07 冒険者ギルド
懐かしい夢を見た。
いや、これは夢というよりは想起に近いかもしれない。
過去に実際にあったことを、夢の中でもう一度繰り返した場合、それは何と呼ぶのが適切だろうか。
とにかく、過去の俺を思い出したことに変わりはなかった。
予言者ルクトに命を助けられ、胡散臭い話を聞かされ、しかし詐欺であるようにも思えなくて、最終的には従ったのだった。
「次に星が満ちるとき」がいつなのか分からなくて途方に暮れていたが、ルクトに授けられた、地図の描かれた紙切れの裏に、星の位置が書かれていたことに気づいて事なきを得た。
あれから、5年が過ぎた。
俺がいつ生まれたのかは分からないが、おそらく15歳くらいにはなったのだろう。
背も高くなり、声変わりし、いつしか大人に近づいていた。
しかし、あれからルクトに再会することはなかった。
ああ、そういえば。
ルクトが言っていた「星が満ちるとき」は、もう3日後に迫っているのだった。
ここから精霊の泉までは、歩いて2日の距離。
何かしらのトラブルに遭うかもしれないことを考えると、今日のうちに出発しておきたい。
窓から朝日が差し込む、冒険者向けの宿の一室。
そこで、俺は目を覚ました。
朝日が入り込む位置に取り付けられた、小さな窓。
素朴な大人用のベッドが一つと、木目調のタンスが一棹。
ザラザラとした木の表面をそのまま使ったような机と椅子。
荷物や食料を置くか、何かの作業ができるようなスペースがほんの少し。
壁は白で塗りつぶされており、全体的に明るい雰囲気に保たれている。
そんな質素な部屋とも、今日でお別れだ。
俺は、自分の荷物をまとめ、旅立つ準備をする。
とは言っても、俺の財産はそんなに多いわけではなく、持ち物は銭貨と食べ物、水、護身用のナイフくらいだ。あとは、服と下着の予備と雨具だけ。
そんなわけだから、すぐに出発の準備が整い、5年暮らした部屋を後にする。
そして俺は、冒険者ギルドへと行く。
精霊の泉までの道のりを聞き、そこに至るまでに何が必要であるかを確認するのだ。
そういえば、俺は冒険者見習いとして働いていたのだが、今まででいろいろなことをやってきた。
見習い、ということで冒険者と同じような魔獣・害獣の駆除やその他戦闘行為はしてこなかったのだが、荷物持ちや使い走り、街のお手伝いなど、様々なことをやってきた。
簡単な仕事ばかりで、報酬もあまり高くはなかったが、毎日活動していれば、日々を食いつなぐのには十分だった。
ルクトも、そのことを見越して俺に冒険者ギルドを勧めたのかもしれない。
確かに彼は、俺が街で健全に生きることを願っていた。
そんな彼のことだが。
最初こそ胡散臭いとは思ったものの、一方で、俺を陥れようとしていると考えるのには明らかにおかしいような気もしていた。
思い出してみれば、彼は何も俺に強要していない。
世界を救えるのは俺だけだ、と諭していたが、言うことを聞かなかったらどうする、とかいう話はなかった。
その他にも、様々なことを考えていたが。
帰り際に金銭を渡されたことの意味や、彼の真の目的、予言の根拠など。
しかし、何一つとして、確かなことは分からなかった。
結局、予言者クルトの行動は、謎に包まれている。
ある意味では真摯な行動に見えるし、やはり胡散臭いようにも見える。
だが。
どちらにしても変わらないのは、彼が俺の命を助けたということだ。
彼がいなければ、俺は今ごろ攫われて、奴隷として売り飛ばされていた頃だろう。
俺を助けてくれた恩義とか、そういうことを論じるつもりはない。
選択肢がない生活と、騙されるという選択肢のある生活。いずれがお好みか、という話だ。
どちらにしろ、何も為すことなく時が過ぎれば死にゆく命であることに変わりはない。
食料の確保に失敗して死ぬか、他人に陥れられて死ぬか、それだけの違いだ。
それならば、少しでも希望のある未来を望みたいだろう。
このまま何もしなければ、そこら辺で野垂れ死ぬだけの運命だ。
それならば、何かを変えられるならば、もちろんそれを選びたいじゃないか。
だから、たとえルクトの言葉が俺を欺くものだったとしても、俺はそれに従うつもりだ。
と、そんなことを考えているうちに冒険者ギルドについた。
通り沿いの周囲に並ぶ建物よりも少し大きめの建物で、入り口のドアの上には「冒険者ギルド」の文字と、盾と槍の重なったマークが看板として掲げられている。
その看板の下、細かい傷だらけで、木の板を継ぎ合せた跡が見える木製の扉を開けた。
☆ ★
冒険者ギルドのドアが、きしむ音を立てて開く。
それをいつものことだと聞き流しながら、俺は冒険者ギルドの建物の中に入った。
中にいた冒険者がちらりと一瞥するが、次の瞬間には興味がなくなったように目線を戻す。
ある冒険者は依頼紙の貼られた壁を凝視し、またある冒険者は休憩スペースでグラスを片手に仲間内で談笑する。
いつもの光景だ。
いつもと違うのは、俺が依頼紙の貼られた壁を素通りし、受付の窓口へと向かうところだろうか。
「あ、シグト君、おはよう。今日は何の用事かな?」
受付の窓口越しに話しかけてきたのは、いつも親切にしてもらっている受付嬢のリエーラさんだ。
栗色のロングヘアで優しそうな顔をした、スタイルの良い彼女は男冒険者たちから人気である。
年のころは20くらいに見えるが、俺が初めて冒険者ギルドに来た時からずっとここに勤めていることを考えると、案外20代中盤くらいなのかもしれない。
少なくとも5年は冒険者ギルドの受付嬢をやっているというわけだから、実はそれほど若くはないのかもしれない。
「おはようございます。ちょっと今日は、リエーラさんに教えてほしいことがありまして」
「ん? 何かな? 私の好きな男性のタイプとか聞きたいの? それだったら……」
「いえ、精霊の泉までの道のりを知りたいんですけど。どうやって行けばいいのか教えていただけませんか?」
「……あ、そっか。好きな人の話とか、まだちょっとシグト君には早かったかな?」
「あの、俺、あんまり時間が無いんですけど……」
「ああ、ごめんごめん。精霊の泉ね。ちょっと待っててね」
そう言ってリエーラさんは、ギルドの奥の方に引っ込んでいく。
おそらく、周囲の地図を探しに行ってくれたのだろう。
それにしても。
さっきから、他の冒険者からの視線が集まってきていた。
特に、男連中から。
リエーラさんから好きな男性のタイプを聞き出すことが、そんなに重要だろうか。
いや、重要なんだろうな。
彼らの中には、本気でリエーラさんを狙っている者もいるのだろうから。
狙うと言っても、狙うものは命ではなく、心のほうだ。
要するに恋とか愛とかそういうやつだが、生憎と俺はそういうのには共感できない。
なぜ、どんな人間なのかも知らないような相手に対して、無防備な自分を晒し、価値あるものを贈ろうとするのか。
「弱いところを見せるので付け込んでください」と言っているようにしか見えないのだ。
おそらく原因は、貧民街で培った人間不信のせいなのだろうが。
だが、おそらくこれが市民階層での普通なのだろう、と結論付けたところで、リエーラさんが巻物のようなものを手に持って戻ってきた。




