不死は鎮争曲に荒ぶり猛る
蜘蛛を初めとした多くの魔物と邂逅しながらも、大人数という事もあり苦戦なく進み続けた翼人達は、遂に辛酸を舐めさせられ続けた人面獅子の臥へと到達した。
「……すごい」
そんな感想を漏らしたファドゥルー以外は、皆が絶句している。
ゼルが力任せに人面獅子を投げ飛ばし殴り飛ばしと大暴れし、抵抗に絶え間なく吹き荒れた魔術の嵐。
それら二つによって作られた森の様相は、他と比べ物にならない程荒れ果てていた。
「ゼルは……」
「あそこ」
そんな地の中央近くに、彼は居た。
「ファドゥルー。先ずは笛です」
「……ん」
平坦な表情を変えることなく、淡々とゼルの元へと歩み寄ろうとするファドゥルーを、ファルンが制す。
その目は色濃い警戒に染められている。
幸いにして、彼ら翼人の羽ばたきを耳に入れても、ゼルは動かなかった。
だが、それが良い事だとは、口が裂けても言えなかった。
ゼルの前にある人面獅子の惨状を起こした力が、自分達に向けて振るわれるかも知れないのだ。喜ぶことは出来ない。
全身の至る所に殴打痕の凹みや無数の剣が見られる。
明らかに異常な状態の死体だった。
異常なのは人面獅子の死体だけでは無い。
この戦場の殆どに、様々な武器が転がり刺さっている。
「これを、あの者がしたのか」
驚愕を顕にしながらクォデュンが手に掛けるのは、木に蛇を縫い付ける短剣。
翼人達の中でも力に秀でた彼でさえ、それを引き抜くにはかなりの力を込める必要があった。
「重いっ……」
クォデュンの傍に居た翼人が、地面に突き刺さっていた斧を手に取りぼやく。
その隣では槍を引き抜いた翼人が、均等な重心に首を傾げている。
「…………」
武器の状態を調査するクォデュン隊を放り、ティズィアと他三人の翼人は遠目にゼルを収めながら、人面獅子の毒霧が残っていないか等の異常を確認している。
「済まないねぇ、お前達も怪我してるってのに」
「いえ」
そんなティズィア達を更に遠目に見遣る木の上に、射線の確認を終えた隻翼隻眼の翼人が笑みを浮かべ、蜘蛛糸の弦を弓に着ける。
単独で飛べなくなってしまったというのに、彼がこの戦闘に参加するのには理由があった。
「我らを使う事で貴方が矢を射られるのであれば」
彼に返した翼人の言葉の通り、彼の弓が必要だと判断されたからだ。
彼を支える二人の翼人は、それぞれが怪我を負い、恐らく今回の戦闘で要されるだろう機敏な動きが難しいもの達。
今回彼らに求められる動きは、隻翼隻眼の彼の指示に従い位置を移す事と、最低限の護衛だ。
「ファルン」
「これは……」
彼らとは別に、笛と宝珠を探していたファルン達が、人面獅子の宝物庫を見つける。
彼ら翼人達から毟った大翼で隠されていたのは、地面をくり抜いて出来た人間大の穴。
そこには人面獅子が価値を見出したのだろう雑多なものを入れる面と、食糧を入れる所とでこれまた雑に仕切られていた。
食糧を見て思わず顔を顰めたファルンに対して、無表情を崩さないファドゥルーが穴から覚えのある装備類を引っ張り出す。
それらは穴の底から浸透した血を纏いながらも、ある程度の綺麗さを保っていた。
だがファドゥルーは、装備類を検める様なこともせず脇に置くと、次々と穴の中にあるものを外に出していく。
途中からファルンを筆頭に他の翼人達も手伝い始める。
そして、
「ありました!」
装備類を初めとしたもの達を上げる毎に、少しずつ剣呑になっていた空気が弛緩する。
声を上げた翼人が持つのは、大きな角笛と、真珠のような淡い白色の燐光を纏う美しい珠。
前者がファドゥルーに、後者がファルンに渡される。
拳大のその珠を、ファルンは自身が持つ盾の中央の凹みに宛てがう。
「ほっ……」
「むぅ」
凹みに入った瞬間、宝珠の光が一瞬だけ盾全体に回ったのを見たファルンが、安堵の笑みを漏らす。
その横では、ファドゥルーが血塗れの笛を持って不満げに口を尖らせている。
「川、行ってくる」
「えぇ、気をつけて」
「ん」
人面獅子が巣として活用していた事もあり、近くに存在する小川へと幾人かを伴って向かうファドゥルー。
彼女を見送ったファルンは、他のものと協力して穴を埋め始めた。
弦の確認を行う隻翼隻眼。
ゼルの剣や短剣が、どのくらいの威力で刺されたのか、或いは飛ばされたのかを、実際に投げたり突き立てたりしながら調査するクォデュン隊。
ゼルに近付かないよう周囲を回り、未だに残る人面獅子の魔術による炎等を消火するティズィア隊。
仲間達を弔うファルン隊。
川で笛を洗うファドゥルー隊。
各々がそれぞれの動きを見せるも、ファドゥルー達が戻ってきた途端に、全員が一所に集まり情報の共有を開始する。
「特段、近寄ってはならないという地は無かった」
と、ティズィア。
「クォデュン、後であの木をへし折って貰っていいかい? ちょいと邪魔でね」
と、隻翼隻眼。
「了解した。奴の武具に関しての委細は不明だ。だが一つ、ファルン以外は奴が飛ばしてくる武器を決して受けるな。最悪でも無理矢理逸らせ」
と、クォデュン。
木に突き刺さる槍や剣の深さや、そのどれもが通常の武具よりも重いことを加味し、盾で正面から受け止めた場合でもひとたまりもないというのが、彼らの見解だった。
「分かりました。特に異常は無いという事で」
彼ら三人の言葉を、ファルンがそう纏める。
ゼルの武具についても、リンからの情報通りだ。
「今回の作戦はファドゥルーの隊が中心となります。補佐はリンが。援護を我々が。構いませんね?」
「問題、無い」
「一応、この盾を」
「いい。余裕ない」
そう言うファドゥルーの手には笛が。肩にはリンが乗っている。
笛の見た目は単調な角笛そのものだが、吹き口付近にある六つの孔によって音色が大きく変わる。
それを横笛のように持ちながら吹くファドゥルーの演奏法上、盾があっても邪魔になるだけだった。
「……分かりました。貴女達」
「分かっております」
断られたファルンは、今回ファドゥルーと行動を共にする二人の翼人に、作戦の要である彼女を護るよう改めて言い渡す。
この二人は、怪我を負った翼人達の中でも特に軽傷のもの達だ。
それがファドゥルーの伴に回されたという事は、それだけ今回の作戦で彼女が重要である事を物語る。
「リン」
「分かっております。第二の目として全力を尽くしますとも」
「ん、よろしく」
続いてファルンに呼び掛けられたリンが、ファドゥルーの肩上から返す。
自分が共にいるのは集中を乱すことになりかねないのではと苦言を呈したのも過去のこと。
ゼルについてこの場で最も詳しいリンがファドゥルーと共にいる事で、少しでも危険を減らせるようにしたいと説得された結果だ。
とはいえ、リンとしては既にゼルの情報はこれ以上漏らせないという部分以外全て出してしまっているため、ファドゥルーの第二の目として警告を発する程度しか出来ないだろうと考えていた。
「他は先の打ち合わせ通り、最初は私とクォデュンの隊が前衛を。ルォヴェナ、ティズィアの隊が後衛を。なおティズィア隊に於いては魔力残量と相談し、途中で我らと人員の交代を」
その言葉にティズィアとクォデュンが頷き、ファドゥルーに視線を投げる。
今回の後衛の役回りは、彼女の部隊の動きに合わせる事。
実質的な遊撃部隊に合わせるのは至難の業であろうに、二人とも文句を言う気配は無い。
ルォヴェナと呼ばれた隻翼隻眼の翼人も、ただ笑みを浮かべるのみ。
「では」
全員が動き出す。
ルォヴェナの頼みに応じたクォデュンによって木がへし折られる中、ファルン隊がゼルが動き出さないか慎重になりつつも距離を詰めて行く。
「なっ、ファドゥルー!?」
だがそんな彼女を無視し、横を素通りする影が一つ。
常日頃から何を考えているのか読めない為、変な行動を起こしても気に留めない事が多いが、この場に於いては流石に看過出来ず、ファルンが彼女の肩を掴もうとする。
「大丈夫」
「……」
変な気を宿さない、澄んだ瞳で見つめられ、ファルンの伸ばした手が宙を彷徨う。
「ファドゥルーは何をやってんのかね。クォデュン! もう大丈夫だ、急いで向こうに行きな。何があっても不思議じゃねぇ」
言いながらルォヴェナが弓に矢を番える。
段々とゼルに近付くファドゥルーを追いつつ、二人の距離がある程度まで近付いた所で、鏃の先をゼルへと移す。
遠目にファドゥルーの動向を見守るティズィアも、何を呑気な真似をと顔を顰めている。
周囲のもの達に緊張を与えながらゼルの元へ辿り着いたファドゥルーは、それを見た。
未だに紅く灯りながらも虚ろな双眸から流れる滴を。
「……泣いてる。分かる?」
「? あぁ、理由ですか?」
「そう」
言葉少ない問いの意を汲みながら、リンは申し訳ないと謝罪を口にする。
「記憶を見た。という事は聞いているのですが、その詳細は全くと言っていい程聞かされていなくて」
「そう」
淡々と。何の感情も伺わせずに呟いた彼女は、その場で笛を口許まで移動させた。
「ちょっ、この場で吹くので?」
「ん。近い方が、効果ある」
「ですが」
「黙って、聴く」
角笛の孔には、塞ぐ為の金蓋が取り付けられている。
ファドゥルーはそれらを外す事無く目を瞑り、吹き口を口許に宛てがう。
そして――
――ブォォオオオオン!!
静寂漂う闇の森に、荘厳な笛の音が鳴り渡る。
「ぁ……」
「む」
それにより、ゼルの身に変化が訪れる。
ファドゥルーは即座に翼をはためかせ、距離を取って自分の隊のもの達と合流する。
そして吹き口、音孔と向かった先にある、金具を捻る。すると音孔を塞ぐ金蓋が一斉に開いた。
「どうやら失敗のようですね」
そんな彼女の横を通り、ファルンが槍と盾を構えてゼルの元へ。
その向こう側では、クォデュンの隊も待機している。
二人の隊に挟まれたゼルは、呻きを上げながら俯いていた顔を上げる。
「ぁぁぁ……、ぁぁあァァアアアアア!!!!」
笛の音に続き、慟哭とも怒号とも取れぬ轟砲が響き、木々を震わせる。
ゼルの変化はそれだけでは止まらない。
ゼルの咆哮と共に笛を演奏し始めたファドゥルーに向け、なんと人面獅子の身体をハンマー投げのように身体を回しながら投げ飛ばしたのだ。
瞬間、ゼルの頭が射抜かれる。
瞬間、射線の前に至るファルン達とファドゥルー隊の二人が散開し、ファドゥルーは身体を後ろに倒して羽ばたく。
迫る巨体をぎりぎりで躱したファドゥルーは、身体を起こすと即座にゼルとの距離を縮める。
頭を再生したゼルが、理性の無い目で彼女を捉え、武器を生み出し射出する。
それを彼女は翼を巧みに操り、木々を利用し掻い潜る。その間、笛の音は常に響き続いている。
「ん……」
「はァ!」
自分が狙われていないのをいい事に、直線的な軌道でファドゥルーに合流せんと飛翔していた翼人が、彼女に当たりそうな剣を弾き飛ばす。
「アァアアァアアアアア――――!!!」
「ぬぅんっ!!」
ファドゥルーが無事であったことに業を煮やしたのか、咆哮を上げながら彼女の元へ飛び掛かろうとするゼルに向け、クォデュンが体当たりを敢行する。
翼による加速の乗った突進を食らっても体幹を崩さず、クォデュンの盾を奪い取ると彼に向けて投げ飛ばす。
だがその軌道は、投げる前にゼルの腕に突き立った矢によって逸らされる。
それを知覚していないクォデュンは咄嗟に身を捻りながら後退。同じ隊の者が入れ替わる形でゼルに槍を叩き付ける。
吹っ飛んだゼルの軌道上に、ファルンが盾を構えて飛び込み、彼を弾く。
一瞬だけ空中に磔にされたゼルに、ティズィア隊の魔術砲撃が着弾する。
魔術の嵐から、数本の剣が飛び出してくる。
向かう先は雑多だが、ややファドゥルーに向かう数が多い。
それらは全て、ファドゥルーに近付く前に何かに弾かれる。
矢だ。ルォヴェナが一息で放った数本の矢が、寸分違わずゼルの剣を撃ち抜いたのだ。
他の剣たちも、皆が皆自分で対処し、痛手を負う事は無い。
理性を失っているからか、それとも見ている光景が違うからか、ゼルの飛ばす剣は単調な動きしかしなかった。
……そう、ゼルの見ている光景は違う。
幻術に囚われた彼が翼人達を介して見るのは、少女の記憶。
厳密には、彼女を死に追いやった唾棄すべき腐ったもの共であった。
人面獅子を大岩と誤認して投げ飛ばした先に居たのは、ユグリアに手を差し伸べる王子。
しかし、ゼルは衝撃を受けて、岩が王子を潰したかどうかが分からなかった。
頭が再生した時にはファドゥルーの吹いた旋律に合わせ、景色が変わったからだ。
「わぁ……!」
すごい、きれえと呆然と漏らすユグリアが見ているのは、絢爛な城の中。
村とは比べ物にならない大量の人、見たことの無い建築物。そういった未知が大量に転がる大都市に来たユグリアは、興奮に幼い語彙をより幼くしていた。
少女が愛らしい大きな目を輝かせ、柔らかな頬を紅潮させて笑みを浮かべる様は微笑ましい。
そこだけならば、愛らしい少女そのものだ。
だがその手を引く王子を見て、城の中を見て、今後の展開を知るゼルの怒りは濃くなる。
「ガァアアア!!」
現実では咆哮を。
幻想の中でも咆哮を。
王子と共に少女が豪奢な間に辿り着いた瞬間、ゼルの大暴れが始まった。




