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08 旅立ち




「お待たせー。地図持ってきたよ」


「ありがとうございます」


「それで、精霊の泉だっけ?」


 リエーラさんは受付の窓口にある机の上に地図を広げ、腕を組みながら難しい顔をして地図を眺める。

 腕を前に組んでいるため胸が押し出され強調されているのだが、これは狙っているのだろうか。


 ちらりと後ろを振り返り、他の男冒険者たちの様子を窺ってみると、見事に男連中のほぼ全員が彼女の胸に目が釘付けになっていた。

 ある冒険者は、同じパーティーと思われる女冒険者に睨まれ、慌てて目を逸らしている。


 きっと、俺の後ろにいる男冒険者に向けたサービスか何かなのだろう。


「ねえ、シグト君」


「はい。何でしょう」


「そんなに恥ずかしそうに目を逸らさなくてもいいんだよ? お姉さん、シグト君になら胸を覗かれても嫌じゃないから。遠慮しないでいいんだよ?」


 どうやらこれは、俺に向けてやっていたらしい。

 あいにく、そういうことには興味がないのだが。

 というか、さっき「時間がない」と言ったはずなのだが。

 まあ、リエーラさんがマイペースなのはいつものことか。


「それで、精霊の泉はどこなんですか? まさか関係ない地図とか持ってきたりしてませんよね?」


「さすがに、二度も同じミスはしないよ。あの時は、ちょっと寝不足だったから……あれ?え、ちょっと待って? んんー?」


「あ、やっぱり間違ってましたか」


「うぐっ……。ううん、君は何も見ていない。これから私は今日初めて、地図を持ってくる。いいね?」


「揉み消そうとしても無駄ですよ。リエーラさんが胸を強調していたおかげで、男冒険者たち、みんな見てましたから」


 俺がそう言い終わらないうちに、リエーラさんは無言で間違った地図を持って、建物の奥へと逃げていった。

 途中で、ドスンという音がして、続けてガラガラと何かが崩れた音がしたけれど、まあ、後でリエーラさんがギルドマスターに怒られるくらいで済むだろう。


 しばらくして、半べそをかきながらリエーラさんが戻ってきた。


「ああ……。ギルドマスターが大切にしてた瓶、壊しちゃった……。どうしよう……」


「お説教と、お給料を減らされるくらいで済むんじゃないですか?」


「それが問題なのよ……。ああ、どうしよう……」


「おい! リエーラ! ちょっと来い! 至急だ!」


 建物中に響き渡るギルドマスターの声。

 リエーラさん、ご愁傷さまです。

 思う存分、怒られてきてください。


 冒険者たちからも、「あー、アイツまたやったよ」「リエーラさんって結構ドジなところあるよな」と口々に言われている。

 そんな冒険者の反応に耳を傾けていたら、受付の窓口の方から話しかけられた。


「ごめんねー、うちのリエーラが。そういえば、君、時間がないって言ってたよね? 代わりに私が案内してあげようか?」


「ありがとうございます」


 リエーラさんの代わりに、隣の窓口を担当していたセルアさんが道を教えてくれることになった。

 セルアさんといえば、リエーラさんと同じく俺が初めて冒険者ギルドに来た時からギルドに勤めている受付嬢の方で、リエーラさんの先輩にあたるらしい。

 茶色の髪のショートヘアに、愛嬌のある目つき。いつでも落ち着いている彼女は、主に女性冒険者から頼りにされている。


 セルアさんは、リエーラさんが置いていった地図を広げて、すぐに一箇所を指さした。

 やっぱり、仕事のできる女性は違うね。

 リエーラさんだとあれだけ時間がかかったことを、こうも一瞬にやってのけるんだもの。

 ただ、地図を読むだけなんだけど。


「ここが今いる場所で……君の目的地は精霊の泉だったよね? それなら、ここらへんだから、この道をずっと行けば分かりやすいかな。こっちの方が近いんだけど、最近盗賊が出たのがここらへんだから危ないかもしれないね」


「何か、旅に必要なものとかはありますか?」


「うーん、食料と水と、予備の服と雨具と、あとはサバイバルナイフくらいなんじゃないかな? 君、魔法が得意なんでしょ? それなら、剣とか盾はなくても身を守れると思うし、逆にそういうのは荷物になるだけだから、いらないんじゃないかな」


「方位磁針とかはなくても大丈夫ですか?」


「あ、そうだね。それも必要だ。私としたことが失念していたよ」


「あと、所要時間ってどれくらいかかりそうですか? 三日後の夜までには到着しなければいけないんですが」


「うーん、私は実際に行ったことが無いから、何とも言えないけど。聞いた話だと、普通に歩けば二日くらいって話だから、心配することはないと思うかな。あ、ただ、森の中の道は険しいから、そこだけ注意が必要かも」


「わかりました。他に、何か気をつけた方が良いことってありますか?」


「いや、特にないかな。あの辺りは魔獣とかも少ないって言うし。本当かどうかわからないけど、たまに精霊が出現して、付近の危険なものを排除しているっていう話もあるくらいだから。うん。大丈夫だと思うよ」


「それでは、こんなところで。いろいろ教えていただき、ありがとうございました」


「いやいや、このくらいどうってことないよ。道中は安全って言われているけど、気をつけて行ってくるんだよ」


「はい。それでは、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 受付の窓口を立ち去る前にセルアさんに礼をして、それからギルドの建物を出る。

 街のどこかで方位磁針を買って、それから出発だ。

 青空の下で、旅の必需品を売っている店を探し、商店街を歩き回る。


 ちなみに、「なんで精霊の泉に向かうの?」とかを聞かれる心配はしていなかった。

 というのも、冒険者ギルドというのは秘密主義で、他人への詮索はタブーとされているからだ。

 冒険者ギルドには色々な出自の人間が所属しており、政権争いに負けた貴族など、身元が割れれば命を狙われるような人間もいる。嫌な過去を捨て去るために、冒険者として人生をやり直す者もいる。

 そんな中で、暗黙のうちに、他人への詮索をしないというルールが出来上がっていったらしい。


 そんなこんなでお昼時になり、屋台で手頃な昼食をとった。

 無事に、午前中に方位磁針を買うことにも成功した。


 旅の準備は整った。

 道は冒険者ギルドで教えてもらったので、迷うことはないだろう。

 天気も、旅の出発を後押しするような晴天だ。


 最後にもう一度、今までずっと過ごした街を見渡す。

 活気のある、地方の都市。

 大通りの活気のある雰囲気と、通りの突き当りにある領主の館と、遠くの方にちらりと見える都市の影の部分――俺の生まれ育った貧民街が目に留まる。

 もう一度この街に帰ってくるかどうかは、分からない。

 予言者ルクトにも、精霊の泉に行った後のことは何も言われていない。


 だけど、とりあえずは。

 もう、帰ってこないということにして。

 小さく手を振り、別れを告げて、俺は街の門を出た。


 旅の始まりだ。





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