夜にさまよう
アリサはネリーについて屋敷の案内や別の使用人にあいさつ回りをしたりして一日を過ごした。
そして食堂で賄いを食べることになる。
「やっぱりあったかいご飯美味しいですね」
ずっと保存食で食いつないでいたので煮込み料理はごちそうだった。
「ずいぶん遠くから来たんだね」
「ええ、だいぶ遠かったです」
「そうだね、変な訛り、どのあたりだろう」
アリサのぎこちない発音を訛りだと判断したらしい。まあそういう誤解はむしろありがたい。
そういえば、この屋敷の中で奥様一人だけが淡い金髪だと思った。
アリサの周りはみんな銀髪か金髪だったので黒い髪は珍しい。
そういえばミリエルのそばに黒髪の女官が付き添っていたがあんなに真っ黒な髪は珍しいと思っていたがこちらでは黒髪は珍しくないようだ。
「まあいいさ、仕事はちゃんとしてくれるならね、奥様のお相手はできるね」
「はい」
アリサの明日からの仕事は奥様の朝の着替えの手伝いとお部屋まで食事を持っていく。そして子守り。
ごく普通の女中仕事だった。
「奥様がオルガンを鳴らすけどその時はあまり近づかないように」
「はい、でもどうして」
「あれは高価な楽器だからだよ」
一番の古株だという中年の料理女がそう言った。そしてその夫だという庭師も追従した。
「わかりました」
オルガンはアリサの母国にはない楽器だ。
ちょっと興味があったがそれはあとにすることにした。
アリサは夕食の後することもないので自分の部屋に戻った。
ミリエルにもらった白紙を連ねた本。
結構分厚いそれに今日会ったことをしたためることにした。
書くことはさしてないが、仕事内容などのことを思い出しながら書いていく。
これはこの国で使われている旧語で書いた。
見られても怪しまれないようにだが、そのような用心をする必要があるのかと疑問に思う。
書くことはそうないのでまた暇になった。
それでアリサは別のものを取り出した。
細長い金属でできた笛をアリサは手に持つと部屋を抜け出し中庭に出た。
すでに誰もいなくなったそこでアリサはそっと笛に唇をあてた。
息を吹き込むときあまり大きな音を出さないように加減してアリサは子供のころから吹いてきた曲を奏でた。
しばらくアリサは無心に演奏をしていた。
金属の笛は小鳥の鳴き声より甲高い小さな音を立て続けた。
アリサが背後の気配に気が付いたのはそれからしばらくのこと。
アリサは気づかないふりで笛に指を走らせた。
背後の気配が動いたときアリサはとっさに笛を吹くのをやめとびすざった。
アリサは夜目が利く相手の方を少し腰を落とした姿勢で窺う。
それはアリサと同じ銀髪をした若い男に見えた。顔はよく見えない。
銀髪の使用人はいなかった。だとすればこの相手は侵入者だろうか。アリサは油断なく笛を構えた。
アリサの笛は剣ぐらいは受け止められるほど頑丈に作ってあった。
相手はまるで風のように消えた。アリサは唇をかむ相手の去る姿を見極められなかった。