翼葬
ファルンの申し出を受けて暫く。
ルォヴェナが数名を連れて森の闇へと向かい、木の洞の中に保護していた二人の遺体を運んで来た。
雫の奇跡の距離が届かなったわけではないのは、既に冷え切った彼らの身体が物語る。
自分と戦った四人が一人を残して皆死んだ事にやるせなさ等の、仄暗い感情を抱いたルォヴェナは、ティズィアやファドゥルーが起きるまでの待機中、ゼルに拳を振るった。
「っ」
「――――――――」
口の中を切ったゼルに、翼人語は分からない。
しかし、ルォヴェナの表情や声音から、どのような思いを抱いているのかくらいは想像出来た。
僅かに滲んだ血を吐き捨て、ルォヴェナに向き合ったゼルは、構わないと伝えるように頷いて見せた。
以降ルォヴェナはゼルに対して何らかの行動を起こすことは無かった。
そして、彼の行動を決起に仲間を殺したゼルへの鬱憤を……という事も無く。
粛々と翼人達の遺体が並べられていく。
計七名。それが今回の戦いで出た死者の数だ。
ゼルは彼らの名をファルンに教えて貰い、心の内に刻み付けた。
どれだけ悔いようと、今までのように停滞する事は出来ない。
混乱が落ち着いたゼルは、ファルンに改めて謝罪した。
「ファルン、すまない」
「ですから、もう謝罪は不要と」
「彼らの死を、覚悟を、俺は否定しようと……泥を塗ろうとした。これは許されん行いだ」
「…………」
リンを介してゼルの言葉を聞いたファルンは、今までと打って変わった彼の表情も相俟って、押されるように黙り込む。
人面獅子の死骸から引き抜いて、鞘に戻した無銘の剣の柄に左手を。
何度潰されようと脈打ち続ける心臓に、同じく何度も生える右手を当てる。
そして首を伸ばしたまま、胴を一定に傾ける。
剣を抑え、首を差し出す。
彼が知る戦士の礼だ。貴族相手にすら行わなかった、最上の敬礼だ。
「貴女方に我が生に於ける最上の感謝と敬意を。貴女方が居なければ、道を外す所だった」
見様見真似の不格好な礼ではあるが、その内に込められた誠意、謝意、覚悟。多くのものを読み取り、ファルンは笑みを湛えて槍を地に打ち付ける。
「それなら、貴方の謝意を受け入れましょう。貴方が彼らの死に罪を感じるのであれば、彼らの名を忘れないで上げて下さい。それが生きるものが死者に出来る唯一の事ですから」
槍の音に促されて顔を上げたゼルは、再度礼をした。
悔いはある。だが、それに囚われては意味が無い。
彼らの死を無駄にしない為にも、進み続けなければならない。
弔いの用意をしていく内に、ゼルはそう考えるようになった。
「どうやら、気持ちの整理がついたようですね」
「あぁ」
軽い口調で言うリン。
「お前にも迷惑を掛けた。……感謝する」
謝罪を呑み込み、感謝を口にするゼル。リンは私たちは契約で結ばれた運命共同体ですからと、おどけた調子で返した。
自分の発言を使われたゼルは、そうだなと苦く笑う。
そうして話している内にも弔いの用意は進み、気絶同然の眠りに落ちていた者たちが目を覚ましていく。
ファドゥルーは暴れていないゼルを見て「ん」と満足そうに頷くのみ。
ティズィアは何故まだここに居ると胡乱な目を向けるも、ファルンに事情を説明されやむ無く受け入れた。
そうして、葬儀が始まった。
各人が己の羽根を抜き、死者の上に置く。代わりに、死者の羽根を拝借していく。
「貴方も」
「……俺には、彼らに贈るものは」
「人間のやり方で構いません」
「……分かった」
ファルンの言葉に頷き、惜しむことなく死者の目元に二枚ずつ金貨を被せ、慎重に羽根を抜き取る。
そして、それぞれの死者から一枚ずつ拝借した羽根を、翼人達に教わりながら羽軸根を結んで一つにしていく。
ゼルのはここに居るもの達の七枚のみを繋ぎ合わせるだけだが、ファルン達は既に所持しているソレに結び足す。
それは、彼女らがその分死者と立ち会い、修羅場を経験して来た証拠であった。
「これは……」
「導きの羽根です」
思わず突いて出た疑問に、ファルンが答える。
「私達が死した時、彼らの羽根が死者の都への案内をしてくれる」
ならば、と。ゼルは各人の遺体の上に結ぶこと無く置かれた、生者達の羽根に目を移す。
「これは送りの羽根。無事、死者の都に辿れるように。まぁ、今回は貴方の金貨もあるので、案内役を雇って門番に通される。というのも有り得そうですが」
生者の羽根と、死者の羽根。
両者の羽根で幻境の地にある死者の都への巡礼の支援をするのだ。
だが、それはまだ始まっていない。
羽根達はまだこの世にあるのだから。
死者達で作られた円の中心に、ファドゥルーが笛を手に躍り出る。
「ここから先は、我らのみで」
翼人達がそれぞれの得物を掲げ跪き、翼を広げる中で、ファルンがそう告げる。
「あぁ。改めて、貴方達に最上の感謝と、敬意を」
ゼルは礼をすると、鍛冶場がある方向へと歩を進めた。
案内は辞退していた。
荒れ果てた戦場跡から離れる彼の背を追い、鎮魂の音と炎の灯りが闇の中で輝きを放つ。
ゼルは振り向かない。
腰元に重く伸し掛る彼らの命に報いる為にも、停滞は許されない。
そうして強く台地を踏み締める彼の後ろで、燃ゆる一枚の羽根が、死者の都へと送られた。




