おばさん
山間の谷間の道を粗末な荷馬車が進む。
荷物と荷物の緩衝材代わりに詰められた干し草の上に一人の少女が座っていた。
長い銀髪を二つに分けておさげにし、着ているのは古ぼけた元は色鮮やかな緑だったらしい上着とスカートだ。
太い木綿糸で織られたそれは少しだけ暖かくなってきた気候には少々暑すぎた。
野暮ったい服装だが、少女の容姿はかなりいい。真っ白な肌とぱっちりとした菫色の瞳はとても印象的だ。
「大丈夫かい、お嬢さん」
御者台に座る初老の男が少女に声をかけた。
「大丈夫です、このあたりからもう少しかかりますか?」
「かかるね、待ってる人は大丈夫かい?」
「昨日の早朝に立つと連絡しましたし、時間を読んでくれると思います」
「いったい誰が待っているんだい?」
「父方の随分前にお嫁に行ったんであったことのないおばさんなんです」
その話は家を出る直前に教えてもらった。
おばさんの係累に関しては父親の従妹に当たるらしい。
「そうかい、まあ親御さんが任せていいと言っていたんだし、多分いい人なんだろうね」
御者はそう言って馬の手綱を操り馬車を進める。
この辺りは随分と治安がいいようだ。大昔は国が荒れていてこんな人けのない道は護衛なしでは進めなかったと言っていたがそれも少女が生まれる前の話だ。
道を下れば、外れの村に着く。どうやらそこまで迎えに来てくれるらしい。
少々ごついつくりの足首まで覆う革靴をはいた足をちょっとぶらぶらさせる。
身の回りの品だけを詰めた丈夫な布かばんを肩にかけて、初めて訪れた国を物珍しげに眺めた。
実際、とても長い旅を少女はしてきた。
隣の国とはいえ、乏しい路銀を考えれば歩くしかない。たまに親切に乗せてくれる荷馬車に恵まれながら進んできた日々は本当に長かった。
そして国内に入ってすぐにおばさんに連絡を入れるようにと母から厳重に言い含められていた。
母からの手紙と、これからの旅順をしたためた手紙をこの国について最初の町で、言われたとおりに出した。そして昨日も念のため確認の手紙を出した。
そしてようやくおばさんに会える手筈が整ったのだ。
「長かった」
むろんおばさんに会うのが最終目的ではない。むしろ通過点だ。
これから少女はまた長い旅をして、そして奉公先にたどり着くのだ。
なんでこんな遠方から女中を呼び寄せなければならないのかはっきり言って謎だ。
荷馬車は進みようやく集落にたどり着く。
そしてちょっと開けた場所に着くと何やらきらびやかな馬車が待っていた。
馬車の傍らには豪勢なドレスを着た貴婦人がたたずんでいる。
「こんな田舎にどうしてあんな貴婦人がいるんだろうね」
「わしは貴婦人なんぞ初めて見た」
よく見れば、馬車の後ろにおつきの侍女と思われる女性たちも控えている。
こういう場合どうすればと少女は対応に困ったが男も惰性で荷馬車を進めている。
「サン・シモンのサフラン商会のアリサですね」
貴婦人に名前を呼ばれて少女は固まる。
少女、アリサはとっさに荷馬車から飛び降りた。荷馬車を操る男は眼をむいているが、かかわりたくないと馬車を速めこの場を立ち去っていく。
そして、貴婦人はアリサに豪勢な馬車に乗るようにと指示した。