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35 討伐




雷撃の雲(ライトニング)!!!」


 雷によって飛竜の翼を穿ち、一体の飛竜がバランスを崩す。

 空中で戦っているティリナが、すかさずそちらへ急行する。

 剣を構え、空中を滑るように移動して、飛竜の正面に至る。


 そして、一閃。


 飛竜の頭と体が切断され、地面へと落下する。

 重量のあるものが地面に激突した際の轟音が鳴り響くとともに、僅かに地面が揺れる。


 すでに、辺りは暗くなっている。

 というのも、この効率の良い狩りの方法を見つけるためには時間がかかったからだ。


「災害級討伐種」の群れに向かって効率を論じるなど馬鹿げているとは自分でも思う。

 しかし、ティリナと力を合わせれば、飛竜の討伐は不可能ではなかったのだ。


 一体の飛竜を倒した後、他の飛竜たちは警戒心を露わにした。

 むやみに攻撃を仕掛けてくることはなく、しかし撤退することもない。


 ティリナと近距離で戦うのは危険だと判断したのだろう。

 火炎放射のような、竜種特有のブレス攻撃で遠距離攻撃を繰り返すようになった。

 あるいは翼で風を起こすことや、俺を狙って体当たりを試みることもあった。


 ティリナが近づくと飛竜が逃げるおかげで俺たちは傷らしき傷を負っていないのだが、しかし同時にティリナの必殺技である【根源分離の剣】で一閃する範囲まで飛竜との距離を詰めるのに難航し、それによって時間を費やしてしまった。


 そこで、俺がこのように魔法で足止めをして、ティリナがとどめを刺すという形に落ち着いたわけだ。

 火炎放射のブレスによって、こちらを攻撃しようとすることもあるが――


泡沫の砲弾(アクア・バレット)


 飛竜が口を開いた瞬間、魔法によって作られた水塊をそのままの形で叩きこむ。

 同時に炎を吐き出そうとするが、飛竜の口の中でそれは消え失せ、熱湯の滝となって地面に落ちる。

 その隙に、ティリナが駆け寄って、一閃。


 地面に、5つ目の飛竜の死体が転がる。

 そして、次はどの飛竜を狙おうか――そう思っていた時だった。


 一斉に、飛竜が逃げ出したのだ。

 つい先ほどまで上空を旋回しながらこちらの出方を窺っていた飛竜が、5体目の飛竜の討伐と同時に、一斉に。

 現在討伐したのが、飛竜の中のリーダーだったのだろうか。

 確かに、飛竜の群れの中で最も大きな個体だったかもしれない。

 一番強い奴がやられたから、撤退をする。

 知能を持つ竜種ならば、ありそうなことである。


 ちなみに、後を追ったところで追いつくことはできないだろう。

 戦闘の中で行っていたティリナの空中移動でも、飛竜に追い付くことはできていなかった。

 ましてや、空を飛べない上にティリナよりも移動速度の遅い俺が追いかけるのは、論外である。


 こうして、俺たちの飛竜討伐は幕を閉じた。

 残ったのは、綺麗に切断された5体の飛竜の死体であった。

 街道の上に積みあがった、飛竜の死体の山。

 道沿いの木々は軒並み倒れ、街道を塞いでいるものもあり、馬車が通れるような状況ではない。

 地面は飛竜の血で濡れて、赤く染まっている。


 さて、この後始末はどうするべきか。

 さすがに飛竜の死体を運ぶことはできないし、倒木の処理も一人や二人でどうにかできることではない。

 さらには、既に陽が落ちており、これから暗くなる一方だろう。

 真っ暗の中で、魔法によって手元と足元を照らしながら作業するのは、さすがに骨が折れる。


 とりあえず、ジル・エリヴィスまで行って誰かにこの状況を報告しようか。

 そう考え、一歩踏み出そうとして、俺は足を止める。


「シグトさん! 無事ですか?! 援軍を連れてきました!」


 遠くから、エルキナの声がしてそちらを見る。

 すると、エルキナを先頭に、戦闘メイドやエリヴィス軍の面々がこちらに向かっているのが見えた。




 ☆ ★




「あの、あれは一体……?」


 エルキナが飛竜の死体の山を指差しながら、恐るおそると言った様子で俺に尋ねる。

 エルキナの後ろにはロノアが控えているが、彼女もまた、飛竜の死体の山に目を見張っていた。


「ああ、全部、俺とティリナで倒した。とは言っても、とどめを刺したのはほとんどティリナだがな」


「凄いです……。あんなに大きな生き物を、どうやって倒したんですか?!」


 エルキナは目をキラキラさせて俺を見つめる。

 ほとんどこれを倒したのはティリナなので、少し気まずい気分になる。

 そう思ってティリナを見ると、彼女は首を横に振った。


「ううん、ボクだけじゃとどめを刺すことはできなかった。だから、もっとご主人も胸を張って誇りなよ」


「ああ、気を遣わせてすまんな。それで、エルキナ。どうやって倒したかを知りたいんだったか?」


「はい! ぜひお願いします!」


 エルキナに請われ、俺は先ほどの出来事をかいつまんで話した。


 一体の飛竜が急転直下してきて、それを俺が炎の魔法で焼き、しかし勢いは収まらずにそのまま急降下してきた飛竜をティリナが剣で仕留めた、と。

 その後は俺が魔法で飛竜の足止めをして、ティリナが剣でとどめを刺して回った、と。


 順序だてて、かくかくしかじか、と語った。

 エルキナも、その後ろに控えていたロノアも、俺の説明に聞き入っていた。

 話を終えると、エルキナがしみじみとした声色で、言葉を紡いだ。


「やっぱり凄いです……。私を逃がしてくれたうえに、飛竜まで倒してくれて……。本当に、凄いです。ありがとうございます。私の護衛がシグトさんじゃなければ、私は助かっていなかったと思います……。ティリナさんも、私を助けてくれて、ありがとうございます」


 エルキナは俺とティリナに向けて頭を下げる。

 ロノアもエルキナに倣って頭を下げた。

 その後、ロノアは一歩前に出て、彼女の赤い瞳で俺を見た。


「シグト様の戦闘メイドでありながら、此度の事件では何もできず、あまつさえ傍に仕えることさえもできなかったこと、お詫び申し上げます」


「そんなに責任感を感じる必要は無い。ロノアには、城の有事に備えるという仕事があったんだろう? 無理に俺のことを優先する必要は無い」


「お気遣いいただきありがとうございます。……ティリナ様?!」


 突如、ロノアが慌てて声を荒げる。

 その声によって、反射的に俺もティリナの方を振り向く。


「ティリナ?! 大丈夫か?!」


 ティリナの姿が、透けていた。

 白の生地に青い模様の入ったドレスも、雪のように白い肌も、群青色を薄めたような髪も。

 ティリナの全ての色が、塗料を大量の水で薄めたような色へと変わっていた。

 今にも消えてしまいそうな予感をさせる、そんな姿だった。


 思わず、彼女の元へ駆け寄って、彼女の腕に触れる。

 色は虚ろだが、しっかりとした感触が帰ってきた。

 何が何だか分からなくなってティリナの瞳を覗くと、彼女は少し苦しそうに笑った。


「心配させちゃってごめんね。ちょっと、精霊力不足みたい。姿を現すのもそろそろ限界だから、ご主人の中に戻ろうかな」


「本当に、大丈夫なんだな?」


「うん。この調子だと、明日の夜くらいには復活するから。ちょっと、さっきの戦いで精霊力を使いすぎちゃっただけだから、安心して大丈夫だよ?」


 透き通った姿で、苦しげな表情でそんなことを言われても説得力が無いのだが。

 しかし、彼女が大丈夫と言うのなら、それを信じるほかにない。


 数瞬の後に、俺の身体が温かいもので満たされた感覚がした。

 つまり、ティリナは俺という依り代に戻ったのであった。


 残された俺たちは、エルキナたちと共に街道を歩いた。

 もう既に辺りは暗く、馬車は使えないために馬は連れてこなかったのだろう。

 歩きながら、天に浮かぶ星を眺めていた。

 やがて夜の空には雲が広がり、地平線近くの星が一つ見えるのみとなった。


 エルキナは俺のことをチラチラと見てきたが、俺が視線を合わせると途端に彼女は目を逸らし、薄桃色の髪をしきりにいじっていた。

 ロノアは、いつも通りに俺の背後に侍っていたが、何かに迷っているような仕草をすることがあった。


 そんなわけで、特に何かを話すこともないうちに。

 俺たちは、エリヴィス城に到着した。




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