高貴な髪
アリサは昨夜寝れなかった。
しかしまずは仕事。アリサは朝食をもらいに食堂に向かった。
「おはようございます」
アリサがそう言ってネリーの隣に座った。
「やっぱりアリサはいいところのお嬢さんなのかい?」
言われたことが理解できずアリサはきょとんと眼を見開いた。
「うちは普通の商家ですが」
アリサの実家は父親が商工会の役員兼金物屋だ。
アリサの家では店先に鍋やら包丁やらを並べる仕事をしていた。
兄達は金物を作る仕事をしており、町はずれに工房を構えている。
商家としては割合裕福な方だと思うがいいところのお嬢さんと言われるほどいい暮らしはしていないと思う。
「あの笛を吹いていただろう」
アリサは小さく頷く。
「楽器を習うなんていいところのお嬢さんくらいだし」
アリサの暮らしていた街では神殿に音楽を奉納するという催しがあり、子供のころから楽器の演奏を習わされる。
家にはリュートがあり、母もよく弾いていた。
笛は本来は男の楽器なのだが。アリサは笛を希望した。
「よくわからないのです、私はお母さんから習いましたけど」
「そうか、おじいちゃんの代で没落したんだね」
誤解はそのままにしておこうとアリサは無責任に思う。それに本当の事情はこの屋敷の主が知っているはずだし。
「でも、没落する家って多いのですか」
「まあ、いろいろだよ、奥様もお爺様の代でにっちもさっちもいかなくなったらしいし」
奥様の思わぬ過去を聞いてしまった。
いかにもおっとりとしていていいところのお嬢さんだったと思われる人なのだが。
「何でもはやり病でご両親を相次いで無くして、このままでは野垂れ死にというところで旦那様に引き取られたんだよ」
「ええともともと親交があったのですか」
アリサの質問にネリーは鼻で笑った。
「違うよ、旦那様は下級貴族だったんだけど、財産を先々代がしこたま儲けたわけ、それで古い名門の奥様をってわけ」
「もしかしてあのご夫婦仲悪いのですか」
思わず不安になるが。
「いやあ、奥様がおっとりした人だから、まあなんだかんだで普通に仲のいい夫婦だよ」
アリサの取り越し苦労をネリーは笑い飛ばす。
「それにその髪」
アリサの銀髪をネリーは指さした。
確かに船から降りて以来あまり淡い髪色を見ていない。もしかしたら淡い髪はこの大陸では珍しいのかもしれない。
「貴族以上にしか銀髪はいないよ」
それは初めて聞いた。銀髪はアリサの住んでいた場所では貴賤の血がいなくいたのでそんなに特別だとは思わなかったのだ。
「目立ちますか?」
仕事上あまり目立つのはよろしくないのかもしれない。
「髪、染めたほうがいいでしょうか」
髪が伸びるたびに染め直しをしなければならないので面倒だけど、仕事に差し支えるなら仕方がない。