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謁見

うおおぉおぉぉお更新んんン!!

なんとか1週間以内に投稿できました……。

「おい、あれ見ろよ」

「え? ちょっと何? 噂の殺人犯?」

「いや、別のだ別の。ほら、昨日居たろ? 塔に繋がる鎖を登ったとかいうイカれた奴がよ」

「あぁ、あれ。てっきりもう落ちて死んだものと思ってたわ」


 衛兵達に囲まれて街中を進むゼルを遠巻きに眺め、住民達が囁き合う。


「だとしたら昨日兵士達ががやがやしてたのはおかしいだろ」

「え、でも、あれじゃないの? 殺人犯の方に行ってたんでしょう? 昨日も一人攫われたって話じゃない。あの人が犯人なんじゃ無いの?」

「そっちに関しちゃまだ分かってないってよ。みんな出し抜かれたって話さ」


 この国の住人らしく、美男美女の夫婦だろう彼らに、思わずゼルは鋭い視線を向ける。


「「ひっ」」


 畏怖を抱いたような表情を向けられ、咄嗟に視線を前方に戻す。


「や、やっぱりあの人が殺人犯なんじゃ……」


 彼らの憶測に応えるように、ゼルの表情は険しくなる。

 話が本当ならば、犯人は連日で仕掛けに来たということだ。


 流石にそのような自体は予測していなかった。


「おい、とっとと歩け!」

「っ、……ふん」


 思索に耽り、遅くなった歩みを急かされる。

 ゼルは現在、両腕を拘束され、足には鉄球の付いた枷を嵌められている。


 武器は取られていない。ユグリアの蔦ががっしりと固定しているためだ。


 どれだけ押しても引いても抜けない無銘の剣は素直に諦め、白の剣ユグリアに関してはゼルの放つ殺気に当てられて触れることすらしなかった。


 拘束はその代価とも言えた。


「変な真似はするんじゃないぞ」

「分かっている」


 ゼルに向けられた衛兵達の目は非常に厳しい。

 魔法使いの塔に登る不埒者なのだから当然だが。


「こんなものを王に?」

「我らでは裁定出来んからな。屈辱だが仕方がない」


 ゼルを城に招かざるを得ない事実に嘆く衛兵達と共に、城へ向かう。


 水上に浮かぶ大都市の南北の端に座する、美しい白麗の城へ。

 遠方の背後には長大な滝が飛沫を上げている。


 大滝を背にした威圧感と、城の美しさは見るものを須らく圧倒する。


 白磁の珊瑚を使い作られた、城から伸びる扇の階段を登る。


 大理石ともまた違う、滑らかな石材で出来た踊り場を通り、流麗な彫刻が施された門の奥へ。


 ゼルの引き摺る鉄球ですら、床に傷は付かない。


 踊り場と似た石材で出来た廊下の真ん中に、透明な硝子の道が走る。

 映し出されるのは湖に棲息するのとはまた違う、美しい模様の魚達。


 彼らを眼下に見納めながら、更に回廊の奥へ。

 明確な角は存在せず、殆どが緩やかな回り道で構成されている。


 白亜の城の流麗な道を進み、色とりどりの宝石が散りばめられた、城門ともまた違う精緻な彫刻の為された巨大な門の元へ辿り着く。


「報告します! 先日、クルヌテ様の天に御座します塔に繋がる鎖に取り付いた無法者を捕縛。処遇を伺うため、引き立てて参りました!」


 門の前に構える兵に用を告げるも、彼らはゼルと衛兵達を険しい顔で見つめたままで、門を空けようとしない。


「武器を」

「そ、それは……承知しました。おい、大人しく」

「…………」

「おい!」


 ゼルは剣に手をかけようとする衛兵の手を思わず避ける。


「返す保証は」

「無い、と言ったら?」

「殺す」

「おい、貴様いい加減に……ぐふっ!?」


 門兵の問いに殺気を込めて応えたゼルは、手枷を力任せに破り砕くと、無銘の剣を鞘ごと取り出して衛兵に手渡した。


 枷を破ったゼルから衛兵達が距離を取り、引き抜いた得物を向ける。


「その剣も」


 門兵も険しい顔でゼルを睨み、白の剣を要求する。


「これは木剣だ。王の撲殺を許すと言うのなら、俺をここで追い返せ」


 謁見の間を前にして、あまりに無礼。

 しかし譲れない一線である。


「貴様……っ」


 いきり立つ衛兵達を他所に、ゼルと門兵は睨み合う。


 ゼルの問いの真意は忠誠や実力への意思を問うものだ。

 王の前で剣を抜かせるのか、抜かれて王を守れるのか。


 どちらも自信が無いのなら通すな。と。


「良いでしょう」

「なっ、よろしいのですか!? このようなものを」

「但し」


 目配せし合った二人の門兵は、通す許可を下した。


「少しでも不審な真似をすれば、この剣は砕きます」


 無言で頷いたゼルを見て、門兵が衛兵達に再度の拘束を言い渡す。


「馬鹿な真似をしたら、即座に首を刎落としてやる」


 先程までと比べ、より一層に厳重な拘束をした上で両肩を固め、槍を関節に挟み込む。


「では、開門!」


 二人の門兵が槍の石突きを門に叩き込む。

 直後、魔力が波紋のように門に広がっていく。

 そして内からも衝撃音が鳴ると共に、もう一度波紋が広がる。


 すると、回廊に走っていた水が門の彫刻が描く線の中を登り始めた。

 登る水は門の頂点まで到達すると、真ん中で合流。


 門扉の境を落ちていく。


 伴い、門が開く。門の上部には門と繋がる機構が存在し、落ちる水はそこから流れていた。


 水が膜を張り、門の内を窺わせない。

 それが尽きたのは、門が開ききったのと同じ時。


「とっとと進め!」


 小突かれ、ゼルは門の内に足を踏み入れる。


 仄かに青い光を反射する月長石の柱が立ち並ぶ。

 それらをより映えさせるのは、金や銀、宝石といった装飾品。


 今まで通って来た道とは明らかに一線を画す様相の大部屋。


 そこには美人揃いで有名なアクェーレの市民達と比べても、明らかに格が違うと思わせられる美しい女性達がいた。


 彼女らが見る部屋の中央で、ゼルは衛兵達によって無理やり傅けられた。


 交差した槍の柄で抑えられた首を何とか上げ、部屋の奥に存在する薄幕を仰ぐ。

 透かし見えるのは女の影。


「再度報告申し上げます!」


 ゼルの視界を塞ぐように、衛兵が眼前に出て声を張る。


「不要です」


 遮るように声が響く。

 蕩けるような、痺れるような、魅入られたくなるような過剰な艶を孕んだ声が。


「――はっ、し、しかし」

「善いのです。……久しぶりですね、放浪者の子」


 放浪者? 周囲と衛兵達が騒がしくなる中、薄幕の主は尚も言葉を紡ぐ。


「本日は如何様に? お爺様の遣い、ですか?」

「いいや、っ」


 声を上げれば、勝手に口を開くなと抑え付けられる。


「その方を離しなさい」


 薄幕の主の声が低くなる。衛兵達は驚きながらもゼルの拘束を解こうとはしなかった。


「いいや、構わない。非礼を働いているのはこちらだ」


 彼らに助け舟を出したのはゼルだった。


「……そう、でも、貴方が過去に彼らと我が国を救ってくれた事は変わりません。忠義に免じて、我が騎士達の無礼を赦して頂けますか?」

「………………」


 ゼルはその言葉に沈黙を返した。

 最初は気の所為だとも思ったが、どうやら目の前の御仁はゼルが何者であるかをしっかり認識しているらしかった。


 当の本人でさえ、血や剣に反射する己の顔を見て別人と誤認したというに。

 魔法使いの二人は良いだろう。

 旧友コルはゼルを顔ではなく剣で判断した。


「無論だ、元より無礼とは思っていない。寧ろ謝罪すべきは俺の方だ。一国の主を前にして、言葉を飾れぬ無学を許して欲しい」


 怪訝に思いつつ、言及はしなかった。


「それこそ構わないと言うものです。貴方との繋がりを得られるのであれば、多少の無礼は赦しましょう」


 痺れを生む艶やかな声で言われてしまえば勘違いも出来ようが、ゼルはただ目の前の相手を厄介なものとしてしか見ていなかった。


「今の俺に奴らとの縁は無い」

「でも、クルヌテ様とお会いした。完全に失ったわけではない、でしょう?」


 ゼルの否定は、ゼルの行動が否定していた。


「それでも、爺さんがどこにいるのかも知らん身だ。工房を構えたと聞くが、アレの本懐は旅だ。空の可能性が高い」

「知人がどこにいるのか、なんて、私にも分かりません」

「…………」

「それに、直ぐにかのお方が選択肢に出た辺り、貴方の中では切れていないのでしょう?」


 否定を上塗りする言葉すら、更なる否定に利用される。

 寧ろ、ゼルが子供冒険者であると裏付けるようなものだった。


「ふふ、見目は随分逞しくなったようですが、安心しました」

「…………」


 証明するように、薄幕の主はゼルを完全に子供と看做した。

 今のゼルの面頬だけを見るならば、歳は二十前半と推測するのが妥当な所か。


 しかし、実の年齢は十五である。

 十代の後半に差し掛かったばかりの若造であった。


 多少残っている前世の記憶も、殆どが物語の英雄戦士達に対する羨望と憧憬に彩られており、しっかりした知識の殆どは朧のままだ。


 リッカデュラル伯爵との会合のように、話すべきこと、伝えるべきこと、隠すべきこと。

 それらを決めずにぶっつけ本番で貴族と対話をするには、ゼルの話術は未熟そのものと言えた。


「それで、クルヌテ様にはどのようなご用で?」


 周囲に控えるもの達と衛兵達を置いていった状態で、話は本命に移る。


 主語無く会話を交わす王とゼルとで彷徨わせていた思考は、クルヌテの名を聞いて理解を示す。


「今市井で起きている事は知っているか」

「えぇ、なんでも不形の愉快犯と呼ばれるものがいるとか。誘拐に、殺人。悩ましいことです」


 ほとほと困り果てた。そんな様子を見せる薄幕の主。


 不形の犯人とは確かに捜索者達の間で広まっていった名称だ。


「あぁ、標的はここにいるような女達だ。解決が遅れれば狙われるかもしれん。気を付けろ」


 それは完全なお節介から来る言葉だった。


「…………」


 しかし、薄幕の主からは妙な沈黙が返ってくる。

 ゼルは、己の言葉に誤りがあったのか、確認のために周囲の女達に視線を走らせた。


「クルヌテ様は」


 彼の意識を自身に戻すかのように、薄膜の主は沈黙を破る。


「クルヌテ様には、その事を?」

「? あぁ」

「かのお方は何と?」

「何も」

「…………そうですか。何か手掛かりになるような言は?」

「全くだ。直に分かるとだけ」


 沈黙。妙な静けさが、部屋の中に木霊する。


「陛下。このものは、如何に?」


 それを破ったのは衛兵だった。

 大人しく二人の会話を見守っていたが、ゼルの処遇に対する話が上がらないことを懸念の声を上げた形となる。


「ん? あぁ、そうですね。解放です」


 そう言えばそんな話だったか。

 思い出した風な反応を見せた薄幕の主は、軽い調子で釈放を告げた。


「なっ、よ、よろしいのですか!?」

「構いません。……一度、立って頂けますか?」


 衛兵の驚愕を押し退け、薄幕の主はゼルに請う。

 しかしやはりというべきか、立ち上がろうとするゼルを、衛兵達は困惑しながらも抑え続ける。


 忠義からの行いであるため責められず、ゼルは再び力任せに枷を破った。

 衛兵達を押し退け、立ち上がる。


「…………」


 薄幕で遮られ、向こうの動きは分からない。


「その宝石は、どこで?」


 しかし、何か驚いていることが、その声音から伝わる。

 訊かれたのは、ユグリアの蔦が固定する青珊瑚について。


「言えん」

「元の持ち主からは、奪ったのですか?」

「いいや、預けられた」

「…………」


 ここに来てゼルの警戒は、貴族に対するものではなく眼前の薄幕の主個人へと向いた。


 恐らく向けられているだろう探りの視線。

 それが何故青珊瑚に向けられているのか、同時に変わった言い知れぬ気配。


「っ、ふん」


 ゼルは鼻腔を擽る妙な感覚に鼻を鳴らす。

 厭に響いた鼻の音に、薄幕の主の気配が元に戻る。


「貴方は例の愉快犯に対して、どう動くつもりですか?」

「見つけ次第殺す。それまでは探り続ける」

「そうですか、ではその補佐に臣下を一人預けましょう」

「不要だ。有難いが、一人の方が都合がいい」

「まぁそう言わずに。私達も解決に動かなくてはなりませんから。手段は多い方が良いでしょう? 最悪囮として使ってくれても構いません」


 半ば強引に、断るゼルに対して臣下を預ける約束を取り付けた薄幕の主。

 彼女と衛兵達に見送られ、ゼルは城を後にした。


 その際、解いた手枷と、強引に外した足枷だけが、謁見の間に残されていた。



 そして、その日の晩。

 捜索を共にする脚本家達との合流地である劇場に向かおうかと、ゼルが宿に出ようとした所で、彼の部屋の戸を叩くものが現れた。


「どうやら来たようですね」

「あぁ、リン、お前にはこれを渡す」


 外のものを待たせながら、ゼルは適当な位置に、昼の間に作製した割れ石を置く。

 それはリンが取ると同時に、ゼルの視界から消える。


「お前は向こうに付け、少しでも変な動きがあれば、躊躇いなく割れ」

「畏まりました」


 何度も戸を叩き急かす来訪者を他所に、リンと然るべき時の対応を相談する。


「居ないのですか? 入りますよ」


 王の臣下ということもあり、宿のものが鍵を渡したのだろう。


「ゼル様」


 金具の小気味よい音が鳴ると共に、王の臣下が部屋へと侵入する。


「彼女」


 アクェーレ特有の美形。

 そう片付けるにはあまりにも整い過ぎた面頬は、人形めいていて何処か浮世離れした雰囲気を孕んでいる。


 血が通っているのか怪しい程に白い肌を持つ彼女を見て、リンは声を抑えてゼルに告げた。


「人間では、ありません」

申し訳ありませんが暫くの間は不定期更新とさせてください。

新環境に身を置いたり諸々で執筆量ガガガ。あと次いつPC借りられるやら……。

そんなわけで、更新不定期の旨、ご留意いただけると幸いです。

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