序章:目覚め
処女作のため粗削りであることをご留意頂けると幸いです
何もかもがどうでもいい。
この薄暗い空間の中で長い時を過ごした後、俺はそう吐き捨てた。
この空間に来てどれ程の年月が経ったかは分からない。興味もない。
思索に耽り、眠りに落ちる。ただそれだけを繰り返す無為の中。多くの絶望を見た。
それは叶わぬ望み。
それは有り得ぬ未来。
それは何処までも深い絶望。
それはささやか願いの代償。
それは家族との決別。
それは死との別れ。
それは決して戻らぬ悲しみの物語。
希望などという、曖昧模糊でくだらない幻想を抱く事を諦めさせるのに十分な程の、多くの絶望を見た。
それは誰の記憶か。
無垢な聖母。
狂乱の優男。
欲塗れの賢者。
孤独な王。
希望の勇者。
そして、打ち据えられ、朽ち果てた1つの剣。
本当に、本当に多くの夢を見た。
最初は流れていた筈の涙もやがては枯れ、この身から流れるのは血だけとなった。
それでも夢を見る事は止まらない。
思索し続ける事は止まらない。
……するべき事はもう、何も無いから。
だから今日も夢を見る。
それは近しい過去の夢。
この世界で2度目の生を迎え、再び死んだ幼い少年の物語。
何もかもが突発的に起こり、突如として終わりを迎えた、何処までも下らない物語。
「……」
この地で無為に過ごす中で、一番多く見た夢物語。それを見終える度、心に虚ろな何かが去来する。
だが、どうやらそれも今日で終わりらしい。
身体から流れ続ける血に染められた、元は謁見の間を彷彿とさせる絢爛な空間の天井へと目を向ければ、眠る前にはなかった筈の亀裂ができていた。
「頃合か……」
直にここは崩れる。それを察しているというのに、気が重く動けない。
この地下空間が崩れた場合、上はどうなるのだろうか。俺はどうなるのだろうか。
歪な魔力で出来た地下迷宮。それが崩れた時、この空間だけが消え去るのか、それとも……。
「がぽ……ぷっ、……出るか」
どちらにせよ自分が死ぬ事は無いのだろうと結論付け、身動きが取れなくなる可能性の面倒くささからこの場の脱出を決めて起き上がる。
「……見てられん顔だ」
そうしてふと顔を下に向ければ、いつかの時に胸に刺した剣が、その身に纏う血の隙間から無気力な死人のような顔を映し出していた。
それを見て、久方ぶりに自分の容姿を確認する。
活発な男子らしく短く整えられていた栗色の髪の毛は、赤黒く染まった上で肩甲骨の下辺りまで伸びている。
髪から覗く瞳は左が黒。右には短剣が突き刺さっていて色の判別は出来ないが、恐らく今は黒のままだ。
血によって濡れそぼり、張り付く髪を後ろに流すと、そこには忌まわしい顔と懐かしい顔を混ぜ合わせたような顔があった。
「…………ふん」
初めてこの空間に来た時の事を思い出す。今の身体になってしまった時の事を。
恐らくその時に混ざったのだろう。今生のものと前世のものが。原因としては認識とか、そんな感じの何か。
そして身体だが、これもまた変わらない。身体を変えられてから幾許の時が経ったのかは知らないが、長い間何もせずに寝たきりだったくせに身体は緩まずに引き絞られた肉体を保っている。
そんなある種の肉体美とも言える身体を赤く染めるのは、身体の各所に自ら突き刺した無数の刃から溢れ出る大量の血。
「……こいつらも意味が無いな」
死を求めて突き刺した刃達ではあるが、最早意味は無い。心臓と右眼に突き刺した短剣以外の全ての剣に魔力を込め、抜き放つ。
「ぐっ、かは……っ!」
反動で吐血するも、血の海に新たな血が落ちた時には既に刃達による傷は癒えていた。
やはり自分は死なないという事実に落胆しながらこの空間の出口に向かって歩を進めれば、無手で抜き放った刃達も宙に浮いたまま付き従うように着いて来る。
直ぐに辿り着いた出口。5m程の高さを持つ大扉を開け放ち振り返ると、長い間垂れ流し続けた血が外へと流れ込み、今まで血の海に沈んでいた2つの影を浮かび上がらせた。
それらの影には二つの血に濡れた金貨の輝きが乗っている。
「…………」
俺は、少し悩んだ後にその影……原型を留めていない肉塊達の元へと戻り、両腕に着けていた腕輪を添えて黙祷した。
「…………すまない。貴方方夫婦に……感謝を。今までありがとう」
右眼に突き刺さっていた剣を抜き、宙に浮かぶ剣共々床に突き刺した。
そうして瞬時に戻った右の視界でも、目の前の肉塊は変わぬ姿を見せている。
当然だ。それだけで変わるなら、戻るなら、俺はこんな所で自分を殺し続けるなんてしなかった。
「…………」
天井から砂埃が落ち、明確に罅割れる音が響き始めた。
もう出なければならない。
これらを外に運ぶ余裕は無いだろう。
運んだ所で、どこに埋めればいいのやら。
「………………行こう」
躊躇い、尾を引く自分に語り掛け、俺は両親達に背を向けてこの空間の外に繋がる階段へと足をかけた。
そして階段の終着点。地面をくり抜いただけの小さな食糧庫に辿り着いた時、崩壊した世界はその姿を消していた。
後に残るのは、何も無かったと言わんばかりの土壁のみ。
「……さらばだ」
自分にすべき事はもう何も無い。自分の起源を辿ることの意義も、奴と決着を付けることの意味も、自分にとって価値の無いものだ。
だから、自分がこれからする事は一つだけ。自分を殺す方法を探す事だけ。
この世に二度目の生を受け、頑張ると誓った孝行はもう、出来ないのだから。
最早俺がこの世界で生きる意味は、何も無い。