窮屈な城
ざっと数人の女たちが一斉に腰を落とし貴婦人に一礼する。
その所作はまるで騎士のように一糸乱れず。
貴婦人はアリサに手を貸して、豪華な馬車に乗せてくれた。
「おばさん、ミリエルおばさんですか?」
貴婦人ことミリエルおばさんは頷いた。
「座りなさい、馬車が動きますよ」
言われてふかふかのクッション付きの座席に座る。
ミリエルの着ているものと言い馬車と言いそして貸しづいている侍女たちと言いどう考えても大貴族の奥方様としか思えない。
「言っておくけれど、お前の両親とは従妹じゃないわ」
だよな、いくらなんでも大貴族がうちの親戚とかありえないしと思ったが続いた言葉は斜め後ろだった。
「正確には、又従妹よ、私の祖父の妹の孫がお前の母親、私の祖母の弟の孫がお前の父親、二人ともだから親の従妹でもいいけれどね」
「なんで貴婦人なんですか?」
根本的なところを聞いておきたい。
「私の母親が偉い人の妾になったからですよ」
短いがとてもわかりやすい説明にアリサは頷く。
髪の色はアリサより黄色っぽいがどことなく母と似ているような気もする。
「だけれど、私と二人だけの時はいいけれど、ほかの人がいるときは口をつぐんでいなさい。それに私のところにいるのもそう長いことではないから」
そうだ。おばさんにはしばらく泊めてもらうだけだ。これからアリサは船に乗って遠い国に行く。
「ちょっと窮屈だろうけれど、しばらくのことだから我慢してちょうだい」
馬車は山を抜け平地を走り、街に入った。
そしてとても大きなおそらくこの街で一番重要な道だろうというところを走り目の前に見えたのは巨大な城門だった。
アリサの口がぽかんと開いたまま閉じない。
城門の向こうは広々とした庭園が広がり、ひときわ高い巨大な建物とその周辺に低い建物が立っていた。
ややすすけていたが巨大さだけでアリサを圧倒するには十分だった。
「あれ、窮屈?」
あんな巨大な建物に窮屈な部屋などあるのだろうか。
思わずそう思ったがミリエルは意味深に笑っていた。
「食事は部屋に届けるから、寝る前におばさんと少しお話ししましょうね」
ミリエルはそう言って。お仕着せを着た使用人の青年にアリサのことを任せて侍女たちを引き連れて去っていく。
アリサは茫然とその後ろ姿を見つめるしかできなかった。
アリサが案内された部屋はアリサが実家で与えられていたスペースの倍以上の広さがあった。
「これのどこが窮屈なんだかな」
アリサは首をひねる。
ベッドのわきにイスとテーブルが用意されており、食事をとるのも支障はなかった。
たぶんここより立派な部屋はいくつもあるんだろうけれど、ミリエルはもともとアリサの住んでいた町で暮らしていたのだ。この部屋が広すぎるくらい広いのはわかっているだろうに。
そろそろ寝間着に着替えようかと思ったころ合いにミリエルは訪ねてきた。
「アリサ、お前どうしてあんな遠い国から奉公の話が来たか不思議に思わなかったかい?」
ミリエルはさっき見ていた貴婦人のドレスを脱いで簡素な藍色のドレス姿だ。
結い上げていた髪もゆるくまとめている。
その恰好がまるでアリサの母のような口の利き方をさせたのだろうか。
そしてミリエルの言葉をもちろんアリサは疑問に思っていた。