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奇跡

本日はもう一話投稿します

 リンから今までの事を聞いたゼルは、過去を渡った時とは違う激情を湧き上がらせながら、それを抑えるようにただ一言「そうか」とだけ答えた。


「……すまない」


 槍を引き抜いたゼルは、ティズィアを抱え深い後悔と共に声を絞り出す。


「構い、ません」


 応えたのはファルンだ。強い倦怠感に頭を上げることが出来ない彼女もまた、満身創痍という言葉が相応しい有り様だった。


「元より、犠牲は覚悟の上。私達は、失態の尻拭いと、約目を果たしたまでです」


 それだけで済むものでは無い。

 そう叫ぼうとしたゼルだが、言葉を交わしている場合では無いと口を噤む。

 そんな事をしている暇があるなら、彼らの応急処置の手立てを講じるべきだ。


「……聞き、ました」


 混乱冷めぬ頭を必死に巡らせるゼルを無視し、ファルンは会話を続けようとする。


「貴方の、記憶の事を」

「何をっ」


 制しようとするゼルであったが、触れられたものがモノであった為に閉口し、リンを睨む。

 リンは時間を省く為に、助力を懇願し戦ったという事しか話していない。


「必要な事でした。貴方を呼び戻すには」

「だから話したと? この力を、記憶をか!? それを晒して、彼らに命を懸けさせるに能うと!? 俺を戻す為にそこまでする必要は無かっ」

「貴方は!」


 リンを責め立てようと声を荒らげたゼル。

 しかし、今まで聞いた事も無いようなリンの声に驚いて固まった。


「貴方は何も話してくれないではありませんか。確かに過去に降りかかった災いは聞きました。でも、記憶について、私は誰の記憶を見たか以外何も聞いていない」


 だから分からなかった。それぞれの記憶に対する感情を。

 だから推察するしか無く、危機感に煽られたのだと。


「貴方はもう少し人を信用すべきです。彼らを見て」


 促され、ゼルは翼人達に目を流す。

 ゼル達の話し合いの推移を見守る彼らの目に宿る感情は、戦闘が終わった事に対する安堵が多くを占め、敵意や殺意の類いは驚く程に少なかった。


「彼らがここに居るのは、貴方の為です」

「そんな筈」

「事実、ですよ」


 ティズィアの拒絶からして、彼らが自分のために動くなど有り得ないと否定するゼルの言葉を、ファルンが更に否定する。


「ティズィアから貴方の力を聞き、リンから……かふっ、事情を聞き、私が下知を降しました」


 ゼルは驚愕のあまり、血を吐きながら話すファルンを止めることすら出来ない。


「何故だ? 力の事を聞いていたのなら、犠牲が出る事くらい」

「先も言った通り、犠牲は覚悟の上です。それは貴方が相手でも、あの醜悪な獣でも変わりません」


 ですが、と。彼女は笑みを浮かべて言葉を繋ぐ。


「戦う理由が友のためであるのなら、命を懸ける甲斐はより増すと言うものです」


 その言葉に、ゼルの驚愕と混乱は増すばかり。

 そこまでされる心当たりが、友と呼ばれる理由が何一つとして見つからないからだ。

 新たな決意を胸にしようと、自分の力が忌まわしいものである事は変わらない。


 受け入れられる筈が無い。その諦観を依然として抱き続けているからこそ、ファルンの言葉の意味を図りかねていた。


「謝罪を、そして感謝を」


 ゼルの混乱に、更なる混乱の火種が落とされる。

 どちらも受ける謂れが無い為だ。


「ティズィアが勝手に反故にした事、私を助けて頂いた事、笛と宝珠を取り戻させてくれた事。貴方が罪に苛まれるのであれば、これらに対する借りを返したものと。そう思って下さい」


 釣り合う筈が無い。ゼルはそう思った。

 自分の独善的な行いが、今の事態を齎しているのだ。

 笛と宝珠は副次的なものであり、ティズィアの拒絶は当然のもの。


「……分かった」


 自責の念が強くなる中、ゼルはそう絞り出す。


「…………敵わんな」


 混乱の渦に溺れながら、ゼルは理解したのだ。

 彼らは、ファルンは戦士であるのだと。

 恐らく自分が何を言っても、彼らは意見を曲げることは無い。

 窮地に立ち、危機に陥っている状況で、罵倒する事も、責め立てることも無い。

 

 人の本性が出るとされるのは、命が脅かされたり、疲れ果てたりといった、現状の彼らに当て嵌るものが多い。


 そんな状況にも関わらず、彼らは高潔であり続けている。

 だからこそ、後味が悪い。

 いっその事罵倒の一つでも浴びせてくれれば、まだ良かった。

 そう考えてしまう己を抑え、ゼルは彼らを救う手立てを探し始める。


「リン、馬は呼べるか。出来なくても、あれらに載せた荷物は」


 リンは首を振る。

 何度と無く述べたように、ここは森であって森では無い。

 生命力無き土地では、森の小精と言えど力を行使するのは不可能に近い。

 万に一つ馬を預けた枯樹人(エルヴェナンド)の所へ行けたとしても、戻って来れる可能性は皆無だ。


 ゼルは歯噛みする。

 こうしている間にも翼人達の容態は刻一刻と悪くなっていっている。


 腕を失ったクォデュンは血止めを済ませたものの、貧血により意識が朦朧とし始めている。

 木に背を預けて眠るファドゥルーはほぼ気絶同然。

 ゼルが抱えるティズィアも、息はしているが薄い。


 一番傷の少ないルォヴェナは死にかけのもの達の延命処置に務めている。

 他のものもそうだ。自分の怪我を無視し、重傷者の傷の手当てを優先している。


 もう幾許もすれば、重傷者の大半は死ぬだろう。

 そう思えるには十分過ぎる状態だった。


「ゼル」

「なんだ」

「鍛冶場は、ここより東北です」


 ファルンの言葉に、ゼルの内で多くの感情が爆発した。

 しかし叫ぶような真似はしない。出来ないと言っても良い。

 ファルンの言葉は、ゼルから声を取り上げる程の衝撃だった。


 今この時に於いて、鍛冶場の方角を示す。

 その行動の、言葉の裏が読めない程、ゼルの混乱は酷くない。


 自分らの事は気にせず先に行け。


 そう言われ、はいそうですかと彼らを見捨てられる程、ゼルの自責を初めとした多くの感情は脆くない。弱くない。

 だが、彼が居ても何も出来ないというのも、また事実であった。


「……?」


 自責、無力感、焦燥、怒り。

 それらに苛まれ動けずに居る彼の手を何かが撫ぜた。

 それは白の剣、ユグリアから伸びる蔦だった。

 指に絡まる細い蔦の大元に目を落とし、ゼルは気付く。


 先程まで槍が刺さっていた胸から垂れる血。

 それは腹へと伝い、白色を維持する蔦を飛び越えて外套や鎧にまで至っていた。

 確実に蔦にも血が掛かっている筈だった。

 だというのに、彼の腰元に巻き付く他の蔦と何ら変わらぬ白色を維持している。


「まさか……」


 指に絡まる蔦が、僅かな力で抵抗の無いゼルの手を動かす。

 上向かせた掌の上に二本の蔦が十字の鐘型を形成し、交差する頂点から短く蔦を伸ばす。

 そこから、金に輝く雫が現れた。


 ここに来てゼルは、幻術の中で見た、癒殺の光景に認識の誤りがある事を察した。

 人間は確かに、癒しすぎた結果だろう。

 だがあれらが流した血や、芽吹いた花々が潰えたのは、恐らく違う。


 そうだ。ユグリアは、貴族達から許しを得る為に、彼らの為に植物を実らせる為に、肥料を求めていた。

 吸い取り、咲かせ。吸い取り、咲かせ。

 その永久機関に、人間や動物の癒殺は想定外だったのだろう。


 ユグリアは、未だにこの果実を実らせ(許しを請い)続けている。

 それを理解した瞬間、ゼルに混乱を与える感情が全て流された。


「リン、これを散らせ」


 混乱に満ちていた表情が失せ、強い情動を感じさせるものに変化する。


「?」

「この雫だけでも、この場の者は癒せる筈だ」


 ゼルの強く低い声に、リンははっとなって金の雫を凝視する。

 有り得ない。そんな考えがありありと伝わるその顔に、ゼルも同意したい気分だった。


 白の剣の起源を知らぬ間には、遠慮無く振るい、それなりの血も吸わせてしまった。

 だが、このような事態は一度も起こらなかった。


 原因は枯樹人に森を殺す必要が無くなったと判断させる程の尋常でない生命力を孕むゼルの血か、力を懇願してより白の剣に意志のようなものが宿ったからか、若しくはその両方か。


 推察する事しか出来ないが、この雫を無駄にはさせないと、ゼルはリンを強く見据える。

 魔術であるならば、水を霧に変えて拡散させる事も可能な筈だからだ。


 リンはゼルの目に促され、恐る恐る癒しの雫を宿す鐘に手を翳す。

 凄まじいまでの生命力に満ち溢れている事が伝わる。

 それこそ、彼に制御出来ないと思わせる程には。

 加え、捉えようによっては樹液であるため、確かに森の小精の出番かもしれないが、この雫は森の恵みともまた異なる物質であった。

 その為、実力如何関係無しに、リンの領分では無かった。


「……私が」


 リンが断り、ゼルが顔を顰める。

 

 彼らのやり取りを傍で聞いていたファルンが名乗りを上げた。

 だが彼女は、自分の命を代償にしてまで魔力を捻り出した影響で、全身の至る所に裂傷を作っている。

 この雫で治る可能性が高いとはいえ、もしかするとその前に彼女の身体が限界を迎えるかもしれなかった。


「元より私は、貴方に命を救われた身です」


 ゼルが伝えると、彼女はそう切り返す。


「もし今死んだとしても、それは多少遅まっただけの運命なのでしょう」


 覚悟に染まったその声音。

 強きものに焦がれ、高潔なものに羨望を抱くゼルに、彼女の覚悟を無碍にする事は出来なかった。

 ゼルが動く事で彼が抱えるティズィアの容態に変化が無いよう激痛の走る怠い身体を動かし、場所を譲ったリンに代わり鐘の雫に手を翳す。


「雫よ、闇に差す……、陽の如き金の露よ。……我ら、澱む闇に沈み、惑い揺蕩う迷い子に」


 途切れ途切れの詠唱に、吐血が混じる。


「汝の、光を……分け、ぐぅ……!」


 鐘の雫は光を強めるが、比例するようにファルンの傷が増えていく。

 ゼルは見てられないと目を背けようとしたが、彼女の苦しみを生んだのは己の行動である以上、見守る責務があると目を凝らす。


「与え、給え……かは――ッ」


 そこで遂に、盛大に血を吐いて倒れ込む。

 ティズィアに被さらないようにと、ゼルは咄嗟にティズィアの背に回していた手を抜き、彼女の胸元を抑えた。


「……こんな、状況で…………胸をまさぐろうとは、良い、度胸……ですね」

「そんな事を言っている場合では無いだろう!」


 茶化そうとするファルンの言葉に、多くの感情を込めて叱咤する。

 意識こそ保っているが、状態としてはファドゥルーやティズィアと何も変わらない。

 即ち、彼女も直に命を落とすだろう人員の仲間入りを果たしていた。


「ゼル様!」

「なん、……っ!?」


 そうして逸れた視線の外で起こった現象に、リンが驚きの声を上げる。


「……どうやら、成功……の、ようですね……」


 上がらない頭を傾け、目を横に向かせる事でソレを視界に収めたファルンは、満足気な笑みを浮かべる。


 ソレ。

 天頂部の蔦が捻れ絡まり、涙の如く垂れる雫を、小さな花弁が覆いながら逆向かせる。

 編み込まれた蔦の先に出来上がった天向く蕾が花開き、再び金の雫が顔を出す。


 直後、雫が散った。

 細かな、本当に細かな光の粒子と化し、爆ぜるように広がっていく。


 たった一滴。

 されど、それは超々極薄に希釈されても尚小さな傷を治せる回復薬の、原液。

 量が量であるなら、一瞬で広大な森を作ってのける、奇跡の雫そのもの。

 それは更に小さな粒子と化しても効果を変えず、この場のもの達に奇跡を齎していく。


 かすり傷や擦り傷、小さな裂傷や切り傷の類いが瞬く間に癒え、眠りに落ちるファドゥルーの折れた翼も本来の形を取り戻していく。

 しかし、ルォヴェナの失われた翼や、クォデュンの腕は、断面が塞がるのみで完全には戻らなかった。


 いかな奇跡を齎す雫とはいえ、さすがに量が少なすぎた。

 だが、ティズィアを初めとした死に体のものが、弱々しかった心臓を強く脈打たせ、呼吸を平常に戻しただけでも十分過ぎる奇跡と言えよう。


 だが、奇跡の恩恵を受けられないものもまた、存在していた。


 言わずもがな、手遅れのもの達だ。

 心臓を穿たれたもの、木に磔にされたもの、刃を受けたもの。

 彼らを蘇らす事は、奇跡と言うのも烏滸がましいナニカが起こらなければ有り得ない。


「…………本当にすまない」


 黙祷するかのように瞑目し、謝罪を口にするゼル。

 過去の旅も、再びユグリアの記憶に触れた事も、自分が人面獅子(マンティコア)相手に油断したのが要因だ。


 ティズィアに拒絶された時点で、完全に関係を絶っていればこんな事にはなっていなかった。

 その事実がどうしようもなくゼルを苛む。


「勝手をしたのは、我らも同じです」


 勝手に巻き込み、勝手に突き放した。

 ファルンが暗に告げるが、強すぎる自責を抱くゼルにはなんの慰めにもならない。

 悔恨の表情を変えないゼルを見て、ファルンは得も言えぬ笑みを浮かべる。


「そうして悔やんでくれるだけで、彼らには、我々には十分なんですよ。本当に」


 ここまでの強い責任感があるからこそ、彼は自分を助ける際に不死や剣を使う事を厭わなかったのだろう。と。

 慈しみにも似た表情を浮かべたファルンは、彼の意識を、戦死者達に対する感情を変えさせようと提案する。


「良ければ、彼らの弔いに付き合って頂けますか。流石に、最後まで人間の貴方に見せるわけには、いきませんけれど」


 その言葉に、ゼルはゆっくり頷いた。

前書きでも述べた通り後程もう一話投稿します

2000と圧倒的に短いので今話や次々話に混ぜるか考えたのですが、無粋かなと

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