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賛美

「?」


 街を出てより、馬の睡眠時と水分補給時以外は一切止まらなかったゼルの行軍が、突如止まった。

 彼が今いる地は既にフラン王国の領内で、今の早さで進めば残り三日程あればリッカデュラルの街に着くだろう場所だ。

 因みに、ここまで来るのにかけた日数は四日である。


 途中にある街の一切を無視し、馬の為の睡眠時間である約三時間程以外常に進み続けた結果、かなりの日数の短縮に成功していた。

 これは元々睡眠が要らないゼルと、纏まった睡眠以外は慣性で歩きながら短い睡眠を繰り返す馬達との相性が非常に良かった結果だ。


「あれは……」


 そんな歩みが止まった要因は、彼の視線の先の村にあった。

 急場で作られたのだろう不格好な柵と櫓が並び、その上には歩哨のように二人の男が立っている。

 だがその男の片割れは兵士と言うには老いすぎており、その手に持つのも槍ではなく農具の銛。

 もう一方は年も武具も相応だが、手に持つ弓を引くのにその細腕はあまりにも不釣り合いだ。


「行くぞ」


 ゼルはその様相が気になり、手綱を手繰って村に進路を取った。

 この賢い幼馬は偶に彼の指示を聞かない事があるのだが、今回は素直に聞き届けた。


「それ以上近付くでない!」

「止まれ……おい」

「ち、近付くなぁ!」


 だがそれは気まぐれだった。

 近付いてくるゼルに対して、見た目からは想像できない張りのある声で止まるよう告げる老人に応えたゼルが手綱を引いても、幼馬は止まることなく前進していく。


 それは細腕の若い男が頬と共に弦を引いても同様、道中でゼルが拵えた兜の隙間から獣特有の澄んだ眼を覗かせ、射れるものなら射ってみろと言わんばかりに悠々とした歩みを止めずに近付いていく。


 幼馬の動きにゼルは溜め息ついでに舌打ち一つ。声を張り上げた。


「問おう、老体よ! 何故銛を天に逆向け歩哨の真似事を為す! それが享楽でなく大事であるのなら腕を貸すが、如何に!」


 幼馬が尻尾でゼルを叩く程の轟声は櫓の二人に届き、ゼルを見ていた青年が老人に顔を向けた。

 その際に番えた矢の先がゼルから外れた辺り、やはり素人である事が窺える。


「村長」

「ならん」

「でも」

「ならん。儂らに払えるものは無いのだ……!」

「だからってこのままじゃあ……!」


 そのやり取りは二人だけの間で行われ、本来ならば眼下の戦士に届くはずもなかったが、生憎とここにいるのはゼルである。

 常人離れした五感を持つゼルは確りと二人の会話を拾っていた。


「それは一夜の寝床でさえもか!」

「「なっ」」


 ゼルが優れた聴覚を以て聞いていた事に二人は揃って驚きに声を上げ、見当違いの位置に矢が突き立った。

 見当違いと言えど、うっかりで矢を射掛けられては堪らないと、ゼルは手綱を強く引いて今度こそ幼馬の足を止めた。


「左様!」

「村長ッ!」

「我が村には、貴殿の様に優れた戦士を招く程の蓄えも無ければ伽女も居らぬ故、払えるものがありませぬ。一夜の安息を求めるのであれば、その身を返して走られよ。馬の足であればラメルデュッサの門が閉まる前に着けましょう」

「ふん」


 ゼルは青年の制止を無視して答える老人の言葉に軽く鼻を鳴らすと、視線を彼らから下の村に移した。

 大声で為されるやり取りに釣られたのだろう、覗いてくる村人の中にはうら若い女性も散見出来る。


 危機に晒された村の中には、女を差し出してでも戦士を引き留めて助けを請おうとする所もあるが、この村はその例では無かった。

 寧ろその逆で、毅然とした態度で潔く何も払えないから帰るよう言い放つ始末。


「村長、なんでだよ!? このままじゃ領主様に献上する予定の牛が皆取られちまうんだぞ!?」


 だが、それが村の相違では無いことは、青年の焦りに満ちた態度から明らかだった。


「だからと大事な村のもんを捧げるわけにはいかん! それが一夜であってもだ」

「それで村が死んだらどうしようも無いだろう!? 今までの冒険者達だって皆失敗した! おかげでもう来ないじゃないか! ……あの身体を見ろよ。きっとやってくれる。な? それに子供達だって」

「ケヌ!」

「っ」


 二人は遂に無言で佇むゼルを余所に口論を初めた。


「それ以上は語るでない。攫われたわけではないのだ、あの子らは戻って来る。冒険者もだ。もう幾許もすれば組合(ギルド)から侯級のものが派遣されて来る。それまで」

「もう待てないって言ってんだよ! おいあんた! たすぐぇ」

「ならんと言うておろうが! これ以上村を危険に晒す事は出来ん! 無駄な犠牲もだ!」


 ゼルに対して助けを請おうと声を荒らげた青年。

 老人は手に持つ銛の柄で青年の膝を叩くと、体勢を崩して落ちてきた青年の口許に手を当てて物理的に黙らせた。


 流れる動きで素早く為された拘束に、ゼルは感心と同時に納得の目を老人に向けた。

 聞こえて来る彼らの会話から、この村で何かがあったのは火を見るより明らかなのだが、それに対する待ちの姿勢。


 老いていても尚も隠せぬ優れた体移動。

 村の出にしては畏まった話し方。

 未達成の依頼に対する組合の動きに精通した様子。

 それらを繋ぐと答えは自然と見えてくる。


「騎士か……」


 己が導き出した答えにゼルは鼻白んだ。

 一度口を挟み、眼前で何かがありました、といった会話をされている以上老人の言葉通りに引き返すつもりは無いが、先程までの意欲は失せていた。

 手っ取り早く、不遜な戦士を演じて済まそう。

 そう考え、馬の首元に仕込んだ短剣を引き抜いた時だった。


「子供達が戻って来たぞぉおおおお!!!!」

「む」

「なに!?」


 歓喜の叫びが村に鳴り渡ったのは。

 老人が逡巡するように背後の村とゼルとで視線を彷徨わせ、ゼルは引き抜いた短剣を鞘に戻した。

 そんな中で青年は、逡巡する老人に耳打ちした。


「村長、行かなくていいのか? 誰よりも心配してたろ」

「……ならん。彼奴を見張らねば」

「それは俺がやる。もう馬鹿な真似はしない、な?」


 葛藤の内に居ながらゼルを放っては置けないと動かない老人に、青年はもう先程のように取り乱さないとゼルに対して弓弦を引くことで示した。


「…………次は無いぞ」

「分かってる」


 青年に後を託し、やはりその老体からは想像もつかない早さで梯子を降りて姿を消した老人。

 青年は村の中に戻っていく老人を見送り、櫓から彼の姿が見えなくなるや急いで梯子を降りて、柵と櫓と同様の急造の扉を開け放って手招きした。


「大した役者だ」


 全くその通りと同意するように幼馬が鼻を鳴らし、ゼルの指示無く村に向かって歩き出す。

 それに伴い栗毛の幼馬も歩き出した。

 この黒い、青鹿毛の幼馬は自己主張が激しい……というよりは我が強く、逆に栗毛の幼馬は不安になるほど大人しい。


 どうして同じ厩舎で期待の幼馬二頭がここまで違うのだろうかと、ゼルは街を出てから幾度となく浮かべた疑問を再び浮上させた。


「ほら、早く。早く入って。一度入れてしまえばあの頑固爺も何も言わないんで」

「良いのか」

「村を守る為なら折檻程度……ぅ、やむを得ないってもんですよ」


 軽く身震いするも、己の行動を撤回する気が無い青年はゼルを村の中心、興奮した子供達とそれに騒めく大人達の元へと案内した。


「ほんとだってば! こぉんなでっかいのが歩いてたんだよ!」


 腕を大きく広げて、それはそれは大きなものだったと訴える子。


「それにこんな顔してたんだよ、ふぉんあ!」

「ちがうよ、もっとこう……痛い!?」

「何すんだよ!」

「何すんだよはこっちの台詞だよ!」

「いきなり顔つかんだだろ!」

「お前が全然ちがう顔するからだろ!」

「だからってつねるなよ!」

「へんな顔するのがわるいんだろ!」


 見たナニカを顔に手指を添えることで表し、それは違うと修正した子と取っ組み合って大人達に止められる子。

 他にも、合計七人の内六人の子供達が、泥だらけなことも大人達に険しい顔を向けられていることも気にせず、口々に言いたいことを主張している。

 それらの中で主立って共通するのは、やはり先の二つ。

 大きく、醜い顔をしているという所だ。


 最初は叱ろうとしていた大人達も、子供達が見たと訴えるナニカに対して、恐怖や困惑の顔を浮かべてどうするかと顔を見合わせた。


「お主ら……何故村を出た」


 その中で静かに怒るのは、青年に村長と呼ばれた老人。


「あれほど村の外に、森に入るなと言っておったのに、何故じゃ」

「ぅ……村長」

「ごめんなさい……」


 怒鳴るのでは無く、静かな激流の如き怒りに呑まれた子供達の興奮は急激に冷め、弁明も無く謝罪を口にした。


「そうでは無い、儂らが今求めとるのは謝罪では無い。何故、森に踏み入った? その理由が聞きたいのじゃ」

「それは……ヤンが」

「ちがう、ザドだよ」

「う、うん。……僕が、見たんだ。夜に」


 名指しされる形で前に出たのは、唯一何も言わずに静かに俯いていた少年。

 身体を縮こめ、目を一所に定めず小さく話すその様は、大人しいというより何かに怯えているよう。

 遠巻きから聴くゼルの耳に何とか入る程度の声量で、少年は昨夜の事を語り出した。


「昨日は何となく眠れなくて、喉が乾いたから水甕に水を汲みに行ったんだ。そしたら、えと、牛の声が聞こえて。僕んちの水甕が窓際にあるのは知ってるでしょ? だから気になって覗いたんだ。……それで、見たんだ」

「牛の声が聞こえただぁ? 俺は聞いてないぞ、気の所為じゃないのか」

「気の所為なんかじゃないよ! ……ぁ、ごめんなさい」


 何を見たのかを言う前にその光景を思い出した少年は言い淀み、昨夜歩哨として見回っていた男が自分は聞いていないと疑いの目を向けた。


「そうだぞ! ザドの耳はすっごく良いんだ!」

「それに目も!」

「そうだそうだ! ザドは凄いんだ!」

「な、なんだよ急に。実際俺は見てないんだぞ!」


 子供達からの思わぬ反応に、大人としての尊厳と云う下らないもので引っ込みがつかなくなって怒鳴る男に、ゼルは不味い展開だと馬を降りて近付こうとした。


「待って」


 怒鳴られ、反射的に身を縮める子供達を見据えながらも、青年はゼルを止めた。


「下らない尊厳の維持に付き合う気は無いんだが」

「気持ちは分かるけど、今後の彼の立場が無くなっちまうんで、辛抱して貰えませんか」

「…………長くは待てん。あれは不快だ」

「大丈夫」


 青年の懇願に不服気な顔を隠しもしないゼルは、唸りにも似た低い声で譲歩を口にした。

 ゼルの反応に青年は、彼の撒き散らす軽い殺気に強張っていた身体の力を抜き、笑みを浮かべた。

 今の村全体の問題に関しての信頼は微塵も無いが、こと村人同士の諍いについての信頼は未だに健在なのだ。


「まぁナズ、少し落ち着かんか。お主が見回りをさぼって寝ていたのは知っておる」

「ぅ……」

「ザドはその最中に見たんじゃろ。のぅ?」

「……えと」


 村長の問いに、ザドと呼ばれる少年は居眠り男と村長とで視線を彷徨わせた。


「儂もその時起きてはいたのだが、耳が遠くて聞こえなんだ。何を見聞きしたのか教えて貰えんか」

「あんたはこっち。村長の前で子供怒鳴るとか馬鹿でしょ。しかも自分が悪いのに」


 村長の言葉と、彼に目配せされた女性が居眠り男をザドの視界から失せさせた事で、彼は漸く続きを再開した。


「窓から覗いたら、人が居たんだ」

「人とな?」

「う、うん。さっき皆で見た、大っきい人が牛を持ち上げて森に入って行ったんだ。僕、それを見て怖くなって……話そうとしたんだ。でも、最近の大人達も怖いから、言えなくて……」

「それで俺達が行こうって言ったんだよ!」

「それは……、ぬぅ……」


 理由からして責めるに責めれない村長は、軽く唸ると頭を抱えた。


「結局奴は立場を失ったな」

「仕方ない……としか。役目を放棄して村を危険に晒した上で自分の非を隠して子供を叱る。村長からしたら一番許せない行いだからなぁ……。あの馬鹿」

「だろうな。それじゃあ行くぞ、今なら奴も強くは出れまいよ」

「ええ」


 そうして訪れた静寂に、ゼルは今が丁度いいだろうと青年の肩を叩き、二人連れ立って子供達の元へと向かった。


「見事だ」

「なっ、お主……ケヌ! きさっ、むぅ……」


 ゼルの姿を改めた村長は反射的に傍に居た青年を叱ろうとするが、ゼルの予想通り先の子供達の言葉がそれを躊躇わせた。

 ゼルは村長の対応を青年に任せる事にし、彼の肉体を見て呆けてる子供達の前で膝を着いた。


「ザド、だったな」

「は、はい」

「よく頑張った」

「っ」


 言いながらゼルは手を少年の頭の上に置こうとするも、その手は空を搔いた。

 流石に初対面でそれはやり過ぎだ。

 己の先立った行動に一言謝ると、彼は手をそのまま己の脚へと向かわせ、鎧に仕込んだ短剣を取り出してザドの眼前に掲げた。


「ぇ、あの、これは……」

「君の勇気に対する、俺からの賞賛だ」

「お主、その子を褒めるで」

「俺は旅人だ、故にこの村の事情を知らん。だから目の前の行いを尊ぶ。俺は戦うものだ、だから生き死にの結果を尊ぶ。結果、あんたらの反応から彼らは全員が生きて戻った。なればこそ、俺は彼らを一介の戦士として賞賛しよう、勇気あるものと賛美しよう。君達は雇われの身である俺が最も欲する情報を持ち帰って来てくれた。これはそれに対する正当な対価だ」


 ゼルは短剣とは別に銅貨を人数分の七枚取り出して掲げた。

 金貨は村のものには大きすぎ、銀貨は子供には大きすぎる。故に銅貨。


 ゼルが己の事をどう思おうと、傍目から見れば彼は屈強な肉体を持つ戦士だ。

 そんなものからの賞賛に、褒賞に、子供達は興奮を隠せぬ様子で顔を見合せる。が、受け取らない。

 受け取るべきものがまだ受け取っていないからだ。


「でも、僕は皆を危険な目に……」

「ちがうぞザド! お前が俺たちを助けてくれたんだ! お前があの巨人が俺たちに気付く前に巨人に気付いてくれたから俺たちは今ここに居るんだ!」

「なっ、お前たち、その巨人とやらに」

「ご老体、無粋な真似をするな」


 ザドを励ました少年の言葉に反応した村長が声を荒らげようとした瞬間、ゼルは彼を本気で睨め付けて制止した。

 村長の後ろに居た村人達がその被害を受けてゼルに畏れの目を向けたが、ゼルは厭わず老人を見続けた。


 叱るのは後でもできる、今は子供(小さき戦士)の芽吹きの時だ。邪魔をすることは許さない。


 目だけで語るゼルに、老人は何も言えずに唸るだけ。

 それ程にゼルの目に込められた力は凄まじく、長いこと平穏に浸かり続けた老人に歯向かうことは出来なかった。


「でも、ニカがあの隙間に気付かなかったら……。それにクエの」

「なぁザド。俺は今日、楽しかったぞ!」

「っ」

「お父さんが言ってたよ、何かをして後悔しなければそれはいい事だったんだって! 私、怖かったけど後悔はして無いよ!」


 子供達の眩しいまでのやり取りに、ゼルは少しばかり目を細めた。

 その目に映るのは、かつての村での行い。


 悪ガキ五人組と言われ、やんちゃをしまくった時の事だ。

 あの時は色んな馬鹿をやって怒られた。

 井戸を堰き止めてしまった時なんて皆で木に吊るされたが、それでも確かに後悔は無かった。


「ザド」

「っ、はい」


 ゼルはザドの後頭部に手を当て、互いの額を打ち合わせた。

 今度は抵抗されなかった。


「君は賢い。だから多くを考える。あの時、あの時、あの時。今君が思い浮かべているのは、友人達が危ない目にあっていたら……、もしそうなっていたらそれは……。そんな光景。そうだろう?」

「っ、はい。だから、僕は」

「だからこそ、君はこれを受け取るんだ。今度こそ、自分の力で友人達を守れるように。君ならこれを正しいことに使える」


 ザドの視線が、ゼルの持つ短剣と七つの銅貨に注がれた。


「結果良ければ全て良し。そう言うつもりは無い。でも、実際に君の友人達は無事なんだ。追ってくる巨人も俺が倒す。なら今は、君達の冒険の終わりを祝おう。色々考えるのも、責任を取るのも大人の役目だ。子供はただ楽しめばそれでいいんだ。……今日の冒険はどうだった? 悔いはあるか?」

「それは、それは……」

「俺は怖かったぞ!」

「私も!」

「僕も!」

「「「でもやっぱり――」」」


 ゼルは空になった手を剣の柄に置いて老人に向き直った。


「俺はこれから森に行く、止めるか?」


 老人は苦笑しながら首を振った。ここまでされてゼルを追い返す事など出来るはずが無かった。


「しかし、子供らの話からするに」

「あぁ、思い当たるのは居る」

「ですが少しづつ牛を持っていくなど」

「利口過ぎる」


 言葉は無くとも互いに同じものを思い浮かべているが故の朧な会話に、聞き耳を立てる子供も大人も疑問顔だった。


「……しかし()()も頼むとなると、この村には払えるものが」

「なぁ爺さん、俺の位階はなんだと思う」

「それは……」


 その問いにも主語は無かったが、これには老人だけで無く幾人もの村人が何の事かを察した。


「侯級、ですかな?」

「それはまた大きく出たな、違う」

「では、伯?」

「違う」

「なんと……、では公?」

「違う、なぜ上げた」

「ですが、それでは……」


 老人が問いを重ねる毎に、村人達の顔が変化していく。

 特に心配症の老人に至っては、まさか言葉だけの、見掛けだけのものではという、自分でもまさかだろうと考える様なものまで浮かんで来る始末。


「俺はどれにも当て嵌らない」

「? ……まさか」

「そうだ、俺は冒険者じゃない。それに仮にそうだったとしても、良くて子級だ」

「ええ!?」


 村人達の反応を面白がって無駄に勿体ぶって告げられた答えに、一番の驚愕の声を上げたのは子供達だ。

 高位の冒険者に褒められた! そう喜んでいたのに、まさか違うなんて!

 そんな考えをありありと示すものもいる中、ザド少年は落胆を見せずに村長と話すゼルの背を見ていた。


「だから爺さん、存分に足元を見な。それにまだ戦いは始まってもない。今までの奴らは死んでるんだろう? なら報酬を考えるのは早い。それよりも子供達を叱ってやってくれ。それはあんたらにしか出来ない」


 今後こそ、老人は何も返せなかった。


「貴方は、なんという……」

「何、あんたが考えているようなもんじゃないさ。ただ闘争を求めているだけの獣に過ぎん」

「っ!」


 事実、子供達に高説垂れる資格は自分には無い。

 自嘲の笑みが子供達に見えなかったのは幸運と言えよう。


 その笑みを見た老人は、青年は、大人達は、皆ゼルが自分達の考えているようなものでは無いと察した。


 何故なら、その笑みは余りにも朧で、不安定で、霞と化して消えてしまいそうな危うさを伴っていたから。


 この男は冒険者では無いと言った。

 例えそうだとしても、知識と力を備えていれば即座になれる子級が精々だと。

 それはつまり、この男は、この青年は。


「貴方は」

「馬の世話を頼む。そうだな……三日経っても戻って来なければ着けている諸々も馬も好きにしていい。あぁ、待て」


 ゼルは老人の言葉を遮って幼馬を呼び寄せ、取り付けた剣の一本、鉄や鋼の剣とは違う光沢を見せる剣を取り出した。


「それは?」

「銀の剣だ。奴を殺すにはこれが手っ取り早いからな」

「違いがあるの? それにあの巨人って」

「それは戻って来た時に話す。今は無用な心配を招きたくないんだ。分かってくれ」


 問うて来たザドに約束すると、ゼルは老人と軽い目配せを交わした後に森へ向けて踏み出した。


 その先に待ち受けるものが、(黄金)を知るものだとも知らずに。

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