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リッカデュラル伯爵(前)

長めのサブタイですが今話は戦闘ありません。強いて言うなら事後。

「隣国との緊張が高まっている故にこんな()で申し訳ない。そう言ったはずだが?」

「生憎と名もない村育ちなもんで、学が無くて申し訳ない。まさか貴き御方が壁の内に篭っているとは」


 ゼルは今、剛健でありながら華やかさも持ち合わせて()()見事な部屋の中心で、数人の騎士に囲まれながら一人の男と対峙していた。


 部屋に華やかさを添えていた吊り照明は無惨に落ち、天井は一部が捲れ、壁は壊れ、重厚な机が壁に寄り掛かる。


 そんな元の部屋の様相が思い出せない部屋の中心で、ゼルは片手に掴んだ矢を折り、壊れた壁の先に鎮座する一人の貴族を睨み付けていた。









 ――礼儀の一切を弁えない無礼極まる流浪者が、格調高い部屋で暴徒と化して破壊の限りを尽くしたのには、当然だがワケがあった。

 それは彼が、リッカデュラルの都に入街する少し前まで遡る。


「おぉ! あれが……。随分と退化してますね」


 延々と続く平野を歩いて数日。

 漸く見えたリッカデュラルの街を見遣った森の小精(ゴブリン)が、落胆の声を上げた。


「仕方ないだろう。一時は魔物に呑まれ、いざ再興だとなった時には、優れた職人を生み出す種族の大半が滅んでたんだ。六百年経った今でも、失われたままの技術は多い」

「それにしたって石の外壁に鉄の大扉は無いでしょう。あれじゃあ逸れ仔竜(ワイバーン)にすら対処出来ないのでは?」

「そこらの文句は数を増やさん魔法使い達に言え。それと籠りきりの"導き様"にな」


 皮肉を込めて言うゼルに、森の小精は本格に時代が変わってしまったのだと沈んだ。


「確かヒタン様が貴方に警告に来たのが、戦後では最初で最後の目撃情報なのでしたか」

「そうだ」

「なんと嘆かわしい……」


 村を出てからの旅の合間、ゼルと森の小精(ゴブリン)のリンはかなりの頻度で言葉を交わしていた。

 常に何かしらの話題を求めるリンと、文句を言いつつもなんだかんだと応じるゼル。

 リンがゼルの悪態にめげないのもあって、二人の相性はそれなりに良いものだった。


「ただ救いは、妖姫様が魔法使いを増やす為に動き出した事ですね。……遅すぎますが」

「俺という()の同胞が生まれたからな。おまけに今は黄金も手にしてる。危機感を抱いたんだろう」

「次に会った時は殺されるでしょうねぇ。いえ、死ぬような目に、ですか。あの方はお姉様想いの方でしたから」

「……ふん」


 交わされる話は、やはり過去や現状の違いのこと。


 リンは枯樹人(エルヴェナンド)とゼルの口論を掣肘したかと思えば、次の瞬間には二人を和解から協力関係までに持っていった所からも分かる通り、同姿の緑の小鬼(ゴブリン)とは比べものにならないほどの智者である。


 それは同胞達から変わり者とされる枯樹人(エルヴェナンド)と共に多くと触れて来たからこそであった。

 彼が蓄えている知識とそこから為される知見は、ゼルが驚くものも多い。


「……それで、貴族様との対談ですか。どのようになさるおつもりで?」

「いつも通りに行く」

「正気ですか?」

「どういう意味だ」

「絶対に顰蹙を買うと思いますよ?」


 ゼルはリンの言葉に軽く唸った。


「貴族が平民の言葉遣いに不平を漏らすと?」

「貴方の場合、ご令嬢の遺品と家紋を持っていくんですよ? しかもそんな格好で。それでいつも通りにすれば、何をやらかされるか分からないと警戒されるのがオチです」

「警戒ならさせれば良い。戦争前に娘を他国に送って何をさせようとしたか。具体的には分からなくても、分かるやつに漏らすと含ませれば迂闊に手出しは出来まい」

「そうして不穏分子と捉われるくらいならいっそ愚か者を演じた方が」

「実力を示せばいい。それが一番手っ取り早い」


 何度目かも分からない説得の失敗に、リンは嘆息した。


 ゼルは何も自分が最強だ、とか。

 不死があるから問題ない、とか。

 そういう考えで言っているのでは無いことくらい、リンも分かっていた。


 道中、ゼルは一度だけ強くならねばと言った。

 獣に貪らせなければ勝てなかったと。

 愚醜人(トロル)がいなければもっと苦戦していたと。

 そして、リンの主である枯樹人(エルヴェナンド)を前にした時は、使わないとしていた白の剣を使ってしまったと。


 結果、白の剣はゼルと言う同胞の力に触れたからか、蔦を伸ばしてゼルの腰に絡みつき、ゼルの腰帯となっていた。

 そして偶に動く。というより、物を近付ければ勝手に自身に強固に括り付けるようになっている。


 そんな白の剣……ユグリアの蔦が、村で老人から貰った剣を預かろうとし、ユグリア(金眼の少女)に剣を触れさせるなんて出来ないと、蔦とゼルが喧嘩? を起こしていたのはリンの記憶に新しい。


 因みに喧嘩は白の剣が勝利した。

 青珊瑚を覆う蔦を解き、落ちる青珊瑚に蔦を伸ばして掴んで再び元の位置に戻すという行いをし、暗に信じろと示したのだ。

 それが決め手となり、ゼルは不服気にしながらも知らぬ間に青珊瑚を手放されては堪らないと剣を預けた。


 閑話休題。


 ゼルは己が絶対に強いとは思っていない。

 だが、弱いとも思っていなかった。

 当然だ。常人ならざる五感と膂力を自覚しているのだから。


 その上で自分は弱いなどと蒙昧な事を宣うのは、今まで自分が対峙して来たものへの侮蔑に他ならない。ゼルはそう考えていた。


 だと言うのに、何故貴族相手に、騎士(研鑽を積んできた猛者)達を侍らすものを相手に強気に行こうとするのか。


 それは偏に、貴族への警戒であった。


 貴族は戦士とは違う強さを持つ。

 支配階級故の強い権力。

 それを全ての貴族は自覚している。

 それを振りかざすか、見合う為に律するか。

 在り方は違えど、その口から紡がれるのは平民とは比べものにならない、権謀術数を巡らせるために積み重ねられた知識。


 話が巧みなものは、ただ数言口にするだけで場を支配する。

 強く在らねば、呑まれるのだ。


 言葉に、権力に、悪意に。


「…………」

「どうしました?」

「いや」


 ゼルは白の剣に手を添えた。

 この木剣の大元である木へと姿を変えた金眼の少女は、この世にない奇跡の果実を作り出せたが故に貴族に目を付けられた。


 美しい花、可愛い花、美味珍味、猛毒美酒劇薬。

 ありとあらゆる植物を生み出せる少女に、自分らが望むものを作らせる為に行ったことは……。


「やはり媚びることは出来ん」

「最悪敵対するとしてもです?」

「あぁ」


 手段を選ばないものらを相手に舐められるのは、やはり許容出来ないとゼルは吐き捨てた。


「分かりました。では私は大人しく見守るとしましょう。どう転ぼうとも、私はそれに着いていきますよ」

「……すまんな、付き合わせて」

「そう思うなら、もう少し私への態度を」

「断る」


 深い嘆息と共に、リンは姿を消した。

 リッカデュラルの街が、門の前に並ぶものの人目が近付いて来たのだ。


「お願いですから、馬を渡すという保険を利用しての馬鹿な真似はしないでくださいよ」


 ゼルは答えず、街門の兵士に入街料である銀貨一枚を手渡し、街の中へと脚を踏み入れた。

 そうして向かうは、門前広場であるこの場からでも良く見える大きな館。


「…………」

「…………」


 二頭の幼馬が軽快に蹄を鳴らして近付いて来るのを見て、館の大きな門扉の前に待機する四人の騎士が目配せし合う。

 彼らの前でゼルが下馬した時には、彼らはゼルがどのような動きをしても、早急に対応できる位置に移動していた。


「止まれ、何者だ。そして何用だ、ここはリッカデュラル伯爵家が館であるぞ」

「心得ている。此度参ったのは旅の途上で得たものについて一つ、伯爵殿に報せ届けるべきものを見つけた為だ」


 ゼルは四人の騎士だけで無く、館の窓から覗く人間や庭の手入れをするものからの視線を自覚しながら、愚物であるとされない程度に畏まった口調で騎士の問い掛けに応じた。


 その事に驚いたのは、騎士ではなくリンだった。

 てっきりリンは、ゼルの事だから問答を面倒臭がって威圧して強行突破すると思っていたのだ。


「……そのものとは?」


 問われ、ゼルは外套に手を入れる。

 その動作に騎士の中に若干の緊張が走る中、ゼルは目的のものを掴み、自分に応対する騎士に見せた。


「これだ」

「確認しても?」

「駄目だ」


 確認の為に手を伸ばした騎士に、ゼルは伯爵紋を持つ掌を閉じ、一歩引いた。

 騎士がどれ程の教養を持っているのか、ゼルには伺い知れない。

 故に、どれ程貴族の狡猾さを継いでいるかも分からない。

 迂闊に紋は渡せなかった。


「……それでは実物であると看做すことは出来ないのだが?」

「伯爵殿本人が分かればそれでいい」

「通すと?」

「通さぬと言うのなら構わん。得たものを別の所に流すまでだ」


 暗に通さなければ伯爵の痛手になるかもしれないぞ。と、言葉の裏に含ませたゼルに、騎士達は厳しい目を向けた。


「……では目視のみで構わない、紋を改めさせて貰いたい」


 ゼルに応対していた騎士とは別の騎士が、ややあってからそう申し出た。

 ゼルは応え、紋をその騎士の眼前へと掲げた。

 彼は四人の中で最も物を見る目に優れたものだった。


「どうだ?」

「……贋作であってもここまで精緻に模倣するのであれば、作ったものは確かな腕だろうな」


 そしてそんな腕を持つのなら、大抵はまともに店を構える。

 当然だ、貴族は大金をぽんと手渡す極上の取引相手。

 それらを相手に満足させられる職人は、裏で動く必要が無いのだから。


 故に、恐らくこの紋は本物だ。

 騎士の言葉にはそれらの言葉が含まれていた。

 伯爵家に仕えるものとなれば、皆が皆一定の教養を備えている。

 彼の言葉を理解出来ない者はいなかった。


「それで」

「あぁ、取り次ぎをしよう。しかし、それを伯爵閣下がお認めになるかは別だ」


 そうして、一人の騎士が館の中へと姿を消す……事は無かった。

 館扉前に待機する女中に耳打ちすると、何かを受け取ってから戻って来たのだ。

 代わりに館の中に姿を消した女中を改め、ゼルは館全体に目を向けた。


 広大でありながら管理の行き届いた庭を見下ろすのは、城とは言えないまでもそれに準ずる大きさを持つ巨大な屋敷。


 街のものに対する貴族の権威と潤いの証として、それなりに煌びやかな様相を呈しながらも、それ以上に非常時には砦としても流用出来るような、無骨な圧迫感も併せ持っている。


 そんな屋敷から覗くのは、多くの人間の警戒の眼差し。

 中には望遠鏡の類いでゼル達を覗うものもおり、国境線に近い街とは言えここまで殺気立つものなのかと、ゼルは軽い驚愕を抱いていた。


 そこに、ぱきり、と。ゼルの思考に水を差す音が一つ。


「どうやらお会いになられるようだ。着いてこい」


 誰にも何も言われていないのにそう告げた騎士の手には、割れた石があった。


「おや、まだ使われていたのですか」


 思わずリンが呟いたそれは、二つの石を魔力で繋ぎ、一方が割れればもう一方も割れるという代物。

 その使い道の広さと作りやすさから、魔術師見習いの練習として作られる事の多い簡易な魔術道具だ。


「…………」


 ゼルはその呟きを無視し、幼馬達を引きながら二人の騎士と連れ立って庭の中央道を歩いていく。

 残りの二人はそのまま門前で番に戻っている。


「「ようこそお越しくださいました、お客様」」


 三人と二匹。それと姿の無い森の小精(ゴブリン)を迎えたのは、質素な貴人服(ドレス)に身を包む二人の女性。


「ご案内する前に、武器を」

「それと馬は今此方に向かっております丁稚に預けて頂きますが、構いませんね?」


 上裸という礼節もなにも弁えない格好での突然の来訪にも関わらず、ゼルを歓迎する姿勢を見せる女性達。

 だが、その態度の節々にある遠慮の無さと、騎士達が未だに退かない点が、歓迎されていない事を表していた。


「……リン」


 四人に囲まれたゼルは、老人から貰った無銘の剣を、蔦に解けさせずに鞘ごと抜いていく。

 それと同時に、リンに小さく呼び掛けた。


「恐らく馬の方に、という意図なのでしょうが、無駄です。私が誰にも危害を加えられないように、私もまた他者に危害を加える事は出来ませんから。……相手の許可を頂かないと」

「…………"渡り"は」

「自然の中なら。つまりここでは無理です」


 ゼルは無銘の剣を女性に手渡しながら、心の内で舌打ちした。


「そちらの剣も」

「これは木剣だ」

「それでもです」

「…………」


 無銘の剣に、女性の一人が手に持っていた剣封具――細長い台形で作られ、柄と鞘を固定する為の折り畳み式の道具――が取り付けられる。

 そして次に白の剣を出すよう要求され、ゼルは渋った。

 そんな彼の様子を見て、騎士達の警戒がよりまし、女性達の目も鋭くなる。


「構わないわ」


 緊張高まる中に匙を落としたのは、女性達と共通する点を持ちつつ、より煌びやかな貴人服に身を包んだ老齢の女性。

 彼女は状況を他のものから聴くと、毅然とした様子で許可を出した。


「代わりに、二つの剣を繋ぎます。それ以上の我を通す事は赦しませんが、如何?」

「是非もない」

「しかし侍女長」

「責は私が負います。これ以上旦那様を待たせる愚を犯すのはやめなさい」


 凛とした気品ある佇まいを持つ女性の言葉に、ゼルは頷きを返すと、封じられたままの無銘の剣を受け取って腰に差した。

 そして二人の女性が、老齢の女性から手渡された鎖で二つの剣と蔦とを繋いでいく。


 その間、蔦は動かない。


 それはゼルがリンに人里で姿を晒すなと口を酸っぱくして言っているからか、空気を察しているのか、それとも少女の記憶を宿しているのか。

 原因は窺い知れないが、この場に於いては非常に有り難かった。


「では、こちらへ」


 そうして二人の騎士を残し、ゼルはリッカデュラル伯爵邸へと足を踏み入れた。

隔日更新でと言った後でアレですが明日も投稿します。

流石に前後編で数日跨ぐのはね……。以降は三日に1話です。

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