37 襲撃する者
夜中。
鋼がぶつかり合う音で俺は目を覚ました。
カキンッ、という音と共に、跳ね起きて周囲を見渡す。
灯りの無い夜の闇。
暗闇に目が慣れていないため、ほとんど何も見えない。
その中で、キンッ、という剣戟の音だけが繰り返し響いていた。
「火焔の演舞」
視界を確保するために、虚空から火を呼び出す。
それを火球に整形し、空中に浮かぶひとつの照明を作ってから、改めて辺りを見渡す。
俺が寝ている白い布団、壁に掛けられた絵画はいつも通り。
だが、寝る前には閉まっていたはずの扉が、今、開きつつある――。
「シグト様! 襲撃者です!」
フードを被った黒い男を俺が目視すると同時に、ドアの外から聞き慣れた声が聞こえた。
直後、長剣を構えたロノアが、俺の部屋に駆け込む。
「一筋の煌きを――『閃光の剣』」
ロノアの声を合図に、輝く一本の剣線が視界の端に映った。
光の線は、一直線に襲撃者の腹に吸い込まれる。
同時に、黒いフードの男がロノアに向けてナイフを放つ。
「うっ……」
「ぐぁっ……」
放たれたナイフは、両手を使って攻撃をしていたために無防備だったロノアの顔面に直撃する。
そのナイフを、襲撃者の男が呻き声を上げながら奥まで押し込む。
自身の顔面にナイフを押し込められつつ、ロノアは長剣を襲撃者の男の心臓に突き刺す。
魔法の力が収束し、ロノアの援護しようとした、その時。
「……ッ?!」
突如、至近距離に人の気配を感じて、慌てて飛び退く。
しかし、少し反応が遅かったためか、首の表皮が一枚切れる。
振り向くと、ロノアが戦っている男と同じ格好の、黒のフードを被った男がいた。
男は鈍色の剣を持ち、俺を観察する。
マスクにより鼻と口が隠されており、表情は分からない。
だが、ひとつ分かるのは、この男は俺を殺そうとしていること。
その隙の無い佇まいから、相当の強者であることが分かる。
俺なんかとは、比べ物にならないほどの。
この男はロノアと戦っていた男の仲間であろう。
同じ服装をしているし、ほぼ間違いないと言ってよい。
一人を陽動に使い、この男が俺を仕留めようとしたというのは、ありそうな話である。
視界の端では、ロノアと襲撃者がお互いに呻き声を上げながら倒れていた。
見たところ、相打ち。
しかし、襲撃者は即死だが、ロノアは一命をとりとめている。
と、俺が正面の男から目を離した瞬間。
黒いフードの男の姿がブレた。
暗闇に混ざり、速度も相まって俺の目では捉えられなくなる。
攻撃が、来る。
俺はそう判断し、魔法の名前を呟く。
「石壁の檻」
空中に岩塊を出現させる。
それを制御によっていくつかの石板に分離し、俺を囲うように石の盾を配置する。
同時に、パリンッ、と石が割れる音がした。
そうか、そっちの方向か。
素早すぎて目で追えないのならば、音を発生させて敵の方向を知ればよい。
敵は俺の右後ろ。
すぐさま、宙に浮いていた石の盾を音の鳴った方向に発射する。
しかし、当たらない。
石の盾は壁や窓にぶつかり、パリン、と音を立てながら次々と崩れ落ちていく。
それはつまり、石板は一つとして命中せず、男が避け続けているのだということ。
俺の目が、男の姿を僅かに捉えた。
至近距離で、剣先を向けて――迫る。
反射的に、身体をのけぞらせて避ける。
ブオンッ、と風を斬る音が鳴る。
鼻先に、風圧が通りすぎる。
「颶風の裁き」
魔法により、暴風を発生させる。
狙う対象は――俺自身。
暴風に飲み込まれるのと同時に俺は跳躍し、風の勢いで加速して、窓に激突する。
バリイイイイン!!!
窓が割れる音がして、身体に何かが刺さることもお構いなしに、俺は勢いのまま外へ飛び出す。
ここは城の二階。
飛び降りても、風の力を借りてうまく着地すればそれほど大きな怪我をすることは無い。
暴風を制御して、身体を減速させながら地面に着地する。
城の庭園の一部である、芝生の地帯だ。
屋外ならば、室内では使うことのできない魔法を気兼ねなく使うことができる。
例えば雷撃の雲は、室内では雲を生成するスペースが足りなくて撃つことができない。
火焔の演舞を暴発させて火事を起こしては目も当てられない。
だが、屋外ならばある程度自由に魔法を使うことができる。
芝生を燃やし尽くして大火事にしてしまわないように注意が必要だが、雷撃の雲が使えるし、火焔の演舞も室内よりは自由に使える。
黒いフードを被った男は明らかに俺を狙っていた。
ということは、俺を追いかけて飛び降りてくるだろう。
そして、戦場を外に異動するところまでが俺の作戦。
俺の想定通り、男が二階から飛び降りた。
待っていましたとばかりに、俺はにやりと嗤い、呟く。
「火焔の演舞」
突如、空中に炎が生成される。
それをいくつかの火の玉に作り替えて、落下途中の黒フードの男に放つ。
人間は空中で自由に動く術を持たない。
よって、空中落下する敵は飛来する火球を躱すことはできない。
襲撃者は炎に包まれて、灰になるだろう。
その予想通り、火球は次々と襲撃者の男に着弾し、煙を放つ。
明らかに、これは直撃だ。
耐火性の服だったらしく燃えることはなかったが、それでも顔面に数発当たっているので、これ以上戦えるような状態であることは間違いないだろう。
だが、念には念を入れて。
もし仮に生き残っていた時のために、駄目押しの一撃を――。
「雷撃の雲」
手のひらを向けた先から黒い雲が出現し、徐々にその姿を大きくする。
黒い雲の制御を維持し、男の着地地点に向けて雷撃を浴びせる。
全力で、最大の一撃を。
ドゴオオオオン!!
雷鳴と共に、黒い雲から稲妻が走る。
光が向かう先は、襲撃者が落下した地点。
未だに一歩も動けていない襲撃者に、それは直撃する。
そのはずだった。
確かに、俺の目は稲妻が襲撃者を捉えるほんの数瞬前までを間違いなく見ていた。
にもかかわらず。
襲撃者は、全身から黒い煙を放ちながら、その場に立ち上がった。
そして、その輪郭がブレたかと思うと、一瞬で彼我の距離が縮まっていた。
気づいた時には、もう既に剣が届く範囲。
咄嗟に、攻撃を防ぐための魔法を放つ。
「石壁の檻!」
襲撃者が迫り来る方向に、できるだけ厚く、丈夫に。
岩塊を盾の形に整形して、密度を高めて――
パリイィィン!
――まるで陶器のように砕かれる。
そのまま迫り来る剣を、横っ飛びで躱す。
耳の辺りに鋭い痛みが走り、血が滴る。
男は剣を構え直し、俺の足元を狙う。
反射的に、跳躍のために足に力を込める。
俺の身体が、宙に浮く。
その刹那、急激に、男は剣の軌道を変える。
その動きで初めて、先程の動きがフェイントであったことを悟る。
しかし、跳躍したことによって空中にいる俺は、敵の攻撃を躱すことができない。
空中では、自由に動くことができないから。
自由落下に身を任せるしかない俺に、心臓を狙った刺突の一撃が迫る。
周囲の動きが遅くなり、思考だけが早くなる。
俺に迫る必殺の一撃が、ゆっくりと見えるようになる。
心臓を貫かれれば、俺は死ぬだろう。
しかし、躱すことは不可能。
風の魔法を用いても、攻撃が来るより前に男の剣域から外れることはできない。
防ごうにも、俺の全力の石壁の檻が容易く砕かれることは検証済み。
詰み、の二文字が脳裏に過る。
即死の攻撃を前に、躱すことも防ぐこともできない。
ただ、とどめの一撃を待つことしかできない。
だが、魔法の力は収束している。
だから、一発だけ魔法を撃つことができる。
石壁の檻が容易く砕き、雷撃の雲を無傷で潜り抜ける男。
そんな化け物に対して、どんな攻撃ならば通るというのだろうか?
……無理だ。俺の火力では、男に碌にダメージを与えることができない。
魔法を放ったところで、無傷のまま俺にとどめを刺すに違いない。
俺の全力の一撃を耐えられた地点で、勝負は決まっていた。
だから、俺は死ぬのだ。
自分より強い敵に倒されて、一矢報いることもできずに無様に朽ち果てるのだ。
この世の中は弱肉強食。
弱い奴が死ぬなんて、もっともありふれた話だ。
今回は、それが俺だっただけ。
速くなった思考が元通りとなり、俺の心臓に剣先が迫る。
跳躍して、自由落下に身を任せたまま、俺は心臓を貫かれた。
「ぐはぁっ……」
鋭い痛みが全身に走り、意識が一気に削がれる。
目の前が、急激に霞んでいく。
朦朧とした意識の中、俺は腹部から地面に転がったことに気づいた。
手先の感覚が無くなっていく。
足の感覚も、既に無い。
貫かれた胸も、不思議と痛みは消え去っていた。
もう既に、痛覚というものを手放してしまったのだろう。
そして俺は霞んだ視界で、もう一度自分の状況を把握する。
胸から、血が溢れ出しているという現状を。
心臓が破れ、身体を駆け巡っていた血が全て、外に向かって漏れ出ていく過程を。
胸から流れた血は芝生の上へこぼれ落ち、赤い水溜まりを作っていた。
流れ出る血は、熱を伴って体外へと逃げていく。
やがて、血は流出を止める。
それは即ち、全身の血が吐き出されたというわけで。
血に含まれた全ての熱が失われ、全身が凍えるような感覚を生み出す。
寒い、それだけが脳内を支配する。
身体の内部から凍てつくような寒さに苛まれる。
ややあって、俺の全身から、力が抜けた。
思考が止まり、脳を支配した寒さでさえも徐々に感じなくなっていく。
頭が、活動をやめたのだろう。
俺の意識は、崖から落下するかのごとく、遠のいてゆく。
「ご主人?! 大丈夫?!」
意識が消え去る間際、妙に聞き慣れた声が耳朶を打った。
しかし、誰の、どんな言葉か、それを理解する意識は残っていなかった。
無意味な音の羅列が、脳に叩きこまれただけだった。
そして、そのまま俺は。
蜘蛛の糸が切れるかのように、ぷつりと意識を失った。




