舞踏会はきな臭い
アリサは舞踏会の会場に出入りは許されていなかった。使用人控室で舞踏会の様子を伺い見るだけだ。
使用人控室は舞踏会会場のすぐ横にある。主に呼ばれたらすぐに行ける場所ということだ。
その場所にはアリサと同じように控えている女中や小間使いがみっちりと詰め込まれている。最低限の同線は確保されているが座ることもできそうにない。
人いきれによる酸欠を起こしそうになりながらアリサは開け放たれた扉から舞踏会の様子を見ていた。
そしてアリサがいいところのお嬢さんだと誤解を受けた理由が薄々気が付いてしまった。
シンシアもそうだが貴族と思われる人間のほとんどが薄い色の髪をしている。アリサのように混じりけない銀髪こそいないが淡い金か濃くても薄茶どまりだ。
ついでに言えばネリーはアリサのいるところでは珍しいくらいの真っ赤な髪をしている。
他の使用人も焦げ茶か黒髪。
そしてそんな中黒髪や焦げ茶の髪をしたものが少数混じっている。
アリサの主である旦那様は黒づくめを通しているが、ほかの黒髪や焦げ茶髪は何となく成金っぽいのだ。
これ見よがしに大きな宝石を襟元に止めていたり、大きく折り返した袖口にみっちりと金糸で刺繡していたり。
これ見よがしに派手な格好をしている人間が多いのだ。
そして薄い髪色の貴族は細部に凝った装飾を愛用しているものが多い。
先ほどと追った錦パ鬱の貴婦人は一見すると無地に見えるドレスを着ているが、光の加減で淡く模様が浮き出して見える。
織模様のドレス。これは普通の織物を作る倍以上の手間暇がかかるのだ。一着で華やかな金糸の刺繍をしたドレス三着分はかかる。
アリサの生まれは商人街その近所には職人街があったのでそうした目利きは自信があった。
アリサの眼付をネリーがとがめた。
「値踏みするんじゃないよ」
「商人の私に値踏みをするなとは」
「商人はあんたの親だろう、今のあんたは小間使いだよ」
ちっと小さく舌打ちしたアリサは息をひそめて耳を澄ませた。
使用人はいつでも呼ばれたら出られるようにおしゃべりは最小限ほとんど無言でただ立っているだけだ。
これ見よがしに派手な格好をしている成金と決めつけた相手を小声で嘲笑う多分古参貴族の声が聞こえた。
どうやら古参貴族の勢力が弱まり下級や成金が台頭してきているらしい。
旦那様はその筆頭と呼ばれているようだ。なるほど、内戦がどうこうというのはそうした下克上な状況から来ているのだろう。
「なるほど、なかなかきな臭いですねえおばさん」
ミリエルの言っていることも一理ある。そして旦那様はどうやら軍事力もお持ちのようだ。
なるほどね、大枚はたいてサフラン商会の武装侍女を呼び出す理由はそんなところか。
アリサのような武装女官を雇うのは決して安くないのだ。
サン・シモンではそうした武装女官は王族に雇われているぐらいだ。
古参貴族を脅かす成金貴族、そしてその筆頭が落ちぶれた古参貴族の娘を娶って跡取りを設けた。
「なるほどねえ」
アリサは唇をぺろりと舐めた。サフラン商会としてはおいしい仕事ができそうな地盤が出来上がっている。
サフラン商会の主要輸出品が傭兵だと知っている人間は少ない。
アリサの下げているバスケットには常に武器に見えない武器が隠されている。
どうやらここで初陣を迎えるらしい。アリサは野の獣を屠ったことはあるが人はまだ。せいぜい半殺しぐらい。だがこうしてここに来た以上人を葬り去るのももうすぐだろう。




