から赤へ、肌の色も日本人のそれから西洋人のそれへと変える。
そう、『一色 白』から『シロフェスネヴュラ』へと『迷宮変異』を遂げたのだ。
ま、ボクからすれば本来の姿に戻っただけなのだけど。
「21番さんで間違いありませんか?」
こじんまりした広場のような場所に出たので、辺りをきょろきょろ見回していると、頭からウサ耳を生やしたメイド姿のお姉さんが近づいてくる。
うわっ、コスプレ感が凄い……恥ずかしく無いのだろうか? いや、異界迷宮はファンタジー空間だから、これくらい普通か。大体、今のボクも傍から見たら同じようなレベルに映るに違いないから、他人のことは言えない。
「は、はいそうですが……」
「お待たせしました、ご案内いたしますね」
ボクは係官のお姉さんに連れられて奥へと進んだ。すると、すぐに少し開けた空間に出る。かなり広いホールのような場所で、すでに何人かの受講者があちらこちらに集まっていた。
まさにコスプレ会場のような様相だ。色とりどりの髪の色や奇抜な髪型が溢れている。恰好が指定のジャージなのが、よりカオス感を強めている気がした。
ホールに入ると一斉に注目を浴びる。一度見し、驚いたように何度も見返したあと、チラチラとこちらに視線を送る者が何人もいる。
「では、こちらで少しお待ちください。なお、ステータス画面が開けるようになっていますので、内容をご確認ください。また、今は本名になっていますが、必要に応じて探宮者名の変更もお願いします」
「わかりました。ありがとうございました」
ボクの場合、何故か探宮者名が固定なんですけどね……。
それではまた後で、と係官のお姉さんがボクから離れて、今来た通路を引き返して行く。また別の受講者を案内しに行ったのだろう。ボクは集団には近づかず、ホールの壁に背中をくっつけると周りを観察することにする。
えっ? ぼっち臭がするって……こういう時は動かない方が良いに決まっているんだって。
「あの……ちょっといいかしら?」
ほら、案の定、声をかけられた。いったい、誰だろう? 蒼ちゃんか、他の探宮部員の誰かかな。
顔を上げると、黄色い髪の可愛らしい美少女が腰に手を当て仁王立ちし、ボクをじっと見つめていた。
第34話をお読みいただきありがとうございました。
探宮部も、いよいよ異界迷宮に入ります!
話がゆっくりで、本当にすみません。
マイペースで頑張りますw




