変身
「勇人……」
「っ……」
追い込まれるミラの痛ましい姿に顔を逸らす二人。助けたいという思いと、ギッテーノには敵わないという恐怖を抱き、勇人の表情が葛藤に揺れる。隣にいる優樹菜を守りたいという願いと、ミラがやられる姿をこれ以上見ていられない感情。それでも、戦える力が自分にないという罪悪感で勇人の体は硬直してしまう。
「勇人、私がミラちゃんを助ける。こんなの、嫌だ……」
「ちょっ!?」
このまま見過ごすことに耐えかねた優樹菜は、バッと勢いよく立ち上がり店の中から出て行こうとする。
慌てて優樹菜の腕を引き戻した勇人は優樹菜の体を抱き止めた。
「何してんだ! お前が今出て行っても──」
「できるかどうかなんて関係ないよ! 私はミラちゃんを助けたい!」
「どうして──」
どうして優樹菜はそんなに強いんだ。と言いかけた勇人は口を噤んだ。優樹菜の強い瞳に見つめられ、その覚悟を感じ取ったから。
迷っていた勇人は優しい恋人の言葉に葛藤する。感情を奪われてなお、その優しさは消えていない。その芯にある強さは変わっていない。勇人は知っていたはずだ。優樹菜が強いことも優しいことも。時には自分を犠牲にしてしまう危うさを持っていることを。身をもって守られ知っていたのに。
「俺は、弱いままじゃ嫌だ。今度は俺が優樹菜を守るために、強くならなきゃいけないんだ」
一呼吸の間に決心した勇人は、死地に向かう軍人の如き表情で優樹菜を見る。
「優樹菜、俺がミラを助けてくる。だから、お前はここから絶対出るな」
「勇人。ごめん、私のわがままで」
「俺も助けたいと思ってた。それに、俺はお前のことも助けたいから」
そう言った勇人は優しく優樹菜の体を抱き締めた。温もりをその胸に感じ、二度と忘れることがないように大事に抱える。
「充電完了。行ってくる!」
「行ってらっしゃい、気をつけて。無茶しないでね!」
勇人は意を決して飛び出していく。その背中に小さくエールを送った優樹菜は、手下たちにバレないよう隠れながら成り行きを見守る。
「ギッテーノ! 俺が相手だ!」
「む、なんだ?」
「君は!?」
仲見世通りに躍り出た勇人の声は、ギッテーノの背中を超えてミラの元まで飛んでいく。
「決めたぞ! 俺もヒーローになる!」
手下たちは急に現れた勇人に戸惑い、襲いかかるか迷っていた。
「生身で戦えるわけないだろ!? 変身しろよ!」
「どうすればいい!」
「叫べ! その腕輪が君の感情を力に変えてくれる!」
「分かった!」
いきなり出てきた勇人に困惑するミラだが、勇人の抜けたところに突っ込みつつアドバイスをする。その言葉を受け取った勇人はどうしようかなんて迷いはしない。自分の中にあるイメージをそのまま声に出す。
「変身!」
優樹菜を助けるため。ミラを助けるため。恐怖を、憂いを断ち切るために勇人は変身した。ブレスレッドを着けた腕を高く掲げる。勇人の言葉に反応した腕輪が赤い光を放ち、勇人の体を紅が包み込む。
力を求める勇人の強い思いがブレスレッドを起動させ、光が晴れると、変身を終えた勇人の姿が現れた。
「おお!?」
一瞬視界が明滅した勇人は、ガラッと変わった自分の姿に興奮気味に声を漏らす。お約束のごとく自分の体を見回して。
赤と黒を基調に、斜めのストライプ柄でミラの物と色違いになった衣装。だが、頭部の装飾はミラと異なり、目を覆うガードが左右で独立している。ミラよりも虫の目に近いイメージのそれは、深紅の輝きを放っている。
手を何度か開閉し体の具合を確かめた勇人は、不思議と力が湧いてくる感覚に戸惑う。ぐいぐいと体を捻ったり、屈伸したりと忙しない。
「よっし! 行くぞ!」
「次は貴様か。良いだろう。先に潰してやる!」
「君! エレメンタルブレードを出すんだ! 名前を呼べば出てくる!」
「おう! エレメンタルブレード!」
痛む体を抑えるミラの言葉を信じ、勇人は剣を召喚する。虚空から剣が現れ、ミラがしたように剣を手に収めると、勇人は剣が手に馴染む感覚を抱いた。
「おおおお!」
戦いの経験などない普通の高校生である勇人だが、体が勝手に動き、剣の構え方も様になっている。勇人から溢れるパワーが空気を熱し、蜃気楼のように周囲の空気を揺らめかせ、オーラを纏っているようだ。
「凄まじい力だ。これほどの力を持つ存在がこの星にいたとは。貴様を倒し、我が星の糧にしてくれよう!」
興奮するギッテーノは勇人へと突撃する。本気の刺突。勇人の胸を狙った一撃は反応が困難な速さで繰り出される。
「うおっ!? 危ねえ!」
長い手足を活かした攻撃だが、ギッテーノの予想通り、勇人は攻撃を見切り紙一重で躱した。恐れを抱くよりも早く体が動き、ギッテーノの義手を受け流していた。それは、勇人の意思とは切り離された、別人のような動き。
「我と渡り合える者がこの星にもいるとは、京楽だ!」
「だああ!」
叫ぶ勇人の感情がエレメンタルブレードに流れ込み、剣身に赤い光が線となって走り出す。だが、赤く光っているのは剣だけではない。溢れる力がオーラとなり勇人の体を守るように包み込む。
「私も、まだ戦える!」
奮戦する勇人に合わせるようにミラも動き出す。挟み撃ちを受けたギッテーノは唸るような声を漏らしながらも反応してみせる。
「神聖な一騎打ちを、よくも台無しにしてくれたなぁ!」
怒るギッテーノの力が増幅し、それに合わせるように体が肥大化していく。不釣り合いに見えた義手が、そこにあるのが自然だと思わせるように収まり、ギッテーノは怒りに任せて反撃を放つ。
二人はギッテーノに向かって、雄叫びを上げながら同時に斬りかかった。二人の感情が籠められた剣がギッテーノへと迫り、
「はああああ!」
上段からミラが斬り込み、勇人はギッテーノを右から襲う。だが、
「かてぇ……」
勇人の剣は義手に阻まれ、ミラの剣は腕のみで受け止められた。隆々とする筋肉とそれを覆う強化外骨格。強靭な硬さによりミラの剣が刃毀れを起こす。
「ヌゥアア!」
「きゃっ!?」
ギッテーノが腕を振り弾き飛ばされるミラ。それを案ずる隙も与えず、ギッテーノは勇人に斬りかかった。
「オオオオオオオッ!!」
「だああああああっ!!」
至近距離での高速の剣戟により二人の間に無数の火花が迸り、拮抗する力によってお互いの剣がミシミシと音を立て始める。
「ふんぐぁあああ!」
「ゼエェァァ……ヌゥ!」
ギッテーノの息が上がりだし、徐々に勇人が押し込み始める。勇人の烈火の如き猛攻に、ギッテーノは唸る。しかし、
パリンッ……!
「なっ!?」
甲高い音を響かせながら、勇人の剣が先に寿命を迎えてしまった。
「セエエアッ!」
「ぐふっ!?」
咄嗟の出来事に虚を突かれた勇人の鳩尾に、ギッテーノの拳が抉るように決まった。腹から空気が抜け、意識を途切れかけさせた勇人は上空に打ち上げられた。気合いだけでなんとか持ち堪え、勇人は獰猛な獣のような視線でギッテーノを睨みつける。
下を見れば、ギッテーノが勇人に銃口を向けていた。その顔は勝利を確信した喜びに満ちている。
「負けて、たまるかあああああ!」
叫ぶ勇人は自由落下を始める。上に向かっていた体に重さが戻り、重力に身を任せて下にいるギッテーノへと引き寄せられる。
「君! これを!」
打ち上げられてなお諦めない勇人に、ミラは自分の剣を投げ渡す。
「終わりだ!」
ギッテーノは銃口を勇人へと向け、義手についた銃の撃鉄を起こす。ニヤリと笑い勝利を信じて疑わず、フルオートの射撃を勇人へと浴びせた。しかし、空中で受け取った剣を盾に、勇人はギッテーノの放つ銃弾全てを防ぎ切り、
「ギッテーノオオオオ!!」
「なっ!? グアアアアアアッ!?」
勇人は勢いそのままに、剣をギッテーノの肩から脇に目掛けて袈裟斬りに振り下ろす。だが、剣は肩口で止まり浅い攻撃になってしまう。
「てやあああっ!」
と、すかさずミラが踵落としを剣の上から叩き込み、ギッテーノの体へと無理やり押し込んだ。
「……み、見事だ」
体を真っ二つに斬られたギッテーノは、満足げにそう呟き絶命した。
激闘を制した二人は、疲労困憊の中、ドサリと腰を下ろし拳を合わせる。
「サンキュー」
「こちらこそだよ。君ならやってくれると思ってた」
「ははは。俺、戦えるかな?」
「もちろん!」
まだ不安を抱えている勇人はそう問う。その言葉を聞いたミラは満足そうな笑顔を浮かべながら親指を立てる。仮面の下からでも分かるほどに穏やかで楽しげな声音に、勇人も同じように笑った。
「ん? サイレン?」
「やばいっ! 私は先にトンズラするね! 君も早く逃げた方がいいよ!」
「お、おう!」
慌てて立ち上がった二人はそそくさと逃げ出した。ミラは虚空へと消え去り、勇人は変身を解いて優樹菜の元へ。ギッテーノの死体はいつの間にか手下たちによって回収され、倒れる人々と破壊された街並みだけが浅草に残された。後にやってきた警察とマスコミによって、この事件は全国的に知られることとなる。