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第22話 迷宮協会


 次なる目的地は迷宮協会の支部が入っている迷宮会館と呼ばれる建物だ。探宮者になったら一番お世話になる場所と言ってもいい。探宮者の資格を得るのもここだし、初心者講習を受けるのもここだ。初期装備を貸与されるのもここになる。なので、どんな様子なのか実際に見てみることにしたのだ。


「立派な建物だね……何て言うか」


 外観が大手都市銀行のそれによく似ていた。迷宮協会があると知っていなければ、銀行と勘違いしてボク達が寄り付くとはあまり無いに違いない。最近はコンビニで下ろすかスマホ決済で済むので銀行に行くことなんて、ほとんど無いからだ。


 中へ入ってみると、ますます既視感が強くなる。窓口にそれぞれ受付担当の人間がいて探宮者の対応しており、順番待ちの者は番号シートを持って暇そうにシートに腰かけていた。


「つくも君、こっちこっち……」


 蒼ちゃんが手招きするので、近くに寄ると壁一面の掲示板に、協会主催の年間行事日程やお知らせの類いが貼られているようだ。ボクの誕生日のある5月を見るとゴールデンウイークに多くの催しが開かれているのがわかる。


「いろんなイベントが目白押しみたいだね」


「いいなぁ、つくも君は……5月には探宮者講習も認定試験が受けられるんだもん」 

 

 少し拗ねたような口調で蒼ちゃんは口を尖らせる。蒼ちゃんの誕生日は7月なので、もう少し先の話なのだ。


「一足先に探宮者になっても他の人とパーティー組んで異界迷宮に挑まないでね」


「もちろん。実地研修は仕方ないけど、それ以外はあおいちゃんが探宮者になるのをちゃんと待ってるから。約束したでしょ」


 実際は個人迷宮プライベートラビリンスがあるので異界迷宮に入ってはいるのだけれど。


「へへっ……そうか、そうだよね」


 顔を赤らめた蒼ちゃんは何だか満足げだ。


「それより、あおいちゃん。この建物に併設されている展示ホールで特別展示やってるみたいだよ」


 せっかくご機嫌が回復したので、さりげなく話題を転じる。誕生日関連の話題は避けた方が無難と学習済みなのだ。


「へえ、そうなんだ。見に行ってみる?」


「せっかくだから、行こうよ」


「うん、つくも君がそう言うなら」


 後から考えると、話題転換のため何も考えずに行動に移したのは少し軽率だったかもしれない。



◇◆◇◆◇◆◇


 


「『挑戦者、蘇芳秋良の世界』展ね……」


 よりにもよって、先ほど見かけた蘇芳朱音さんのお父さんの特別展とはね。もしかしたら蘇芳さんもこれを見に来たんじゃ……と思って周囲を見渡したが、それらしい人影は見えない。


 良かった……何となく彼女とは接触しない方が良い予感がしてならないのだ。


「そう言えば、つくも君って小さい頃、蘇芳秋良のファンだったよね」


 ぎくり。やはり、蒼ちゃんは覚えていたんだ。


 実は幼少期に探宮者に憧れた理由の一つが『最奥到達者ディーペストリーチャー蘇芳秋良』その人だったりする。

 その頃の蘇芳秋良は30歳を越え、まさに探宮者として絶頂期を迎えており、テレビや雑誌で見ない日が無いほどの人気ぶりだった。


 かと言って蘇芳秋良がメディア向きのキャラだったとは言い難く、寡黙で真面目な彼はどこか修行僧めいたストイックさがあり、バラエティーなどではむしろ浮いていた存在と言ってよかった。


 しかし、当時まだマイナーだった探宮者の評価を高めるため、迷宮協会は彼にメディアへの露出を強要していたらしい。とにかく、逆説的だがメディアで時折見せるその不器用さがまた彼の魅力をより一層引き出していた感も否めない事実だ。


 御多分に漏れず、当時のボクはテレビにかじり付いて彼の出る番組を追っかけた。いつかは彼のような探宮者になりたいと本気で考えていたし、それがボクが幼い頃に行っていた秘密特訓の原点なのは忘れてしまいたい黒歴史だ。


 実際、それほどまでに蘇芳秋良の存在は当時の探宮者界においては光り輝いていたと言っていい。そして全盛期が過ぎた現在でさえ、今なお一線で活躍している彼の姿は多くの探宮者の目指す指針となっていると言っても過言ではない。


 正直に告白すると、彼の娘と同じクラスになったことは密かに嬉しかったりもする。蒼ちゃんに知られると機嫌を損ねそうなので隠してはいるけど……。



「つくも君ってば、目がキラキラしてるよ」


 ボクが夢中になって展示を見ていると、一緒に展示を回っていた蒼ちゃんがくすくす笑ってボクを見つめている。


「ん……まあね。ちょっと懐かしくてさ」


 気分が高揚しているのは誤魔化せない。忘れていた熱気みたいものを思い出した感じだ。一方それほど、感銘を受けている様子の見えない蒼ちゃんが、何気ない素振りでボクに告げた。


「じゃあ、つくも君。しばらくここで展示見ててもらってもいい? 私、ちょっと席を外すね」


「え? ああ……いいけど」


 何のために席を外すのか、あえて言う必要もない。ボクは察しの良い子なのだ。


 え? 女子は連れだってお花摘みに行くんじゃないかって?

 いやいや、さすがにまだそのハードルは高すぎる。元男子としてはここは見送ってあげるのが正解だろう。


 ま、蒼ちゃんは『蘇芳秋良』にそんなに興味がないみたいだし、独りの方がじっくり見れるしね。



「うん……やっぱり、蘇芳秋良はかっこいいなぁ」


 数々の展示パネルを見ていると幼い頃の感動が蘇ってくる。そういや、この頃のボクは蘇芳秋良が本物の正義のヒーローに見えていたんだよな。ボク自身も正義感に満ち溢れていた時期だったし……。


 おそらく、そうした感傷が不味かったんだと思う。


「……?」


 会場に流れるBGMの中、ボクの超感覚がほんのわずかな悲鳴を聞き分けたのだ。


「どこかで女の子の悲鳴が……」


 ボクは無意識に発信源を追い求めて歩き出す。蒼ちゃんの忠告も頭からすっかり消えていて、たった一人で展示ホールから出ると、表通りから声の聞こえた裏路地へと入った。


第22話です。

更新がゆっくりで申し訳ありません。

気長にお待ちいただけると有難いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいところで終わってしまったので、早く次が読みたいです。(連載の鑑) どうでもいいですが、「迷宮はミラクル!」というタイトルを見た瞬間にCulture Clubの "It's a Mira…
[一言] トラブルほいほい( ˘ω˘ )
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