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襲来

「ずっと、優樹菜のことが好きだった」


 夏のような暑さを感じる五月。大型連休明けの放課後、通学路の途中にある公園で楠木勇人は告白した。勇人の隣でベンチに腰をかけているのは小学校からの幼馴染、高畑優樹菜だ。


「…………ぇ?」


 沈黙、困惑。茶色い長髪で作られたお団子ヘアを撫でる優樹菜は、告げられた言葉を理解するように一呼吸置いて、


「私でいいの!?」

「優樹菜以外に、いないから」


 彼女の返事に、勇人は照れ臭そうに顔を伏せる。黒い前髪が切れ長な猫目を隠し、朱に染まった勇人の表情もカーテンのように覆い隠した。


「ホントッ!? やったー!!」


 そんな勇人を尻目に、驚く優樹菜は声を大にして喜んだ。


「超嬉しい! 私も勇人大好き!!」


 飛び跳ねながら告白し返す優樹菜は喜びを体で表現する。二人で腰掛けていた日陰のベンチからばっと立ち上がり、日の下に出た優樹菜は、


「勇人大好きー!!」

「ちょっ、バカ! 何叫んでんだ!」


 慌てて止めようとする勇人だったが、優樹菜の声は公園の隅々まで響き渡っていた。遠くで練習している中学生のテニス部がその手を止め「なんだなんだ」と振り返っている。


「勇人。いつから私のこと、女の子として好きだった?」


 優樹菜は天真爛漫の笑顔で問う。近所で両親の仲がいいというおかけで、二人は毎日のように一緒に遊んでいた。親友のように近い関係から、異性として相手を意識したのはいつだろうかと。


「いつからって……知らねえよ!」


 勇人は逡巡の後、昔のことを思い出して小っ恥ずかしくなり、りんごのように赤くなった表情を見られないように、ぶんと顔を逸らした。


「じゃあ、私と一緒だ」

「え?」

「勇人とはずっと一緒にいるから、それが当たり前みたいで。だから、いつからかなんて分からない。でも、最初から好きだったよ」


 勇人が振り返ると、優樹菜は満面の笑みを浮かべていた。日陰から飛び出した優樹菜の頬が赤いのは太陽のせいだけではないだろう。見慣れたはずの優樹菜の笑顔に不意にドキリとした勇人は、まともに顔を見られず顔を背けてしまう。だが、脳裏にわんぱくで爛漫な優樹菜の笑顔が浮かび、もう一度優樹菜を──


「これから──」


 言いながら優樹菜の方を振り返った勇人は、目の前の光景を理解しかねて言葉を失った。


「とても大きな感情だァ」


 優樹菜の背後に突如として現れたそいつは、怪しげな黒い風貌で鉄輪のようなものを優樹菜の頭上に構えていた。


「優樹菜!?」

「え……」


 一瞬だった。優樹菜の体から橙色の靄のようなものが現れ、鉄輪の中に吸い込まれていった。オーラとでも呼ぶべきか、そのオーラは鉄輪を潜ると、不審者の手元で球状の物体へと変化した。


「お前、誰だ!? 優樹菜に何した!?」


 勇人は慌てて自分の元へ優樹菜を引っ張り、異様な風貌の人物に怒声を浴びせる。

 二人の前にいる人物は、全身が黒く武士が纏う甲冑のような外装をしていた。二メートルを超える巨躯が二人に威圧感を与え竦ませる。鬼のような形相で目だけが不気味に光り、中の顔までは分からない。声から男だということだけが判断できる。


「会話の成立する知的生命体。文明レベルも悪くないようだな」

「何を言って……?」

「しかし、僥倖だ。これほど強いエネルギーを持っている存在に、こんなに早く遭遇できるとは」

「っち。おい、優樹菜。大丈夫か?」

「……え。う、うん」


 話の通じない男を無視して、勇人は優樹菜を気遣う。突然意味の分からない現象を目にし、勇人は気が動転していた。だが、たしかに優樹菜の体から何かが出たのを目にした。決して幻覚などではなく。


「顔色悪くないか?」

「そう?」


 優樹菜の顔を覗き込んだ勇人は、その表情が先ほどより心なしか顔から生気が抜けているように感じた。


「お前……さっき優樹菜に何をした!」

「貴様に興味はない。失せろ」

「あ?」


 眉間に皺を寄せる勇人だったが、男は勇人を退けるように拳を放った。不意打ちの裏拳は、勇人の顔に命中し体ごと弾かれる。


「痛っ……」


 勇人は受け身を取る間もなく地面に転がされてしまい、制服が土で汚れ、切れた唇から血が流れる。


「勇人、大丈夫!? いきなり出てきて何すんのさ! 勇人に謝って!」


 起き上がろうとする勇人に駆け寄った優樹菜は、心配から一転、怒りを顕にして立ち上がった。身長二メートルを超える大男を前に、優樹菜は一歩も引く気はないと男の面を睨みつける。


「素晴らしい! 怒りまでもがこれほどのエネルギーを有しているとは!」

「何わけ分かんないこと。早く勇人に謝って!」

「優樹菜! 俺はいいから、そいつから離れろ!」


 勇人が忠告をするも、怒る優樹菜は全く引かない。勇人が傷つけられたことが何よりも許せないと、男を睨む目が語っている。だが、その判断により、男が再び優樹菜の頭へ鉄輪を翳すことになる。


「優樹菜!?」


 再び優樹菜の体からオーラが抜け出ていく。先ほどとは違い今度は赤色の靄。それは、やはり球状の物体へと変わり、男の手中に収まった。


「ふははは! これは素晴らしい。もっと見せてみろ、お前の感情を!」

「優樹菜、大丈夫か!?」


 優樹菜はより一層顔色を暗くしふらりとよろける。男を睨みつける目には先ほどよりも力が篭っていないように見える。


「さて、次は……」


 男は、優樹菜に肩を借し逃げようとする勇人へ視線を向けた。


「貴様がトリガーか」

「優樹菜、行くぞっ──うぐ!?」

「勇人!?」


 男は勇人の首を掴むと、そのまま片手で軽々と持ち上げた。足が地面から離れ、勇人は苦しそうに踠く。


「勇人を離して!」


 男の腕を下ろそうと組みつく優樹菜だったが、男はびくともせず、勇人の首がギリギリと締めつけられていく。


「やめて、勇人が死んじゃう!」

「いいぞ、もっとだ」


 楽しげに笑う男を止めようとする優樹菜は、涙を流しながら懇願する。

 勇人の意識が途切れかけた時、ようやく男は勇人を投げ捨てた。


「がはっ、はあ、はあ、はあ……」

「勇人!?」


 涙で顔を濡らす優樹菜は、寄り添うように勇人の傍に膝をついた。首を抑えている勇人を抱え、意識があるのを確認すると、

「勇人に謝ってよ……絶対許さない」

「哀しいか、小娘。だが、貴様はその感情を失う。ならば、今抱く痛みも消えてなくなる。安心しろ」


 そう言って、男は再度、優樹菜の頭上に鉄輪を翳す。

 優樹菜の体から青いオーラが抜け出し、鉄輪を通って球状へと変化する。計三つの玉を手にした男は、掌の中で玉を弄びながら愉快げに口角を釣り上げた。


「おまぇぇぇえっ!! 優樹菜に何した!?」


 三度の不思議な光景。それに伴う優樹菜の不調。どう考えても目の前の男が原因で間違いない。確信した勇人は怒りに震えながら男を睨みつけた。


「これは……意外だな。貴様もなかなかいい力を持っているではないか。互いの存在がトリガーとなっているのか」


 怒る勇人に楽しげな視線を向けた男は、鉄輪を持った手を勇人に向け距離を詰めてくる。

 優樹菜を庇うようにして立ち向かう勇人だが、恐怖で足が竦んでいる。その恐怖を殺すかのように唇を噛み締め、虚勢いっぱいに男を睨む。


「その感情も頂いて──」


「その二人から、離れろぉぉぉおっっ!!」


 三人の耳に怒鳴り声が聞こえたと同時。


「ぬぐぉ……!?」


 男は虚空から現れた何者かに飛び蹴りを喰らわされ、地面に線路のような足跡を残しながら弾き飛ばされた。あり得ない威力の蹴りを男は間一髪、腕を交差して防ぎ驚愕に目を見開いた。


「何者だ?」

「私はヒーロー。この星を救いに来た、あなたたちの敵よ!」


 問われたその人物は男を指差しながらビシッと言い放つ。フルフェイスの仮面に、コスプレのような衣装を身に纏った少女だった。顔は見えないが、体のラインや声から少女だと察する。

 少女の見た目を一言で表すなら、


「仮面、ライダー?」


 勇人は優樹菜を庇いながら見上げた少女をそう呼んだ。

 勇人と優樹菜を背に守る少女は快活に「もう大丈夫!」と二人を気遣うように言った。


「ヒーローだと?」

「名前は……ギャラクシーとでも名乗っておくよ。あなたたちを倒す者の名前、覚えておきなさい!」

「ふん、まぁいいだろう。必ずまた来る。次に会える時を楽しみに待っているぞ。少年」


 男はそう言って、現れた時と同じように歪む空間の中へと消えていった。その異常な光景を前に、勇人と優樹菜は唖然とする。


「二人とも、大丈夫?」

「あぁ……うん。ありがとうございます」


 勇人は絞められていた首を摩りながら謝辞を述べ、優樹菜も勇人に倣うように頭を下げた。


「遅れてごめんなさい。それで、あいつに何かされなかった?」

「何か? ああ。優樹菜が、変な輪っかを頭の上に翳されて──」

「遅かったか。そうね、たしかに、波を感じないわ」


 少女は労るような手つきで優樹菜の肩に触れる。


「あの、あいつは何なんですか。あと、あなたも。優樹菜は大丈夫なんですか? 体に異常はないみたいですけど……」


 勇人の隣で大人しくしている優樹菜。突然の出来事に呆然とし言葉を失っている。いつもの天真爛漫さが鳴りを潜め、借りてきた猫のようにしおらしくしている。


「落ち着いて聞いてほしいの。こっちの彼女は、奴に感情を奪われた」

「感情?」

「ええ。見たところ、喜怒哀楽のうちの三つ。喜び、怒り、哀しみ。この三つを、彼女は感じなくなってしまった」

「は……?」


 勇人は戸惑い、真偽を確かめるように優樹菜の顔を伺った。

 優樹菜は申しわけなさそうな目で、俯きながらポツリと呟いた。


「その人の言ってることはたぶん本当。さっき、あんなに嫌なことされて、怒って哀しかったのに、今はそれが何にもないの。頭ではあいつのことを許せないって思ってるのに、力が出ないっていうか……」


 優樹菜は、勇人を傷つけたこと男が許せない。そう語りながら、しかし、険しい瞳に力が篭っていないように見えた。やる気が根こそぎなくなってしまったかのような虚無感に、脱力している。


「優樹菜は、どうなるんですか?」

「身体的に障害があるわけじゃないから、今まで通りの生活は送れると思う。ただ、少し人が変わったようになってしまうかもしれないけど」


「そんな……」

「元から感情が希薄な人ならあまり影響はないと思うけど、元が活発な性格だったりすると、本当にガラリと変わってしまうから恐ろしいの。でも、全ての感情が奪われなくて良かった。全部奪われていたら、廃人になってたから」

「廃人……」


 少女の言う可能性の話に、勇人は想像しただけで怖気づいた。


「優樹菜の感情は、どうにもならないんですか?」

「分からない」


 首を横に振る少女の回答に勇人は絶句した。今まで共に過ごし好きになった優樹菜。怒ったり泣いたり笑ったり。コロコロと表情が変わる優樹菜が好きだった。それがもう見られないかもしれない。自分が好きだった優樹菜がいなくなってしまう。そして何より、優樹菜自身が日々の体験に心動かされることがなくなってしまうかもしれない。


「許せねえ、あの野郎」


 怒りと復讐心が沸き立ち勇人は拳を強く握りしめる。爪が掌に食い込むが、やり場のない怒りを抱える勇人はそれを気にする余裕もない。

 優樹菜を心配する心とは別に、優樹菜をこうしたあの男が許せなかった。

 そんな勇人の心を見透かしたかのように、少女が口を開いた。


「私と一緒に、戦ってくれない?」

「……え?」

「私はあいつらと戦っている。もしかしたら、あいつらなら感情の戻し方を知っているかもしれない。私と組んで、奴らと戦おう」


 少女はそう言いながら、変身を解いた。


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