奥様
アリサは奥様付きの小間使いという仕事なので奥様にご挨拶に向かった。
先ほどの主と同年代の茶色い髪の男がアリサを案内してくれた。
この男は執事にしては案外若い。執事というとかなり年配の男性を想像する。基本的に年月をかけて成り上がる職業なので執事になるころには結構な老齢になっていることが多いからなのだが。
そのあたりを想像すると、この家はかなり早く成り上がったのではないだろうか。
代々続く名門なら、若いうちから働きに出て執事に出世という形になる。成り上がったのが最近なので使用人のうち上位の人間が執事として扱われているのではないだろうか。
奥様の部屋に向かう廊下も黒っぽい岩石でできていたが、床には緑の絨毯が敷き詰めてある。
模様も簡素で質実剛健な雰囲気を醸し出している。成金のわりに成金臭さのない屋敷だな。
そんな失礼なことを考えながらアリサは奥様の部屋に入った。
奥様の使っている部屋は壁は漆喰でクリーム色に塗られ、敷物は先ほどと違い茶色、隅に寝台と化粧台が置かれている。
割合こじんまりとした部屋だ。
そして奥様も大変こじんまりとした方だった。
自分とさして変わらない年に見える。そして小柄で金色の髪を後ろでまとめてハーフアップにして淡い色会の飾り気のないドレスを着ている。
美しいというより可愛らしい顔立ち。やや垂れた丸い青い目があどけなさを醸し出している。
どれだけ年の差？ 思わず先ほどの旦那様の顔を思い出しギャップに苦しむアリサだ。
「何か？」
奥様はほのぼのとした笑みを浮かべる。
「アリサと申します、これからよろしくお願いします」
「そう、よろしく、私はシンシアよ、それと子供たちを紹介するわね」
そう言って背後にあった小さな扉を開く。
「隣は子供部屋になっているの」
扉からは幼児が二人出てきた。
一人は男の子一人は女の子、二人ともそっくりな顔をしている黒髪なところを除けばとても母親似だ。
「いくつですか？」
「三つよ」
子供たちも指を三本立てている。
奥様は何歳ですか、そう聞きそうになってかろうじてこらえる。
女性に年を聞くのは最大のタブーだ、そして見た目通りの年齢を言われたらもっと怖い。
物凄く幼く見える成人女性に違いないとアリサは信じることにした。
「ああ、仕事のことはネリーに聞いてちょうだい、ネリーは来月お嫁に行くのよ」
小間使いが嫁に行くからと新しい小間使いをあれだけの高額な旅費を払って連れてきたことをこの人は知っているだろうか。
アリサは少し悩んだが気持ちを切り替えた。
奥様は子供たちの頭を撫でてやりながらにっこりと笑う。
「この子がマティス」
男の子に向かって言う。そして女の子の頬を撫でて言った」
「この子がマティルダ」
「マティス坊ちゃん、マティルダお嬢様よろしくお願いします」
子供たちは物珍し気にアリサを見ていた。
「奥様、この子に仕事の内容を教えますので」
扉が開いて新たな人物が入ってきた。
「私がネリーよ、短い間かもしれないけどよろしくね」
ネリーはかなり大柄な女だった。それも出るところは出て引っ込むところはしっかり引っ込んだ肉感的な体の持ち主の。
大ぶりの目鼻立ちは華やかでぎりぎり下品に落ちないでいた。
「アリサです、よろしくお願いします」
そして上目遣いにネリーを見た。
「言いたいことはわかるわ、奥様は異様に若く見える体質なだけよ」
ネリーはそっとアリサの耳元に囁いてくれた。
