4.始まり
お父様が再婚されてから1年半が経った。
先日義妹も産まれ、一層この家は賑やかになった。
エレン、可愛かったな〜。
おかしいな……。
私は時計を見て、そう思う。
もう、お菓子の時間。
ルーラがいつもお菓子を持ってきてくれる時間。
今まで持ってこなかったことはなくはないが、そういう時は事前に言ってくれていた。
今回はそれがない。だからおかしいのだ。
トントン
続き部屋のドアをノックする。
? 何も返って来ないってことは、いないのだろうか。
「ルーラ? 入るわよ。」
ガチャ
やはり、ルーラは部屋にいない。
お菓子を厨房に取りに行ったからいないのだろうか。
だとしたら、まだ私の所に来ないのやはりはおかしい。
私はとりあえず、厨房に行くことにする。
継母様がここに来られてからまずされたことは、新しく侍女を雇うことだった。
この家には元々、ルーラと料理長、それと数人の侍女がいるだけだった。
それだけだと、侍女たちの負担が大きいのではないか、そう継母様が言われたのだ。
使用人思いの奥様─家の中での継母様への評価はかなり高かった。
私もそう思う。
ほんと、お父様はいい人と出会えたな。
「違います! 私は誓ってそのようなことはしていません!!」
厨房に向かう途中、執務室から叫び声が聞こえる。
この声は、ルーラ!?
「嘘をつくと、罪が更に重くなりますよ、ルーラさん。」
今の声は……継母様?
「罪…ってなんのことですか?」
私は部屋に入る。
「エラ。」
お父様と継母様が少し驚く。
「すみません、立ち聞きしてしまいました。」
「構わないわよ。このことは、エラにも関係があるのだから。」
「……、どういう、ことですか。」
なんとなく、予想はついている。
でも、そうであって欲しくない。
そう思いながら、私は訊く。
「ルーラが貴女を陥れようとしていたのです。証拠もありますよ。」
「!? ルーラはそんなことをする人ではありません。
何かの間違いです!!」
「可哀想に、貴女は今まで騙されていたのよ。
でも大丈夫、今日この娘は追い出すから。
辛いでしょうけど、貴女のためなのよ、エラ。」
「違います、違います!!
ルーラは私を大切に、まるで本当の母親のように育ててくれました。例え私が悪さをしたとしても、決して見捨てませんでした。私の血のことで、何か言うようなことも……!
ルーラは、ルーラは…!」
次の言葉を言おうとするけど、涙が出るだけで、言葉は出てこない。
「可哀想に、エラ……。
でも、証拠もあるんだ。レギーナの言っていることは本当なんだよ。」
お父…様まで……。
「レギーナ、ありがとう。
君のおかげで、エラを守ることができたよ。」
「妻として、母として、当然のことをしたまでですわ。」
駄目だ、お父様は継母様のことを信じ切っている……。
ルーラは、もう諦めてしまったのか、その場で項垂れている。
「ルーラ、お前は今から部屋に行き、荷物をまとめたらこの家から出なさい。
二度と戻ってこないように。」
「かしこまり、ました……。」
ルーラは部屋を出る。
私に、私に、もっと…
「エラ、辛いだろうが、必要なことなんだ。
わかっておくれ。」
「……、わからない……。」
「え?」
「わからないわ、お父様!」
「! エラ!!」
私は執務室を飛び出し、ルーラの部屋に行く。
ガチャ
「ルーラ!」
私はドアを開け、数秒立ちすくんだ。
元々物が少なく、寂しかったルーラの部屋がより一層物がなくなっていたからだ。
本当に今日出るのだと、実感させられる。
「お嬢様。駄目ですよ、来ては。」
そう微笑んだルーラは…とても、寂しそうだった。
私は堪らなくなり、ルーラに抱きつき、小さな子どものように泣き出す。
「ごめん、ごめんなさい。
私、貴女を守れな、かっ……っ……」
少しの間、ルーラは驚くが、すぐにふわっと笑い、私の背に手を回す。
「お嬢様の所為ではありませんよ。」
ルーラが優しく、そう言う。
「これから、色々、大変なことが起きるかと思います。
それでもどうか、生きてください。」
「うん、うん……」
私はその本当の意味を考えることなく、頷いた。
「お嬢様、9年間、ありがとうございました。」
ルーラの声は、震えていた─。
ルーラが家を出た後私は、自分の部屋に引きこもり、ルーラの出た外をただただ眺めていた。
必ず、またルーラに会おう。
私は、家の前の道を通る業者の馬車を眺めながら、そう思った─。