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本領果たせし決死隊

今話は9000字強あります

 リンがゼルに語った話の中には、当然だがゼルが王眼の灯りを全身に纏って以降の戦闘も含まれていた。


「がぁぁあぁああ!!」


 翼人を貫いて血に塗れた手を払い、ゼルが吼える。


 希望を与えるだけ与えて後手に回った魔法使い。

 ユグリアが叫び、病み、虚ろに流す涙と謝罪。

 自分らの欲を満たすことしか考えない貴族。


 それらを心の内で知覚したために、本来すべき感情の制御を果たせず、湧き上がる激情に任せてゼルの身体が突き動く。


「スェディア、クォデュン、ルォヴェナ達は飛来する剣の対処を。出来れば容易に砕く方法を探して下さい。ファドゥルー、貴女には多くを要求しますが」

「ん、いつもの事」


 口早に告げられる指示に、翼人達が動く。

 ファドゥルー隊が前線に来た事で、彼女達を追っていた剣達が戦場のど真ん中に襲来する。

 それに対し、実質的な合同命令を下された元ティズィア隊とクォデュン隊のもの達が、それぞれ前後衛を務める二人組を作り吶喊する。


 元ティズィア隊の者は四人で、クォデュン隊の者は三人。

 本来ならば数が合わないが、ゼルによって一人やられてしまった事で整合が取れていた。


 一部の者は槍を放して刀を抜き、盾を構えながら刃達を弾き、逸らしていく。

 見当違いの方向に飛ぶ刃に向け、後衛組が魔術を放つ。


 貫通力に優れた光弾。物質を歪ます仄暗い闇弾。

 着弾時の爆発力に特化させた炎弾。


 森の中を縦横無尽に翔びながら、後衛組が多くの魔術を試して有効打を探る。そしてそれは前衛組も同じ。


 打ち合わせた瞬間に魔力を送り、魔道具等で時たま起こる異なる魔力の融合による暴走からの爆発や分解を狙う者。

 敢えて盾を貫かせる事で刃を捕え、力任せに木に叩き付けて折ろうとする勇敢な者。


 だがそのどれもが有効打にはなり得ない。

 当然だ。若輩であり、最弱であっても、魔法使いとして人類の守護を担うものが数度打ち合わせて漸く砕けた剣なのだ。

 本懐が魔術師ではない彼らにゼルの剣を解き明かし打ち砕く事は不可能に近い。


 魔法使いとゼルの戦いを知らない彼らは、飛び交う刃達をゼルから引き離しつつ模索し続ける。

 有効な手段を導き出すことは出来なかったが、引き離しの甲斐もあり、前線はある程度楽になっていた……なんて事は無かった。


「くっ……!」


 振り下ろされた拳を避けられず盾で受け、身体が下に引っ張られる。

 慌てて上体を起こすと、続く拳が鼻っ面を過ぎる。

 焦りに身を焦がしながら翼をはためかせば、突如現れた剣が胸の鎧を掠めていく。

 何とかやり過ごした。そんな安堵と共に更に翼を動かして後退するが、それよりも早く回し蹴りが腹に届く。


 吹っ飛ぶファルンとすれ違い、彼女の隊の二人が同時に槍を突き出す。


「「なっ!?」」


 腕と首を狙った槍を掴んだゼルが、槍を手放そうとする彼女達を巻き込みながら好き放題に振り回す。

 幸い一人は振り回された勢いを利用して離れる事に成功したが、もう一人の方は失敗した。


 地面に叩き落とされ、手放された槍が地面を滑る彼女に振るわれる。


「ぎゃっ!?」


 咄嗟に刀を抜いて防ごうとするも、ゼルの膂力に加え遠心力が乗った石突きの威力は相当で、踏ん張ることも出来ずに殴り飛ばされる。

 彼女が木に叩き付けられた時には、折れた刀の破片が足の鎧を突き破り、腕は両方とも有り得ない方向を向いていた。


 直後、ゼルの背に矢が刺さり爆散する。

 ファルンから指示を得たものの、自分達には無理だと早々に諦めて支援に回ったルォヴェナの矢だ。


「くそっ!」


 間に合わなかった事に盛大な舌打ちをするルォヴェナ。

 顰められた顔が、次の瞬間驚愕に染まる。

 矢が突き刺さったのはゼルの右肩。

 威力からして吹っ飛ぶだろうと予測していた彼の腕は健在で、爆ぜ裂けた肩が再生すると同時に槍を投げて来た。


「離せっ!」


 意表を突かれ咄嗟に叫ぶルォヴェナ。

 だが彼を抱えるもの達は、彼と比べて反射神経が劣っていた。

 それに、彼を一時的にでも離すのを躊躇った。


「っ! ぉご……っ!?」


 結果、ルォヴェナを抱える翼人の片割れが貫かれた。

 一人が撃墜された事によりルォヴェナを抱えるもう一人が空中で体制を崩す。

 そうして不安定になった所に、もう一本。


「づぅ……!」


 ルォヴェナが自身を抱える翼人の腕を掴んで無理矢理飛び昇り、強引に翼を動かして槍を避ける。

 その際、一緒に動かしてしまった片翼の翼腕から熱が走り、断面を包んでいた包帯から血が滲む。


「とっとと奴を拾うぞ!」

「っ、了解!」


 痛みを誤魔化す為に大声で告げるルォヴェナを気にかけつつも、何か案があるわけでも無い翼人は彼の言葉に従い、二者三翼をはためかす。


 離脱する三人には目もくれず、怒り狂うゼルはファルン達の元へ駆ける。


「ファドゥルー、時間稼ぎをお願い出来ますか」

「ん。じゃあ、吹いて」

「えぇ、盾を」

「…………ん」


 ゼルを前にファルンが申し出、ファドゥルーが受諾する。


「二人」

「「はい」」

「ファルンを守る」


 ファドゥルー隊の二人がファルンの護衛に回る。

 ファドゥルーに盾を渡し、片手で笛を吹く彼女は現在身体強化の魔術を解いている。

 代わりに彼女の持つ槍の穂先に、魔力で練られた濁流の如き力の渦が逆巻いていた。


「光纏うは我らが翼。天を駆けるは我らが羽根()


 魔術に対して本来不要の詠唱を必要とし、他の一切に向く集中を全て手元の槍と自身の魔力の制御に集約させる。

 その対価に、合間に吹く笛の音は単調そのもの。


 無防備としか言いようのないファルンを背に、ファドゥルーがゼルの元へ悠々と歩いて行く。


 そして、駆けるゼルと交錯。


「ん……っ!」


 虚空から現れた斧の振り下ろしを後ろに翔んで躱す。

 二三翼を繰り、開いた距離を即座に埋めて抜刀。

 居合の要領でゼルの左腕を斬り飛ばす。

 ゼルは体勢を崩すことなく斧を逆袈裟の形で振り上げる。

 ファドゥルーは盾で受けると、翼を使って衝撃を上手く利用しその場で回転。

 身体を斜めらせながら勢いの乗った刃を振るい、右腕も落とそうとする。


「っ!」


 そんなファドゥルーに向け、ゼルは前進して体当たりを見舞う。

 刀を持つ手を無理矢理押さえつけられて押し退けられた彼女は、距離が離れた瞬間苦し紛れに刃を振るう。

 何の手応えも感じられず、受け身を放棄した事で純白の翼を汚しながら地面を転がる。


 翼に無理矢理力を込めて起き上がり、更に後退しようとする身体を翼を広げて抑える。


「がぁぁあぁああ!!」


 そこへゼルが飛び掛る。


「ぎぃ!?」


 急速に身体を止めた直後に翔び退る事は出来ず、ファドゥルーはゼルの剛腕を盾で受けることを余儀なくされた。

 いかな特別製の盾と言えど、攻撃の衝撃を消す事も、押し付けられる圧力を殺す事も出来ない。


 宙に居たファドゥルーがゼルの叩き付けの勢いのまま着地し、踏ん張り切れずに滑り、膝を付く。


「……盾よ、害齎し続ける者に」


 あまりの威力に痺れた左腕と両足を抱え、目を大きく見開く彼女に向け、ゼルが足を捻る。

 鞭の如く撓り迫るそれに向け、ファドゥルーが何事かを呟き、唯一無事な右腕に掴む刀の柄で、盾の内側を殴り付けた。


「誅を」


 直後、ゼルが面白いように回転しながら吹っ飛んだ。

 宝珠を填めた盾。

 これは魔道具だ。受けた衝撃の一部を和らげると同時に貯め込み、起点となる詠唱と行動によってそれらが放出されるという、洞鍛人(ドワーフ)特製の盾。


 稼いだ時間で、ファドゥルーは自分の怪我の具合を確かめる。


 左腕。若干の痺れがあるものの、肘や手指の動きに支障なし。暫くすれば治るだろうと予測。

 足。右足は問題無いものの、左足は足首と膝といった関節部を動かすと痛みが走る。


 鋭く刺すような痛みに顔を顰めつつ、動かさなければ良いだけと断じたファドゥルーは、翼を倒すとその下に魔術で風を生み出して浮かび上がる。

 そうして、左足を痛みの薄い状態で固定し、羽ばたく。


「アァアアアァア――!!」


 単調ではあってもファルンはちゃんと旋律を奏でている。

 だと言うに、咆哮に入る力と殺意が増しているゼルへ吶喊。

 迎撃するのは二本の剣。


 この戦場に於いて不運であり幸運なのは、翔び動く剣を多く作るものの、それらの形をいきなり変えないことだろう。

 おかげで、剣がいきなり鎌に変わるなどの理不尽な攻撃を警戒する必要が無かった。


 一本を盾で弾き、一本を刀の反りを利用して流す。

 即座に戻って襲い掛からんと迫るそれらを無視し、ゼルの下へ更に羽ばたく。


 手に黄金の槍を持ち、走り寄りながら鋭い突きを放つゼル。

 ファルンはそれを、二本の剣を従えさせながら身を捻って避ける。

 その際刃が額に掠るが、臆すること無く纏う風と翼を利用し、すれ違った直後に振り替える。

 自分の身体に剣を突き立てたゼルを検めると、膝を斬る為に身体を倒して超低空飛行で接近。

 そのまま刀を振り抜く。


「っ、硬い……。っ!?」


 的確に膝部に刃を当てたものの、ゼルが己の使用感に合わせて随時改良を施している鎧は、関節部といえど簡単に切れない硬さを誇っていた。

 硬い感触を貰い、じんと痛む右手に目を配るファドゥルー。

 問題は無いとゼルの方を向けば、彼の鎧の一部が切り離された。擬態し、嵌め込まれた短剣達だ。


 太腿の内と外に二本ずつ、下腿の内と外に一本ずつの、計十二本。

 多すぎる仕込みの数に、この人は頭がおかしいと胸中で悪態を吐きながら、ゼルの身体から抜けた二本も併せて、追いかけて来るそれらから刀を納めて逃げ始める。


 右へ左へ。剣二本に上を押えられ、低空飛行を続けざるを得ないファドゥルーは、胸を木の根に掠らせる程の超低空を魔術の風を利用し突き進む。

 翼を狙う短剣が降り落ちる。

 すると、なんとファドゥルーは翼を畳んだ。

 自分の身体を翼で覆ったのだ。


 それは自分の身体を庇うためでもあるが、狭い樹間を縫い潜るためだった。

 カッカッ、と。小気味よい音が後方上部の木から響く。

 それを聴き入れたファドゥルーは、勢い良く大翼広げ、翼下に魔術で風の珠を作り爆ぜさせる。

 嵐風吹き荒れると同時に強く羽ばたいた彼女の速度は、一瞬で森中では危険な域へと到達する。


 直後、彼女は自分を追うゼルと短剣達を置き去りにした。

 強力な羽ばたきで一瞬で森の天蓋へと昇り、更に羽ばたき尋常でない速度で降下。

 身体を横転させて樹間を縫い、翼を畳んで枝間を潜る。


 空を駆るもの。そう呼ばれる翼人としての本領を、森中で十二分に発揮する。

 もし今現在ゼルが正気を保っていたのなら、彼女の動きに対して生きた戦闘機と言う感想を抱くだろう。


 そんな戦闘機の狙いは、当然ゼルだ。


 減速なんて概念は存在しないとばかりに最高速度で森を飛び、曲芸じみた超速の旋回で追われる側から狩る側へと移行する。


 ゼルの腕が飛ぶ。返り血が舞う頃にはファドゥルーは既に遠目に居る。

 降下しながらゼルの背に一文の傷を作る。

 迫る台地に盾を押し付け、風の珠を作り飛び上がる。

 眼前の木と枝を、体を縮こめて慣性に任せて潜り、身体を捻ると風の珠と羽ばたき一つで軌道を変える。


「なんて無茶な……」


 遠目にそれを見てぼやくのは、魔術の用意を終えたファルン。


 一瞬だけ垣間見たファドゥルーは、いつものぼんやりした表情を失せ、口を一文字に結んで目を大きく開いていた。それは彼女が本気を出した証拠だ。


「やはり彼女には敵いませんね」


 空を往くものとて、超速の世界で負荷がかからないわけではない。慣れない子供など、一度の旋回で吐くこともある。

 だと言うのに細かな軌道修正や旋回を繰り返し、時に一本一本の木を蛇行して縫うファドゥルーの荒く細かい超絶技巧と耐久力に苦笑を漏らし、ファルンはその場で羽ばたく。


 しかし彼女が舞うことは無い。代わりに空に躍り出るのは、彼女の羽根。

 大翼を構成するに相応しい大きな羽根が無数に踊り、トン、と。

 槍を地面に打ち付ける音で動きを止める。


 ファルンが槍を振るう。すると数枚の羽根が、意志を持ったように闇の森の中へと滑り始める。

 向かう先は各人の部隊の元。


「当たったのが石突きで良かったな」

「えぇ、でもそちらは……」

「もう手遅れだ。っ、」

「包帯を変えましょう」

「いやいい」


 貫かれた翼人と、殴り飛ばされた翼人。

 二人を前に、ファルン隊の一人と、残るルォヴェナともう一人が応急処置を重ねていく。

 羽根が届いたのはその時だ。


「招集だ。こいつらは……」

「そこの木の洞はどうです?」

「名案だ」


 三人で協力し、戦闘に巻き込まれないよう二人を移動させる。


「そんで、お前さん。こいつに代わってくれるかい」


 ルォヴェナが問うのは、ファルン隊の者だ。

 ファルンの許可無く隊長を変える事に躊躇いを見せる彼女に、ルォヴェナは言う。


「ここにいる以上、変わらんだろう」

「……はぁ、分かりました」

「すまねぇな」


 そうして、人員を入れ替え再興したルォヴェナ隊が、ファルン達の元へと向かう。


「クォデュン、招集だ!」

「スェディア!」


 羽根を一番に見つけた翼人の声に応え、クォデュンが元ティズィア隊のもの達に声をかける。

 現在彼らは、相も変わらず無数の武器に追い立てられていた。

 既に無傷のものはおらず、二人一組の体制も崩れ、中には大きな傷を追うものを庇いながら飛ぶものも居た。


「分かってるけど、どう戻れと!?」


 死者が出ていないだけ奇跡とも思える状況に、悲劇的な叫びが上がる。

 それが伝播したわけではないが、多くのもの達の顔には焦りや疲れと言った、諦め以外にも良くないものが広がっていた。


 クォデュンは状況の悪さに顔を顰め、自分の武器に魔力を込め始める。

 すると、周囲の武器がクォデュンに切っ先を合わせ始めた。

 確かに明確な有効打は見つけていない。

 だが、それは何も見つけていないという事でも無かった。


 その一つが、刃達の習性だ。

 多くの魔力を内包する武具を襲う。

 分かりやすいその習性を利用し、クォデュンは鼓舞する。


「活路は私が拓く! 皆ついて来い! 来ねば待つのは死のみだ!」


 最後に脅しも加えつつ、彼もファドゥルーのように風の珠を作り急激な加速を遂げる。

 彼らの中でも並外れた飛行技術を持つファドゥルーだからこそ出来たが、彼のソレは命知らずの蛮行だ。

 それでも彼は、そうする必要があると判断した。


「なっ」


 武具に魔力を込めて刃の注目を集め、無茶な高速機動で邁進するクォデュン。

 瞬く間に傷を増やし、命懸けで活路を拓こうとする彼を見捨てる程、彼らは落ちぶれていない。

 悲壮に満ちていた彼らの顔が、覚悟に染まる。


「皆行くよ、あの馬鹿を死なせはしない!」


 彼を筆頭に、六人の翼人達が森を駆け抜ける。


 そして、羽根はファドゥルーの元にも届く。

 だが彼女は気付かない、気付けない。


 ファルンの元に集うものらが遠目に彼女の空中機動を見て瞠目する中で、彼女は眼前の木と空間とゼルのみを視界に納める。

 羽根を認める余裕など無いのだ。


「ファドゥルー様、羽根です」

「……」


 だが代わりにそれを報せるものがいる。リンだ。

 彼女は返事を返すこと無く意識を切り替え、短剣達をいなしつつファルンの下へ戻り始める。

 減速はしない。これもそうするだけの余裕が無かった。


 そうして戻る最中に、ソレは起きた。


 複雑な戦闘機道から直線的な機動に変えたからか、方々に散っていた額の傷口から垂れる血が、緩やかに彼女の額を伝う。

 機動を変えていても、速度自体は殆ど変わらない。

 そんな時に、血で片目を潰されたらどうなるか。


 彼女はそれを身をもって証明することになる。


「づぃっ!?」

「ファドゥルー!」


 翼を木にぶつけ、弾かれた拍子に腹を、腕を、足を更にぶつけて地面を転がるファドゥルー。


「ガァァァアアァアァアア!!」


 そんな彼女に追い付いたゼルが飛び掛る。

 そこに、影が一つ。


「盾よ害齎し続ける者に誅を!」


 地に叩きつけたり木に叩き付けたりと、無茶な機動を無理矢理成立させる為に使われ、内包させられた衝撃が放出される。


「はぁ、くっ、無事か!?」

「んぅ!」


 吹っ飛ぶゼルを無視し、影が問う。

 一瞬で満身創痍と化したファドゥルーが強い頷きを返すと、そのものも頷きを返して彼女を抱え込む。


 そうして二人がファルン達の元へ合流する。


「ティズィア、貴方怪我は」

「私よりもファドゥルーだ。翼が折れ」

「ファルン、笛、寄越して」


 闖入した影、ティズィアへ向いていたファルンの驚愕がファドゥルーへ移る。


「まだ、一曲吹いてない」

「応急処置は私が、貴女方は戦いに注力して下さい」


 そう言って手を伸ばす彼女の姿は痛々しい。

 躊躇うファルンだが、リンの言葉に頷いた。


 無口で自由、そんな彼女は昔から常に何処かを飛び回っては好きに笛を吹く。

 その結果、指揮能力にこそ難あれど、飛行技術演奏技術共に群を抜いている。

 比肩するものが居ない以上、多くを頼らざるを得なかった。


 ファドゥルーは苦痛に喘ぎながらティズィアの腕から降りると、弱々しく、それでいて必死に翼をはためかせて笛を吹きやすい場所へと移動して演奏を再開させた。


「遅れて済まない」

「構いません、寧ろありがたい」


 ファルンの口から飛び出た言葉に、ティズィアは怪訝な表情を浮かべるが、続く言葉に引き締める。


「十全に動けますね?」


 ティズィアは強く頷いた。

 直後、既に合流を果たしていたルォヴェナ隊、今到着したファドゥルー達に続いて、クォデュン達が合流する。

 強行軍を敷いた彼らの有り様は酷いもので、ファドゥルー同様飛行途中に軽くしくじったクォデュンは、その対価に片腕を持って行かれていた。


 そして、彼らを追う武器たちが、吹っ飛ばされたゼルが、この場に姿を現す。

 彼に向かい、魔力纏う槍を向けるファルン。


「翼無きものよ」


 駆けるゼルの周囲に、ファルンの羽根達が舞い踊る。


「堕ちろ」


 途端、羽根に囲まれた空間が()()()

 それは比喩では無く、文字通りに土が数cm凹み、中心にいるゼルは潰れた蛙のように地面にへばりついている。

 彼の周囲に侍る武器も同様、地に叩きつけられることこそ無いものの、空中で動きを停めている。


 だがそれも一瞬で、次の瞬間には手を突き立て、立ち上がろうとしている。刃達も僅かに震えている。


「くっ……」


 予想以上に早いゼルの立ち直りに眉を顰めるファルンを背にし、ティズィアは彼の動向に目を凝らす。


「これは、予想以上に……きつい……!」

「ここまでしておいてまだ暴れ足りないとは」


 悪い予想が当たったと言えばそれまでだが、幾人かの死者も出ている現状で、それを自覚せず幻惑に浸り続けるゼルに怒りを抱くティズィア。

 翼を広げ、下に風の珠を作り、盾に槍を添えて構える。


「ぁぁぁ……」


 凹み続ける空間の中から、低い唸りが響く。

 一介の獣であるならば、掛かる重圧に血を撒き散らしながら潰れる所を、不死の化け物たるゼルは耐えて立ち上がって見せる。

 そんな彼を囲むように、一部の翼人達が魔術で土を盛り上げたり、光の縄を作って拘束する。

 だが、それらは全て付け焼き刃に過ぎない。


「駄目……、全員退避!」

「ァァァアア!!!」


 雄叫びと共にファルンの魔術が解除。

 ゼルの周囲に侍っていた剣達が勢い良く射出される。

 ファルンの警告もあり殆どのものが無事にやり過ごしたが、ゼルに翼を捥がれかけた者など、機敏な動きが難しいもの達が餌食になった。


 それらを横目にファルンを庇い抜いたティズィアは、怒りを抑えて強く羽ばたく。


「うぉぉおおお!」


 盾を使って体当たり。爆発するような加速も相まってゼルを近くの木に押し付ける事に成功する。

 後方から三本の武器が飛来。すぐさま飛び退いて二本を巧みに躱し、避けきれないものを槍で弾く。

 そんな彼を後ろから強襲しようとするゼルの腕に、矢が刺さり爆散。体制を崩す。


 矢の主は言わずもがな、ルォヴェナだ。


 地に足を付けて盛大に顔を苦渋に染め上げる彼の傍には、彼を置いて行くことなく退避しようとした結果被弾してしまった二人が倒れていた。


 ルォヴェナもティズィアと同様、怒りを抱いている。それと同時に、自分自身に対するやるせなさも。だが後悔も、叱責も、文句も言うべき時は今じゃない。

 残り少ない矢を全て射るつもりで、間断なく弓に番える。


 ティズィアが盾を、ルォヴェナが矢を。

 傷の少ない二人が後のことを考えずに全てをゼルにぶつけていく。

 だがそれでも、届かない。


 十数名の翼人達を危機に貶めたゼルに対し、たった二人では限界があった。

 だがそれでも、二人は諦めなかった。

 自分達が折れれば仲間達が死ぬからだ。

 言葉は無く、合図も無く、互いの癖を把握しているが故に目を合わせることすらしない。


 後衛のルォヴェナは兎も角、ティズィアの傷は目に見えて増えていく。

 腹を蹴られて鎧は陥没。その際内蔵を傷付けたのか口端からは血が垂れている。

 槍はひしゃげ、使い物にならなくなった手甲を外した手には刀を持つ。

 翼に至っては一部に裂けた痕がある。


「誅を!」


 何度目かも分からぬ盾の起動詠唱。

 それによってゼルの身体が仰け反る。

 そして、倒れた上半身をそのまま倒して地面に手を付くと、変則的な回し蹴りを敢行。狙いはティズィア自身では無く盾だった。


「なっ!?」


 今までに無かった行動に、持ち直そうと一旦力を緩めた隙を突かれて盾を手放す。

 左側に身体がよろける中、素早く立ち上がったゼルが鋭い踏み込みを果たし裏拳を放つ。

 盾を離した事と、今までと違い技巧を活かしたゼルの動きに動揺したティズィアは、避ける事すら忘れ呆けて拳を顔面に喰らう。


 ぐらつき狭窄する視界は、気を失いかけている証拠。


「舐……めるなぁ!!」


 倒れそうになる身体を翼を動かす事で無理矢理起こし、刀一つで吶喊する。

 だが平静と視界を失った状態は隙だらけで、刀も取り落とす事になる。

 それでも、彼は必死にゼルに食らいつく。

 自分の行動の結果が現在の状況を引き起こしている以上、羽根の一枚でも残っている限り戦い続ける覚悟であった。


「くそっ、こんな時に……!」


 目を背けたくなるような惨状の彼を支援するルォヴェナが悪態を吐く。

 まだ矢は三本残っているというに、力みすぎたせいか先に弦が逝った。


 クォデュンが見てられんと助力に向かおうとするが、失った腕や雑多な傷からの出血が酷く、同じく傷だらけのものに引き留められる。


「ティズィア!」


 魔力切れを起こし、動けずにいるファルンを声を荒らげる。

 身体に残る魔力を無理矢理捻り出し、方々に裂傷を作りながら、ティズィアに向けて槍を投げ渡す。


 ゼルに蹴り飛ばされたティズィアは、それを受け取るとすかさずゼルの元へ。

 ゼルは彼を迎え撃つかのように、彼の刀を王眼の力で引き寄せる。


「laaalaaaalalaalaa――――!!!」

「うぉぉぉおおおおお!!」


 殆ど機能しない視界に頼らず、ゼルの獣の如き咆哮を頼りに吶喊。


 瞬間、戦場が動きを止めた。

 激しかったファドゥルーの演奏が静かな曲調へと移ろった事で、ますますそう錯覚させられる状況に、正気を取り戻したゼルの困惑と驚愕を孕んだ声がやけに響く。


 ゼルを木に縫い付けた。

 首筋に鉄の冷たい熱が触れる。


 そんな感覚すら得られないティズィアは、その声に勝利を確信し、笑む。


「漸く戻ったか、馬鹿者め……貴様の、せいだ……」


 苦言を零し、力と意識を弛緩させて倒れ込む。

 己の失態により味方を危険に晒した彼は、確かにその尻拭いを成し遂げ、見事仲間を守り抜いた。

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