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39 決意




 ☆ ★




 なぜか、俺は助かった。

 心臓を貫かれ、大量に血を失い、意識が消え去ったはずなのに。

 どういうわけか、俺は今を生きている。


 どうやら、ティリナが俺の命を引き留めてくれたらしい。

 蘇生とも言える軌跡で、俺は今も生きることが出来ているらしい。

 ティリナは、その原理について俺に語ってくれた。


 精霊とその依り代は、生命の糸で繋がっているのだという。

 そして精霊は一生に一度だけ、壊れた依り代を元に戻す能力があるらしい。

 厳密には、命を半分だけ分け与える行為だと教えてくれた。


 だから、今の俺は言うなればティリナの命で生きていることになる。

 それほど気負わなくていいと彼女は言うが、しかし、命を救われた相手に恩返しをしようと考えるのは自然なことだろう。


 また、ティリナは「謝らなきゃいけないことがあるんだけど」と前置きをして、こんなことを言っていた。


「思ってたよりも、『元始の魔獣』の復活が早いみたい……。飛竜の群れからも、襲撃者からも『元始の魔獣』の臭いがしたってことは、多分そういうことなんだと思う。

 だから、今すぐにでも『生命の宝玉』を探す旅に出ないと、間に合わないと思うんだ。無理を言ってるのは分かっているんだけど、どうか、お願いします。私を連れて、『生命の宝玉』を探す旅に出てください!」


 そう言って、ティリナは頭を下げていた。

 俺としては、それを断るという選択肢はない。

 もとから彼女には従うつもりだったし、さらに、彼女に恩返しをしようとも考えていた俺には、首を縦に振る以外の選択肢は無かった。



 そんなわけで、今に至る。

 襲撃者との戦いから、3日。

 ティリナが限界まで消費した精霊力を回復し、まともに外に出ることができるのを待っていたら、3日が経っていた。


 そして、俺はティリナと共に、エルキナの執務室にいる。

 エルキナの背後には、例の戦い以降、姿を見ていなかったロノアが立っていた。

 彼女は現在、黒と赤の戦闘メイドの格好をし、左目には黒い眼帯をつけている。

 彼女は襲撃者の一人を倒した代わりに左目を失ったのだ、と俺はエルキナから聞いていた。


「それで、話とは何ですか?」


 エルキナが首を傾げながら俺に尋ねる。

 その純粋無垢な姿を見て、俺の気持ちが僅かに揺らぐ。

 これから俺が言うことはきっと、彼女を悲しませてしまうだろう。

 もしかしたら、失望されてしまうかもしれない。


 俺も、この職場でずっと働けるのであれば、そうしていたいと思う気持ちは変わらない。

 できるのであれば、ずっと護衛としてエルキナに仕えていたい気持ちもある。

 ここは、居心地の良い場所だ。


 だが。

 俺は、決めたのだ。

 ティリナとともに、世界を救う旅をすることを。

 ティリナの命の半分を貰った俺は、ティリナのために生きるのだと決めたのだ。

 彼女の願いを叶えて、未来をつかみ取ると決めたのだ。


 だから――


「――俺は、護衛をやめようと思う」


 一瞬の静寂。

 まるで時が止まったような、そんな一瞬。

 エルキナは、驚いて身体を硬直させていた。


 ロノアは、少し困った顔をしつつも頷いた。

 ティリナは、口を真一文字に結んで下を向いている。


 しばらくして、彼女の表情が徐々に曇っていく。

 神妙な顔をして俯き、しかし意を決したように顔を上げて、彼女は俺の目を見つめた。

 俺を見上げる彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。


「……ど、どうしてですか?!」


 涙声になりながら、彼女は喚く。

 問い詰めるように言葉を連ねようと口を開いて、しかし何かに思い当たったのか、口を噤んで俯く。

 そして、ぽつり、ぽつりと彼女は消え入りそうな声で言葉を紡いだ。


「……やっぱり、私が不甲斐ないからですか……? 何か、無礼なことを働いてしまいましたか……? ……いや、そうですよね。私の容姿がよろしくないからですよね……。こんな人間の隣にいても、いいことないですよね……」


 エルキナの、自己嫌悪。

 一言で言ってしまえばそれであった。

 彼女は不甲斐なくなどないし、無礼なことも働いてもいないし、容姿も比類ないほどに優れている。


 正直、分かっていた。

 エルキナが悲しむのではないかと。

 彼女は俺とのことを、失いがたい存在だと思っていることを。


 アラインサンドリアから帰ってきてお茶会をした時に、彼女は俺にこう言った。

「これからもずっと私の護衛でいてくれたらなー」と。

 彼女は俺と、未来の話をしたがっていた。


 だが、彼女が悲しむと分かっていても、それでも俺の意思は変わることはない。

 なぜならば、俺は最初からティリナに従うことに決めていたから。

 それは、この世界の未来を作る行為であるのだから。

 エルキナの言う『これから』を探しに行くのだから。


 だから、せめてもの謝罪として、彼女の自己嫌悪を全否定することにした。


「そんなことはない。俺はお前にお世話になったし、できるならこれからもずっとここで働いていたいと思っていた。お前は何も悪くない」


「では、なんでシグトさんは……」


「世界の滅亡が早まった、ということなのかな。3日前の一件で、それが判明したらしい。正直、俺もティリナもそんなことになるとは思っていなかったのだが……。安易に「しばらくは護衛を続けるつもり」だなんて言って、すまなかった」


 俺はそう言って、深々と頭を下げる。

 正直、予想していないことではあった。

 どうしようもないことではあった。

 だが、それでも。

 彼女を悲しませてしまったのは、俺のせいだから。


 俺は、エルキナに頭を上げるように言われるまでずっと、謝罪の体勢を貫いていた。


 しばらくして、エルキナは俺に頭を上げるように言った。

 言われたとおりに顔を上げて彼女の顔を見ると、彼女は吹っ切れたように笑った。


「シグトさんも、大変なんですね……。それじゃあ、ここでお別れ、ですか……。どうか、お元気で…………」


 エルキナは、涙声で言葉を紡ぐ。

 目に涙を浮かべて、俺を見つめていた。

 そして、彼女の頬を一筋の雫が伝った。


 そんなエルキナに同情してしまったのか、思わず口から言葉が零れ落ちていた。


「そんなに悲しい顔をするな。すべて終わったら、また戻ってくる。だから、それまでお互いに無事でいような」


「……は、はい!」


 エルキナは、目から雫を流しながら、満面の笑みを浮かべていた。

 俺はそんな彼女が、途轍もなく綺麗に見えた。





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