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40 旅立ち




 旅立ちの時。

 エルキナは、城の前まで見送りに来てくれた。

 そして、彼女は黒い眼帯をした戦闘メイド――ロノアを連れていた。


「あの、これ、私からの餞別です。少ないかもしれないですけど、どうか、役立ててください」


 エルキナは俺に、革袋を手渡した。

 素直に俺は受け取り、ありがとうと彼女に伝えた。


「あと、これも」


 そう言って、エルキナはひとつの封筒を俺に手渡した。

 手渡すときに、少しだけ動きを止めて躊躇しているようにも見えたが、結局は勢い良く俺に渡してくれた。


「これは、ジル・エリヴィスから出たときに、シグトさん一人で開けて下さい……!」


 彼女の言葉に俺は頷き、封筒を懐にしまう。

 そして彼女は俺から離れる。


 別れの挨拶をする頃合いかもしれないと思い、口を開こうとして、その前にエルキナが声を上げる。


「あの、ロノアが、言いたいことがあるらしいです」


 ロノアか。

 確かに彼女にも、いろいろとお世話になった。

 周辺の情勢や貴族のマナーを教えてもらうことに始まり、2度も命が危ないところを助けてくれた。

 彼女は「それが私の仕事ですので」と言うだろうが、お世話になったことには変わりない。

 しかも、俺を守るために戦ったせいで彼女の左目には眼帯がついている。

 少々、申し訳なく思っているところもあった。


 そのことについて、何か言いたいことがあるのだろうか。

 そう思って、俺は頭を下げる心構えをする。


 しかし、彼女から放たれた言葉は俺の予想とは大きく外れていた。


「以前の襲撃者の件では、私の実力不足でシグト様を守り切ることが出来ず、申し訳ありませんでした」


 ロノアはそう言って、頭を下げる。

 本当は俺が頭を下げなければならないと思っていただけに、俺は慌ててロノアの頭を上げさせる。


「なので、シグト様にお願いがあります。無理を言っていることは承知のつもりですが、聞き入れていただければ幸いです」


 その言葉と同時に、ロノアは地面に片膝をついた。

 確かこれは、恭順を示す態度であった。

 そのことを、彼女自身から聞いたことがあった。


 そして、彼女は落ち着き払った声を、周囲に響かせる。


「今度こそ、シグト様を守らせてください。戦闘メイドとして、貴方に忠誠を誓います」




 ☆ ★




 こうして俺は、城郭都市ジル・エリヴィスに別れを告げた。

 ティリナとロノアと共に、3人で新たな旅に出た。


 なぜロノアはエルキナの元から離れて俺に従うことにしたのか。

 それを彼女に聞くと、迷う素振りを一切見せずに、こう返された。


「今は亡き私の恩人は、私に向けて、こう遺言を残しました。『願わくは、強き者に付き従ってくれ。そうすれば、きっと君は幸せになるはずだから』と。その言葉を信条に、私はこれまで生きてきました。そして、シグト様は『強き者』に合致するのではないかと、そう思ったのです。きっと、あの方も、シグト様に仕えることを後押ししてくれていることでしょう」


 ロノアの恩人。

 それは、いったいどのような人物なのだろうか。

 なぜ、そのような遺言を残したのだろうか。


 彼女にそれとなく聞いてみたが、明確な答えが返ってくることはなかった。

 それとなくはぐらかされて、その話は終わったのだった。

 分ったのは、彼女は恩人に並々ならぬ恩義を感じていること、それだけだった。




 そして、俺たちは今、アラインサンドリアに向かう時に通った街道を歩いている。

 ちょうどこの辺りが、飛竜と対峙した場所だろうか。

 街道の脇はまだ倒木が散らかっていたが、道は再整備されており、時々馬車が通りすぎていく。


 そこで、ふとエルキナからもらった手紙を思い出す。

 ジル・エリヴィスから出たときに、一人で開けてほしいと言っていた。

 俺はその場に立ち止まって、手紙を読むためにティリナとロノアには少しの間だけ離れていてほしいという旨を伝える。


 二人とも、俺がエルキナから手紙を貰ったところに立ち会わせていたので、詳細を言う必要もなく、すぐに俺から離れてくれた。

 その途中でロノアが温かい目を向けてきた気がしたが、気のせいだったかもしれない。


 そして俺は、エルキナから渡された封筒を開け、中の手紙を取り出す。





「シグトさんへ


 きっと、長々しい時候の挨拶とかは好まないと思うので、さっそく本題を書きます。


 いつかは伝えなきゃいけないと思っていたんですけど、でも、そんな機会もなくて、このような手紙で伝えることになってしまったことを許してください。


 面と向かって言ったら恥ずかしいし、シグトさんとの関係もぎくしゃくしたら嫌だと思って言えなかったんですけど……言い訳ですよね。


 シグトさんはもう一度戻ってくると言ってくれましたけど、でも私は立場上、常に命を狙われている身です。だから、もしかしたらシグトさんがここに戻ってくるころにはこの世に私はいないかもしれません。

 だから、私がシグトさんと会話をする機会はもう無いかもしれません。

 そうなると、この気持ちも、最初から無かったことになってしまいます。

 なので、こうして手紙を書いて私の気持ちを伝えたいなと思い至りました。


 最初は、シグトさんのことを家族みたいだと思っていました。

 何の見返りも無しに、私を助けてくれるヒーローだと思っていました。

 両親を失った私に不足していたのは、こんな感情だったのかな、と思いました。


 でも、いつからか、違う感情が芽生えてきたんです。

 今から私が伝えることは、もしかしたら自己満足なのかもしれません。

 でも、どうか、こんな私という存在が世界のどこかにいたのだということを、忘れないでください。


 もしこの思いが届かなくても、それはそれで構いません。

 シグトさんにはティリナさんがおりますし、もしかしたら私は邪魔者なのかもしれません。


 でも、ひとつだけ伝えさせてください。

 ひとつだけ、私の気持ちを伝えることを許してください。

 私の自己満足を、どうか許してください。


 許していただけないのであれば、ここで手紙を破り捨てていただいても構いません。

 でも、もし、許していただけるのであれば。

 最後まで、この手紙を見ていただけると幸いです」



 手紙は、そこで終わっていた。

 否、そこで折り目がついて、この先が見えないようになっていた。


 俺は、そっと、その折り目を開いた。

 その目に飛び込んできたのは――――。











「好きです。


                 エルキナより」










―― 第一章 完 ――

これにて第一章完結です。



報告ですが、この作品はここでしばらく更新を止めたいと思います。

というのも、もともとこれは公募用として書いたもので、10万字程度で一度更新をやめた後に、続きを書くかどうかを決めようと考えておりました(活動報告参照)。

もちろん続きの展開もある程度は考えてはおりますが、

・話の区切りが良いこと

・自分が表現したかったことは全て書くことができたこと

・二章以降の詳細な話の流れが決まっておらず、すぐに次話を書き始めるのは難しいこと

以上のことから、更新を止めるという決断をさせていただきました。

誠に勝手ではございますが、どうかご理解頂ければ幸いです。


続きを書く機会があれば、その時はぜひよろしくお願いします。

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