過酷な現実
一触即発そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
アリサは出るべきか悩む。こんな場所で出るわけにもいかないだろうしさすがにこの規模の舞踏会なら警備の一人も雇っていないわけがない。
アリサはお手並み拝見と誰かがやってくるのを見ていた。
殺気に似たにらみ合いはしばらく続いた。
だがわざとらしい笑い声が響く。
「これはこれはソロモン司祭、女神の誉れあらんことを」
そう言って現れたのは栗色の髪の中年男だった。
どうやらこの屋敷の主であるらしい男はこっけなくらいへりくだったありさまで司祭たちに礼拝する。
「いや、我々としてもあのようなね」
そう言ってザイーフ人たちを見る。
「ですがまあ、時流には乗らねばなりませんから」
そう言ってみるのは旦那様だ。どうやらザイーフ人と深いつながりがあるらしい。
奥様は旦那様に向かって慌てて歩いていく。
「カーライル卿、あのような女神のお眼鏡にかなわぬ輩と親しくするのは感心しませんな」
そうか、旦那様の名前はカーライルだったのか。そう言えば旦那様の名前を知らなかった。
周りのおぜん立てのまま雇われてしまったので重大なことを確認するのを忘れていた。
自分の失策に気づいて少々自己嫌悪を覚えた。
「実利というのは重大なのですよ」
旦那さま、基カーライルはそう言った。そこに嘲るような色を見てああこれは挑発しているなとアリサは思った。
宗教家と貴族のやり取りはアリサのいた故郷と全く違うらしい。
アリサのいた国では宗教家と貴族は持ちつ持たれつだった。だがもともと商業で身を立てている国家だ。異教徒を迫害するということもなく所定の料金さえ払えば安全は保障され虐げられることもなかった。
アリサのいた国で最も敬虔な信者のいた神は現金だったかもしれない。
どうもこの国ではそのあたりがぎくしゃくしているようだ。
本当に火種があっちこっちにくすぶっている。
あんまり大きな火種になると支払い能力の問題が出てくるんだよねえ。
アリサは戦争が大きくなりすぎて国すべてが焼け野原になってしまえば元も子もないが戦っている者達はそうした理性を働かせることはあまりないのだ。
「そのあたりを確認しておかないと」
とにかく先ほどの穏健な雰囲気は完全に消えた。
奥様とザイーフ人、その両者を聖職者たちは見比べている。
奥様、シンシアはそっと手を組んで祈りの言葉を呟きつつ背後に夫をかばう。
夫が聖職者たちに睨まれているのをわかっていて、それでもあくまでも夫を味方するという姿勢だ。
そして、そんな二人を何やら不穏な目で見ているのは他の貴族たちだ。
どうやら想定以上に旦那様もといカーライル卿は立ち位置が微妙なようだ。
情報、どこで集めればいいんだろう。
アリサは軽く頭を抱える。どうして事前情報をくれなかったのか。おばさん不親切が過ぎませんか。と海のかなたのミリエルを少し恨んだ。
ミリエルとしてはアリサを鍛えるつもりだったのかもしれないが。かつて血だまりの少女と言われた貴女と同じ扱いをされる器じゃないとアリサは思う。
というよりアリサのような新人はもっと簡単な任務から始めるものではないだろうか。王宮に勤めた場合も先輩の武装女官の補佐が主な仕事だが。