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合流

「「「………………」」」


 大蜥蜴が動かなくなっても、三人は暫く警戒にその場を動かなかった。

 だが、もう大丈夫だと判断したのだろう。

 ファルンが水の拘束を解くと同時にティズィアが槍を引き抜き、ゼルは大蜥蜴の頭から降りた。


『見事な腕でした。ティズィアが認めるだけの事はある』

『そちらも。良い、動き』


 ここに来てようやく、ファルンはゼルを少しだけ認めた。

 思った以上の怪力で、剣を使う場面が少なかったのは多少不満ではあるものの、それすら必要なく巨体と戦って見せたというのは、十分に賞賛できる働きだった。


 対してゼルも、翼人の強さが伝説と違わぬことを確認し、少しだけ高揚していた。

 自在に空を駆け、翼持つもの特有の動きで素早い一撃離脱を繰り返す。

 常に流動する生きた水を操り、巨体を拘束せしめた優れた魔術技能。


 ゼルはそれらを間近にし、疑念も抱いた。

 これ程の実力あるものらが助力を懇願する人面獅子(マンティコア)とは一体何なのか、と。


『それで、其方がこの森に来た理由だが』

『あぁ、それ、は』

『待って』


 元々の約束である以上隠す事は得策じゃないと素直に語ろうとしたゼルの言葉を遮り、ファルンが何も無い岸に目を向け、槍を構えた。


「………………」


 彼女は何をやっているのかと、ゼルはティズィアと目を合わせる。

 彼の中には期待があった。だが、不可視のものを見つける事が出来るのかという疑問もあった。


 そして――


「待って下さい! 私に害意はありません。ほらこの通り」


 ファルンの槍が段々と光を帯び、いつ放たれるか分からなくなった時に、ソレは姿を表した。


森の小精(ゴブリン)? ――――?」

「それは……、そこのお方と」


 言いながら、矮躯のものはゼルと自分とを指差した。

 肌は蒼、額には特徴的な宝石。そして短い足に長い腕。長い耳を持ち、そこに届かんと口が裂けた特徴的な容姿のソレは、ゼルが求めた朋だった。


「……何故返事をしなかった」

「だって翼人と一緒に戻って来るとは思わなくて。貴方が一人で交渉出来るとも思わなかったから、本物かどうか。他人の空似という可能性も」

「あるわけが無いだろう。ふざけた事を言うな」

「それは伯爵との交渉を省みてから言って頂けると助かります。あれは酷かった」


 リンの言葉にゼルは低く唸った。

 相手の意図が分からないが、運良く不問にされただけで、ゼルの大暴れは普通に許されない無礼極まる行いだった。

 後悔はしていないものの、己の行動を自覚しているゼルは何も返せなかった。


『何故、森の小精が此処に?』

「リン、俺の言葉を訳してくれ。それと向こうの言葉も」

「分かりました」


 言い合う二人を前に翼人達は驚愕や疑い、困惑等多くの感情を綯い交ぜにした表情を浮かべながら問うた。


「言ったろう、為すべきことがあると。その為に"渡り"の術を使って飛んできた」

「人間と? 有り得ない。森の小精は主の元を離れる事は出来ないはず。出来るとすればそれは」


 主が堕ちた逸れのみ。だがその場合、"渡り"を行使を可能とする程の力は残っていない筈。


 ファルンとティズィアの二人を見る目が険しくなる。

 ゼルが思っていた以上に、翼人は樹人(エルフ)森の小精(ゴブリン)の在り方に詳しかった。


「こいつの主は特殊でな」

「そのような言い訳で片付けられると?」

「思ってないが、事実だ」


 ファルンの光を宿す槍の穂先がゼルを向く。

 いつでも放てるという警告だ。


 こうなっているのは自分が要因だというのに、リンは何も弁明せずに通訳を務めている。


 どうやってゼルが翼人と共闘まで持っていったのかが気になり、この場の話し合いの全てをゼルに任せようと決めたのだ。


 ゼルはファルンに槍を向けられながら無銘の剣に手を掛ける。

 ファルンの警戒がより増す中、ゼルは無銘の剣を川面に突き立てる。


「どのように疑われようと、俺にお前達を害するつもりは微塵もない。ここに来たのは龍匠に用があってのものだ。お前達も、森も、害する気は無い」

「なんならユグリア様のお力を借りれば再生させられるのでは?」

「するわけが無いだろう、この剣はもう使わん。何があろうとな」


 ユグリアの下りは訳され無かった為に首を傾げつつ、ファルンはゼルの強い眼差しに見据えられて槍を抑えた。

 それでも光は消えていない。警戒は続いている。


「ファルン。其方の考えも分かるが、全てを聞いてからでも良いのではないか」

「このものの膂力は私達より高い。瞬発的な速さも。得体が知れない以上は無理です」

「警戒を辞めよとは言っていない。聞く耳を持てと言っている」


 ファルンは翼人達の統括。

 共にこの森を訪ったものらが数を減らし、万全の状態のものは既にファルンとティズィアと他二人だけとなっている。

 結果、責任感の強い彼女は慎重になり、それが半ば思考を停滞させていた。


 それはゼルの実力を認めた事でより顕著となっている。


 彼女の代わりに、平静さを失っていないティズィアがゼルに問う。


「ゼル、其方は階の鍛冶場に行き何を求める? かの龍匠が未だに居る可能性は僅かなのだぞ」

「ちょっと待って下さい。それってどういう事です? 彼女が居ない?」


 だが応えたのはこの場で唯一龍匠と交流のあったリンだ。


「そうだ。かの山は長い事沈黙している」

「それは寝ているだけという可能性はありません? 龍の眠りは人の一生より長い」

「だとしても寝返りくらいは打つだろう。この地は長い事地揺れが起こっていないし、いびきが響くような事も無かった。居ない可能性の方が高い」

「それは……、どれくらいの年月で?」

「ざっと五十程だ。それ以上は分からない」


 ティズィアの言葉にリンは微妙ですねと返す。

 その二人のやり取りに、ファルンがゼルを向く。


「貴方がここに来たのは、この森の小精の情報が頼りで?」

「そうだ」

「私達は彼女に剣を打って貰いに来たんです」


 ゼルが頷くと同時、リンがこの森を訪れた理由を話す。

 龍匠が居ないかも知れないという予想外の事態に、リンも静観していられなくなったのだ。


「ならば意味は無いのではないか?」


 そんなリンに、居ない可能性の方が高いのだからとティズィア。


「確かめもせずに諦めろと?」


 その言葉に少しだけ眉を顰めたゼルが、意思を変えずに鍛冶場を目指す姿勢を見せる。


「……貴方がそれ言います?」

「どういう意味だ」

「いえ……自覚がないならいいんです」


 ゼルの言葉に引っ掛かりを覚えたリンが言及するも、ゼルは理解を示すこと無く問い、リンは溜め息を飲み込みながらなんでもないと返す。


「龍匠の居る居ないは置いて、何故新たな剣を求めるのですか? 貴方は既に人間として十分な程の」

「人間としてでは足りんからだ」

「では何を目指す」


 ティズィアの問いにゼルは暫く沈黙した。

 魔王を殺す為に強くなる。そんな漠然とした目標を立てただけで、明確なものはまだ見据えていなかった。


「……少なくとも、守護者と同程度には」

「決まっていないのか」

「…………」


 同じ眼を持つ同胞達の殆どが魔法使いを手に掛けたからと、そんな曖昧な理由で答えたゼルの迷いを、ティズィアは正確に穿った。


「では問いを変えよう。其方は力を得た末に何を為すつもりだ」

「王を殺す。魂だけとなって蘇った不死の王を」


 ゼルは、今度ばかりは即答した。

 彼らが獣の王の復活を知っているとか、知らないとか。そんなものは関係ない。

 自分の力を鑑みて、即座に討伐といかないのは分かりきっていること。


 何れ王は動くだろう。自分が燻っている事で、何故己を殺しに来ないのかと焦れて動き出す筈だ。

 今知るか、そのいずくかの時に知るかの違いでしか無いのだ。


「…………それは事実か?」

「この場で妄言を放つ理由が何処にある」


 ゼルの言葉に二人は顔を見合わせる。


 ゼルの言葉の証明になるものは何処にもない。

 声色からして絶対の自信がある事は窺えるが、判断材料がそれだけではどうしようもない。


「私から口添えさせて頂きますが、彼の言葉は事実かと。つい先日獣たちに私の主が襲われかけたので」

「なっ……」


 ファルンは二重の意味で驚愕した。

 ゼルの言葉が事実である事と、目の前の森の小精が逸れでは無い事に。


「貴方の主は」

「予想されている通り枯樹人(エルヴェナンド)ですよ。但し予想と違って理性を保っていますが」

「おい、リン」

「この場では隠さず話した方が得策です。変に疑われるよりはよっぽど良い」


 そう言ってリンは呆気なく枯樹人(エルヴェナンド)の事を話した。


 詳細は言えないが、樹人(エルフ)の禁術を使って反転した事。最初は不味かったが、今は森を害する事も無く魔王探しに励んでいる事。

 ただ、特殊な状態である為に自分と主の関係も特殊なものになり、離れていても繋がりがある事。


 そして、一応は枯樹人に堕ちている為人里に降りるわけには行かず、獣たちに襲われている所で出会したゼルに協力を仰いだ事。

 そのゼルが枯樹人の事を迂闊に漏らさない為に若干慎重になり、多少問題が起きても捩じ伏せられる程度の力を求めた事。


「それで丁度いいからとここに来たんです。龍の息吹は魂すら残さず灼き滅ぼせるから、魔王殺しの為の武器にも丁度良く、人里で活動するにも龍の力が宿った魔剣と言う注目の的が出来て、他から目を逸らせる。どうです? 一石二鳥と言うやつです」


 リンの話を聞いていたゼルは、真実と嘘とを混ぜ合わせたリンの巧みな話術に舌を巻いた。

 全てが全て嘘では無いが故に、信憑性がある。

 少なくともゼルには出来ない芸当だった。


「確かに、それなら一理ある」


 事実、リンの話にファルンもティズィアも丸め込まれつつある。


「だが、話が出来すぎでは無いか? 襲われていた所になど」

「それを言えば、お前が先の戦闘に介入したのも作為的なものになるが」

「む」

「そうですよ、世の中何があるか分からない。それこそ出来すぎと思える程の偶然も起こりうる」


 ティズィアの指摘にゼルが的確な言及した事を驚きつつ、リンはそれを利用して上手く纏める。


「……分かりました。貴方方を信じましょう」


 結果、それが決め手となりファルンが折れた。


「だが、もし本当に龍匠が居なかったらどうする」

「居なくても多少の何かは残っている筈だ。それが失敗作であったとしても、我らには傑作足り得る可能性がある。諦める理由にはならん」


 ティズィアも、ゼルの固い意思に笑みを浮かべた。

 そこまで言うのなら、最早否定するのは野暮だろうと。


「相分かった。階の鍛冶場まで案内する事を約束しよう。だが」

「分かっている。今度はそちらの依頼を終わらせよう」

「感謝する」

「それで、人面獅子(マンティコア)の所にあるという、お前たちの求めるものはなんだ」


 ゼルは川に突き立てた無銘の剣を鞘に戻すと、共闘の要因となった人面獅子についての話を求めた。


「笛と宝珠です」


 ゼルは僅かに眉を跳ね上げ、まさかという表情を浮かべる。

 宝珠、というのが何かは分からないから置いておくにしても、笛を魔物の類いが作るとは思えないのだ。


「奪われたのか」

「はい。若いものの一人があの獣の魔術に嵌り操られ、気付いた時には」

「操られただと?」

「人面獅子は別名惑わしの獣とも言われていて、老獪な口先と幻覚を見せる魔術を使って相手を惑わすんです」


 人面獅子(マンティコア)について詳しくないゼルがファルンの言葉に引っ掛かりを覚え、それを見て先ずは人面獅子について教えた方が良いだろうとリンが注釈を入れる。


「厄介な……」


 リンの説明を聞いたゼルは、今度こそ明確に顔を歪めた。


「ではどう戦う」

「それについては」

「待て」


 と、そこでティズィアが二人の話を遮り、周囲を見回す。


「先に戻るぞ。ここの縄張りの主が死んだ事を嗅ぎ付けたものが既に居るらしい」


 その言葉に、ファルンが未だに槍に纏わせていた光を慌てて消した。

 再び闇に包まれた森の中で、ゼルは周囲の気配に意識を凝らす。


 すると彼の耳が獣の吐息を捉えた。同時に重く軽快であるという、矛盾しているように思える足音を。

 しかも複数。


「既に近くまで来ているな」

「あぁ、どうやらそのようだ」

「話し合いに気を取られ過ぎましたね」


 全員が身構える中でファルンがリンを一瞥。

 その視線にリンは無言で首を振って返す。


「では私の肩に。あれら相手には、私は空中砲台として動くので」

「ありがとうございます。ゼル様だとそこら辺の気遣いが無い」


 だから逸れた。

 そう言っているようにも取れる発言をしたリンが、ファルンと共に木の天蓋近くまで上がるのを尻目に、ゼルはティズィアと共に川上に目を向ける。


「ガルルルルルル……」

『やはり人狼だったか』

「次から次へと、キリが無いな、この森は」


 それらは石像群の中にもあった、人の形をした狼。

 人のそれよりも強靭な身体と優れた体格を持ち、鋭い牙と鋭い爪を拵えた賢しき狩人。


 川上に鎮座してゼル達を睥睨する五匹の人狼達は、自分達の縄張りとなるべき所に居る異物を排除せんと、高く高く啼いた。


『ゼル、我らはアレと森の中で戦うのに不向きだ。奴らが木々の中に身を隠した場合』

『任せろ。森中、慣れてる』


 対するは樫の森、蠢く森と形は違えど、旅に出てから常に森で戦い続けた狂戦士と、伝説の種族。


 互いに自分らの邪魔するものを殺す為に、空を、川を駆け出した。

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