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序章:弔い、決別

 男は、地下の食糧庫から出てきた自分を迎える星々を仰ぐと、過去に見た光景との違いに少しだけ苦笑した。


 かつて男を迎えたのは雲一つない青空に燦々と煌めく灼熱の星だったというのに、今はその対極の冷たい星が無く、代わりに無数の取り巻き達が男を見下ろしている。


「久しいのぅ……、ゼル」


 そして変化はもう一つ。幼い無垢な少女とは程遠い、老いた男が男を見つめて朗らかに笑っていた。


 手入れなど一切していないのだろう灰色の長髪はぼさぼさで、それは髪と同色の髭も同じ。

 極めつけは見窄らしい有様の黒灰色の外套だ。

 その中で唯一立派なのは、白い長杖だけ。


「…………此処に何の用だ、ゾロディナ・レストンボンラ。お前の求める少年なら大分前にこの世を去ったぞ」


 男、ゼルと呼ばれた男がそう言うと、老人は一瞬だけ呆けた表情を浮かべた後に哄笑した。


「もし彼奴が死んでいるのであれば、今儂の目の前に居るお主は何者かね? 覚えのある顔に、声も口調も変われど変わらぬ癖。極めつけはその身に宿す歪な魔力。……あぁ、それと目付きもだな。いつものお主とは違うが、最初にお主と会うた時と同じ目をしておる。疑い、伺い観察する警戒の眼。お主の前代を言い当てた時とそっくりじゃ」


 ここまでの共通点がありながらゼルでは無いと宣うお主は何者か。老人はその面頬に笑み浮かべ、至極楽しげに問い掛けた。


「………………」


 対するは沈黙。男は目の前の老人の横を通って、近くに存在する大きめの壊れた家屋の傍へと歩み寄ると、徐に手を翳した。


 すると直後、彼の手に一本の剣が姿を現した。


 何処かから呼び寄せたというには唐突で、何処かから取り出したというには挙動が不自然すぎた。

 まるで最初からその手の内にあったと思う程に、剣は不自然に自然と男の手の内に現れたのだ。


「………………」


 男は剣を地面に突き立て、再び虚空に手を翳した。するとどうか、新たな剣が彼の手に現れたでは無いか。


 凡そに普通に考えても常軌を逸した歪な現象。

 その現象は留まる事を知らずに何度も起こり、男が十三本目の剣を突き立てた事で漸く終わりを迎えた。


 ……かに思えたが、今居た大きめの家屋とは別の家屋の元へと行くと、再び男の手の内に剣が現れ、それを男は再び地面に突き立てた。


「弔いのつもりかね、それが」

「…………」


 先程無視されたのを気に留めずに付いて行き、不可思議な現象を繰り返す男に対して問い掛ける老人。


「…………」


 しかし男は尚も沈黙を貫き、次々と崩落した家屋の前で、手の内に現れる剣を突き立てていく。


 一つの家屋の前では五本。

 また一つの家屋の前では三本。

 また一つの家屋の前では二本。

 また一つの家屋の前では六本。

 また一つの家屋の前では四本。

 また一つの家屋の前では再び五本。


「そこは四じゃ」

「……何故分かる」


 老人の指摘に、彼を無視していた男は漸く反応を示した。


「会うたからの」

「………………そうか、そうか」


 老人の言葉に男は小さく呟きながら、今しがた突き立てんとした剣を軽く振るった。


 すると先程までとは全くの反対の現象が起こった。男の手に元から剣が無かったかのように――事実剣が現れるまで無手ではあったのだが――剣がその姿を消したのだ。


 常識では考えられない事象の繰り返しに、男も老人も何の反応も示さない。


 軈て、回っていない家屋は残すところ三つとなり、男は村の外周近くにある比較的新しい家屋二つへと足を向けた。

 だが、剣を突き立てたのは片方のみだった。二本の剣と、他の剣達と比べると刀身があまりにも短い剣の計三本。


 それ等を突き刺した後にもう片方の家屋を一瞥し、男は最後に残した家屋へと向かおうとするが、老人の言葉で足を止めた。


「フラウ家はよいのかね?」

「……何故知ってる。あんたが去った後だろう」

「何を言うておる。お主と旅立つ前に少しばかり居た筈だが?」

「そんときゃ既にフラウ夫妻は旅に出てた。……ミリア嬢がここに寄ることも無かったと思うが」


 その問いに老人はなんだそんなことかと笑みを零して簡潔に答えた。


「見覚えのない建物が二つ、うち一つが空となっておれば、誰しもが気になるとは思わんかね?」


 とどのつまり、気になったから村の誰かに聞いたと言う事である。

 単純明快で分かりやすい答えに男は止めた歩みを再開させ、老人の問いに答えた。


「フラウ家夫妻の行方は知らん。ミリア嬢の弔いは済ませた。この家に用はない」


 そう一方的に告げると早足に最後の家屋へと向かい、瓦礫を退かし始めた。


「ふむ……。ゼルである事を否定しておきながら、何故リンフォードの家を漁る?」

「……ここに置いて行くべきものがあるからだ」


 老人の問いに男は苦い顔をして答えた。


「悔いておるか」

「…………」


 男のその表情を見て、老人はただ一言問い掛けた。

 それに対して男は、瓦礫を退かしたことで露出した床を順々に踏み叩き、他と比べ軽い音を返した板を見つめて動きを止めた。


「"今度こそ親に誇れる"」

「止めろ」


 男の動きを見て、やはりかと心の内で呟いた老人は言葉を重ねようとするが、唐突に現れた剣を喉元に突き付けられてやむ無く止めることとなった。


「最若の魔法使い、灰の放浪者、好奇の老爺、幻想の担い手ゾロディナ・レストンボンラ。あんたには多くを教えて貰った、多くを見せてもらった。その事に感謝も尊敬もしているが、こればっかりはやめてくれないか。…………もう、終わった事だ」

「彼らが死したから己も死んだと? だから名を棄てたとでも言うつもりか? ではお主はこれから何をするつもりだ。心臓に刃を突き立てながら何処へと向かうつもりだ? 不死の黄金を携えて、何処へ堕ちるつもりだ?」


 最後の言葉を震えさせ、掠れさせて言う男に対し、老人の見た目をしているというのに最若と呼ばれた魔法使いは、語気を強くして多くを問うた。


 それは互いに一切触れなかった話題。


 再開して言葉を交わしてから今の今まで、男は自身の身体に突き立てていた剣から絶え間なく血を流していた。

 おかげで男女問わず見惚れるだろうある種の造形美を体現している肉体は、ほぼ全てが血に染っていた。


 猟奇的な有様の男に対して魔法使いが何も言わなかったのは、自身に対しても男に対しても良くない話題であるという事が分かっていたからに他ならない。


 事実、魔法使いを睨む男の状態は、正に殺気立つと表現するに相応しい。

 剣を持つ手は力の入り過ぎによって震え。

 今は無き空間での行動により、己の傷を厭う事が無くなった男の口からは奥歯を噛み砕く音が響く。


 そして、魔力、という不可思議な現象を引き起こす為の呼び鐘である特殊な力が、男の内で段々と高まっていることを、魔力の扱いに長け、この世界で四人しか居ない魔法使いのうち一人である老人は明確に感じ取っていた。


「どうだっていいだろう、そんな事」


 男が抑揚のない声で答えると同時、男の右手側後ろの空間が揺らぎ、歪んだ。

 陽炎の如き揺らぎに対し、男は右手を躊躇いなく掲げた。すると男の手は陽炎の中へと入り、外部から彼の手が見えなくなった。


「お主……それは」


 男が陽炎へと差し込んだ手を引くと、一つの剣が握られていた。それは今まで不可思議に現れていた剣達とは違う、白い刀身を持つ美しい剣だった。


「よもや、置いておくものがそれであるとは言うまいな」

「そうだ。……と、言ったらどうする」


 その剣を見た老人の顔が一層険しくなる。


 その白身の剣は、男がかの地下空間へと沈む前に、老人と男、それに二人の護衛を含めた四人での旅路で男……いや、少年が常に肌身離さず身に付けていた剣だった。

 そして、今輝きを放つ男の右眼。それが要因で始まった旅の前に、親から受け継いだ剣でもあった。


 今の男は裸一貫。旅の終わりに身に付けていたものはどれ一つとしてありはしない。

 そんな中で唯一残った白の剣、親の形見。

 それすらをも手放し、名を棄てたと宣うのは即ち。


「ならん。ならんぞ……! それを置いてしまえばお主は」

「爺さん、この剣の起源を知ってるか」


 即座に答えを導き出した老人の言葉を無視し、男は白の剣を見て徐に語り出した。


「知らぬ」


 老人の否定に、男は若干の諦観を瞳に宿した。


「……そうだろうな、その筈だ。俺はこれの起源を知った。…………もう、この剣に血を吸わせる気は無い。この剣で戦いに赴くことは、決してしない」


 男の言葉に、老人は首を傾げた。

 当然だ、起源を知らぬのだから。


「……だとしてもだ」


 しかしと魔法使いは杖を持つ手に力を込めた。

 分からないなりにも、出来ることはあるのだ。


「だとしても、全てを絶つことは許さんぞ……! 失うものが無くなれば、人は簡単に修羅へと堕ちる。戦地に置くつもりは無いと言うたな。闘争を求めるか、不死者よ。死を求めて死を与えるものとなると。そう宣うか」

「ふはっ」


 魔法使いの叫びに、男は嗤った。


「夢に沈んでいた間、多くを見た。金眼の少女を初めとした同胞達の末路を見た。……どれ一つ取っても希望なんてものは無かった。愛する者が目の前で死に、憧れたものが全てを奪い、隣人は皆消える」


 それらは全て、男が見てきた夢の内容。

 男はそれらと同じ星の元に生まれた。

 事実、男は全てを失っている。

 家族、友人、故郷。全て、男が気付いた時には無くなっていた。


「そして俺も、仮初と言えど不死と縁を結んだ。腸を引き摺り出しても、頭を潰しても、それでも尚俺は死ななかった。……少なくとも、俺の手では」

「だから他者に死を求めると? 闘争の果てに死があると、本当にそう思うのか」

「仮初、だからな。本物で無ければ道もあろう」


 歪んだ笑みを浮かべる男の右眼が紅い血のような光を灯した。

 それを見た魔法使いは険しい顔で瞑目し、改めて己の愛杖を握り締めた。


 男と魔法使いは、間違いなく友人であった。少なくとも老人はそう思っていたし、事実男もそう思っていた。


 見た目幼子の癖に、何処かで死んだものの魂が不具合を起こすこと無く溶け込んでいる変わり者。

 それ故に多くの後悔と、英雄達のように己を貫いた者への強い羨望を抱いた、大人のような子供のような狭間に揺らぐ歪な者。


 魔法使いや魔術魔法の存在を知らない内から目の前に現れた、魔法使い然とした格好をした巫山戯た爺さん。

 しかしそれが本物で、己の有り様を話して尚子供扱いし、多くを教え導いてくれた正に祖父と呼ぶに相応しく、しかれど軽口も叩き合える老いた友。


「儂は魔法使いとなった者として、守護を担う塔の主として、お主を野放しにするわけにはいかなくなった」

「だったら殺してみろ、魔法使い。最強と謳われた先代でさえ成せなかった不死殺しを、先代の三分の一も生きていない身で出来るのならな」


 男が床を捲り上げ、下に広がる階段の先にあるだろう部屋へと白の剣を置こうと踏み出すと同時。


「させるものか!」

「…………っ!」


 魔法使いが杖を突き出す動作を取り、直後、周囲にあった瓦礫諸共男の身体が吹き飛んだ。

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