第18話 戦利品
「失敗したなぁ……」
ボクは日課になっている『魔王の憩所』での特訓をしながら、今日の自己紹介のことを思い返していた。
せっかく練習したのに、つい『ボク』と言ってしまって、そのまま定着しそうな勢いだった。まあ、自分としては変えなくていいから楽なんだけど……。
蒼ちゃんも苦笑しながら、つくも君が良ければ素のままでいいと、お許しが出たしね。
「えいっ!」
ボクの一撃でジャイアントリザードが動かなくなる。そして、粒子となって消えていったあとにドロップアイテムが残った。
「お、リザードの皮だ。けっこうな枚数が貯まったな」
レベル3になったので召喚するモンスターを少し変えてみた。別にレベル3スライムやレベル3スケルトンでも良かったのだけれど、気分を変える意味でも違うモンスターと戦ってみたかったのだ。
え? 低いレベル帯なら『ゴブリン』とかいるだろうって? いや、人型タイプを倒すのは、まだちょっと抵抗が…。
スケルトンだって人型だろって? あれは骨だけだから、なんとなく大丈夫。
ドロップ品を『異次元収納』にしまいながら、床にぺたりと座ったボクは『魔王の憩所』の天井を見上げる。
考えて見れば、異界迷宮にいながら周囲に『オルクス』が展開していない状況というのは、けっこう稀なことと言えた。
前に言った通り全ての探宮者は『ヴォイヤー』を装備して配信が義務付けられているので、誰にも見られないで活動すること自体があり得ないことなのだ。
そもそも、ボクは16歳になっていないので、探宮免許を持っていない。つまり、モグリの探宮者なのだ。
『魔王の憩所』の他の異界迷宮と繋げられるという便利な機能を試していない理由もそこにある。今のボクは違法状態そのものなので、他の探宮者に見つかるわけにはいかないのだ。
もっとも、あの廊下の先にあるシークレットドアは一度でも探宮したことのある迷宮に繋げられるとユニ君が言っていたので、まだどことも繋がっていない公算が高いけど。
早く正式な探宮者になり、異界迷宮を蒼ちゃんと探宮したいものだ。
「さて、次のモンスターと戦いますか……え~とユニ君、聞こえてる?」
ボクは『証の腕輪』を腕に嵌めると管理ユニットの『ユニ君』に話しかける。
【聞こえております、主様】
「ユニ君、次のモンスターは『シルキークロウラー』のレベル1でお願い」
【畏まりました…………設定、完了いたしました】
この召喚陣の凄いところは任意のモンスターを設定したレベルで召喚できる点だ。なので、こちらの目的に応じて戦う相手を変えられるというのが最大のメリットと言えた。
ボクが『証の腕輪』を外し、召喚陣に近づくと、すぐにモンスターが召喚される。現れたのは指定した『シルキークロウラー』だ。
これは昆虫型のモンスターの一種で名前の通り芋虫のような身体をしている。そして、粘性のある糸を吐いて探宮者を動けなくして襲いかかるモンスターだ。
初見なら、手こずったかもしれないが、動画配信で何度も見たことがあるので戦い方は心得ている。吐き出す糸に捕まらなければ、それほど脅威ではないモンスターと言えた。
「とおっ!」
糸を避けつつ何回か攻撃し、最後の一撃を加えるとシルキークロウラーは身体を丸め動かなくなった後、粒子となって消える。
「お、ラッキー」
一匹目からドロップするとはツイてるぞ。シルキークロウラーのドロップ品は『絹糸』だ。
気を良くしたボクは立て続けに何体か倒すと戦利品を持って、ユニ君のいるワンルームマンションもどきに戻った。
「ユニ君、これだけあれば十分?」
【はい、十分でございます。少し時間がかかりますが、生成いたしますか?】
「うん、お願い」
ボクはずっと欲しかったものが手に入る算段が出来てご満悦だ。
で、ボクが欲しかったものは何かと言うと…………恥ずかしながら女性用の『下着』だったりする。
というのも、ユニ君が生成してくれたローブの下は痴女かと疑われるレベルで、すっぽんぽんなのだ。戦う度にちらちら見えそうで、気が散って仕方がない。
待って、引かないで。ちょっと言い訳させてくれ。
『魔王の憩所』内の物品はユニ君が生成した物だが、決して無から有が作れる訳ではない。それなりに素材が必要なのだ。
例えばバスルームに最初からセットされているバスタオルは使用した後に再生成され、いつでも新品同様になるけど、外から素材を持ち込まない限り、枚数は増やせない。
今、着ているローブも本来は部屋着であったものを再生成して出来た物で、一着しか存在していないのだ。
なので、すーすーするから下着を生成してってユニ君にお願いしたら、素材を要求されたという訳だ。
そして、下着生成に最適な素材が『シルキークロウラー』のドロップ品である『絹糸』だったのだ。ホント、そういう意味で『魔王の憩所』の防御召喚陣は素晴らし過ぎる。
さっきも言ったが、目的に応じて戦う相手を選べるから、必要な素材を集めるのも容易だ。実は最近、『シルキークロウラー』は乱獲され過ぎて低階層では、めったに見ることのできないレアモンスターとなっているのだ。
なので、こうして簡単に手に入れられることは、ほぼ不可能に近い。実際、なかなか再召喚されないのも、おかしな話なので、一部では迷宮協会が異界迷宮内で隔離して養殖しているのではという噂もあるぐらいだ。
とにかく、これで念願の『下着』が手に入る。こんな、喜ばしいことは無い。まあ、女性下着に一喜一憂するのも何だか腑に落ちない気がしないでもないけれど。
【主様、生成が終わりました。素材はそれほど多く必要ありませんでしたので、残りは返却します】
ん? 何か暗にある部分が小さいとディスられた気が……いや、思い過ごしだ。
ボクは出来上がったばかりの下着を身に着けてみる。うん、上下ともサイズはぴったりだ。さすがユニ君、仕事が完璧だね。
そういえば、現実世界でもう普通に着ているので慣れたけど、TSした当初は違和感と羞恥心でいっぱいだったっけ。けど、今はこのフィット感が癖になっていて、つけるとホッとするほどの安心感だ。
「ん、待てよ?」
『絹糸』から『下着』が生成できるのなら……。
「ねえ、ユニ君。この『リザードの皮』で『レザーアーマー』って作れない?」
【もちろん造作もなく出来ますが、お作りしましょうか?】
ダメ元で聞いてみたら、ユニ君はあっさりと可能と答える。
「ぜひ、お願いします!」
さっそく、お願いすると下着を生成するよりも早く作業が完成する。ユニ君が言うには、かつて生成したことのあるアイテムは時間がかからないそうだ。
「う~ん完成したけど……」
女性シルエットのレザーアーマーが完成したけれど、さすがに素肌の上に直に着用するには、いろいろな点で気になる。
結局、残った『絹糸』で下に着るインナーを生成してもらった。これなら、着心地もバッチリだ。
ボクは満足のいく結果に気分を良くして、『異次元収納』を開く。完成した皮鎧をしまって置こうと考えたからだ。
「ん?」
ストレージの中に、何か残っているのに気付く。手に入れた素材は全て使い切ってしまって空の筈だけど……。
ああそうか、異界迷宮に入る度に現実世界の衣類を脱ぎっぱなしにするのも恥ずかしいので、ローブに着替えた時にストレージに入れたんだった。
ボクは何の気もなく無意識に部屋着を取り出した…………取り出してしまったのだ。
「あれ?」
その違和感にボクは最初、気付かなかった。けど、次の瞬間ボクは青褪めるほど驚く。
「こ、こんな馬鹿なことって……」
謎の特異現象である『迷宮絶界』によって、決して現実の世界の物が持ち込めない筈の異界迷宮にいるボクの手の中に、現実世界で見慣れたボクの部屋着が存在していた。
第18話です。
ご指摘があったので、行間をなるべく空けたつもりですが、どうでしょう?
昔覚えた段落ごとに改行の癖が抜けてないみたいです。
気を付けます。




