03 人攫いの男たち
人攫い。
治安の悪い場所で横行する、有名な犯罪のうちの一つだ。
人攫いは、儲かる。
主に攫われた人間の行きつく先は、奴隷だ。
奴隷は、戦争において重要な役割を果たす。
一番危険な最前線に連れていき、敵に真っ先に殺される役となる。
そうして敵軍の目が奴隷に行っているあいだに、正規の軍が敵軍を叩くという作戦は頻繁に用いられる。
ただし、現在のような戦乱ばかりの世の中では、そうした奴隷が不足する。
そのため、頻繁に奴隷を補充しなければならなくなり、奴隷を仕入れる人攫いにとってすれば商売繁盛というわけだ。
それは、大人に限った話ではない。
むしろ、攫うのが簡単ということで、様々な場所で子供攫いが横行している。
男ならば、少し食料を与えておけば、力が強くなり戦争でも使えるようになる。
女の戦闘能力は男に劣るが、娼婦としての需要がある。
この場合、むしろ少し幼かったほうが需要の高い場合もあるのだ。
「くそッ! お前ら早く行けよ!」
隣にいたジェイグが悪態をつく。
俺とジェイグは会計管理のために皆とは別の部屋にいたために、裏口へ逃げ出すのが一足遅れた。
その結果、一つの出口にこの縄張りのメンバー14人が一斉に集まり、渋滞している最後尾についてしまったわけだ。
そういえば、見張りは「人攫いが来た」と叫んだ。
暗闇の中、どうして人攫いだと分かったかというと、その理由は一つしかない。
人攫いの前科のある者が、近くに来ている。それが見えたからだ。
ということは、このあばら家がいつ見つけ出されてもおかしくない。
そう思い、不安になって後ろを見ると……。
「……っ?!」
玄関口には、3人の人影。
暗闇の中なのでよく見えないが、その中に一人、明らかに見覚えのある者がいる。
先頭に立つ、右目の上に剣の切り傷が刻まれた、スキンヘッドの男。
長身で体格の良い体を魔物の皮で作られた防具で守り、背中には槍を括りつけている、そんな男。
そうだ、こいつが。
以前、俺たちの仲間を攫って行った男だ。
「おい! もう来てんじゃねえかよ! お前足止めとかできないのか?!」
ジェイグの声で振り向くと、裏口からは仲間の最後の一人が駆け抜けていき、渋滞が解消されていた。
ジェイグに「できるわけないだろ!」と叫びながら、俺も急いで裏口から外へ出る。
外に出ると、一面が黒だった。
灯りの無い、夜陰の中。
先程まで銭貨を数えるために火を灯していたため、その灯りに目が慣れてしまっていて余計に暗く感じる。
仲間の姿は、もう見えない。
先ほどまで一緒にいたジェイグとは反対方向に駆ける。
纏まって動くのを避け、一人でも犠牲を少なくするのが最善手なのだから。
闇夜に包まれ、たった一人全力で逃げる。
だんだんと暗闇に目が慣れてきており、その情報と土地勘を頼りにただただ走る。
ここらに路地があったはずだから、右折をする。
この狭い道は案外と知られていないので、そこを通る。
すべては、あの男の視界から外れるために。
目をつけられたら、終わりなのだから。
気づくと、路地裏の袋小路に来ていた。
否、ここは袋小路ではない。
突き当りの家には誰も住んでおらず、通り抜けることができるのだが、それを知る者は少ない。
目の前の家に駆け込み、腐敗して動きが鈍くなっているドアを閉め、ようやく一息吐く。
ひたすら全力で走ったために、呼吸は乱れ、体力もほとんど使ってしまった。
心臓が悲鳴を上げるように波打っており、肺は大量の空気を欲しているが、なんとか息を潜め、周囲の音を拾う。
追われている身だ。常に警戒は怠らない。
周囲には、音も、人の気配もない。
俺は、壁に寄りかかって休憩し、呼吸を整えた。




