森を統べるもの
「……ふん」
刃毀れの激しい刀を剣に戻して腰に差したゼルは、王眼に込めていた魔力を収めると勝利の雄叫びを上げる愚醜人に話し掛けた。
「おい」
「スゴイゾニンゲン! ヤツラヲタオセタ! オレオマエキニイッタ!」
「それは光栄だ。それで」
「アルジモキニイルハズダ! イッショニイクゾ!」
自分の声に一切応えずに捲し立てる愚醜人に、ゼルはどうしたものかと胸の内で言ちるが、愚醜人の提案に反応を示した。
そんなゼルの反応を見もせずに背中を向けた愚醜人は意気揚々と歩き出すが、直ぐに足を止めた。
「どうした」
「……オマエヲツレテクマエニ、ハナトドケナイトナラン」
「うん? あー……」
愚醜人の言葉に何を言っているのかと首を傾げたゼルは、恐らく主とやらに花を届ける事と、自分を紹介する事は別の事と考え、同時に出来るとは思っていないのだろうと推測した。
人間の中にも同時に出来る事を全く別の事と定義してしまい、二度手間な行いをするものは偶に散見できる。
事実、幼少期に村で良くつるんでいた子供の一人もその例に漏れず、大人達の頼み事を満足に出来ずに怒られていたのを、ゼルは見ていた。
まぁ、それも後に一つに絞らせれば他より高い能力を発揮する事が分かって、大人達も適した頼み以外は他の子に回すようになったのだが。
兎も角そんな経験から、ゼルは愚醜人の思考を察する事が出来た。
「それに関しちゃ大丈夫だ。行こう、案内してくれ」
「ヌゥ……ワカッタ、ノレ」
愚醜人は少しだけ悩み、軈て面倒になって取り敢えずゼルの言う通りにすればいいだろうと結論を出した。考えを放棄したとも言える。
「…………」
そうして、愚醜人の背に乗って森の深部に踏み入たゼル。
彼は、段々と近付いて来る懐かしい匂いに顔を顰めた。
濃い鉄錆……否、濃い血潮の匂い。
酷く不快で、何処までも安心出来る矛盾を齎す匂いに、ゼルは再び眼に魔力を込めた。
その際、剥き出しとなっていた左脚が、次第に鎧に覆われていった。
どうせ食い破られるのだからと放棄していた鎧の修復。それを為す程に濃い血の匂いの源は――
「ハナヲモッテキタゾ!」
「……あぁ、ご苦労だったロー。それで人間の子供達はどうした? 逃がしたか?」
「アァ!」
「ならば善い、花を寄越せ。これで暫くは持つ。……汚いな」
愚醜人とナニカの会話すら耳に入らぬゼルの視界に映るのは――血抜き処理を施されて吊るされた無数の獣達が流す、血の泉だった。
「穢れ共に襲われでもしたのか?」
「カコマレタ」
「そうか、良く逃げ切って見せたな」
「ニンゲンノオカゲダ」
「『何?』人間だと?」
「っ!」
凄惨で猟奇的な光景に言葉を失って目を奪われていたゼルは、聞き慣れない言葉に意識を戻し、首採りグォボスの臥よりはまだマシだと自分を説得した。
「ふむ……」
「…………!?」
愚醜人の背から降りたゼルは、血の泉の真ん中に鎮座する愚醜人の主と対峙した。
ソレは人では無かった。
くり抜かれた。正にそう表現するに相応しい窪んだ目鼻口は闇を灯しており、それらを備える黒い面頬と身体は縦に罅割れ線が入って角張っている。
その人間離れした容姿からは、ヒトガタの木という印象を抱くものもいるだろう。
少なくとも、このモノを見て人間だと認知するものは居ない。万人が見てそう確信出来る程に、人とは掛け離れた容姿を持っていた。
ゼルは、ソレとの遭遇に同胞の狼と出会した時以上に唖然とし、見逃した。
ヒトガタの視線が指に填めた黄金へと移った時に、口が大きく歪んだ事に。顔が、大きく歪ん事に。
そして――
『何故、ここに……。いや、いいや、斯様な事はどうでもいい! 姿を変えるなど随分小癪な真似をするでは無いか! 忌まわしきものめ!』
「っ!?」
――森全体が、大きく胎動した事に。
「がっ――はァッ――ッ」
その事に気付いた時には、ゼルは巨大な木の根に打ち据えられて、森全体を展望できる上空に打ち上げられていた。
「アルジ! アイツイイヤツダゾ!?」
『そんなわけがあるか! 良い奴だと? それは奴に尤も縁遠い言葉だ! ロー、今我らを襲う穢れ共の主は奴だ! 姿や眼の色を変えようとも、あの黄金こそがその証左に他ならん!』
「???」
「兎も角だ! 奴は我らの敵なのだ!」
感極まったヒトガタが人の言葉を話す事を忘れ、愚醜人が主は何を言っているのかと首を傾げる中、ゼルもまた混乱の渦中に居た。
「樹人……それも循環の理から外れた枯樹人が何故此処に!?」
朽ちた木から生まれ落ち、森と共に生き続け、軈て木へと還り再び朽ちて再誕する。
何らかの要因で樹人に宿命付られた循環の摂理から外れ、朽ちて尚生き続ける森の死神。
樹人が森の調停者であるならば、枯樹人は森の破壊者。
枯樹人が誕生すれば軈て生物が死に絶え、木々が朽ちて森が滅ぶ。
森の栄養という栄養の尽くを吸い尽くした枯樹人は、次の森へ移って同じ事を繰り返す。
そこに理性は無く、ただ生存本能のままに何もかもを吸い枯らす哀れな亡者と化すのだ。
最後の点に関しては流暢に樹人語を話している時点で異なるものだと分かるが、森中の獣達の血抜きをしていると思われる血の泉の天蓋を見れば、決して森の調停者等で無いことは明白だ。
「アオォーーーーーーン!」
明白なのはそれだけでは無い。
森全体が蠢くのと同時に、そこかしこから狼の遠吠えが上がったのだ。
思いがけぬ強敵を前に、王眼に全力で魔力を込めたゼルの視界に映るのは、あれだけ苦戦した狼達が瞬く間に数を減らしていく姿。
俊敏な四足に加え、触手を用いて縦横無尽に森を駆けていく狼の足に、伸びた蔓が絡まり、地面に呑み込んだ。
触手を伸ばした木が突如蠢き、巨大な大蛇と化して絞め殺した。
駆けていた地面から無数の木杭が生え、串刺しになった。
狂牙を剥く凶暴な生物と化した森の攻撃は、狼達に対してだけでは無い。
「っ」
腰から抜いた剣と、剣に変えた黄金を携えて着地せんと落下するゼルに、無数の蔦が手を伸ばす。
流石に手に持つ二剣だけでは対処出来ないと、ゼルは複数の剣を作り出した。
「厄介な……!」
切った蔦の断面から溢れる強力な溶解液に、天を駆ける剣達が直ぐに駄目になってしまった事実に、ゼルは多くの感情を混ぜ合わせて悪態を吐いた。
その感情の一つは後悔だ。
腰に佩いた外套の衣囊には、白の剣を除いてゼルが何よりも価値があるとする青珊瑚に加え、リッカデュラル家に届けねばならない遺品や諸々が仕舞われていた。
それらが蔦から零れる酸の雨に晒された場合、少なくとも伯爵紋と令嬢の髪は溶けるだろう。
ならば、例の謎の陽炎の内に仕舞えば良い。
そう思うかもしれないが、アレには武具と鉱物以外は入らないのだ。
その為、伯爵紋自体は守れても、肝心の遺品達は守れない。
「っ、ぐふ――ッ!」
何とか無傷で着地したゼルは、黄金を盾にして身を庇いながらその場を離れようとするも、急接近して来た大木の鞭に叩き飛ばされた。
人間砲弾と化したゼルは、軌道上の木を十近く貫通して漸く止まり、結果として酸の雨から逃れる事には成功した。
尋常ではない速度で飛びつつ、何とか大事なもの達を守ろうと足掻いたゼルの有り様は酷いものだった。
身体の一部が切断されるような事こそ無かったが、まともな部分は腰部だけ。
「なんだ……っ? がはっ!?」
身体を一から再生するのでは無く、内を修復するという行い故か。普段よりも遅く――それでも常軌を逸した速さだが――治っていく身体を横たえさせるゼルの前に、花の蕾が現れた。
お世辞にも綺麗とは言い難く、毒々しいという表現が何よりも相応しい色合いの蕾は、大量の花粉を撒き散らしながら花開く。
舞い散る花粉を吸い込んだゼルは、漸く再生した身体を起こすと同時に血を吐いて膝を付いた。
「あが……ぐっ……そういや、毒はまだ試して無かったな……!」
そう、蔦の溶解液が外から溶かすものなら、その花粉は内から溶かすものだったのだ。
「だが……」
ゼルは息を止めた。
まともな人間であった頃の習慣で普段から呼吸をしていたが、今のゼルの臓器の殆どは飾りと言ってもいい。
事実、血の池で窒息死しようとしても、いつまでも呼吸出来ない苦しさは去来しなかった。
事実、どれだけ飲もうと食べようと、催すことは決して無かった。
とはいえ、だ。
十の手段の一つを封じた所で、物事の進行にはなんの支障もない。
「っ!」
周囲に広がる花粉がゼルの内だけで無く周囲の草木も殺して広がり切った直後、毒花の柱頭が膨らみ、小さな体積からは想像もつかない威力で爆散した。
「出鱈目過ぎるだろう!」
咄嗟に掲げた事で骨を露出した腕を無理矢理動かして起き上がったゼルは、迫る木大蛇と蔓に背を向けて走り出す。
「ガァ!」
「クソっ!」
最早今居る所が森の何処なのかも分からぬままに、枯樹人の魔力の高まりに呼応して赤黒く輝く地へと、迫る狼を無視して向かうゼル。
その手には、指輪に戻った黄金以外何も無かった。
王眼の力で作った剣は、砲弾と化した時に手放してしまっていたのだ。
一応、黄金も一緒に手放していたのだが……、特性上いつの間にか戻っているのは仕方ないだろう。
普段のゼルならばその事に忌々しげに顔を歪めたり、何かしらの反応を示すのだろうが、今はそうするだけの余裕が無かった。
寧ろそれを利用し、剣に変えた黄金を他の剣のように空を駆けさせ、道を切り開いていく。
賢き幼馬に追いすがろうとした時のように、身体を前傾にし、時に王眼の力で鎧を強引に動かして駆けていく。
「ガァ!」
「ハッ……ハッ……」
黄金と共にゼルと並走するのは、紫眼の獣達。
ゼルに無視された彼らもまた、ゼルを無視して森の中央の血の泉へとひたすらに駆けていく。
「くっ……、狭い!」
獣、人、剣。形、有り様、全てが異なるもの達の道を拒むのは、自分達を折り重ねていく植物達。
道が狭まって行く中で尚も植物達の妨害は続き、それらを黄金に切らせ、時には自分の事も切らせながら、次々と脱落していく獣達を尻目に駆けるゼル。
遂には飛び込む事も能わぬ程にまで狭まった穴を前に、ゼルは外套と白の剣を素早く外して投げ込み、黄金を手に呼び寄せた。
「ふっ……!」
直後、驚くべき事にゼルは自分の首を断ち切り、首を失った身体で己の首を穴に投げ入れた。
『化け物め……!』
「どっちが! ……っ!?」
「ウォオオオオオオ!!!!」
そうして穴を潜ったゼルは、即座に再生した身体の感覚を確かめる事すらなく外套と白の剣を掴んで踏み出した。
だがそれは一歩のみ。
二歩目は愚醜人の体当たりに拒まれ、漸く枯樹人を視界に収めたと言うのに大きく後退することとなった。
「お前……っ!」
「オレ、オマエトタタカイタクナイ! デモ! アルジガオマエトタタカウナラ、オマエオレノテキダ!!」
「なっ……」
愚醜人の体当たりによって近くの木に叩き付けられ、へし折れて倒れてくるの木を半歩避けた瞬間に告げられた愚醜人の言葉に、ゼルは一瞬だけ呆けた。
その隙は、愚醜人体当たりの勢いで泳いだ身体を、突進のそれに変化させるには十分過ぎるものだった。
「ぐっ……ふっ、は……はは」
肩からぶつかられ、そのまま自分の身体を次々と木に叩き付けていく衝撃と激痛すら忘れ、ゼルの顔が笑みに染まった。
「あぁ、それがふっ……それは正しい在り方だ」
愚醜人故の短慮。
そう蔑む事は出来る。嘲笑う事は出来る。
だが、主の敵なら自分の敵でもあると殺しにくるこの怪物を、忠義は、それこそ短慮で一蹴出来るものではないと、ゼルは血を吐きながら哄笑した。
「ならば……!」
その忠道に敬意を表して、苦痛の無いよう一撃で。
言葉を飲み込んだゼルは、王眼を介して一本の剣を手繰り寄せた。
それは、紫眼の狼との遭遇時に振るって折れ、腕輪へと変化させていた銀の剣。
酸の雨、砲弾時の全身打撲、毒花の爆散。
多くの試練に苛まれてもなお、多少ひしゃげる程度で留まった奇跡の剣。
折れたりひしゃげたりで体積が少なくなり、一尺程度の刀身しか持たない銀の剣を、ゼルは勢いよく愚醜人の頭に振り下ろさんとした。
『ならん……!』
「ウオ!?」
「っ!」
だが、連続した奇跡は呆気なく終わってしまう。
ゼルが何を振るおうとしているのかいち早く気付いた枯樹人が、愚醜人の脚に蔦を絡めて強引に引き戻したのだ。
変わりに銀の剣が突き刺さったのは、凄まじい勢いで振るわれた巨木の根。
「ロー、貴様は退いていろ! 奴の相手は荷が勝ちすぎる!」
「アガッ!?」
二体の知恵ある魔物達の会話が急速に遠ざかる中、ゼルの意識は別のものへと向いていた。
「ぁ――」
からん、と。
ころん、と。
白の剣と共に手に掴む外套から、一つの石が零れ落ちた。
それを見たのは一瞬で、直後には天高く打ち上げられ、急速に森の出口に、ザド少年の村へと舞い戻されようとするゼルは――
「ふざ……けるな……」
――落ちた石が何であるかを理解していた。
それは珊瑚でありながら、宝石の如く透き通った不思議な石。
それは死に瀕しながら、どこまでも強い意志を宿した女の瞳。
それは最期の時まで、己の有り様を貫いた気高い者が遺した物。
それは彼女に託された、彼女の眼。
それが、地に落ちた。
「――――――――!!」
ゼルはその事実に、かつてない程の……否、かの空間で初めて夢を見た時と同等の激情が込み上げるのを自覚しながら、何とか己を鎮めて遠くまで響く口笛を吹いた。
呼応するは馬の嘶きと、森のどこかで横たわる身体が着けた脚鎧。
「ガッ――」
背中に凄まじい衝撃走ると同時に、急速に近付いていた地面が少しだけ遠のき、無数の木片と共に再び落ちた。
「戦士殿!? 一体何が起こっているのです……!?」
森から悍ましい唸りと軋みが響き渡り、強大な何かが蠢く異常事態に腰を抜かしたものが多く、逃げ出す事も出来ずに村長宅に全ての村人を匿っていた村長こと老人。
彼は、屋根にぶつかったナニカの正体を確認すべく外に出て、ゼルの姿を見て目を剥いた。
そんな彼の横を通る、賢き幼馬。
「見れば、分かるだろ……」
ゼルは幼馬に取り付けた皮袋に外套を入れると同時に回復薬を取り出し、白の剣に容器を押し当てた。
「………………」
「森が……閉じていく?」
老人とゼルの視界に映るのは、木々が乱立して壁を作る姿。
それらは一定まで真っ直ぐ伸びると森の奥へ向けて方向を転換し、円蓋を形成していく。
壁の木々は森のものとは少し違い、枯樹人と同じ黒色の木。
堅牢な印象を与える壁は、少なくとも今のゼルでは突破する事が叶わない程の分厚さを誇っていた。
……正攻法、真正面からなら。
「……………………」
ゼルは白の剣を前に葛藤しつつも、回復薬を入れた容器に魔力を流し始めた。
すると、中の液体がはっきりと見えないよう、若干曇らせられた容器が金色の光を帯び始めた。
その金色は、ゼルが忌まわしむ黄金とは違う、優しい色。
豊かに実る小麦畑の如き小金色。
「一体何が……、本当に何が起こって……」
それは、何百倍にも希釈された雫が、同胞の魔力に呼応して力を高めた証。
もうあとは願うだけ。
たったそれだけで、奇跡は成る。
されど、ゼルは葛藤の内にいた。
「………………っ」
何故ならば、この剣を振るうという事は、それはつまり……。
「……いよ…………」
ゼルの主観ではかなりの時間。
実際には数秒程度の葛藤の中、彼の常人離れした聴覚が声を捉えた。
「こわいよ、お母さん……っ」
それは子供の怯える声。
木々が軋み騒めき唸りを上げる音に対して、恐怖に震える声。
「戦士殿?」
「……やめてくれ、俺は戦士じゃない」
葛藤の内に強張っていた身体から力が抜けていくのを自覚しながら、ゼルは老人の言葉に苦笑した。
「自分の内で決めた事すら歪めるような奴が、戦士であるものか」
そうして――
「爺さん、一つ頼みがある」
「……、なんなりと」
強い決意を滲ませる声に、老人は在りし日の自分の姿を思い出した。
「今から見た事は、聞いた事は他言無用でお願いしたい」
「それで村が救われるというのなら、構いませんとも。この老骨が朽ち果ても、口を割らないと誓いましょう」
「……………………感謝する」
――ゼルは、同胞への懇願を口にした。
「王の眼を以て、紅の輩が金の豊穣に希う」
金色に輝く液体を容れる容器を握り砕き、中身を白の剣に垂らしながら、ゼルは願いを口にした。
「此処にただ一足の祝福を」
凄まじい魔力の奔流によって淡く輝き始めた白の剣を地面に突き刺しながら、ゼルは謝罪を口にした。
「済まない、ユグリア。君を振るわないと言いながら、こうして力を借りてしまって」
白の剣ユグリア。それは、かつて自分と同じ眼を宿し、絶望の内に自害して木へと変貌した少女の一部だった。
白の剣を中心に、この世ならざる美しい花々が芽吹く中、ゼルは誓いを口にした。
「でも、一つ誓おう。この戦いは人を守る為のものであると。……だから赦してくれとは言わん。ただほんの一瞬だけ、君の力を貸して欲しい」
それらの口上は、普段の無骨な喋りからは想像出来ぬ程に柔らかく、優しかった。
ゼルは白の剣を引き抜き、腰に宛がった。
すると、柄から蔦が伸びてゼルの身体に巻き付いて固定した。
まるで離れることは、放すことは許さないと言わんばかりに、強く。
同時にゼルの周囲に咲き誇る花々が萎れ、散った花弁から無数の蔦が絡まりながら伸び、繭のようにゼルを覆い尽くしていく。
「……ありがとう」
すっかり慣れた冬の寒気を遮断し、春の如き柔らかな暖かさと匂いを齎す繭の中で、ゼルは感謝を口にした。
そして――
「うぉおおあああああああッッ!!!!」
『なっ、人間である貴様が何故我らの"渡り"の術を!?』
――勢い良く繭から飛び出たゼルを迎えたのは、驚愕に虚ろな目を剥く枯樹人と濃い血の匂い。
それと、冬の刺すような寒気であった。




