姉の奴隷として独学で黒魔術師になった彼女と、女神に呪われた王太子の結婚のお話
「呪いですか」
「そう。とある小国の呪われた王太子!私の婚約者としては不適格だと思わない?」
「まあ、お姉様は大変な美人で引く手数多ですからね。優秀な婿を取って我が家を支えるのがお仕事ですものね」
「そうなのよ!だから貴女が代わりに嫁ぎなさい!」
「はあ…まあ、良いですけど」
この日から私は自由の身となった。…まあ、小国とはいえ仮にも王太子殿下に嫁ぐんだけど。
私は幼い頃からお姉様の奴隷だった。最初の頃は嫌がっていたけれど、周りに助けを求めてもみんな私よりお姉様を優先した。お姉様の言うことを聞きなさいと。
ある意味、それは当たり前と言えた。お姉様は美人、私は良くも悪くもない見た目。お姉様は知識をスルスルと身につける、私は落ちこぼれで中々知識を身につけるのに時間がかかる。お姉様と私は、比べられれば必ず私が負けるのだ。
けれど、流石に物理的に離れて仕舞えばもう何もされない。私はむしろ、この婚約にホッとしていた。
「我が花嫁よ。俺の姿が怖いだろう。あまり見るな」
結婚式すら挙げず、結婚届だけ出したその日の初夜。醜い化け物が姿を現した。皮膚が溶け落ちては足元から吸収され、またドロドロと溶け落ちていく。化け物としか形容しがたい。しかし、私はそんなことで動じない。何故ならお姉様の命令で、よく黒魔術を行使していたのでもっとグロい悪魔にもお世話になっていたからだ。
「いえ、怖くありません」
「嘘をつくな」
「本当ですよ」
私は王太子を抱きしめてキスをする。
「ね?」
「…信じられない。君はなんなんだ」
抱きしめられてキスをされたからと、呪いが解けるはずもなく。しかしそんな彼を私は甘やかす。
「貴方の妻です。今まで辛かったでしょう?甘えてください。泣いてもいいんですよ」
「…」
しばらく呆然としていた彼は、やがて声を上げて泣き出した。私はただ背中をさすって抱きしめ続けた。
その後私達は、お互いの人生を語り合った。呪いのせいで人から愛されたことがないこと。姉から奴隷扱いされ、呪いを行使する黒魔術師として生きてきたこと。黒魔術を毛嫌いする彼は、しかしそれでも私の人生まるごと受け入れてくれた。
そして年月は流れ、彼は王となり私達の間にはやがて子供ができた。子供は呪いを受け継いでいなかった。一応王位を狙う彼の親戚のいちゃもんを防ぐために、魔術で彼との血の繋がりを確認したが間違いなく彼との子供だと証明された。
彼との子供達は全員とても元気で美丈夫だった。おまけに賢い。そして私にも夫にもすごく懐いた。夫が呪われていると理解してもなお、夫を愛した私達家族。そんな私達の愛に、彼はとうとう語り出した。
「俺は自分で言うのもなんだが、美形で優秀な期待の王子様だと言われていた。しかし、それに驕り高ぶった俺を女神は許さなかった。俺を醜い化け物に変えた女神は言った。俺が真の意味で人を愛し、そして醜い自分のことも愛せるようになればその時呪いは解かれるだろうと」
「化け物にされた自分を愛せとか結構無茶言いますね」
「俺もそう思っていたよ。けど、お前たちのおかげでそれも叶いそうだ」
彼の身体が光りだす。
「お前たちのおかげで、やっとこんな自分でも愛せるようになった。もちろん、そんなお前たちも愛してる。だから、呪いが解けるはずだ」
そして彼は、ドロドロの怪物から美しい王となった。
「お前たち、ありがとう。心から愛してる」
「お父様?本当にお父様?」
「ああ、そうだとも」
「父上、おめでとうございます!」
こうして物語は、大団円。みんな幸せになった。
「…女神様、彼の呪いを解いてくださってありがとうございます」
「もう、今回だけ特別なんだからね!あの男は醜い自分を愛することは出来ても、自分以外誰のことも愛しちゃいない。それでも呪いを解いたのは、貴女が私の欲しかったものをくれたから」
「ええ。私の黒魔術師としての能力ですね」
「そう。ちょうど私の愛し子がその能力を欲しがっていたのよ」
「お役に立てて良かった」
だって、だって仕方がないのだ。こうでもしなければ彼の呪いを解いてあげられない。そうなれば彼は自分が私達を愛していないといつか悟る。自分を愛せないのではなく、私達家族を愛せないのだと。そうなったら、色々面倒くさいと思ったのだ。
今は愛していると思い込んでくれているから優しい。その幻想が無くなれば、彼は私達を便利な道具のように扱うだろう。それを避けるために必要だったのだ。
「じゃあ、せいぜい人を愛せない冷酷な男とお幸せにね」
「…ありがとうございます。子供達だけは、守り通して幸せにしてみせます」
可愛い我が子達のためならば、私はなんだって出来るのだ。最初は本当に夫と愛し合えればとは思っていたけれど、彼は私を、私達を愛せないと気付いた時から彼を騙しきる覚悟は出来ていた。
「でも、出来れば愛し合いたかったなぁ」
私の呟きは闇夜に消えた。月が私を優しく照らす。何かが胸に詰まったように、息がとても苦しい。
「でも、私には大切な子供達がいる。それで充分」
言い聞かせるように呟いて、月を仰いだ。