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地獄を作りし暴威

 村で起きた熾烈な戦いから一夜明け、男……ゼルは太陽の光に身を焼かれながらその身を横たえていた。


「…………結局死なんか」


 魔法使いの声を聞きながら意識が薄れ行く事に、もしかしたらという歓喜に心躍らせていたのも束の間。次に気付いた瞬間には黄金を手に心臓を脈打たせていた。


「名を棄てるな、剣と共にあれ。……巫山戯やがって」


 そう文句を垂れながらも、起こした身で確りと白の剣を地面から引き抜いた。

 続いてゼルは彼が幼少期を過ごしたリンフォード宅へと歩みを進めた。


「くそ、遠慮なしに全て吹き飛ばしたな……」


 今の自分の背丈で着れるのは親の服だろうと親の部屋のあった場へと進めば、そこに地下へ繋がる道があったのもあり、地下に入るために立てた床板諸共全てが何処かへ吹き飛んで更地と化していた。


 とはいえ喧嘩を売ったのは自分である。ゼルは仕方が無いと割り切り、地下に繋がる階段へと歩を進めた。


 降りた先は、地下にも関わらず明るかった。

 原因は部屋の中央部に透明な硝子玉に水と共に入れられて吊るされている、摩訶不思議な色の石。


 ゼルはかつての魔法使いとの旅の途中にも見たそれの記憶を辿るが、残念ながら名前は思い出せなかった。

 この石は、水の中でだけ光を放つ特殊な鉱物だ。

 それも深ければ深いほど、水圧が強い程強く輝くというなんとも不思議な鉱物。


 少なくとも昔見たそれは、それなりに広い部屋を照らせるほどの光量は無かったはずなのだが、もしかしなくても石を収める硝子玉に何かしらの魔術的な細工を施しているのだろうとゼルは推測した。


 そんな石が照らす部屋には、多くの軌跡があった。

 巨大な牙。多くの傷が付いた何かの外殻。ぱっと見では槍や剣の様にも見える巨大な棘。

 他にも多くの、この世界で魔物と称される身の内に魔力を宿して変異した危険な生物達の身体の一部が飾られている。


 並び立つ大きめの棚には色とりどりの液体や、何かに漬けられた目玉を始めとした臓物。

 中には中身が見えないように処理され、なんの素材であるか紙を貼って分かるようにしてあるのも存在した。


 ゼルはそれらを一瞥するだけで歩を止めることなく、部屋の奥にある多くの武具の元へと向かった。


「確か……」


 ここに並ぶ多くの武具の由来は、旅立ち前に聞いていた。


 両親が現役時代に武功を立てた祝福として贈られた剣や盾に杖、長く使った事で不安が出来た鎧。


 大きな損傷で修復不可能と鍛冶師に断じられた盾。死した仲間達が遺した斧と弓とそれぞれの鎧。


 中には一本しか作られなかった記念用の特殊な矢も存在した。

 これは飾り矢とは違い実用的な面もあるのだが、どうやら彼らは使わなかったらしい。


 ゼルはそれら一つ一つに手で触れた。

 まるで茶器を吟味する老者のように、一つ一つに手を触れ、軈て彼は一つの鎧に手を掛けた。


不穢の白鋼(ミスリル)……とは違うが、軽いし良いな。全てが鋼材だから治しやすいのも良い。それになんの遍歴もない」


 ゼルは鎧の下腹から足先までの部分を順々に取り付けると、壁に吊るされた無数の剣帯から二つ手に取り、どちらも剣が左手側に来るように腰に着けた。


 うち一つに白の剣を佩き、もう一つに適当な剣を作って佩いて、蹴る走る跳ぶ等して動作確認した後に同じく壁に掛けられていた外套を腰に巻き付け、地下室を後にした。


 ……入り口近辺に無数の剣と槍で壁を作ったのはご愛嬌というものだろう。


 彼が上裸をそのままにしたのは、戦う上で上半身が窮屈なのは邪魔であるという方便と、黄金による異常治癒能力故に傷を厭う理由が無いというものだ。


 下腹より下を鎧で覆ったのも全裸で街を闊歩するわけにはいかないだろうという、必要最低限の譲歩であった。


 外套を腰に佩いたのも何かと便利だからという理由と、それでも裸に外套というのは如何なものかという、中途半端に維持された倫理観故のもの。


「…………どうするか」


 準備を整えたゼルは、村を一望出来る小高い丘の上に突き刺した剣に手を添えながら悩んでいた。


「留まり探せ、再びの誓いを、己の有り様を……だっけか」


 意識を失う前に魔法使いに掛けられた言葉を思い出し、どうするかと思索に耽る。

 正直な所を言えば、酷く面倒に感じていた。

 取り敢えずではあるが、ゼルは今の所人を殺して回り、恨みによって他者の刃を己に向けさせようとは考えていなかった。

 闘争を望む心は変わらないが、そこまで堕ちてはいなかった。


 ならばそれでいいのだろう。


 己の行動原理となるだろう誓いを探しても、どうせいつか再び壊れるのだろうという諦観もあって億劫で、己の有り様に関しては心底どうでもいい。


 ならば今は、最後の一線を越えなければそれでいいのだろう。


 ゼルが己の中でそう結論付けた瞬間、彼の眼が無数の武具が迫っているのを捉えた。


 昨夜の戦いでは幻境の獣が吼え猛り、魔法使いの放った魔法は一瞬であっても昼が顔を出して夜が一点に立つような大規模なもの。調査の為に派兵されるのはそうおかしな話では無かった。


 今人と話せば恩師である魔法使いと軽い殺し合いをしたように、自分の発言が原因で面倒な事になるのは簡単に予想出来ていた為に、追われるような形ではあるがゼルは彼等を避けるように歩き出した。


 斯くして、死を求める男は敗北によって課された勝者の要求に明確な答えを出さぬままに旅に出た。


 そうして目的もなく当てのない旅を始めた男は、約一月の間人と関わることなく彷徨い続けた。


 その間、人里に近付くことこそあれ、その輪に入る事は決して無かった。

 理由としては二つ。人と関わろうという思いがゼルの中から完全に欠けていたこと。


 そして、無一文である事だ。

 町や街と呼ばれる場所は、規模の大小に関わらず入街するものからは金を取る。


 当然、中にはそれらが免除されるものたちも居る。支配階級である貴族は当然として、一定の業績を持つ商人なんかも免除される。


 まぁ、厳密には持ち運んだ商品に課せられる税がその代わりなのだが、事実上では入街料は取られていない事になっているため問題ない。


 そして例外はもう一つ。冒険者と呼ばれる、魔物討伐や常人では気軽に行けない地にあるものの採集等を請け負う戦士達。

 彼等も入街料は取られない。

 彼等を纏める冒険者ギルドから一定の信用を得ているもの達は。という但し書きが必要だが。


 一応ゼルはそれを満たしている。魔法使いとの旅で繰り返した冒険者達との模擬戦や、偶に起きる魔物との戦いで十分な功績を上げていたから。


 だが、その功績や信用を表す為の冒険者証を持っていなかった。再発行しようにもギルドは街の中にある為に意味は無い。

 そもそもとある事情から再発行が通るのかどうかすら分からなかった。


「何処だ……」


 その為にゼルは彷徨っていた。一月前には無かった明確な目標を掲げながら彷徨っていた。


「何処にいる……!」


 それは、彼がその右眼を爛々と輝かせ、木々と緑を鬱蒼と茂らせる森の中で五感全てを研ぎ澄ませてまで渇望する目標。それは――


「何処だ盗賊共! くそっ、これだから治安の良い国は……! 何故何処にも賊が居ないんだ! というかこの国も森もでかすぎだろう!」


 ――殺しても誰からも悲しまれず、殺しても一切の罪悪を抱く必要の無いもの達であった。

 しかし探しているものは探している時に限って見つからないもの。第一、簡単に賊が見つかっては国として最悪である。

 しかも今彼が居るのは、この世界で一番平和を謳歌しているフラン王国の北東部。


 因みに、ゼルの村があるのはフラン王国の最南部。

 北上するのではなく南下していれば、大分前に盗賊と出くわすことができていた筈だった。


 とはいえ、平和な国であっても魔物はいるし、それを討伐する事を生業としている冒険者も、それら相手に商いを営むもの達も、またそれを狙う盗賊も存在する。

 だと言うのにゼルが遭遇しなかったのは、時期が悪いという他無かった。

 それに今この時に於いては場所も悪い。


「っ! 居た」


 フランベカールタッツィオ王国北東、キルティッツァ近郊に広がるこの巨大な森は、冒険者ギルドによって伯級指定の危険区域として指定されている場所だった。


 この場合の位階分けは貴族のそれと同じで王、公、侯、伯、子、男、騎の七つの位階に分けられる。


 そして伯級は、冒険者であればそれなりに経験を積んだ精鋭に相当するもの。

 区域指定の位階分けの基準は、その位階の冒険者数名で徒党を組んで挑んでも、過半数は確実に帰って来られるだろうという憶測の元に行われる。

 逆に言えば、その位階の冒険者一人では生還は難しいと言うことでもあった。


「ふっ……!」

「ナギ!? グルァ……」

「……見た事無いが、魔物か?」


 冒険者ギルドにそう判断させる要因は、今し方獲物を見つけた事に狂喜乱舞しながら木々の合間を駆け抜け、見敵必殺とばかりに問答無用でゼルが首を刎ねた、醜い顔を持つ人型の魔物にあった。


「大きさの合わない兜……冒険者のものだな。剣は鉄、錆はあるが最低限の手入れあり。自分達でやったんじゃなく鹵獲品か。鎧もどうせ盗ったんだろうが、着けられる部分を着けられる感じで、胴元の紐は知らん結び方だがちゃんとしてる。知能は十分。それに緑灰の肌に醜悪な顔……一丁前に良い身体してる辺り、あれか」


 暴威を振るうもの(アビュラ)

 中にはこの森の大半が樫の木で、アビュラの大半もここに居るからと人によってはオーク――の化け物――と呼ぶ事もある賢き屈強な魔物達。

 そしてその大半が残忍な思考性を持つが故に、人類種として認められる事無く危険な生物として扱われる事となったもの達。


「殺るか」


 元々探していたもの達とは強さも在り方も大分異なるが、死んでも誰も悲しまないのは変わらないし、むしろ諸手を挙げて感謝されるような存在である為、ゼルは変わらず……いや寧ろ軽やかな歩調で森の中を進んで行く。


「邪魔だ」


 なんなら、アビュラを仕留めた後も剣帯に収めることなく手に持ち続けていた剣を振るい、目の前の枝枝を切り落としてずんずんと進んで行く始末。

 その顔に浮かぶのは笑みだ。魔法使いとの戦いの最中に浮かべていたような獰猛な笑みを浮かべ、迫る闘争に心躍らせながら進んで行く。


「ナニモノダ!」

「…………」

「グボッ!?」


 適当に見つけたものをすれ違いざまに刺し殺し。


「ドウヤッテココマデキタ!」

「コロセ! オトコハイラン!」

「何って……正面からに決まってるだろう。それにお前らにくれてやる女はこの世の何処にも居ない」

「ギャァアアア!?!??」

「グオオオオオオ……! ウデ、ウデガァ!」


 ある程度纏まってそれなりに上等な装備に身を包んだものらを、一体を残して拷問し、他は一切の慈悲なく惨殺した。


 彼は痛みを知っている。爪の剥がれる痛み、足の潰れる痛み、腕が捻じ切れる痛み、腸を引きずり出される痛み。全て例の空間で自分に課したものであるから知っている。


 そんな彼が拷問なんてものをすれば――


「イウ……イウ! ダカラヤメテクレ……モウ……グ……ッ」

「お前らは死を恐れない暴虐の徒って聞いてたんだが」

「ナッ……フザケルナ! ココマデヤラレグォアアアア!?!? ……フーッ……フーッ……!」

「さて、落ち着いたら吐いてもらおうか。お前らの臥は何処にある。武装し考えるお前らだ、居るんだろう? 人間で言う王に該当するものが。そいつは今何処にいる」


 ――ぎりぎりで気絶しない塩梅を見極められ、血塗ろになって命乞いをする獲物の出来上がりであった。


「…………」


 アビュラから必要な情報を聞き出して首の骨を折って殺した後、ゼルは黙々と森を駆けていた。

 道中で遭遇したものはすれ違いざまに一閃。複数ならそれに加えて剣を飛ばして鏖殺。

 そうして広大な森を曲芸じみた動きをしながら駆け抜け――


「な……ぁ……」


 ――地獄に、辿り着いた。


「グハハハハ!」

「おぶっ!? ぐ、ぅ」


 鬱蒼と広がる森の中で突如として現れた平野に広がる、慣れ親しんだ鉄錆の臭い。醜悪なもの共の哄笑。女達の悲鳴混じりの喘ぎ。


「レイアァアアアっっ!!! お前ら巫山戯るなよ! 殺してやる、殺してやる! 許すものか!」


 狂ったように獣を求める女が居た。

 首を横たえ、全身を垂れさせながら揺さぶられ続ける女が居た。

 手足を捥がれ、原型を留めぬ顔持つ男が居た。

 火の中にあるにも関わらず、痛みを忘れたように目の前で犯される女の名を叫ぶ男が居た。


 それらを見て、嗤うもの達が居た。

 下卑た笑みを浮かべ、悲痛な叫びに高揚し、昂るままに腰を振る醜悪な獣共。


 その中心に、一人の女が居た。

 特に屈強な醜塊達に犯され、最早全身に力を渡らせることも出来ないのだろう女。

 全身を血と痣と穢れた汚液に染め上げながら、尚も諦めることなく自身を犯す獣を睨め付ける女。


 尊厳を踏み躙られて慟哭するもの達が居た。

 尊厳を踏み躙りながら愉悦に嗤うもの達が居た。

 どれだけ甚振られようと、穢されようとも諦めぬものが居た。


 此処に地獄があった。気高く倒れぬ花があった。


「グハハハハ!! あ? なんだ、貴様」

「ぁ……」


 その花の前に、王がいた。地獄を作った醜悪な王が。


「………………剣共よ、舞え」


 地獄に、新たな地獄(血の雨)が一つ。

 穢れたもの共が腰に佩いた剣達が、何をするでも無く鞘から身を飛び出させ、代わりに使い手の身体へと沈んで行く。


「ほう……!」


 王はそれを逃れた。彼が腰に差すは、格高き剣。若輩の王になど従わぬと哮る強きもの。

 だがそれは、この場に於いては愚かな選択であった。

 ゼルの手から剣が消え、代わりに彼は指輪に変えていた黄金を剣へと変えた。


 ゼルがこの世の中で最も忌み嫌い、価値がないとする黄金を引き抜くということは。


「踏み躙ったな、凌辱したな、下衆共。女の尊厳を、戦士の誇りを。…………殺す」


 それ即ち、相手は鉄の剣に触れさせるのすら烏滸がましい程に価値のないものであるという、彼にとって最大の侮辱であっ

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