第17話 自己紹介
ご指摘があったので、相川さんとの絡みの一部を修正いたしました。
ご迷惑おかけして申し訳ありません。
葉月先生は『入学のしおり』を使って明日以降の日程を簡単に説明した後、生徒に向かって言った。
「みんな、今日提出期限の書類を持ってきてる筈だ。今から私が席に回って回収する。出せる用意をしておいてくれ。あと、在学証明書が必要な人は帰りに事務室に寄って手続きして欲しい」
ボク達が鞄から提出書類を用意していると葉月先生はさらに続ける。
「今日忘れた人は明日必ず出すように。それと、この後簡単な自己紹介してもらうから、そのつもりで」
自己紹介ですと? ボクが一番苦手なヤツじゃないですか。
こちとら無趣味無個性の陰キャなんで他人にアピールすることなんてないですから。
ボクが内心恐れおののいていると、葉月先生は回収のために席を回り始める。一番前の生徒の回収が済むと二番目の席のボクの横に立った。
「先生、どうぞ」
用意した書類を渡すと葉月先生が、ほんの少し目を見張ったのがわかる。
ん? ボクの顔に何か付いているのだろうか。朝、鏡の前で身だしなみチェックをした時は問題なかったように思えるけど。
ああ、それともボクの素性を知っている先生が顔と名前を一致させたと言ったところか。
ボクの書類を受け取って次の生徒に向かう葉月先生を、そんな風に思いながら見送っていると、前の席の女子が不意に振り向いた。
「あの……私、『相川いちか』って言うんだけど、よろしくね。えと、一色さんで合ってる?」
相川さん……確か名簿で見た一番前の席の子の名前、確かそんな名前だった気がする。
「はい、一色 白です、よろしくお願いします」
相川さんは明るそうな感じの人で、ずいぶんとフレンドリーな性格をしているようだ。間違いなく陽キャっぽい。
「ねえ、変なこと聞くけど、もしかして外国由来の人?」
なかなか聞きにくいことをズバリと聞いてくる人だ。
「いえ、両親とも日本人ですよ。よく勘違いされますけど」
間違ってはいない。確かに髪と瞳の色を例の謎スキルで変えていなければ、絶対に日本人には見えないだろう。ただ、黒目黒髪にしたところで顔の作りが西洋人形のように整っているため良くて両親のどちらかが外国由来の人だと思われるのも当然と言えた。ああ、それでボクがずっと注目を浴びていた訳か、納得納得。
「ふ~ん、そうなんだ。あと、紺瑠璃さんとは同じ中学だったの?」
「いえ、別の中学です」
「へえ、仲良さそうだから同じ中学かと思った」
「親同士が仲良くて、あおいちゃんとは幼馴染なんです」
「あ――なるほど」
なんだか、ぐいぐい来る娘だなあと思っていると、回収が終わった葉月先生が教卓に戻ると皆の方へ振り向いた。
「じゃあ、さっき言った通り自己紹介をしてもらう……そうだな、あいうえお順じゃ当たり前すぎるから逆で行こう。と言うわけで和久井、君からだ」
「げっ!」
一番最後と高を括っていた和久井君が嫌そうな声を上げる。
「ほら、時間が詰まってるから、急いでくれ。名前と趣味や特技ぐらいで構わないぞ。ただ、どうしても他人よりアピールしたいという奴は好きにしていいぞ」
「は~い、わかりました。僕は和久井……」
名指しされた和久井くんが、言われた通り名前と趣味だけの簡単な自己紹介を済ませると、順々に席を立ってクラスメイト達が自己紹介を始めた。
どうしよう。せっかく順番が終わりの方で猶予をもらったというのに何も思い浮かばない、たいした趣味も無いし……素直に出身中学だけ言って座ろうか。あ、でも他県の中学だから、みんなピンと来ないかもしれない。
そんなことを悩んでいると、一人の女生徒の自己紹介にみんなの目が集まる。
「わたくしは『常磐 翠』と申します。以後お見知りおき願います。趣味は主に読書で、ピアノと華道を少々嗜んでおります」
肩口まで伸びた長い黒髪が美しい清楚な感じの女の子だ。見るからにお嬢様然としていて、いかにも裕福な家庭で育ったとわかる雰囲気を醸し出していた。色白で蒼ちゃんにはわずかに及ばないけど整った顔立ちをしている。あと、制服の上からでもわかるほど立派な胸部装甲を有しているようだ。高一であれだと、将来どうなるのか想像すると、ちょっと怖い。
「へえ、リアルで一人称が『わたくし』なんて人、初めて見たかも。まるで漫画に出てくるお嬢様みたい」
相川さんがボクの心の声を代弁してくれた。
「ボクも初めて見ました」
「は? あんたって『ボクっ娘』なの?」
「え? あ、えと……まあ、そんな感じです」
し、しまった。せっかく『私』って話すのに慣れてきたのに、気を抜くとつい『ボク』が出てしまう。
「へえ、私『ボクっ娘』も初めてだわ」
相川さんが常磐さんから視線を移して興味深そうにボクを見る。
ボクが何か上手い言い訳が無いか思案していると不意に教室がざわめいた。
視線を向けるとショートカットでスレンダーな女生徒が席を立ったところだ。女子にしては背が高く、一見すると王子様系の美少年に見えないこともない。あれなら、中学時代さぞかし女子にモテただろう。
「あたしの名前は『蘇芳 朱音』。どうせすぐバレるから先に言っておくけど。名字で分かる通り、あたしの親父は『蘇芳 秋良だ。って訳で、将来は探宮者を目指してる……以上」
それだけ言うと蘇芳さんはドスンと椅子に腰かけた。容姿に比例して性格も男っぽいようだ。ちょっと、かっこいいかも。
「へえ、蘇芳さんて、あの蘇芳秋良の娘なんだ。有名人じゃん」
相川さんはボクのことなど興味が失せたように蘇芳さんに釘付けとなっている。良かった、これで変な追及をされなくて済みそうだ。
それにしても……。
「蘇芳秋良か……」
『蘇芳秋良』―― 探宮者を目指す人間なら知らない者はいないという超有名人だ。迷宮協会日本支部の副支部長でありながら、現役バリバリの探宮者という日本最強の呼び声も高い人物でもある。日本にある異界迷宮の最奥到達者であり、テレビやネットニュースにも度々登場する人気者だ。探宮者を志望する者なら誰しも一度は憧れる対象とも言えた。奥さんも元探宮者で一人娘がいるとは聞いていたが、まさか同級生になるとは思わなかった。
「あとで友達になって、お父さんのサインとかもらえないかな」
相川さんは既に友達になる気で満々だけど、なんか癖が強そうで近寄りがたい感じがした。同じ探宮者志望として興味はあるけど、あまり関わらない方が良いように思えた。
「紺瑠璃 蒼です。よろしくお願いします。趣味は読書と音楽鑑賞です」
次に注目を集めたのは、やはり蒼ちゃんだった。
「めちゃ可愛いな、おい」「俺、同じクラスになれて良かった」「お友達になりたい」「やっぱり綺麗」「スタイルすごっ」「お姉さまって呼びたい」などの声がひそひそと聞こえる。
まあ、蒼ちゃんだからね。当たり前か。
「ホント凄いね、あんたの幼馴染。こんな美少女キャラが現実にいるなんて漫画やラノベみたい」
相川さんは、ほんの少し嫉妬の色を滲ませながら、注目を浴びる蒼ちゃんを呆れたように眺めていた。
「性格も凄くいいんですよ」
「は? 何その完璧美少女。チートキャラでしょ」
相川さんが理不尽さを嘆いているうちにボクの番がやってくる。
「一色、次は君の番だ」
緊張して立ち上がるのが遅れていたら、葉月先生がボクに声をかける。
「は、はい……」
慌てて立ち上がるとクラス中からの視線が集中する。
「え……えと、ボク『一色 白』です。白と書いて『つくも』と読みます。よろしくお願いします」
あれ? 蒼ちゃんが頭を抱えている。何で……。
「ボクっ子だ」「ボクっ子だわ」「何、あの小動物感」「可愛がりたい」「妹にしたい、いや娘だ」いろんな声が囁かれる。
し、しまったぁ! せっかく練習したのに、また『私』が飛んでしまった。
「あ、ごめんなさい。ボクでなく私でした」
そう言い訳すると教室のテンションが明らかに下がった。何故に?
「あ――、一色。別に無理に変えなくていい。いいじゃないか、ボクっ子。私は好きだぞ、可愛らしくて」
葉月先生がフォローしてくれたけど、それ返って逆効果だから。
「しゅ、趣味は食べることと寝ることです」
さらに言わなくていいことも口走ってしまう。もう、陰キャがバレバレだ。
「以上です」
ボクは顔を真っ赤にして席に座ると俯いた。
終わった……ボクの高校デビューは散々だ。
最後の相川さんが自己紹介をしていたが、落ち込み過ぎて耳に入ってこなかった。ごめんよ、相川さん。
自己紹介が終わるとホームルームは解散となり、体育館にいる保護者と合流して下校することになる。
「あおいちゃ~ん、失敗したよぉ」
「ああ、よしよし」
ボクっ子がバレて意気消沈したボクは蒼ちゃんに泣きつく。
「とにかく体育館にいこう、つくも君」
みんなまだ話したそうにしていたが、時間が限られていたので渋々教室から出て体育館へと向かった。
第17話です。
何とか週末までは毎日更新を維持します。
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