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戦力外同士の戯れ

「いやぁ!!」

「っ」


 普段は街に勤める兵士達の奏でる風切り音と勇ましい声が響く兵舎の修練場に、絹を割くような高い悲鳴とそれに伴って鈍い打撃音が響いた。


「よーしよし。大丈夫、だいじょーぶ。ありがとうね、勇気を振り絞ってくれて。ほら、皆の所に戻りましょう?」

「あ、あの。殴っ……謝らないと……」

「だいじょーぶ。彼はそんな事で怒るような人じゃないわ。ここでは気にしなくていいのよ」


 そうしてゼル(この場にいる唯一の男)の事を視界に入れさせない様に、怯える女の肩を抱きながら金髪赤ドレスの娼女が遠ざかって行くのを老婆とゼル、それに紫のドレスの娼女が見送っていた。


「一番()()な子であれかい。これはちと厄介だね」


 老婆がぼやく。

 どうやら盗賊達に捕えられた女性達に刻まれた心の傷は、彼女が思っていたよりも深かったらしい。

 だが、それを隣で聞いたゼルはそうでも無いと心の中で独り言ちる。


「まぁ、あの嬲り甲斐のありそうな反応といい、顔の痣といい、運良く(悪く)最近捕まった子でしょうね」

「そうだね。壊れる前に救い出せたのはお手柄だ」

「だがこの場に於いては役立たずだ。徒に怖がらせるのは趣味じゃない」


 老婆の言葉の尻を良いように使い、暗にこの場を去りたいと云うゼルに対し、老婆は呆れたような目を向けた。


「男のあんたが居るってのが重要なんだよ」

「荒療治でもする気か?」

「それは今失敗したろう。違う」

「男が近くに居ても大丈夫。そう刷り込むためよ」

「あんたはもうちょっと言葉を選びな。今は仕事中だよ」


 首を傾げるゼルに対する老婆の言葉を紫の娼女が引き継ぎ、それに対してただでさえ強い目力をより強めて娼女を睨め付ける老婆。

 子供が向けられたら十中八九泣くだろう目を向けられた娼女は、おどけた様な態度を取りながらゼルを盾に老婆の視線から逃れた。


「だが、言葉を選ばなけりゃそういうことさ。あんたが自分達を救ってくれた。そのおかげでただ警戒するだけに留まってるんだよ」


 その警戒もゼルに対してというよりは、男全般に対するものだと老婆は補足する。


「これが他の男だったらそうはいかない。この場に男の兵士が配置されてないのがいい証拠さ。多分誰かしらがやらかしたんだろうね」

「やらかした……ね」


 何を? 決まってる。

 泣くか叫ぶか怯えるか。兵士を見てその何れかをやってしまったものがいるのだ。

 そして、この場に配置されている女の兵士達の武装が最低限な辺り、鎧などで武装した人間にもトラウマを抱えてしまったものがいるのだろう。


「しかし、こうなると暇だな」

「じゃあ、模擬戦でもしない? 戦力外同士暇だし」

「ヴィーラ」

「いいじゃない女将。閨で降すのもいいけど、偶には剣でも降したいわ」


 そう言って紫の娼女はゼルの返事も待たずに兵舎の中へと姿を消した。

 彼女の言う戦力外とは、この場で何もするなと言われたという意味だ。


 ゼルは言わずもがな、老婆にヴィーラと呼ばれた娼女は普段の仕事中の愛想の良さを出さず、普段の態度を滲ませて女性達を若干だが怖がらせた為、老婆から戦力外通告を受けていた。


 それに加え、女性達が彼女に負い目を抱いていると言うのもあった。


 娼女達がここに着いた時、恵まれた容姿を持って煌びやかな衣服に身を包む彼女達を見て、一部の女性が何も知らないくせに一丁前に同情する気か、と娼女達に向かって声を荒らげたのだ。


 それに対して彼女は、


『あら、盗賊に捕まって輪姦(まわ)されたんでしょう? それだったら私だって過去に経験あるわよ? 運良く孕まなかったけど。そうねぇ、何されたかしら。たしか――』


 自分の過去を語った。彼女達が合った悲惨な目に勝るとも劣らぬ不幸自慢に彼女達は閉口し、中にはトラウマを呼び起こされた女性も出始めた為に彼女は老婆から止められ、隔離されたのだ。


「あの子、最初からこれを狙ってたのかい」


 その事に対し、老婆はらしくも無いと疑問に思っていたが、彼女が模擬戦を申し出た時点でそういうことかと理解した様子を見せた。


「いいのか」

「距離を取れば大丈夫だろうよ。済まないが付き合ってあげてくれないかい? 簡単な傷なら薬で治せるからさ」

「了解し……ん」

「……何かあったようだね」


 娼女が姿を消した修練場の出入り口。そこで娼女が半身を覗かせてゼルに向かって手招きしていた。


「行ってくる」

「あぁ、闘いは端でやるんだよ。私は向こうに戻るからね」

「了解した」


 言いながらゼルは娼女の居る兵舎へと向かっていく。そうして合流すれば、その隣には一人の男が居た。


「この人が貴方を呼んでくれって」

「先程ぶりですな。どうやら私達の縁はまだ切れてはいなかったようで」


 そう言って笑うのは、恰幅のいい商人。

 姿を見せると()()厄介な事になるだろうからと、誰かしらがここに来るのを待っていたのだ。

 近くに女性兵士が待機しているのだから呼べばいいものを、兵士が動く事で不安にさせてはいけないと律儀にも待機し、そこに彼女が来たと笑う商人。


「色々損をする性分だな」

「はっはっは。報酬を全て断った貴方には負けますよ」

「あらまぁ、本当に全部断ったんですか? 戦功者なんですし、少なくない報酬を貰えたのでは?」

「えぇ、ですが断られてしまったのですよ。雇われた時に金は受け取っていると。戦果者に上等な剣を、というのも反故にされてしまって」


 いやぁ、困りました。と、あけすけな態度を取りながら丁寧な口調の紫の娼女の言葉に受け答える商人。


「まぁっ、偏屈なお方だとは思っていましたけれど、それに違わぬ頑固さですね?」

「おかげでこっちとしてはもう、困り果ててしまって……結局朝になっても受け取って貰えず別れてしまい……。ですのでここに居ると聞いた時には、えぇ、年甲斐も無くはしゃいでしまいましたよ」


 そんな会話を横で聞いているゼルは、報酬なら確かに貰っただろうと思いながらも口を挟まなかった。

 何故なら、老婆に話しかけた時には既に『踊る白鶴』への関心が消えかけていて、街を出ようかとすら考えていたからだ。


 もし本当に老婆の申し出に付き合わずに街を出ていれば、それは彼のせめてもの報酬すらも反故にした事になっていただろう。


 とはいえ、このまま二人の話を聞いていても何も進まないからと、ゼルは口を開いた。


「それで、俺に用というのは」

「あぁ、そうでした。これを。戦利品の整理をしていたら、酒樽の底から出てきましてな」

「これは……」

「リッカデュラル伯爵家の紋……でしょうか? フラン王国の。それでこの包みは……そう」


 そう言って娼女は一瞬だけ痛ましげな表情を作り、直ぐに何処か色気を感じさせる優しげな笑みに戻した。


「えぇ、髪です。これを貴方に送り届けて欲しい。彼女の最期を看取ったのは貴方だけですから」


 ゼルを見据える商人の目には真摯な光が宿っていた。それに当てられたゼルは、商人の手に載っているペンダントと包みを見て、少しばかり不快気な表情を浮かべた。


「済まないが、断らせてもらう。貴族は苦手でな」

「しかし……」

「あの、遮って申し訳ないのですけれど、どうして伯爵家の紋が? 賞金首だとしても、流石にお貴族様に手を出すのは……」

「恐らくお忍びだったのでしょう」


 商人は確信を持って断言した。

 貴族紋の首飾りが酒樽に隠す様に捨て入れられていたこと。


 商人仲間達から、リッカデュラル伯爵家の遣いや御令嬢自身が、この小国群に来るという話を一切聞かなかったこと。


 そして、朝に投棄された馬車等の残骸の調査に残していた一団曰く、貴族紋の描かれた馬車は存在しなかったとのこと。


 これらを加味するに、お忍びだったのは確実。

 となれば、御令嬢が帰らぬ人となってしまっても、リッカデュラル伯爵家は彼女の捜索には乗り込めない。


 もし捜索してしまえば、王国の貴族がこの地に団を送ってしまえば、理由はどうあれ疑われる。

 そして令嬢を送っていたことが明るみになれば……。


「だからこそ他のものには頼めない。リッカデュラル家が何故御令嬢をこの小国郡に送ろうとしたのか、理由は分かりませんが、他の貴族に知られれば多くを探られてしまう」


 帝国と王国の間に緊張が走る今、そんな不穏分子は作りたくないと商人は言う。


「王国と帝国が?」


 それはゼルには初耳だった。二年半の間に世間から離れて例の空間に引きこもって居た彼は、あまりに世情に疎かった。


「えぇ。二年半程前に南部の国境都市クネメナタッドが魔物の襲撃で壊滅してから段々と緊張が高まっていて、そろそろ爆発するだろうという話が」

「クネメ……今あそこはどうなってる」

「両国不干渉のまま。冒険者統合組合と生き残りのもの達が復興作業をしていると。戦争が始まれば真っ先に狙われるでしょうな」

「…………そうか」


 ゼルは少しの間瞑目した。

 その閉じられた瞼の裏にどんな光景が浮かんでいるのかは、商人には伺い知れない。


 だから彼は触れず、両国の状態を加味して流浪の身であるゼルに頼みたいという事だけを告げた。

 今この状態で普段使わぬ商人が行けば、面倒な事になるのは確実だからだ。


「どうか届けてあげては貰えませんか。盗賊に捕まり凌辱され、戦いに()()()()()()人知れず最期を迎えてこのまま忘れられるというのは、年頃の令嬢の末路としては余りに悲惨だ。これが悪政を敷く貴族の御令嬢ならともかく、リッカデュラル家は領民達からの支持が高い」

「……分かった」


 軈てゼルは頷いた。


「どうやら個人の感情を挟んでいいものでは無いらしい」

「申し訳ない。貴族が苦手だというなら、一筆認めたものを伯爵の屋敷に投げ入れるでも構いません」

「いや、大丈夫だ。この手で直接渡す」


 そんな不義理な真似は出来ないと強く言うゼルに、商人は申し訳なさそうにしながら礼を言った。


「ありがとう……。報奨は」

「白鶴でいい。大金は流浪の身に余る」

「…………左様ですか、やはり貴方は変わっておられる」


 その言葉と遺品を残して商人は去っていった。

 それを見送ったゼルは、やはり苦い表情で己の手にある貴族の少女の遺品を見つめていた。


「どうして断ろうとしたの?」


 半ば睨むように遺品を持つ手を見つめるゼルに、娼女は口調を戻して訊いた。


「貴族が嫌いだからだ」

「嘘。女将との会話は私も聞いてたのよ?」


 責任云々。先の会話のやり取りからして、看取ったもの、救ったものとしての責任を果たそうとすると思ってた。

 娼女は明確に言葉にしなかったものの、その含まれた言葉はゼルに伝わった。


「貴族、権力者。その類いが嫌いなのは嘘じゃない」


 だがそれでも、ゼルは理由を言わなかった。


「ふぅん……。まぁいいわ、武器を選びましょ。私が勝ったら理由を教えてもらおうかしら。負けたらそうね……抱かせたげる」

「断る。無理に女を抱くのは趣味じゃない」

「じゃあ負ければいいじゃない」

「手加減なんて巫山戯た真似をするのも趣味じゃない」


 じゃあ何が趣味なのよ。娼女はゼルに聞こえるように呟きながら、樽の中に無造作に入れられた武器群から直剣を取り出した。


「貴方は何?」

「直剣で」

「はーい」


 間延びした返事をしながら娼女は直剣をもう一本取り出してゼルに投げ渡した。

 力を使えば刃の無い剣も作れる筈なのだが、ゼルは力を使う気は無かった。


「今更だが、その服で戦うのか」

「心配無用よ。足を絡めるなんて無様は晒さないから」


 そういう事じゃ無いのだが。ゼルはそう思いながらも、本人がそれでいいのなら良いのだろうと何も言わず、先程よりも女性達からの注目を集めながら、娼女と二人修練場の端で向かい合う。


「やはり注目されるか」

「そりゃあね。剣を突き付けられて脅されるなんて常でょうし。それより服は脱がなくていいの? 窮屈、なんでしょう?」


 揶揄うような笑みを浮かべて流し目を送る彼女に、ゼルは剣を構える事で返した。


「もう慣れた」

「っ、そう」


 どうやらゼルの返しは娼女のツボを突くものだったようで、少しの間肩を震わせてから彼女も剣を構え、それを見たゼルは違和感に首を傾げた。


「その構え、慣れてないだろう」

「……見ただけで分かるの?」

「あぁ」

「ふぅん……」


 娼女はゼルの言葉に瞠目したが、構えを変えることは無かった。

 そうして二人の模擬戦が始まり……。


「っ」


 一戦目。

 ドレスでの踏み込みとは思えぬ鋭い動きを見せた娼女に対し、ゼルはその場で少し身を捩るだけで彼女の攻撃を避けると、剣を彼女の細い首筋に突き立てた。


「舐めすぎだ」


 二戦目。

 先程とは打って変わって身体の勢いと遠心力を利用した動きで切り上げ、振り下ろし、薙ぎと自然な動作で連撃を繰り返す娼女。

 それをゼルは全て剣で打ち払い、彼女が剣を握り直そうと微妙に力を緩めた瞬間を狙って彼女の手から剣を払い落とした。


「足りんな」

「何が?」

「手数だ。……普段は二刀使いか」

「…………構えを見て、打ち合って。それだけで暴くのね……」


 ゼルの言葉に娼女は再び瞠目した。

 そして、無表情のままに再び剣を構えるゼルに対して薄ら寒いものを感じ、剣を投げ捨てた。

 代わりに構えるのは、華奢な拳。


「どういうつもりだ?」

「……こっちの方が、まだマシな戦いを出来ると思って」

「そうか」


 頷き、ゼルもまた剣を手放した。


 顔を狙わず、胸を狙わず、腹を狙わず寸止めに。

 手加減を好まないと言いながら、傷を付けないようにゼルが腕を振るっているのは、この二戦で娼女も分かっていた。


 何も戦いの中で相手の事を知ったのはゼルだけでは無いのだ。


 屈辱だ。娼女はそう思った。でもその理由は、自分が女だからというのもあるだろうが、それ以上に自分が本領を振るおうとしないからだろうというのは分かっていた。


 申し訳ない。娼女はそう思った。でも彼は()()だ。振るうわけにはいかない。見せるわけにはいかない。特にこんな、ただ数度打ち合うだけで暴くような猛者なら尚更。


 でも、しかし、だが、歪めたい。同時に娼女はそう思った。無表情、若しくは仏頂面を貫く猛者の顔を、男の顔を、苦痛に、悦に、驚愕に。


「………………」

「…………?」


 美女は動かない。焦らし、手を伸ばさせる為に。


「来ないなら、此方から行かせてもらおう」

「っ!」


 高嶺の花は嫋やかに身を捩る。自分からは近付いても、相手からは近付かせない為に。

 されど彼女は娼婦、届かせる夢であり届かぬ夢。

 娼女は己に向かう無骨な腕に手を伸ばし、柔らかに、艶やかに舞う。


「なっ……」

「ふふっ」


 斯くして男は仰ぎ見た。

 天に向かって聳え、美しく煌めく靭やかな脚と、その隣に並ぶ艶やかな笑みと妖しい瞳を。


 娼婦――一夜の間男を虜にして恋を煩わせる、妖しき女性(にょしょう)

 その在り方は陽の下でも健在で、闘争に身を費やす為に彷徨う狂戦士は、この一時、確かに戦いを忘れた。


「まずっ」


 娼女に見惚れていたゼルは、彼女が履く靴のかかとを上げるための細い支えが、一瞬だけ陽光を浴びて輝いたのを見てはっとして、咄嗟に両腕を頭上に掲げて交差させた。


「はァ!」

「ぬぅ……!」


 裂帛の気勢と共に振り下ろされた彼女の脚は、彼女の履いたハイヒールは掲げられたゼルの腕に突き刺さった。

 尖らずとも、貫くには太くとも、その凄まじい勢いは振り下ろされた剣を想起するには十分で、ゼルの腕に深くめり込み、ぶちりと鈍い音を立てて彼の肉を破った。


「っ!」

「いっ……ひゃあ!?」

「っ、くそ!」


 その事実に彼は焦り、加減と気遣いを忘れて彼女の足を掴んで力任せに投げた。

 突然の暴挙に遠くから見ていた女性達から畏れを孕んだ叫びが聞こえる中、ゼルは娼女を投げた事に更なる焦りに呑まれて急いで駆け寄った。

 しかし当の娼女は、猫のように空中で靭やかに身を捻って見事な着地を見せた。


「と……うぇっ!?」


 だが、強靱な身体を突き破る程の振り下ろしによって踵の支えは脆くなり、ゼルの投げた勢いもあって着地と同時に踵の支えが折れ、素っ頓狂な声を上げて倒れそうになる。


「あら」

「……間に合ったな。無事か?」


 それを止めたのは、無論ゼルである。

 ゼルはバランスを取るために伸ばされた娼女の腕を引き寄せて立たせると、着ている服を乱雑に裂いて腕に巻き付けて行く。

 娼女が血に気付いて居ない間に腕を隠す必要があると判断したのだ。


「それはこっちの台詞。つい加減を忘れたわ。腕大丈夫?」

「大した事ない。加減を忘れたのもお互い様だ」

「そうね。……っと」

「痛むか?」


 ゼルに聞かれ、それもあるけど、と足を上げて靴を掲げて見せる娼女。

 折れた支えを見たゼルは、彼女の前に跪くと、一言謝ってから足を自分の膝に載せた。


「直せるの?」

「無理だ。だが……」


 返しながらゼルは片手を背に回し、支えに嵌めるのに丁度いい鉄輪を作り出した。


「これで今日は持つはずだ。根元から逝かなかったのは幸運だった」

「そうねぇ、うん、問題無く動けるわ。でも続きはお預けね。この街には何時まで?」

「明日には発つ」

「ふぅん……。いいの? 白鶴の踊り子は毎日舞ってるわけじゃないけど」


 微妙な結果で戦いの終わりを迎えたのが不服な娼女はゼルにそう言うが、返答はにべもない。


「何方にせよ明日には発つ。数日待つほどの興味は無いからな」

「そ。貴方、冒険者じゃないんでしょ? どうして旅を?」

「さてな。冒険者にならんのも路銀を求めていないというだけだ」


 当ての無い旅をする人というのはそれなりにいるが、路銀が必要無いとはどういう事だろう。

 娼女は過去に出会った多くの人間とのやり取りを軽く振り返るが、やはりそんな奇特な者はいなかった。

 いや、無駄に気取ってそう言う人間は確かにいたけれど、目の前の男はその類いには見えない。


「まぁいいわ。それより行きましょ」

「何処に」

「館よ。回復薬取りに行かなきゃだし、ほら」


 顎でゼルに背後を見るよう示唆する娼女。

 そこには先程よりも強い警戒の眼差しを向ける女性達が居た。

 模擬戦とはいえ娼女を力任せに投げた上に、自分の服を破って上裸に戻りかけているゼルは、女性達にとって十分すぎるほどの恐怖だった。


「…………らしいな」

「ね? 残ってもできること無いし行きましょ。あ、転ばないように抱っこでもして貰おうかしら?」

「分かった」

「冗談よ。少しくらい狼狽えると思ったんだけど」


 流し目を初めとした色仕掛けの類いが一切効かないゼルを娼女は面白がって、道中では何が有効なのかという遊びを初め、ゼルは今までとは全く違う姦しい歩みに複雑な感情を抱きつつ、律儀に応えていった。


 因みに、二人で兵舎を後にする前に老婆に一言断ろうとした結果、何馬鹿やってんだと二人揃って叱られた。

ようは腕掴んで逆上がりして飛び上がっての踵落とし

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