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06 始祖




 たどり着いたのは、宿の一室だった。

 貧民向けの安宿で、灯りなど当然ない。

 真っ暗な部屋の中で、俺は男から手を放された。


「そこに立っていろ」


 低い声で男は呟き、俺に背を向けた。

 何が何だかわからなくて、とにかく俺は言われたとおりに直立不動の体勢をとっていた。

 男は、一度俺の前から立ち去ると、部屋の片隅に置いてあった袋を漁った。


 何が起きているのだろうか。

 少なくとも、この男は俺を殺そうとはしていない、ということだけは確かだろうか。


 この状況は、明らかに不自然だ。

 もし、人攫いに襲われていた俺を助けようとしてくれた善人だというのならば、有無を言わさずに乱暴な手つきで俺を小部屋に引きずり込むようなことはしないだろう。

 そもそも、俺は貧民街の子供を保護するような大人を見たことが無い。

 そういう大人は全て、優しい印象を植え付けることでこちらを信用させ、騙し、そのまま連れ去る犯人だと考えろと俺は縄張りのリーダー、ジェイグに教わった。


 では、もし、この男も人攫いだとするならば。

 だとすれば、強引に人目のつかない場所まで連れ去られたことの説明はつく。

 しかし、それならば、現在の俺が拘束されておらず、さらに男は俺から目を離しているというところがおかしいのだ。

 手を放される前に俺の腕と足を紐で結ぶだけで、逃走や反抗といった選択肢が消えるにもかかわらず、男はそれをしなかった。


 結論が出ないまま、男が俺の前に戻ってきた。

 男は手に、袋のようなものを持っている。


 何かをされる。

 直感的に、そう思った。


 男は、俺に、何かをしようとしている。

 しかし、何をしようとしているのか、全くわからない。

 そんなことはお構いなしに、男は俺の前まで迫ってくる。


 そんな焦燥感に苛まれ、思わず叫んだ。


「お、お前は誰だ! 目的は何なんだ!」


 叫んでから、しまった、と思った。

 男が、俺に鋭い目線を向けたからである。

 何か、気に障るようなことを言ったか。


 睨まれているように感じて、反射的に、俺は身構えた。

 しかし、次の言葉は存外優しい響きだった。


「そういえば、まだ名乗っていなかったか」


 そう言うと彼は、鼻から口元の辺りを隠していたグレーのスカーフを取り去り、被っていた黒いフードを脱いだ。

 先ほどまで隠していた顔を露わにして、俺に向き直った。

 そこには、美青年と呼べるような男の顔があった。


「私はルクト。予言者さ」


「予言者……?」


「そうだ。そして、私の予言ではこの世界はじきに滅亡する」


「そ、そうですか……」


「それで、君には頼みたいことがあってね。君でなければならないんだ」


「それは、本当に俺じゃなきゃダメなんですか?」


 ルクトと名乗った男の話があまりにも胡散臭くて、つい冷たい声が出てしまった。

 だが、彼は顔色一つ変えずに、教え諭すように話を続けた。


「ああ、そうだ。なにしろ、私の見立てでは、君が人間の始祖の生まれ変わりなのだからね。君は、創世神話を知っているかい?」


「いいえ。何ですかそれは」


「まあ、貧民街で育ったならば知らなくても無理はない。もしそんな話は知らないというのならば、貧民街を出て町人にでも聞いてみるがいいさ。ある程度の教養のある者なら知っているだろうからね」


「そうですか」


「その神話の話は割愛するが、これだけは覚えておくといい。君は最初の人間であるルーグトリスの生まれ変わりだ。君は今まで、教育を受けていないのに魔法が使えたり、他人よりも圧倒的に物覚えが良かったりという経験は無いかい?」


「……なんで知ってるんですか」


 正直、心当たりしかなかった。

 だがなぜ、それを目の前の男が知っているのだろうか。

 俺が魔法を使えるのは縄張りのリーダーのジェイグしか知らないはずだし、彼が誰かに情報を流すとは考えられない。

 魔法を使えることが広まれば人攫いから執拗に狙われる可能性があるので、できる限り魔法のことは隠していた。

 住処でジェイグの電灯代わりになっていたことだって、外からは見えないことは確認済みだった。


 しかも、物覚えがいいかどうかなんて、傍から見ていて分かるようなものでは無い。

 確かに仲間内では嫉妬混じりに「幼いわりに頭が良くて気味が悪い」とか言われていたけれど、それを外へ向けて吹聴するような奴はいなかった。


 では、なぜ。

 どこで情報が洩れて、どうしてこいつが俺のことを知っているのか。


「私は、星に導かれたんだよ。始祖の転生体の居場所をね。そして、人間の始祖ルーグトリスは魔法と知識に優れていたと言い伝えられている。ならば、その生まれ変わりもそうであろうという推論だよ」


 それは置いておいて、と言って彼は続ける。


「私は君に頼みたいことがあると言ったね」


「はい」


「それは、つまりこういうことだよ。


 君はこれから街で健全に生きて、次に星が満ちた日の夜、精霊の泉へと赴いてほしい。そこで君は、始祖としての祝福を受けるはずだ。その力を使って、世界の滅亡を防いでほしい。


 ……無理を言うようだが、他に世界を救う権利者はいないものでね。世界の命運は、君にかかっているんだ」


 期待しているよ、と言い残し、彼は背を向けた。

 小部屋から出る間際に、ルクトは俺に向けて、小さな袋を放った。

 袋が地面に落ち、じゃらりと音が鳴ったのと同時に、彼はこの小部屋から立ち去った。

 ドアの閉まる音が遅れて届き、その後は夜の静寂が支配した。


 周囲に危険がないことを確認してから、俺はルクトから投げ渡された袋の中身を確認した。

 そこには、一か月食いつなげるくらいの銭貨と、二枚の紙切れが入っていた。

 一枚目には、この宿の名前と、付近の地図と、「冒険者ギルド」と注釈のついた建物までの道のりが記されていた。

 そしてもう一枚は、ルクトの名前で書かれた、ギルドへの俺の紹介状だった。


 翌朝、俺は冒険者ギルドへと向かった。

 そこで俺は冒険者見習いとなり、冒険者向けの宿で生活を営むことになった。


 その日、俺は貧民街に別れを告げた。





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