金眼の少女
胸糞注意です
「其方が花を造る少女か。名は何と」
「は、はいっ、ユグリアっていう……ます」
顔に幾つかの皺を作った初老の男が、この間で最も尊き上座。即ち玉座からユグリアを見下ろし、笑みを浮かべる。
それに対してゼルは嫌悪を、ユグリアも少し嫌がるように半歩下がった。
「やめろ……やめろ、やめろぉオオオ!!」
ゼルは叫びながら、飛び掛るよりも早いと剣を作り射出する。
しかしそれらは何故か当たらず、王の傍を横切ってばかり。
ゼルはその事に疑問を感じる事も無く、床を強く蹴って飛び掛る。
直後、どこからとも無く翔ぶように迫って来た騎士に阻止されてしまう。
力任せに盾を奪い、叩き付けようとするが躱され、逆に攻撃を食らう。
吹っ飛ばされたゼルを、一人の騎士が後ろから体当たりして空中に留め、的と化したゼルに魔術師達による魔術が飛来する。
「そうかユグリアか。して、ユグリアよ。お主に一つ頼みがある」
「?」
「お願いだ」
「っ、はいっ、何すれば良いの? ぁ、ですか?」
「花を造って欲しい。この場をより華やかにするものをな」
王とユグリアの会話が聞こえる中で、これ以上語らせてなるものかと、ゼルは魔術の嵐の中で剣や槍を飛ばす。
王に多め、騎士に複数だ。
だが騎士達は収斂を積んだものとして無傷であしらい、王への剣もどこからとも無く飛来した矢に弾かれる。
「え、えと……」
「どうした、出来ぬのか?」
「土が、無いと……」
「まぁっ、土ですって? 王の威光が照らすこの清浄の間に、穢れた土を撒けと?」
「ご、ごめんなさい……」
ユグリアの言葉に、豪奢な貴人服に身を包んだ、美しい女が不愉快そうに声を上げる。
村の服のまま一人貴族の宴席に招かれ、知らぬ地で知らぬ大人達に囲まれて王に詰問される。
そんな状況で高揚していた感情を霧散させ、萎縮しかけているユグリアに対しての言葉。
それは、幼い子供には強すぎた。
今いる場からユグリアの顔は見えないというに、ゼルは彼女の目元で揺れる滴を察知した。
直後、ゼルの攻撃の標的が切り替わる。
盾で魔術を防ぎ、近付く騎士共を力任せに押し退けると、騎士達の持つ槍や、貴族達が腰に差す武器を王眼の力で幾つか奪い、女に向けて飛ばす。
だがそれらは全て、他の騎士たちよりも頑強な盾持つ騎士に防がれる。
同時に最も苛烈な魔術を放って来ていた魔術師に投げ付けた剣も、軽快に避けられる。
見た目こそ人間の魔術師や騎士だが、その動きは明らかに人間離れしていた。
でも、ゼルは違和感を抱かない。
彼の鈍った思考がそう在るものと認識し、湧き上がる衝動に従いただ殺すべき敵と定めて動く。
「王妃よ、民を前に喚くでない。程度が知れるぞ」
「お言葉ですが陛下、童の言に従いこの場を汚す事こそ、より品位に欠けるものと私は愚考致しますわ。もし仮に美しい花を作れたとして、斯様に薄汚れたものの言う美など、私達が好いとする域には届かぬでしょう。この場を汚すには見合いませんわ」
「では我が愛しき妻にして、我国の妻よ。我らが動くか? 平民の後ろに侍り、土の捲れた畦まで供するか? 我は良いぞ」
「なっ……」
「この者にはそうするだけの価値があると、我らの息子が見込んだのだ。でなければ、我らの顔を拝する栄誉など取らせぬよ。なぁ?」
「はっ。必ずや御期待に……いえ、御期待以上の品を作り出して見せると誓いましょう。両陛下の血の下に」
「ならば良い。土を持て。丁重にな」
遠くに聞こえる貴族達の会話。
彼らには花でも土でも無く、自分達の臓物を見せる為にゼルはより大暴れする。
当然だ。
ここでのやり取りを終えれば、ユグリアにとっての地獄が始まるのだから。
自分が今陥っている状況など知らないゼルは、ただ不安に心を揺らす少女を救う為に騎士達に向かっていく。
最初の標的は特殊な盾持つ騎士だ。
一本の剣を作り出し、それを手に吶喊。
今まで王を狙うばかりだったぜルに訪れた明確な変化に、騎士達――翼人達も動きを変える。
「ファルン!」
「えぇ!」
標的にされた盾持つ騎士、ファルンが自らゼルの前に立ち塞がる。
「ぁあぁぁああああ!!」
叫びを上げながら盾をかち割ろうとするゼルの振り下ろしに合わせ、大翼を動かし即座に退く。
入れ替わる形で前に出た二人の翼人が、剣を空振らせたゼルに向け槍を振る。狙いは両腕だ。
挟まれたゼルは、即座に片方の翼人に向けて身を寄せようとするが、ルォヴェナの放った矢により足を地面に縫い付けられて両腕を切り飛ばされる。
「手応え!」
「硬い!」
短い言葉で情報を共有し、再びファルンが前へ。
ゼルの腕が瞬く間に再生し、手に剣を作るのを認めながら、より前へ。
ゼルが剣を振る前に、腕を巻き込んで体当たり。
盾に阻まれて剣を振れなくなったゼルは、力任せにファルンを押しやり、僅かに出来た隙間だけで十分な加速を遂げた腕を振るう。
「ぐっ……!?」
叩き付けられた柄頭の衝撃を殺し切れずに後退したファルンに向け、腕を振り切って剣を頭上に掲げる形となっていたゼルが、そのまま剣を投擲。
剣を盾で弾き、完全に体勢を崩したファルン。
そんな彼女に向け跳躍したゼルの足を、後ろに控えていたクォデュンが掴む。
ファルンと距離を取らせる為に後ろに投げようとするが、ゼルが身を捩った事で手を離す。
中途半端な体勢でありながら、見事に着地したゼルがすかさず飛び上がり、クォデュンに蹴りをかます。
避ける事も叶わず、盾で受けて吹っ飛ぶ。
彼を一瞥し、ファルンの方へと向かおうとするゼルが、がくんと上体を倒す。
魔術によって作られた泥濘に足を取られたのだ。
その隙を逃さず、クォデュン隊の者がゼルに吶喊。
槍で近くの木に縫い止めた。
「っ、下がれ!」
遅い警告。
言われずとも槍から手を離して翼に力を入れていた翼人だったが、羽ばたいた拍子に翼を掴まれてしまう。
抵抗に片翼を激しく動かすも、ゼルの力は強く離れない。
そして引き寄せられ、背中に手を掛けられる。
現在、ゼルは翼人達を人間と認識している。
故に今持っているナニカも、翼だということは分からない。
しかし手に持った以上、掴み取った以上は、捻りもぎ取る。そんな意思の元で、ゼルは力を込める。
「っ!」
「させねぇ……!」
「だめ」
阻止しようにも距離が遠く、間に合わないと歯噛みするクォデュン。
放たれたルォヴェナの矢がゼルに突き立つ。しかし効果は無い。
この場で最も効果があったのは、ファドゥルーの笛の音の変調だった。壮麗なものから、悲哀の曲に。
「ぐぁ……くっ、っ!」
翼の一部が捥がれ、苦痛に喘ぎつつ、動きを止めたゼルの拘束を解いて離れた翼人。
「急に大人しく……、曲によって見ている光景が違う?」
完全に大人しくなったわけではないが、それでも叫びを抑えたゼルを見て、ファルンはそう推測する。
それは正解であった。だが、不正解でもあった。
「おぉ……!」
従僕が持ってきた土を前に、貴族達が色めき立つ。
それは、ユグリアに疑いの目を向けていた王妃も例外では無い。
彼らの視線の集う土の上には、ユグリアが王眼の力で咲かせた花がある。贅の限りを尽くした貴族達でさえも、見たことのない美しい花が。
「あ、あの……これで、いい……です、よね? あたし、もう帰り……」
「素晴らしい!」
どよめいていた貴族達から欲望の目を受け、村に帰りたい一心になったユグリアの言葉を遮り、王が吼えた。
「好い、好いぞ! 確かユグリアと言ったな。我は其方を歓迎しよう! これからは我らの元で花を活けるが良い」
「で、でも……」
「そうと決まれば歓待の宴だ。酒を持ってこい! …………そうだユグリア、貴様果実を実らせることは可能か?」
ユグリアの言葉の一切を無視し、傲慢に己の要求を述べる王。
体格も良く、顔中に傷を持つものに凄まれたとあっては、少女はただ頷き従う事しか出来ない。
そうして実らせてしまった果実を食し、王は歓喜の声を上げた。
ファドゥルーの笛の転調は、ここからだった。
場面が移る。
部屋の中に水路が走り、その横には花壇が並び、日光が直接当たる壁の無い部屋。
屋外と部屋の中を隔てるのは、薄い天幕だけという、温厚な気候の土地ならではの様式。
そんな部屋で存在を主張する、大きな天蓋付きの寝台の内に、少女は居た。
藁に皮を乗せただけの寝台とは違うそれに気分を昂らせることも無く、ただ不安に自分の身を掻き抱いている。
何度も何度も帰らせてくれと懇願したにも関わらず、聞こえていないかのようにただ淡々とこの部屋に案内されたユグリア。
最早憧れの王子様と出会った時の喜びは無く、見知らぬ土地に高揚していた感情も消え失せていた。
「これからどうなるの……?」
渦巻く不安や、大人達への恐怖など、胸中に広がる漠然とした負の感情を吐露する。
ゼルは彼女に向けて声を掛けようとし、何も発せないことに気が付いた。
現在彼は、部屋の中央に存在する柱に磔にされている。
それは現実の自分と同調しているからなのだが、知らないゼルは自分を柱に縫い付ける杭を抜こうと手を掛ける。
しかし、目の前の光景に動きを止める。
現実の時間の運びとは違い、倍速で目の前の事が進むのだ。しかも自分の感覚は通常のままに。
混乱に落ちたゼルは、ただ呆然と目の前で起きる物事を眺めるしかなかった。
いつの間にか眠ってしまったユグリア。
彼女はいつもの習慣で、部屋に陽射しが入ると同時に目を覚ます。
同時に、簡素な貫頭衣に身を包む侍女達が、彼女の世話をする為部屋に来る。
起きてまず何時もと違う場所である事に落胆したユグリアは、彼女達に花は幾らでも咲かせるから村へ、両親の元へ返して欲しいと懇願する。
そんなユグリアに、侍女達は二言三言告げると、気を落として脱力したユグリアを水路の先にある湯気を上げる窪み……風呂へと入れる。
侍女達の言葉やユグリアの言葉は、倍速であるからか音は無い。
だがゼルは知っている。かつて夢の中で見たから知っている。
『なりません。貴女を返す事は王命に反することになりますから。それに、貴女の力は既に多くのものに知られている。故郷を守る為にも、ここに居続けなさい』
知らせたのはお前達だろうに、白々しい。
ゼルは顔を顰めた。
気を落としたユグリアの初めての入浴は、そう良いものでは無かった。
既に締め付けられている心に加え、大量のお湯が身体をも圧迫してくる。その上で、見知らぬ人間達に身体中を洗われる。最悪と言う他ない。
そうして、湯に当てられた事で重く感じる身体を引き摺るユグリアに、侍従が思いつく限りの多様な果実や花を作るよう要求する。
『いっぱい作ったら、私を帰してくれる……ますか?』
無言で返された頷きを信じたユグリアは、風呂後ということもありやたら働く頭に、思いつく限りの花や果実を描き、王眼の力で現実へと落とし込んで行く。
普段のように花を愛でる意思は無く、ただ帰りたい一心で、普段は作らない量の植物を延々作っていると、ふらりと倒れ込む。魔力切れだ。
ユグリアが再び目を覚ますと、寝台の上に運ばれていた。
古代、と言っても差し支えのない時代ではあるが、魔術への理解は今の時代と大きな違いは無かった。
でも、それはユグリアを安心せしめるものでは無い。
起きた時には変わらず侍従が立っており、妙な圧迫感を覚えたユグリアは、恐怖を忘れるために植物の生成にのめり込む。
そうして、植物の生成と魔力切れを繰り返し、起床時間を乱したユグリアは、ある日訪れた王子にそろそろ帰してくれ、両親に会いたいと窶れた顔で頼み込む。
しかし、それは受領されず、代わりに一つの果実を渡される。
これと同じもの、若しくは同じ味のものを作って欲しい。と。
そこで漸く、ゼルは拘束を解かんと本格的に抵抗し始める。だがそれは、翼人達が蔦等を利用した縄で、より強固に拘束されるばかり。
王子の急な申し出と、ゼルの抵抗には理由があった。
それは前日のこと。ユグリアの朝食として出された果実が、他の植物よりも多く作られていた事に起因する。
だが色は違うし、形も違う。ただ朝に食したものと同じ味と食感をしているというだけ。
その事に疑問を感じた王は、侍女を介してユグリアに問うた。
『今朝食べた果実を知っているか』
ユグリアは知らないと答えた。続いて、美味しかったと。
侍女からユグリアの言葉を聞いた王に、閃きを伴う強烈な雷が走った。
王子が今直々にユグリアの元に足を運んだのは、王の閃きの成否を確かめる為であった。
「駄目だ……」
結果は成。
ユグリアは果実の味を、食感を、見た目を、完全に再現した。してしまった。
その事に喜んだ王は、他にも多くの実験をした。
果汁だけを宿す実が出来た。
肉の味のする植物が出来た。
胡椒や塩、砂糖の味のする葉が出来た。
ユグリアが作る果実や花は、なんにでもなれた。
革命だった。
だからこそ、箍が外れた。
「やめろ……」
同時に、ゼルの全身に力が漲り、拘束が外れる。
その間も目の前の光景は移ろい続ける。
ユグリアの前に帰郷という餌を垂らし、自分達の要求を通し続けた者共は、ある時からユグリアにあるものを食させ作らせた。
それは酒だった。
それは幻覚を見る草だった。
それは葉巻に使われる葉だった。
それは政敵を殺す為の毒だった。
それらを食させるうちに、誤算が生まれた。
ユグリアが、苦しみから解放されるための果実を作り出したのだ。治癒の奇跡を齎す果実を。
貴族共は舞い上がった。たった一人の少女の不幸の元に、自分達がありとあらゆる贅の限りを尽くせる事に。
どのような傷を負っても、病を患っても治る奇跡の果実の出現に。
だが、ぴたりと、ユグリアが果実を作らなくなった。
幻覚を見て、酒に酔い、毒に悶える日々を過ごす内に、ユグリアははたと思い至ってしまったのだ。
自分はもう、友達や両親に会えないのでは、村に戻れないのではないかと。
遂に嘘に気付かれた! 焦った貴族共は、ユグリアに強力な幻覚を見せる薬を飲ませた。
それでどうにかして誰かを家族と誤認させようとしたのだ。
だが、奇跡の果実を前に、それは無力だった。
だから貴族達は、ユグリアに直接苦痛を与えた。
作らなければ殴り、生やさなければ蹴る。
奇跡の果実で無くなるとはいえ、痛いものは痛かった。
ユグリアは貴族の思惑通り、少しづつではあるが植物の生成を再開した。
ある時、彼女を殴る侍従の手を止めるものが現れた。
『ぁ……』
王子だ。
以降ユグリアは、王子に依存するようになった。
しかし……
『お前達、殴るのは構わないが、顔は狙うなと言っているだろう。あの魔眼が傷付いて使えなくなったらどうする』
『抉れば宜しいのでは?』
『駄目だ。他者が使えるかどうかが分からないからな。だから、あの人形の顔は叩くな』
そんな会話を盗み聞き、ユグリアは本格的に心を壊した。
帰郷の望みは無く、頼れるものも無く、好きであった花は見るだけで怖気が走る。
ただ辛かった。
そんな状況でユグリアが逃げた先は、飲んだらふわふわして心地の良い飲み物――酒だった。
酔ったユグリアは、狂ったような笑みを浮かべ、一夜にして自分の部屋を雑木林へと変貌させた。
城を覆い尽くすかの如き勢いに、貴族達は強引にユグリアを気絶させると、二度と馬鹿な真似をしないように地下房へ幽閉した。
以降暫く、平穏が訪れた。
だがそれは、嵐の前の静けさでしか無かった。
ユグリアに植物を作らせる為に貴族が次に講じた案は……
『おいお前。これを見ろ』
『……ぇ』
ユグリアの目が見開かれる。
『次に馬鹿な真似をしたら、今度は貴様の親がこうなると思え』
『ぁ、ぁぁ……』
ぼとりと、牢にとあるものが投げ入れられた。
『それが嫌ならとっとと』
『いやぁぁあっ!!!』
「ふざけるなぁぁあぁあ!!!」
……それは、ユグリアと最も親しかった女の子の、首だった。
それを見たユグリアは悲痛な叫びを。
彼女の叫びを聞いたゼルは怒りの咆哮を。
そして現実のゼルは王眼の灯りを全身に走らせた。




