第33話 短期講習
「い、いよいよだね……」
「うん、ちょっドキドキする」
「ボクもそうだよ。あおいちゃんは怖くない?」
「つくも君が一緒なら平気……」
「不安なら手を握ろうか?」
「うん……」
「おーい、なに二人でイチャついてんのさ。もう、他のみんなは先に行ったぞ」
更衣室から出て、互いの手を握りあって見つめ合うボクと蒼ちゃんに呆れたように声をかけたのは玄さんだ。
「君らって、そういう仲だったん?」
「ち、違うから……けど、ここまで来る道のりが大変だったから、つい感情が爆上がりになっちゃって……」
「私もごめんなさい。ずっと、つくも君と一緒に探宮者になりたかったから嬉し過ぎてテンションが変になってた」
「まあ、謝るようなことはないけど、時間が迫ってるから、少しばかり急いで欲しいかな。あと正直、君らの爛れた関係には興味津々だ」
「だ、誰が爛れた関係だよ。ボクらの関係は健全そのものだよ。ねぇ、あおいちゃん」
否定しながら蒼ちゃんに同意を求めると茹でダコのように真っ赤になっていた。あ、蒼ちゃん、それじゃ肯定しているのに等しいからね。
と、とにかく探宮部創部のあの日から半月余りが過ぎ、現在ボク達は5月の連休中に探宮資格を得るため、迷宮協会で短期講習の真っ最中なのだ。
え? あの後どうなったか知りたいって?
次の日からは、通常授業が始まって真面目に勉学に勤しむ毎日だったさ。実力テストの出来で薄々感じてはいたけど、授業のレベルはとても高くて、ボクじゃ付いていくのがやっとだった。真剣に頑張らないと補習ばかりで探宮部の活動に支障をきたす恐れも十分ある。かなり真面目に勉強しなくちゃならないかもしれない。
と言う訳で、あの部活動説明会の日から探宮部の活動は始まったのだけれど、探宮者資格が無い状況では、やれることなんて限られている。せいぜい、筋トレと認定試験に合格するための勉強ぐらいだ。
それでもちゃんと部室がもらえたのは大きく、放課後に部員のみんなが集まって一緒に何かするというのは、中学時代ぼっちだったボクにとって憧れのシチュエーションだったから、めちゃくちゃ嬉しかったのは内緒だ。
そして、そんな青春っぽいことを満喫している内に葉月先生が迷宮協会に『資格制限解除申請書』を提出してくれたおかげで、ゴールデンウイークの初日には短期講習が受けられるようになったのだ。
本来の探宮者資格認定講習は32時間の単位を平日1時間、週末4時間を組み合わせて受けるのだけれど、短期講習は1日8時間×4日で資格を取得する集中型の講習だ。
今年の5月の連休はカレンダーが悪く、前半3日と後半3日に分かれるので、4日間の短期講習を前後2日づつに分けて講習することにした。
前半一日目の昨日は一日中座学で正直しんどかったが、異界迷宮内の基本的なルールやマナーを学ぶことが出来て、けっこう有意義な一日となった。
そして、今日から実地研修として、ついに念願の異界迷宮に入れる初日なのだ(まあ、ボクは異界迷宮に何度も入っていたのだが)。そのため、探宮部のメンバーはみんなで『迷宮の扉』の近くに常設されている更衣室で、異界迷宮由来の素材で作られた装備に着替えたところだ。
これは前にも言ったけど、異界迷宮では『迷宮絶界』により、現実世界の物は異界迷宮い持ち込めないので、事前に着替える必要があるのだ。そうでないと、初迷宮のボクのように全裸で迷宮内をうろうろする羽目になってしまう。
「にしても、この服ってまるで学校のジャージみたいじゃない?」
「ホントそうね。布地も厚いしデザインも野暮ったい」
「まあ、無料で貸与してくれるんだ、そう文句は垂れるな。素っ裸になるよりマシだろう」
一番文句を言いそうなお洒落女子の玄さんが苦笑いしてボクらを宥める。少し付き合ってみてわかったが、玄さんは合理的な考えをする人で、けっこうドライなところがある。一見すると仲の良い蘇芳さんに似た性格と思われがちだけれど、蘇芳さんのような型破りなところは少なく探宮部の中でも常識人の部類だ。
意外な話だが、蒼ちゃんとけっこう話が合うらしい。わりと二人ともシビアな物の考え方の持ち主なので、会話が弾むのかもしれない。
「お、やっと来たな」
先に着替えを済ませた蘇芳さん達が『迷宮の扉』の前でボク達を待っていてくれた。
「悪いな、朱音。この二人が更衣室でイチャイチャしていたんで遅くなってしまったんだ」
「まあ! わたくしも着替えを遅くして最後まで残れば良かったです。そうすれば、つくも様と蒼さんのあられもない姿を眼福出来ましたのに……」
玄さんが真顔で冗談を言うものだから、翠さんが限界化する。最初、見たときは清楚で可憐なお嬢様だと思ったのに……最近はとても残念過ぎる。いったい、何が悪かったのだろう?
「翠、ステイだ。玄さん、翠で遊ぶのは止めておけ。こいつを怒らせると、後が怖いぞ。それに、けっこう執念深い……」
「あ・か・ね・さん…………」
「い、いや……つくもと蒼も来たことだ。そろそろ、中に入ろうじゃないか」
どす黒いオーラが立ち上るのを察し、朱音さんは話題を逸らす。
「そうだな、受付時間も迫ってるし、それがいいと思うぞ」
玄さんもそれに乗っかったので、ボク達は『迷宮の扉』に入った。とは言っても、正確に言えばそれを取り囲む神殿風の建物の中に移動しただけで、ボクの部屋にあるような黒い穴……本当の『迷宮の扉』に入った訳では無い。
建物の中に入ると、広いホールようなところに何人もの受講者達が集まっていた。連休という時期のせいか、見た感じボクらとそんなに歳が違わない学生が多いように感じた。
「え? 新人アイドル?」
「何かの取材か何かなの?」
顔面偏差値の高いボク達がまとまって入室したものだから、ホール内の人達の注目を浴びてしまう。どうやら、ドキュメンタリー番組の取材か何かと勘違いされたらしい。
実際、事務所所属のアイドル探宮者は講習の時点から成長記録を撮られることもあるので、そう誤解するのも不思議では無い。
「皆さん、注目してください!」
ボク達の登場でざわざわしていたホール内だが、係官達が現れるとすぐに落ち着いた。
「私たちが皆さんの講習を行う迷宮協会の職員です。今日はよろしくお願いします」
10人程の係官達の一人が代表してホールにいる受講者達に声をかける。
「それでは皆さん。お手元に、受付で配布したカードがあると思います。それを他の人に見られないように確認してください」
受講者全員が分けられたカードに目を向ける。ボクも手元の黒いカードを見てみると中央に白字で『21』という数字が浮かび上がっていた。
「皆さん、自分の番号が確認できましたか? 今から、私が複数の番号を言います。言われた番号の方は指示された小部屋にお入りください」
一同が頷くのを確認してから係官は続ける。
「それでは始めます……2番、30番、9番、22番、41番の方、目の前にある小部屋にお入りください」
何番かはわからないが、呼ばれたらしい受講者が小部屋に入る。そして、少し時間が経過すると、また次の複数の番号が呼ばれる、その繰り返しだ。
「……5番、21番、33番の方、お入りください」
あ、呼ばれた。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、つくも君、気を付けて」
探宮部の中で最初にボクが呼ばれたので、蒼ちゃんに声をかけてから他のみんなに目礼したあと、ボクはドキドキしながら小部屋に入った。
第33話お読みいただきありがとうございました。
少し時間が飛びました。
いよいよ探宮部が異界迷宮に入ります。
はたして、どうなりますやら(作者は不安)?




