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34 飛竜の群れ




 ジル・エリヴィスへの帰途は、天候が崩れた。

 大雨で地面がぬかるみ、また倒木によって街道が通行止めになるなど、途中の街で足止めを食らう羽目になった。


 そして、アラインサンドリアから出発して三日目。

 ようやく雨が止み、街道の通行もできるようになった。

 昨日は一日中、足止めをくらってしまったが、都合よく中規模な街にある宿屋で二泊できたため、それほど困ることはなかった。

 強いて言えば、エルキナとチェスをやりすぎて肩が凝ったということくらいだろうか。


 そして、改めてその街から出発する。

 エルキナとチェスをしながら、馬車に揺られる。


 陽が傾き始める頃、馬車の窓からは自然の景色が見えた。

 森の中に街道を敷いた都合上、左右が木々に囲まれている場所を通るのだ。

 ここを通りすぎれば、ジル・エリヴィスの街が見えてくる。


 そこでふと、嫌な予感がした。

 何か、強大なものが迫ってきているような。

 空から、威圧感が降ってくるかのような。


 直後、馬車が止まった。

 何事かと御者に尋ねたが、言葉は返ってこない。


 心配するエルキナを馬車の中に残し、外に出ると――


「「「GYAAAAAAAAAAA!!!」」」


――上空から、何者かが飛来するところが見えた。


 それはこちらに向かっているようで、徐々にその姿が大きくなっていく。

 空を覆い隠すような大きな翼、体表には鱗を持ち、土色をした巨大生物。

 それが、8体。


 冒険者ギルドで覚えただけの、実際には見たことの無い生き物ではある。

 しかし、あまりにも特徴的な見た目と鳴き声の生物である。

 基本的にあの生物は群れを成さないはずだが、それ以外の点は俺の記憶とぴったり合致している。

 だから、間違いようもないだろう。


 これは、飛竜(ワイバーン)の群れだ。




 ☆ ★




 飛竜(ワイバーン)

 それは、空を飛ぶ竜のことである。

 姿形は、トカゲに翼を生やして大きくしたような見た目。

 大きさは、民家の一つや二つを覆い隠すことができそうなほどである。


 確か、冒険者ギルド共通の分類では『災害級討伐種』であった。

 これはつまり、放っておくと小さい街ならばすぐに壊滅してしまうレベルである。

 この種の依頼が入って来た時は、冒険者ギルドには歴戦の冒険者が集っていた。

 つまり飛竜は、それほどまでにも警戒しなければいけない相手ということになる。


 しかし、それは飛竜が一体である時の話である。

 飛竜に群れる習性はないはずだが……もし8体の群れともなると『大災害級討伐種』に分類されてもおかしくない。

 これは、各地に名を馳せる非常に有名な冒険者が呼ばれるか、もしくは非難しなければならないレベル。

 そして、それが俺たちに向かって飛来してきているという事実。


 自然と、緊張感が身体に行き渡る。

 否、緊張感とか、そんな生半可なものでは無い。

 死の恐怖と、危機に抗おうとする勇ましい気持ちが絡まり合った、濃密な感情が心の中に流れる。


 逃げるにしても、馬車を全力で走らせたところで飛竜の速度ではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 というか、そもそもこの異常事態で馬がまともに働いてくれるかも怪しい。


 そして、飛竜は明らかにこちらに向け飛来し、あまつさえ殺気のようなものを放っている。

 あれは、俺たちを殺して自らの(かて)にしてしまおうという、捕食者の目だ。


 だから、生き残るには戦うしかないだろう。

 戦いながら、エルキナを逃がす。それが護衛としての俺の役割だ。


 碌に討伐を経験したことのない者が、『災害級討伐種』の群れに立ち向かうのは、勇気ではなく蛮勇なのかもしれない。

 狙われた地点で手遅れの、遭遇した不運さを呪うことしかできない、そういう場面なのかもしれない。


 だが、それでも。

 むざむざと命を投げ出すような真似はしたくないから。

 世界を救うことは、このくらいの理不尽は乗り越えなければ成し遂げられないだろう。


 俺は、確かに約束した。

 ティリナと共に、世界を救う旅をする。

 そして、未来を手に入れるのだと。


 だから、こんなところで果てるわけにはいかない。


 飛竜の群れの姿は、徐々に大きくなってくる。

 二十を数えるまで待っていれば、この場を蹂躙する未来が待っているだろう。

 だから、俺は叫ぶ。


「エルキナ! お前はジル・エリヴィスの方向に逃げてくれ!」


「でも、シグトさんは!」


「俺は足止めをするから、安全なところまで逃げてくれ! それが、護衛ってやつだろう?!」


「私も力になります!」


「いいから行け! 死にたいのか!」


「……わ、わかりました! 帰ったら、すぐに援軍を手配します! だから、それまで無事でいてくださいね?!」


 怒鳴り声と剣幕で、無理やりエルキナを説得する羽目になったが。

 とにかく緊急時であることは理解してもらえたようで、エルキナがメイドと共に、ジル・エリヴィスの方角へ逃げる。

 馬車に繋がれていた馬は暴走を始め、荷台をひっくり返し、壊しながら森の中へ消えていく。

 御者も、空を見上げて一瞬固まった後、一目散に逃げだした。


 さて、この場には俺が残ったわけだが。

 俺一人で、8体の飛竜の群れと相対するのはさすがに厳しいだろう。

 だから、切り札を使うのならば、ここだ。


「ティリナ。頼む」


「話は聞いてたよ。……大変なことになってるね」


 空を見上げて苦笑いをしながら、青い模様の入った白いドレスを身に纏った精霊少女――ティリナが姿を現す。

 飛竜の群れは既に、俺たちの上空まで来て、隙を伺うように旋回しながら飛んでいた。

 それを確認し、俺は意識を集中させる。


 飛竜の一体のぎょろりとした目と、視線が交わった。

 同時に、上空から一体の飛竜が急降下してこちらに攻撃を仕掛ける。


 それを迎え撃つべく、俺は準備していた魔法を放つ。


火焔の演舞(ファイア・ノヴァ)!!!」


 虚空に巨大な炎が出現する。

 それは、精密な制御によって飛来する飛竜を包み込む。


 飛竜の弱点は、翼である。

 竜には硬く丈夫な鱗が体を覆っているが、飛竜の翼にはそれがない。

 だから、飛竜の翼は、最も損壊を与えやすい部位であるのだ。


 とは言っても。

 だてに「災害級討伐種」と呼ばれているわけではない。

 飛竜は身体から黒煙を上げながら、炎の壁を突破し、勢いそのままにこちらに迫る。

 炎を霧散させ、次の魔法を用意したと同時に、風圧が迫った。

 飛竜が急降下するときに起きている、風の壁。

 周囲には砂が舞い、上空からは飛竜が迫る。

 このままでは、飛竜の圧倒的な質量によって圧し潰されてしまう。


 魔法は――間に合わない。

 懐に忍ばせておいたナイフで迎撃を――焼け石に水だ。

 ならば――躱すしかない。


 飛竜の攻撃範囲から逃れるために、後ろに飛ぶ。

 巻き起こっている突風が、その補助となる。

 飛竜の影が大きくなっていき――その影の外へ離脱。


「全てを切り裂く夢幻の剣を今ここに――――【根源分離の剣】」


 飛竜の影の上に立つティリナ。

 彼女の澄んだ声は、暴風によって掻き消えることなく俺の耳まで届いた。


 彼女の目と鼻の先には、飛竜が迫っている。

 このまま、圧し潰されてしまう、そう思った時。


 彼女が、眩い光を放った。

 否、彼女の手元に現れた宝剣が、サファイアで作られたようなそれが、水色の光で溢れていた。

 飛竜の鱗を、ティリナの宝剣が照らす。

 飛竜はそれを意に介さずに――急降下をしたまま腹を下にして、圧し掛かりの体勢を取った。


 飛竜が地面と激突し、ティリナを圧し潰す、その寸前で。

 ティリナは、光り輝く宝剣を一閃する。



 ドオオオオオオオン!!!



 直後、爆音。

 飛竜が地面と衝突する。

 辺り一帯に重低音が響き渡るとともに、砂が巻き上がる。

 地面が何度か揺れ、周囲の木々の枝が擦れる音が聞こえる。


颶風の裁き(イレイス・ウィンド)


 魔法を放ち、風を起こすことによって、砂で覆われた視界を晴らす。


 そこに現れたのは、飛竜の腹を一刀両断し、その間に剣を構えて立っていたティリナだった。

 飛竜の身体は綺麗に二つに割れ「GYAAAA!」と断末魔の叫びをあげ、力を失う。

 ティリナは飛竜の血によって、ところどころ赤く染まっているが、それを意に介した様子はない。

 剣を一振りして剣に付着した飛竜の血を振り払い、そして何事もなかったかのようにこちらを向く。


「ちょっとあいつらを倒してくるから、ご主人は援護をお願い」


 何の気負いも無しにティリナはそう言うと、剣を構えたまま空中に浮かび、飛竜の旋回する上空へと向かった。




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