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階の鍛冶場

 翼人達と別れて暫く。

 闇に呑まれた森の中を、ゼルは全力で走っていた。

 眠ること無く、休むことすら無く、ひたすらに足を回し続けていた。


 それというのも、ファドゥルーの吹く鎮魂曲が聞こえなくなって少し経った時に森全体に轟いた、()()()()に起因する。


『何かがおかしい』


 長く轟き、僅かな熱波を孕む風が吹き始めた時、リンがそう零した。

 直後、森が揺れた。地震ともまた違う、何かが倒れたような、そんな揺れ。


 何かが起きている。

 翼人達の予測が外れ、龍匠が居たという事実に喜ぶ事も無くリンの内に焦りが走り、ゼルを急かした。


 応え、ゼルは睡眠要らずの特性にものを言わせ、飽くことなく走り続けた。

 その間、再び大地が揺れることも、咆哮が轟く事も無かった。

 それがリンの内に芽生えた疑問を強くする。


「グルルルゥアアア!!!」

「邪魔だ!」


 今まで遭遇したことも無い魔物と遭遇しても、体当たり後に作り出した武器達を投じるのみで、以降は何もせず無視して走り続ける。


「あれか……!」


 そうして走り続けた先で、森の終着点となる大きく聳える崖と、そこに埋め込まれる巨大な門を見つけた。

 加え、その横に侍る巨大な石像も。


 ゼルは石像を無視して門へと吶喊。

 人外の身体能力を十全に活かした跳躍による体当たりに、門が大きな音を立てる。

 枠組みとなる土壁からぱらぱらと小粒が落ちるが、言ってしまえばそれだけしか起こらなかった。


「門は無事? 本当に何が……。ゼル様、出来れば早めに」

「分かってる」


 更に疑問を増幅させるリンに頷きつつ、ゼルは動き出した巨像達と門から距離を取る。


 門より高い背丈を持つ巨像の大きさは人の二、三倍ある愚醜人(トロル)よりも尚大きい。

 鶏冠のようなものがある特徴的で人間的な兜からは、石が放つべくもない光が眼のように覗いている。


「とっとと終わらせるぞ」


 そう言いながらもゼルは武器を作らず、ただ王眼の灯りを半身に伸ばすのみ。


「あの……、武器は?」

「岩なら、殴った方が早い」


 果たして、それは言葉通りであった。

 盾と剣持つ巨像と、両手斧持つ巨像。

 それらの武器を見事に掻い潜り、膝を殴り転ばせ、腕を引き寄せて更に倒し、強烈な蹴撃や拳撃を頭部にお見舞いする。


 そんな行いを繰り返して行くうちに、終には門兵達の眼から光が喪われた。

 そして、両者の光と同じ光が一瞬門の文様を駆け抜けると、重厚な音と共に門が僅かに戸口を開ける。


 同時に、門兵達の砕けた岩々が集合し、修復。ゼルの前には門が空いている以外、先程と変わらない光景が広がっていた。


「……こうなるのなら、無事なのは必然じゃないのか」

「いえ……、この門は機構ごと何度か壊されているので。例えば、彼女の剣に文句を付けに来た洞鍛人(ドワーフ)が怒り任せに打ち破る。とか」

「…………因みにその洞鍛人は」

「えぇ、当時の塔の主(魔法使い)です」


 唸りにも似た溜息を吐き、ゼルは門の中へと足を踏み入れた。瞬間、門が自動で閉まる。


 門を一瞥し、改めて中を振り向くゼル。

 門より一回り縦横の幅の広い通路は、彼に自分が人間であるという事を見失わせるには十分過ぎる程の広大さを誇っていた。


 加えて、この場の主の大きさを推し量るのにも十分だった。


 緩やかに下へ向かう坑道の先にある唯一の曲がり角を行き、道の両端に立ち並ぶ門兵より小さな石像達に見守られながら、再び唯一の曲がり角へ。


 幾度か曲がり、地下深くまで潜った果てに、それはあった。


 この森で唯一陽を浴びる、長大な漆黒の金床の上。

 それに寄り掛かる形で、ソレは居た。


「そんな……」


 絶望にも似た落胆の声が響く。


 その身体を覆う大翼は、翼人のソレとは比べものにならない。

 その身体を覆う無数の鱗は、巨大蜥蜴のソレとは比べものにならない。

 だらんと垂れた手の巨大な爪は、人狼のソレとは比べものにならない。

 見たもの全てを威圧するような面頬は、鰭鰐のソレとは比べものにならない。


 そんな、生物の中でも絶対的な存在である龍が。

 鮮烈な、炎を思わせる赤き龍が、陽光を浴びながら身を横たえていた。


 龍の雌雄の見分けの出来ぬゼルには、リンの言うようにこの巨大な生物が雌なのかすら分からない。

 そも、本当にこの巨獣が言葉を介すのかも。

 だが、この生物と交流のあったリンには確信があるのだろう。


 彼は呆然としながらゼルの肩から降りると、たどたどしい歩みでソレへと近付いて行く。


「……っ、リン!」


 ゼルは彼を見送ろうとし、とあるモノを目に収めた瞬間、翼人達と対峙していた時以上の大声で引き留めた。


「その()に触れるな! お前でも死ぬぞ!」

「っ!?」


 ゼルの言葉に驚愕し、ソレを見つけたリンの表情が、より強い絶望と困惑に染まる。


「そんな、どうして……!? アルミド様が、魔法使いが彼女を殺す理由は無い筈です!」


 悲壮な叫びを上げるリンの先に居るのは、鱗粉に仄かな光を纏う美しい蝶。

 それは今を生きる魔法使い。妖姫とも称される者を象徴するものだった。

 蝶は二人の視線の先で悠々と、ひらひらと舞いながらどこかへ飛んでいく。


「彼女はかつての大戦でも、多くの方に武器を」

「だからだろうな」

「……え?」


 ぽつりと。ゼルが零した言葉に、リンが固まる。

 今ゼルが見ているのは、龍の目元。

 似たものと揶揄される蜥蜴とは違うのか、その目元には老いを示す皺があった。


「恐らく、これの死因は老衰だ。何らかの形で、アルミドに炎を託したんだろう」

「何をっ、彼女は確かに古龍の一端ですが、まだ三千と生きていない若輩です! 老衰なんて一番無縁な」

「ここは! ……階の鍛冶場だ」


 錯乱したリンに告げたゼルの言葉は、リンにとって今更なものだった。

 だが、ゼルにとってはそうでは無い。


樹人(エルフ)の言葉だったから気付くのが遅れたが、ここは階の鍛冶場だ。溶鉱の塔と対をなす、伝説に謳われる鍛冶場だ」


 溶鉱の塔は天に最も近い鍛冶場として。

 ここは天の光の最も強い鍛冶場として。


 きざはし、と。人間の言葉としてさえ滅多に使われない単語であったが故に、ゼルは樹人語のソレを訳せていなかった。


「ここは、ヒタンの話にも出て来た。吸奪の剣、不死殺しの剣の作製の一端を、ここの者に頼んだとな」


 吸奪の剣。別名不死殺しの剣。

 それは、鍛冶の最中で既に力を一部を発現し、制作に関わった者の多くの命を奪い取った最悪の剣。

 しかれども、希望となった勇者の剣。


「では、彼女も。吸い殺されたと?」

「いや、前日までは生きていた筈だ。託したんだろう」


 リンの頭上に疑問符が浮かぶ。

 だが、はたと思い至るものがあった。

 それはゼルに語られた現在の魔法使いの動向。


 その内のアルミドの動きだ。彼女は現在、魔法使いを増やす為に動き出している。

 彼女が今いるのは、洞鍛人(ドワーフ)の御山。

 溶鉱と鍛造の塔根差すガルギヌバグニ。


 その塔が挑戦者に課すのは、不変の黒鋼(アダマンタイト)の鍛冶。ただそれだけ。

 不変。そう銘打たれただけあり、不変の黒鋼の加工は容易ではない。


 活火山の核に投げ入れようと溶けることも、歪むことも無く、変わらずに姿を維持し続ける程だ。


 不変の黒鋼の加工に必要なのは、溶鉱の塔の力で凝縮された特別製の岩漿(マグマ)か、古龍の炎が必要となる。


 前者は現在、担い手が居ない為に不可能。となると……。


「ぉぉぉぉ……!」


 多くの感情を錯綜させていたリンの震えが、異なる性質のものへと変化していく。

 だが、暫くするとそれも落ち着き、肩を落とす。


「もし仮にその予測が正しかったとしても、そうですか。……龍の寿命をも奪うとは、なんと恐ろしい」


 言いながらリンは龍の骸を仰ぎ見る。

 天の階段とも称されるように、一条の陽光が差し、その下で息絶える様は幻想的であり、一種の儚さを含んでいた。


 長き時を生きる森の小精でさえ、龍の寿命には届かない。

 いかなリンとて、龍の老衰に立ち会うのは初めてだった。


「久しぶりに話せると思っていたのですが」


 残念ではあるが、後に託したのであれば仕方ない。

 リンはゼルが翼人達にしていたように、敬意と哀悼の位を示す礼を行う。


 ゼルはリンの行動を尻目に、鍛冶場を見渡す。


 龍の威容と比べるとあまりにも小さなそれらは、多くの種族に合わせた鎧や武器だった。


 ゼルは武器群の元へ行こうとし、耳が拾った異音に歩みを止めて顔を上げる。


 ぱら。と。


 円錐の鍛冶場の頂上近くから、拳大の石が落ちてくる。

 嫌な予感に顔を険しくし、石の出処に目を凝らす。

 金床に陽光を集める特殊な構造の天井は、強い光の帯が一条に差す事もあり、付近の壁面がより暗く見える。

 その為壁面に伸びる亀裂などは見逃したが、陽光に突っ込み、一瞬で燃え上がりながら落ちてくる石は見逃しようが無かった。


 それも、複数となれば尚更。


「不味い。……リン! 飛ぶぞ!」

「へ?」


 ゼルの唐突な掛け声に困惑を示すも、落ちてくる岩塊達を見て即座に理解したリンは、何度も言うようにここは死んだ森であり、尚且つこの場は地下であると焦りながら伝える。


「自然ならば集まっているだろう!」


 言いながら、龍の尾へと駆け寄り、無銘の剣で力任せに皮を剥ぎ出すゼル。

 彼の奇行に再び疑問符を浮かび上がらせたリンは、もしやと思い陽光差す龍の背に目を向けた。


「正気ですか!? あれは鍛治が出来るようにと特別製の拡大鏡(レンズ)を使って集められた物ですよ!? あれだけで鉄を溶かせる!」


 悲鳴にも似た声を上げながら、ゼルの考えがいかに無謀であるかを説くリン。

 直後、陽光が割れた。

 否、山頂部の拡大鏡が割れた。


 山頂から地下のこの鍛冶場までは、当然だが凄まじい距離がある。

 日中は太陽がどのような位置にあっても光を取り込める構造の拡大鏡が完全に割れたとなれば、ここは完全な闇に包まれるだろう。

 そうなれば、待つのは今起きている崩落の下敷きだ。


「ならば、他に案があるか!?」


 強く問いながら龍の皮を、人間の服と同程度に小さく切り取ったゼルは、幽霊蜘蛛の糸布、御守りや導きの羽根、青珊瑚等を外套に包み、更にそれを龍の皮で包んだ。

 陽光から遺品達を守る為だ。彼の覚悟は既に決まっていた。


「ありません、ありませんよ! えぇ、分かりましたやってやりましょうとも!」


 やけになったリンを背に乗せ、ゼルは一息で龍の背を駆け上がる。


「それにしても一体なぜ……まさかっ、貴方の体当たり?」

「たかが人間の体当たり程度で山が崩れると? 主が死んだからとか、他に色々あるだろう」

「巨像を転倒させるのがただの体当たりな筈無いでしょう!?」


 崩落の焦りと、陽光へ飛び込む事への覚悟。

 二人はそれらを誤魔化し、決める為に軽口を叩き合う。

 一歩進む事に周囲に漏れる陽光の熱が増すが、ゼルは駆け続けた。


「額を!」

「――!」


 熱に灼けて声を失ったゼルと、森の小精であるが故に陽光の熱を余すことなく己の力としたリンが額を打ち合わせ、鍛冶場から姿を消した。


「くっ……」


 陽光を浴びたのはほぼ一瞬にも関わらず全身を爛れさせて炎を纏うゼルは、自分の身体に剣を突き刺すのとは異なる痛みに苦悶の表情を浮かべる。


 身体から煙を出し続けながら耐え抜いた彼は、大きく息を吐くと脱力して天を仰いだ。

 暫くしてから龍の皮を捲り、遺品達の無事を確認する。

 全て無事であることに再度安堵の息を漏らすと、所定の位置に着け直し始めた。


「その、燃えてましたが、大丈夫で?」

「あぁ。炎が消えれば、痛みも消える」


 慣れない性質の痛みではあれ、癒えれば何も変わらないと言うゼル。


「分かってはいましたが、貴方もあの陽射しも凄まじいですね……。それで、これからどうします?」


 言われ、ゼルは周囲を見渡す。村近くの森だった。


「パッツィルに行く」

「……と、言いますと」

「ここから一番近い街だ。奴が村に居た理由が組合が生き残りを探したとかでないのなら、普通に依頼を請けていた可能性が高い。ここから南はカルフィナ領、つまり他国だ。小さな村とは言え、調査に入るのは難しいだろう」

「となればあのお方が居るのはそのパッツィルという街の可能性が高いと。……自分で促しておいてなんですが」

「これは俺の意思だ。……過去に向き合わなければ」


 ゼルの瞳は若干揺れているが、強い決意が宿っていた。

 リンは頷きを返すと、馬を取ってくると言い残して枯樹人(エルヴェナンド)の所へ転移した。


 直ぐに戻って来ないのは、向こうで何か話しているからか。

 そう判断したゼルは、雑木林の中から故郷の村へ目線の通る位置まで移動すると、樹上へと更に場所を移す。


 森の中に居る間に調査を終えたのか、立ち入り禁止の柵と歩哨数人が置かれている以外には、倒壊した家屋群があるのみだ。

 その家屋群も、既に戦闘跡を残す瓦礫は撤去されている。


 恐らくこのまま暫くすれば、家々は全て撤去され、平原の一部に戻るか新たな村が作られるだろう。

 そこにゼルの知るものたちが居ることは、無い。


「…………」


 ゼルは村を見遣る。

 幻術の中で掘り起こされた彼らとの思い出。

 それら全てを思い返すように、村の最期を目に焼き付けるように、ゼルは村を見遣る。


「ゼル様!」

「ん……」

「すみませんお待たせして。向こうで少し、懐かしい方とお会いしたもので」


 黒鹿毛の幼馬を引き連れて戻ったリンの元へ降り、ゼルは村を背に馬に乗り、彼の背にリンが乗る。


樹人(エルフ)と合流出来たのか?」

「いえ、死叫根(マンドラゴラ)です。知ってます?」

「知ってるが……、叫ぶだけじゃないのか」

「結構気さくな方ですよ。非常に五月蝿いですが」

「……そうか」


 森に生きるもの達の新たな知識を蓄えながら、ゼルは馬を歩かせ一路パッツィルの街へと向かう。


「あっ、そうだ。貴方も会ってみます? 不死の貴方が彼の叫びを聞いたらどうなるのか非常に興味がある」

「それは遠回しに死ねと?」

「何言ってるんです? 貴方は不死でしょう」

「…………」


 鞍上に揺られ、リンと軽口を叩き合うゼル。

 彼が村を振り返る事は、終ぞ無かった。

と、いうわけで魔法使いの影を残しつつ今章は終了です

3日後から4日間かけて幕間を4つ投稿して、それが終わったら新章に突入という形となります。

幕間の内約はヴィーラサイド2話、枯樹人サイド2話です。


色々反省点が多く(特に序盤)ある中で、ここまで読んでくださった方々には感謝の言葉もありません。


一応ヴィーラとの出会いまでの序盤や、枯樹人周りの過去語りのシーンはいずれ直すつもりではあります。

ゼルのキャラが固まってなかったり、他のキャラに寄り添いすぎたり。色々改善すべき点が多いので。

ただ、試しに書き直してみたところ、現在投稿しているものと雰囲気ががらりと変わってしまったので、どうすべきかなぁ……と。まぁ反省会は一人でやりゃいいんでどうでもいいんです。


改めて、拙作をここまで読んでくださった貴方方に感謝を。

読者がいる。というのはこれ以上ない励みです。本当にありがとうございます。

これからもお付き合いいただけると幸いです。


次章からは塔、貴族、魔法使いと色々なものが絡み始めます。

冒険者は……うん、タグ付けしてるのにいつなるんでしょうねこの主人公。

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